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新しい生活
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深い森の中に荒屋を立てて、かろうじて雨風は
しのげるだろうか。
この生活にも、慣れてきた
近頃。
必要最低限の、生活の道具、薪。
風呂は、しばしば沸かすけどまだまだ贅沢な話。
よく行くのは、沢。
水浴びをしたりするのに丁度いい。
普段から誰も寄り付かない沢で、静かに身を清められる。
夕刻少し前くらいに
いつものように、山路を歩いていると
近くの茂みがガサガサ音を立てている。
誰か、山に入ったか。猪か…はたまた他の動物か?
音のする方へと静かに歩み寄ると、
「⁉︎」
片脚が縄に締め付けられ、
引っ張り上げられる。
持っていた手桶が地面に落ちる。手拭いも、汚れてしまう。
『よし…!』
ん?
なんだか、逆さまに見えた姿に見憶えがある。
「あれ?」
『⁈何と、人間を吊ってしまったか…すまない!大丈夫か?』
まさか、あんな単純な仕掛けにかかるなんて。
不覚…。
『志摩⁉︎い、今外してやるからな。』
「否、いい。」
忍び鎌で縄を切り、
着地する。
『…まさか、こんな所で夕飯に志摩が獲れるとは。』
相変わらず、おっとりした伊吹を見て自然と笑みがこぼれる。
「俺なんか、食っても不味いだけだよ。しかしまぁ…すっかりご無沙汰しておりました。甲賀は、どうなんだよ?」
山に入って、まだ何日も経っていない様子の伊吹を見て手桶と手拭いを拾い上げる。
『こっちの山にも、採取には来たりするんだ。…本当に久しぶりだな。もう何年経つか。』
日にちなんか、関係ない生活を送っていたから。
正確には分からないが、三年程は経つんじゃないか?
「一度、里に帰ったりは?」
『全く。噂では、当主様がご病気らしい。見舞いに行かないのか?』
伊吹は、優しいな。
俺は、あんな別れ方をしたからか…里にはもう寄り付きたくない。
「まさか。母上がいる。俺が行けば病気が悪化しないか?」
『笑えない冗談だ。いくらお前と俺は不死になっても…親はずっと親なんだぞ。必ず先に息絶える、それを分かってるからこそ…言うんだ。』
もっともらしい。
から、癪だ。
「いくら、伊吹が言っても行かない。あいつは、俺を好き勝手したいだけなんだ。」
胸くそ悪い。
完全に忘れていた過去を
あっさり思い出させた伊吹が今日はなんだか恨めしい。
『その先の沢に行くのか?』
「そうだよ。…っ」
先程の罠のせいで、脚がなんだか捻ったらしい。
脚元を見る。
少し赤く腫れている。
伊吹は、手先が器用だから
罠なんかも、上手く作れる。
うずくまると、伊吹が事に気が付いたようで駆け寄って来た。
『…志摩、沢に連れてくぞ。』
歩けないと、判断され
伊吹に身体を抱き上げられる。当然、びっくりして
落ちないように伊吹にしがみ付いた。
「冷やすのか?」
『そう。冷やして、ヨモギの湿布を作る。脚は、なるべく上げておかないといけない。』
罪悪感のせいかな、
いつもより伊吹の表情が
険しい。
俺も、気づかなかったからな。罠に。
そんな顔、しないでいいのに。
「大丈夫、大した事ないよ。」
『捻挫を甘く見るな。志摩…修行に影響が出るとは思わないのか?』
それは、そうだけど…。
「じゃあ、伊吹に治して貰うよ。」
『暫くは、入山する事を伝えてある。その間は、経過を見よう。』
思いもよらない再会と、怪我で。また、伊吹と過ごせる。
「俺の荒屋で良かったら…寝泊まりは出来るよ。それくらいしか、出来ないんだけどさ。」
沢に到着し、ゆっくりと地面に下ろされる。
『ここに脚を浸して座るといい。』
言われるままに、岸に座って袴の裾を上げて素足を水面に浸す。
「…冷たい、気持ちいい。」
『しばらくそうしてるように、ヨモギを摘んでくる。』
「あ、伊吹…気を付けて?」
近くに伊吹が籠を背負い
ヨモギを摘みに行った。
本当、真面目なんだから。
久しぶりの再会にしては、あんまり感動的とは言えなくて。
まぁ、それが伊吹と俺らしいんだけど。
あ、寝泊まりするなら…夕飯作らなくちゃ。
「大丈夫かなぁ…?」
だんだん不安になってきた。動けない俺はさっぱり役に立たないことを自覚している。
辺りが暗くなり始めてきている。
伊吹が、心配だ。
『志摩…やっぱり明日には山を下りよう。』
戻って来た伊吹が真剣な表情で言う。
「…俺が捻挫をしたから?」
『そればっかりじゃない。ちゃんとした食事もままならない状態だろ?もう…気が済んだんじゃないのか?』
傍に来て、浸していた脚を
そっと引き上げる。
「これ、使って?」
手拭いで脚を拭き。すり潰したヨモギを足首周辺に置いていく。
『汚してしまうと、悪い。さらし木綿なら持ち合わせがあるから気は使わなくていいよ、志摩。』
そうか、
伊吹は…薬師でもあるんだ。だから、これくらいは
すぐに手当が出来てしまう。
至極、丁寧な仕事をする
その指先に自ずと目が行く。
幾重にも巻かれたさらし木綿で、固定されるようになっている。
「なんだかな…すごいよ。少し見直した。」
ありがとう、と頭を下げる。
『今日は、もう荒屋に帰ろう。待たせてしまって悪かった。さ、落ちないように掴まれよ?』
再度、抱きかかえられて
道案内をしながら荒屋に戻って来た。
「夕飯…準備したい所なんだけど。」
『そんな、気にするな。台所借りていいか?』
土間で地下足袋を脱いで
板の間に落ち着く。
「?まさか、料理してくれるとか」
振り返って、伊吹が無垢に笑う。
『まぁ、多少はな。基本は菜っ葉だけど。本草学を学び始めるとな…色々な世界が見えてくる。食べる事は生きる事、食を疎かにする者に健康はあり得ない。』
座って片膝に捻挫した脚を乗せて、楽に座っている俺を見て伊吹が頷く。
「伊吹…変わった。」
なんだか、頼もしいけど
少し遠くに感じる。
そんな風に、思っちゃう自分が嫌で溜め息が出る。
『ずっと同じじゃ…駄目だって教えてくれたのは志摩だ。』
別れを選んだあの日から
伊吹を忘れた日なんか無かった。
当たり前みたいに毎日
一緒に過ごして居た時間。
その歩みを断ち切ったのは
紛れもない自分だ。
「どうして、そう真面目なんだよ。」
伊吹は雑穀や、薬草の入った粥を作ってくれた。
『いただきます。』
「いただきます…。」
初めて、伊吹が作った食事を摂る。
「…。」
味は、かなり薄く
まぁ…粥だから当たり前か。と笑った。
『今日は、本当にすまなかった。まさか、お前に怪我をさせてしまうなんて…。』
改めて深々と頭を下げられて、「何謝ってんだよ⁈俺が油断してたから。こんな山奥に人が、俺以外にいたなんて…。」
慌てて首を左右に振る。
『山を下りる時に、荷物があるだろう?』
「あぁ、別にしばらくしてから取りに来たらいいよ。大事な物も無いし。」
『明日は、朝早く山を下りて一旦荷を里に預けてから志摩を迎えに来る。それで、いいか?』
あぁ、そっか。
面倒掛けちゃうんだよな。
ちょっと気が引けるけど。
でも、ここにいても
脚が良くなるとは思えない。
「よろしく、お願いします。」
食事が済み、片付けをして布団まで敷いてくれる伊吹。
『さ、明日は早い。志摩も床に就かないか?』
じっ、と布団を見る。
布団は…それ一つしか無いし。
「…せまいし、なんか嫌。」
『せまいのは、分かるが…なんか嫌は?何が』
「それは、なんとなくだよ。別に…伊吹が嫌とかじゃない。」
そんなんじゃないけど、
きっと恥ずかしいんだ。
『じゃあ、俺は床で寝るから。』
「…えぇ」
『嫌なんだろう?だったら、気にするな。こっちの事は。』
こんな時は、どうしたらいいのか分からなくて
無意識に首を振る癖がある。
「伊吹となら…大丈夫。」
先に布団に入った伊吹が
身体を横たえて待っている。
『ゆっくりな…、脚に気を付けて。』
「ん…。」
極力傍まで寄ってから腰を下ろし、ゆっくりと身体を寝かせる。
『……。』
不意に、伊吹に抱き締められ「⁉︎ぃでぇっ…!」
この野郎~っ‼︎
『すまん…っ、つい、志摩が可愛くて…。』
びくっ、としてしまった
せいで脚が跳ね上がった。
「お前…っ、……。」
はぁ、なんだか怒る気も失せた。
伊吹は、どうせ悪気も無いから。
『よしよし、すまんかったな…志摩。』
顔色をうかがいながら
そっと俺の頭を撫でてくる。
でっかい図体して、やる事がなんだか子供みたいに時々見える。
「いいよ、もう。それより今夜寒いなぁ…。布団一枚じゃちょっと肌寒い。」
『志摩、腕はこっち。もっと寄れ。』
ぐっ、と腰を後ろから引き寄せられる。
「ぅわ…っ」
『こうでもしないと、寒くて眠れない。だろ?』
確かに、伊吹の腕は温かい。
「あったかい…ぞくぞくする。」
『遠慮しないで、前みたいに抱き付いてきたらいい。』
前みたいに?
あ、そっか。
前は…そんな事もしてたんだよな。
「伊吹…。」
これ以上ない位に身体をくっつけて抱き締め返す。
心地いい。
心の奥底の何かが満たされて行くのを感じる。
じわじわと、温かさが
沸き上がる。
ずっと、まるで凍えていたみたいに今この瞬間から溶け出す想い。
『志摩の身体、ずっと冷たかったのが…やっと温かくなってきた。』
「本当に、いいのかな?」
この身の全てで
抱きしめられても…。
不安が残る。
『前は、何も躊躇わずにこうしてたのにな。志摩も、精神面が大人になった証拠だ。』
あたたかい、もう離れたくなんか無かったはずなのに。
「…伊吹、俺は今でも変わらずに想ってるよ?大事なんだ。あの里で、一緒に居られないのが辛かった。」
『俺は、いずれ…あの里に帰りたい。本心はそうなんだ。でも、薬師になってからはその気持ちを忘れかけていた。葵に以前会った時に言われた。甲賀の守護職に就け、と。それで…志摩には伊賀の守護職を任せたいから説得してこい。ってな。俺は、断りたかったけど…志摩がいるんだったら、それも悪くない気がした。』
「守護職…?」
『志摩も、俺も不死になったのはその、守護職になるためらしい。拒否すれば、人間には戻してもらえるが、不死だった頃の記憶は無くなるんだ。』
…そんな、おとぎ話みたいな事が実際に?
「ん…。」
伊吹の身体の温かさに、だんだんと眠くなってくる。
『志摩?』
「眠いから、また明日聞かせて?…お休みなさい。」
そこから、意識が途絶えた。
しのげるだろうか。
この生活にも、慣れてきた
近頃。
必要最低限の、生活の道具、薪。
風呂は、しばしば沸かすけどまだまだ贅沢な話。
よく行くのは、沢。
水浴びをしたりするのに丁度いい。
普段から誰も寄り付かない沢で、静かに身を清められる。
夕刻少し前くらいに
いつものように、山路を歩いていると
近くの茂みがガサガサ音を立てている。
誰か、山に入ったか。猪か…はたまた他の動物か?
音のする方へと静かに歩み寄ると、
「⁉︎」
片脚が縄に締め付けられ、
引っ張り上げられる。
持っていた手桶が地面に落ちる。手拭いも、汚れてしまう。
『よし…!』
ん?
なんだか、逆さまに見えた姿に見憶えがある。
「あれ?」
『⁈何と、人間を吊ってしまったか…すまない!大丈夫か?』
まさか、あんな単純な仕掛けにかかるなんて。
不覚…。
『志摩⁉︎い、今外してやるからな。』
「否、いい。」
忍び鎌で縄を切り、
着地する。
『…まさか、こんな所で夕飯に志摩が獲れるとは。』
相変わらず、おっとりした伊吹を見て自然と笑みがこぼれる。
「俺なんか、食っても不味いだけだよ。しかしまぁ…すっかりご無沙汰しておりました。甲賀は、どうなんだよ?」
山に入って、まだ何日も経っていない様子の伊吹を見て手桶と手拭いを拾い上げる。
『こっちの山にも、採取には来たりするんだ。…本当に久しぶりだな。もう何年経つか。』
日にちなんか、関係ない生活を送っていたから。
正確には分からないが、三年程は経つんじゃないか?
「一度、里に帰ったりは?」
『全く。噂では、当主様がご病気らしい。見舞いに行かないのか?』
伊吹は、優しいな。
俺は、あんな別れ方をしたからか…里にはもう寄り付きたくない。
「まさか。母上がいる。俺が行けば病気が悪化しないか?」
『笑えない冗談だ。いくらお前と俺は不死になっても…親はずっと親なんだぞ。必ず先に息絶える、それを分かってるからこそ…言うんだ。』
もっともらしい。
から、癪だ。
「いくら、伊吹が言っても行かない。あいつは、俺を好き勝手したいだけなんだ。」
胸くそ悪い。
完全に忘れていた過去を
あっさり思い出させた伊吹が今日はなんだか恨めしい。
『その先の沢に行くのか?』
「そうだよ。…っ」
先程の罠のせいで、脚がなんだか捻ったらしい。
脚元を見る。
少し赤く腫れている。
伊吹は、手先が器用だから
罠なんかも、上手く作れる。
うずくまると、伊吹が事に気が付いたようで駆け寄って来た。
『…志摩、沢に連れてくぞ。』
歩けないと、判断され
伊吹に身体を抱き上げられる。当然、びっくりして
落ちないように伊吹にしがみ付いた。
「冷やすのか?」
『そう。冷やして、ヨモギの湿布を作る。脚は、なるべく上げておかないといけない。』
罪悪感のせいかな、
いつもより伊吹の表情が
険しい。
俺も、気づかなかったからな。罠に。
そんな顔、しないでいいのに。
「大丈夫、大した事ないよ。」
『捻挫を甘く見るな。志摩…修行に影響が出るとは思わないのか?』
それは、そうだけど…。
「じゃあ、伊吹に治して貰うよ。」
『暫くは、入山する事を伝えてある。その間は、経過を見よう。』
思いもよらない再会と、怪我で。また、伊吹と過ごせる。
「俺の荒屋で良かったら…寝泊まりは出来るよ。それくらいしか、出来ないんだけどさ。」
沢に到着し、ゆっくりと地面に下ろされる。
『ここに脚を浸して座るといい。』
言われるままに、岸に座って袴の裾を上げて素足を水面に浸す。
「…冷たい、気持ちいい。」
『しばらくそうしてるように、ヨモギを摘んでくる。』
「あ、伊吹…気を付けて?」
近くに伊吹が籠を背負い
ヨモギを摘みに行った。
本当、真面目なんだから。
久しぶりの再会にしては、あんまり感動的とは言えなくて。
まぁ、それが伊吹と俺らしいんだけど。
あ、寝泊まりするなら…夕飯作らなくちゃ。
「大丈夫かなぁ…?」
だんだん不安になってきた。動けない俺はさっぱり役に立たないことを自覚している。
辺りが暗くなり始めてきている。
伊吹が、心配だ。
『志摩…やっぱり明日には山を下りよう。』
戻って来た伊吹が真剣な表情で言う。
「…俺が捻挫をしたから?」
『そればっかりじゃない。ちゃんとした食事もままならない状態だろ?もう…気が済んだんじゃないのか?』
傍に来て、浸していた脚を
そっと引き上げる。
「これ、使って?」
手拭いで脚を拭き。すり潰したヨモギを足首周辺に置いていく。
『汚してしまうと、悪い。さらし木綿なら持ち合わせがあるから気は使わなくていいよ、志摩。』
そうか、
伊吹は…薬師でもあるんだ。だから、これくらいは
すぐに手当が出来てしまう。
至極、丁寧な仕事をする
その指先に自ずと目が行く。
幾重にも巻かれたさらし木綿で、固定されるようになっている。
「なんだかな…すごいよ。少し見直した。」
ありがとう、と頭を下げる。
『今日は、もう荒屋に帰ろう。待たせてしまって悪かった。さ、落ちないように掴まれよ?』
再度、抱きかかえられて
道案内をしながら荒屋に戻って来た。
「夕飯…準備したい所なんだけど。」
『そんな、気にするな。台所借りていいか?』
土間で地下足袋を脱いで
板の間に落ち着く。
「?まさか、料理してくれるとか」
振り返って、伊吹が無垢に笑う。
『まぁ、多少はな。基本は菜っ葉だけど。本草学を学び始めるとな…色々な世界が見えてくる。食べる事は生きる事、食を疎かにする者に健康はあり得ない。』
座って片膝に捻挫した脚を乗せて、楽に座っている俺を見て伊吹が頷く。
「伊吹…変わった。」
なんだか、頼もしいけど
少し遠くに感じる。
そんな風に、思っちゃう自分が嫌で溜め息が出る。
『ずっと同じじゃ…駄目だって教えてくれたのは志摩だ。』
別れを選んだあの日から
伊吹を忘れた日なんか無かった。
当たり前みたいに毎日
一緒に過ごして居た時間。
その歩みを断ち切ったのは
紛れもない自分だ。
「どうして、そう真面目なんだよ。」
伊吹は雑穀や、薬草の入った粥を作ってくれた。
『いただきます。』
「いただきます…。」
初めて、伊吹が作った食事を摂る。
「…。」
味は、かなり薄く
まぁ…粥だから当たり前か。と笑った。
『今日は、本当にすまなかった。まさか、お前に怪我をさせてしまうなんて…。』
改めて深々と頭を下げられて、「何謝ってんだよ⁈俺が油断してたから。こんな山奥に人が、俺以外にいたなんて…。」
慌てて首を左右に振る。
『山を下りる時に、荷物があるだろう?』
「あぁ、別にしばらくしてから取りに来たらいいよ。大事な物も無いし。」
『明日は、朝早く山を下りて一旦荷を里に預けてから志摩を迎えに来る。それで、いいか?』
あぁ、そっか。
面倒掛けちゃうんだよな。
ちょっと気が引けるけど。
でも、ここにいても
脚が良くなるとは思えない。
「よろしく、お願いします。」
食事が済み、片付けをして布団まで敷いてくれる伊吹。
『さ、明日は早い。志摩も床に就かないか?』
じっ、と布団を見る。
布団は…それ一つしか無いし。
「…せまいし、なんか嫌。」
『せまいのは、分かるが…なんか嫌は?何が』
「それは、なんとなくだよ。別に…伊吹が嫌とかじゃない。」
そんなんじゃないけど、
きっと恥ずかしいんだ。
『じゃあ、俺は床で寝るから。』
「…えぇ」
『嫌なんだろう?だったら、気にするな。こっちの事は。』
こんな時は、どうしたらいいのか分からなくて
無意識に首を振る癖がある。
「伊吹となら…大丈夫。」
先に布団に入った伊吹が
身体を横たえて待っている。
『ゆっくりな…、脚に気を付けて。』
「ん…。」
極力傍まで寄ってから腰を下ろし、ゆっくりと身体を寝かせる。
『……。』
不意に、伊吹に抱き締められ「⁉︎ぃでぇっ…!」
この野郎~っ‼︎
『すまん…っ、つい、志摩が可愛くて…。』
びくっ、としてしまった
せいで脚が跳ね上がった。
「お前…っ、……。」
はぁ、なんだか怒る気も失せた。
伊吹は、どうせ悪気も無いから。
『よしよし、すまんかったな…志摩。』
顔色をうかがいながら
そっと俺の頭を撫でてくる。
でっかい図体して、やる事がなんだか子供みたいに時々見える。
「いいよ、もう。それより今夜寒いなぁ…。布団一枚じゃちょっと肌寒い。」
『志摩、腕はこっち。もっと寄れ。』
ぐっ、と腰を後ろから引き寄せられる。
「ぅわ…っ」
『こうでもしないと、寒くて眠れない。だろ?』
確かに、伊吹の腕は温かい。
「あったかい…ぞくぞくする。」
『遠慮しないで、前みたいに抱き付いてきたらいい。』
前みたいに?
あ、そっか。
前は…そんな事もしてたんだよな。
「伊吹…。」
これ以上ない位に身体をくっつけて抱き締め返す。
心地いい。
心の奥底の何かが満たされて行くのを感じる。
じわじわと、温かさが
沸き上がる。
ずっと、まるで凍えていたみたいに今この瞬間から溶け出す想い。
『志摩の身体、ずっと冷たかったのが…やっと温かくなってきた。』
「本当に、いいのかな?」
この身の全てで
抱きしめられても…。
不安が残る。
『前は、何も躊躇わずにこうしてたのにな。志摩も、精神面が大人になった証拠だ。』
あたたかい、もう離れたくなんか無かったはずなのに。
「…伊吹、俺は今でも変わらずに想ってるよ?大事なんだ。あの里で、一緒に居られないのが辛かった。」
『俺は、いずれ…あの里に帰りたい。本心はそうなんだ。でも、薬師になってからはその気持ちを忘れかけていた。葵に以前会った時に言われた。甲賀の守護職に就け、と。それで…志摩には伊賀の守護職を任せたいから説得してこい。ってな。俺は、断りたかったけど…志摩がいるんだったら、それも悪くない気がした。』
「守護職…?」
『志摩も、俺も不死になったのはその、守護職になるためらしい。拒否すれば、人間には戻してもらえるが、不死だった頃の記憶は無くなるんだ。』
…そんな、おとぎ話みたいな事が実際に?
「ん…。」
伊吹の身体の温かさに、だんだんと眠くなってくる。
『志摩?』
「眠いから、また明日聞かせて?…お休みなさい。」
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