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いつかまた。
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子供の頃から、志摩が
大好きだった。
家が隣で、毎日朝から
日が暮れるまで一緒で。
兄弟のように、育った。
とある血を受け継ぐ一族の末裔でもある志摩の家。
その家を継ぐために、
志摩は修行に明け暮れる日々を過ごす。
『伊吹にぃちゃん、今日は父ちゃんが話あるから一緒に来いって。』
朝から伊吹の家に向かい、志摩が伊吹を連れて
自分の家に戻る。
『父ちゃん、伊吹連れてきた。』
座敷に座る志摩の父親。
伊吹は、緊張している様子だ。
「当主様、おはようございます。お話というのは…?」
座るように当主から
促されると、志摩は座敷から出て行った。
『朝から、すまない。話と言うのは他でもない…。志摩の事なんだ。見ての通り、志摩はまだまだ子供だろう?あとしばらくしたら、当主になるという自覚が無いから気にしている。しっかりもしていない…。伊吹としても、志摩はまだまだだと思わんか?』
そりゃあ、志摩はまだ子供だから。
近い将来を意識する時期には来ているかもしれない。
が、どうしてそれを自分に聞いたりするのか。
よく分からない。
志摩は、亡くなった先代…つまりはお爺さんに似ている気質らしい。
現当主は、頭はキレる。
が、どちらかと言えば策略家で情で動いたりは先ずしない。
どちらが良いかなんて
分からないが…自分は
志摩の味方でいたいと思った。
力になりたい、そう思わせる人格を持っているのが
志摩なんだ。
「それは、まだ…志摩は子供ですし。」
『あれには、優秀な血が流れている。が、今のままでは頭角を表すかは分からない。そこで、伊吹…お前が協力してくれないだろうか?』
思ってもみない話だ。
もし俺が、協力すれば
志摩は…当主に近づけるのだったら。
そんな、嬉しい事は無い。
『しかし、そうなれば伊吹…お前にも逃れられない運命が待ち受けることになる。それでも、何があってもお前は志摩の味方で居て欲しい。勝手な願いだと思うだろう?だが、志摩は…お前を慕っている。お前にしか託せない物がある。』
これは、
何と言い表せばいいのかも分からない。
が、不思議な石を当主に
手渡された。
「これは…?」
『その石は、年月と共に強い力を溜め込んでいる。先代はこの石に雷を落として…それは実に神々しい、今から神が降り立つのではないか、という程の神鳴りを起こしたという。残念ながら、私は雨までしか呼べない。志摩には、先代のように神鳴りを起こせる程になって貰いたい。長年、考えてきたのだが…どうにも雨を降らせるには、感情の高ぶりが必要なのではないかと気がついたんだよ。最終的に神鳴りに繋がるのならば、尚更。』
あの、志摩が…
感情を?
いささか、想像し難い。
「俺は、どうしたら?」
『まずは、その石を大切に…志摩に見つからないようにする事。後、毒草と薬草について学びなさい。これは、万が一志摩に何かあった時の為に役立つ。』
当主様は、やっぱり
志摩が大切でならないんだな。
少しでも、志摩の未来に
役立つなら。
その日から、俺は里の近くの林や森で草花について学ぶ事にした。幸い、里の外れにある家のばば様が、色々と薬草について教えてくれる事になった。
『なんだよ、毎日毎日草ばっかり摘んだりして。たまには、相手してもらおうかと思ったのに。』
ぶつぶつ文句を言いながらも、志摩は薬草摘みを手伝ってくれる。
「ありがとう。志摩が手伝ってくれるおかげで、捗るよ。これも、志摩にとっては大切な経験だ。俺と、こうして薬草について学べば…いつか何かの役に立つ。身を救うかもしれないだろう?」
幾つかの束を籠に詰め、薬草を家へと持ち帰る。
『なんで、薬草なんか作り始めることにしたんだよ?伊吹。』
まだ、分からないだろうな。
先の事を考えて
じゃあ、自分が出来ることは何だろう?
そういう時間も
やがては、やってくる。
まだ、許される時間を
今は少しでも志摩と過ごしたい。
「いつかの、何かのために…だよ。そんなに理由が大切か?」
『そうじゃないけど、ちょっと不安になった。俺が知らない伊吹なのかなってさ。』
なかなか、意地らしい事を言う。
「そんな事は、無い。できるだけこれからは志摩のためになる事をして行きたい。分かってくれるか?」
籠に沢山詰められた薬草を見て、満足そうに
志摩が笑う。
志摩には、悟られてはいけない。
これから、先の少し未来の事。
『始めるってのは…いつでも出来るんだよな。俺も、逃げてきた雨を呼ぶ修行をそろそろ真面目にやらないといけないな。俺は、俺だけの力で神鳴りを起こすんだ。』
それからの志摩は、確かに変わった。
いつもの鍛練に、精神統一といった己の心と向き合う時間を作り始めた。
それは、明け方だったり
夕暮れ時、深夜の丑三つ時と、時間を問わずになされていた。
日々着実に、心身共に成長していく志摩。
そうなれば、離れ離れになる日が近いという事だ。
きっと、怒るだろうな。
志摩…俺はお前が立派に
当主になってくれれば
それでいい。
会えなくなるかもしれないが。
そして、然るべき日が訪れた。
あれは、事故だった。
思い出すのは、酷い雨風の中、言い争いをしていた
志摩と俺。
そう、隣県に遣わされる話がついに、志摩に伝わってしまったのだった。
「落ち着け…志摩。きちんと、説明させてくれ。」
問い詰められて、ほとほと困り果てていた俺の心を貫くような…
『親父と結託して、何を企んでる?』志摩の言葉。
結託…?
そんな馬鹿な。俺は
志摩のために何でもしてきたつもりだった。
「落ち着くんだ。志摩…」
伸ばしかけた手を、払い除けられ…紡ぐ言葉も無い。
『いなくなるなんて…伊吹が…どうして?』
雷が鳴る。
それは、まるで志摩の感情を表すような雷鳴。
まさか…これが?
志摩の力。
空が暗い。雲の中だけ
時折光って見える。
『なんで、何にも言わないんだよ!伊吹っ‼︎』
廊下で、声を張り上げる志摩に不意に抱き締められた。
胸が痛い。
いや、熱い。
何かがおかしい。
多分、これは
紛れもない…志摩の力だ。
だんだん強くなってきている。
近い…。
このままでは、雷が近くに
落ちるんじゃないか?
今の志摩には、力は使いこなせない。
『伊吹…親父に何を言われたかは知らないけど、ずっとこれからも一緒だと俺は…っ』
「志摩、二度と会えなくなるわけじゃない。会いにくる、いつだって。」
『伊吹、志摩と離れ離れは寂しいか?』
間が悪く、当主様が廊下に現れて志摩の肩を掴み距離を取る。
「…それは、」
『親父、何で?伊吹が他所に行くなんて俺が許さない!ずっと、小さい時から一緒だったのに…今更離れるなんて。そんなの…』
『お前が、志摩…。志摩は伊吹を好いているだろう?私は、知っていたよ。意識無くとも、お前の顔に書いてある。だが、それはそれとして…お前には後継ぎとして嫁を貰って欲しい。それには、まず伊吹に協力して貰わねばならなかった。すまない。』
「…。」
『ふざけんな!勝手に何でもかんでも決め付けて、俺や伊吹の気持ちは微塵も考えなかったのかよ!アンタみたいな当主だったらな、今すぐに俺が消してやるよ…!』
志摩が帯に差していた小苦無を手にした。
「馬鹿、志摩っ…やめろ‼︎」
低く轟く雷鳴は、直ぐそこに来ている事を
『⁉︎』
忘れていた訳ではなかった。
身体中を、稲妻が走り抜けた。
眩しささえも、感じない。
そうだ、俺は
あの時息絶えた。
身体中の電紋、胸にしまっていた石が、稲妻のせいで
暴発してしまったんだ。
こんな事になるなら…
やはり志摩を悲しませない道を選びたかった。
志摩…すまない。
ほんの少しでも、裏切られたと感じていたなら
それは、俺の心の弱さのせいだ。
迷わずに、志摩を選べなくてコソコソと遠回りをしようとした自分への天罰だ。
志摩は、いつだって変わらないのに…。
『そんな…、伊吹?なぁ、伊吹…嘘だろ?』
志摩が伊吹の身体を
揺り動かす。
衣服がぼろぼろで、
誰が見ても、伊吹は無事ではない事がすぐに分かる。
それくらいの、有様だ。
『まさか…ハハッ、手間が省けたな?志摩。』
おおよそ人とは思えないような
言葉を吐く当主の鳩尾を
志摩が殴る。
『…黙れ、この下衆が。』
失神した当主を見下ろす。
『…っ、…いぶき…っ‼︎』
泣きながらうずくまり、
伊吹の脈を調べる。
心臓も、やはり動いては
いなかった。
涙が止まらない。
どうして?伊吹…
『そこのお前、この美しい神鳴りを呼んだのはお前か?』
庭先に、見知らぬ誰かが
いつの間にか立っていた。
『…?えっ、そうだけど…アンタ誰だ?』
雨をものともせずに
その人はこちらに歩いてきた。
『ご機嫌よう。私はこの神鳴りに呼ばれて来た。…さぁ、そちらの息絶えた男を貰い受けようか。惜しい事をしたな。』
そして、慈しむように伊吹の頬を撫でてから、開いたままの目をゆっくり閉ざした。
『伊吹をどうする気だ⁉︎』
『お前も、素晴らしい素質を持ち合わせているな。しかし、生ある者だ。伊吹とやらは、生き返らせる。そして神格を与えるつもりだ。』
『アンタ、名前は?俺は…志摩だ。生き返らせれるのか?伊吹を。』
『あぁ、そうだ。私は葵と言う。…なんならお前の命で生き返らせる事もできるぞ?そしたら、お前もまとめてこの場で神格をやれる。どうだ?愛する者のために、どこまでお前はできるかな?』
挑発的に笑う葵。
『神格って何だ?』
『神になるのだよ。土地土地のな、神格を貰うと不死になる。まぁ、例外もあるが。志摩、お前は古い種族の血が流れているな?だから、こんな神鳴りをおこせたのか…。なるほど、では素質は申し分ないな。』
『何でもいい…伊吹を、俺の命はくれてやるからっ、頼む!』
縋るように、願いを葵に伝える。
『私はな、お前達が想い合っていようがいまいが関係無い。優秀な者に用がある…ただ、それだけだよ。さ、志摩…覚悟はいいか?』
ニコリと冷たい笑みを浮かべて、志摩の胸に葵が手を当てる。
左胸から、光り輝く塊のような物を抜き取り
寝かせている伊吹の胸へと
それを静かに置く。
『…さぁ、目を覚ませ。伊吹よ…』
ぐっ、と両手で葵が
それを押し込む。
「⁉︎っは…っ…」
伊吹が、目を冷ますと同時に志摩は、床に倒れた。
『伊吹よ、お前が生き返ったのはな…今息絶えた志摩のおかげだ。』
意味が分からなかった。
けど、ただならぬ人物なのは一瞬にして理解できた。
「志摩が…そんな、何故⁉︎」
『愛だろう。お前に対する…さぁ、どう応える?』
目を覚ました世界は
なんだかおかしな事に
巻き込まれていた。
「俺に、志摩の命は勿体無い。重過ぎる。」
苦しみも無い安らかな志摩の顔が、尚更胸を締め付ける。
そうか、迷いがなかったのか。志摩には。
『…たわけ。志摩の頑張りに報いよ。』
「そういえば、貴方の名前は?」
『葵だ。…さっ、伊吹よ。志摩にこの瓶の中の神水を飲ませてやってくれ。』
目の前に置かれた小瓶を
促されて顔を見合わせる。
「向こう、向いてて貰えますか?二人にして下さい。」
『…何と。じゃあ、後ろを向いているから急げ。身体が温かい内でないと、神水で生き返らせれなくなる。』
「…志摩。」
瓶の蓋を外し、神水を口に含む。志摩を抱き起こし
口移しに、神水を飲ませる。
『…ん。』
こくん、喉が神水を飲み込んだのが分かった。
「志摩…?」
『…?ぁ、伊吹』
「まさか、本当に生き返るなんて。葵さん!」
庭先を振り返ると、
葵はいなくなって居た。
『葵、いなくなったんだ。そっか…多分あれは神様だよ。神鳴りに、呼ばれたって言ってたし。』
「じゃなきゃあ、説明がつかない。まさか、神様に助けられるなんてなぁ…」
『伊吹、伊吹の命になったんだな、俺の命は。なんだろう…不思議な気持ちだ。嬉しい。』
涙を零しながら手を伸ばしてくる志摩の手を握り
もう一度口づけをする。
「志摩…お前は、本当に愛しい奴だ。」
『…てか、バレてなかった?親父に。』
「志摩は、態度に出てるからなぁ。分かり易かったんだろう。志摩の父親なんだから、察したんだな。」
『だってさ…伊吹は憧れなんだから仕方ないじゃんか。でも、これからは遠慮せず親父にも接する。』
「あまり、当主様を悲しませるなよ?お前は、根は真面目なんだから。」
『伊吹が言うなら…分かった。でも、びっくりしたよなぁ。伊吹、胸に何か入れてなかったか?』
「あれは、恐らく…雷の力を増幅させる石なんだろう。先ほどの落雷で砕けてしまったみたいだな。」
唖然、と見つめる志摩の視線の先に
「あぁ、火傷は痛くないんだよ。だから、平気だ。」
はっきりと、俺の身体を走った雷紋が残っている。
『これは、俺のせいで…』
眉根を寄せて、心底苦しそうな志摩の表情が
見ていて辛い。
「でも、志摩の神鳴りが、無くちゃ普通にそのまま俺は死んでいたし。志摩は、当主様を殺していたかもしれないだろ?それを考えると…どうにも、なぁ。」
不幸には、誰もなっていないから。
『俺、里を出る。』
「⁉︎」
『里を出て、伊吹にもしばらく会わない。もっと、修業しなきゃさ…また伊吹に雷落としちゃうと困る。』
ここで、ぬるま湯に浸からないのが志摩らしい。
「一人を…選ぶのか?」
『今は。俺の気持ちはずっと変わらないから。それに、なんだろうな…俺の心は伊吹に命と一緒に渡してあるから。』
ゆっくりと立ち上がり、
志摩が当主様を起こす。
「そうか…。」
『ちゃんと、この当主が言った場所には行ってもらわないと。せっかく今まで伊吹が取り組んできた事を無駄にしたくない。明日、俺は出てくよ。だから、伊吹も元気で…。』
「志摩が言うなら…。」
お互いに振り返る事も無く
別々の道を歩み始めた。
いつか、どこかでまた
逢える…その時まで。
大好きだった。
家が隣で、毎日朝から
日が暮れるまで一緒で。
兄弟のように、育った。
とある血を受け継ぐ一族の末裔でもある志摩の家。
その家を継ぐために、
志摩は修行に明け暮れる日々を過ごす。
『伊吹にぃちゃん、今日は父ちゃんが話あるから一緒に来いって。』
朝から伊吹の家に向かい、志摩が伊吹を連れて
自分の家に戻る。
『父ちゃん、伊吹連れてきた。』
座敷に座る志摩の父親。
伊吹は、緊張している様子だ。
「当主様、おはようございます。お話というのは…?」
座るように当主から
促されると、志摩は座敷から出て行った。
『朝から、すまない。話と言うのは他でもない…。志摩の事なんだ。見ての通り、志摩はまだまだ子供だろう?あとしばらくしたら、当主になるという自覚が無いから気にしている。しっかりもしていない…。伊吹としても、志摩はまだまだだと思わんか?』
そりゃあ、志摩はまだ子供だから。
近い将来を意識する時期には来ているかもしれない。
が、どうしてそれを自分に聞いたりするのか。
よく分からない。
志摩は、亡くなった先代…つまりはお爺さんに似ている気質らしい。
現当主は、頭はキレる。
が、どちらかと言えば策略家で情で動いたりは先ずしない。
どちらが良いかなんて
分からないが…自分は
志摩の味方でいたいと思った。
力になりたい、そう思わせる人格を持っているのが
志摩なんだ。
「それは、まだ…志摩は子供ですし。」
『あれには、優秀な血が流れている。が、今のままでは頭角を表すかは分からない。そこで、伊吹…お前が協力してくれないだろうか?』
思ってもみない話だ。
もし俺が、協力すれば
志摩は…当主に近づけるのだったら。
そんな、嬉しい事は無い。
『しかし、そうなれば伊吹…お前にも逃れられない運命が待ち受けることになる。それでも、何があってもお前は志摩の味方で居て欲しい。勝手な願いだと思うだろう?だが、志摩は…お前を慕っている。お前にしか託せない物がある。』
これは、
何と言い表せばいいのかも分からない。
が、不思議な石を当主に
手渡された。
「これは…?」
『その石は、年月と共に強い力を溜め込んでいる。先代はこの石に雷を落として…それは実に神々しい、今から神が降り立つのではないか、という程の神鳴りを起こしたという。残念ながら、私は雨までしか呼べない。志摩には、先代のように神鳴りを起こせる程になって貰いたい。長年、考えてきたのだが…どうにも雨を降らせるには、感情の高ぶりが必要なのではないかと気がついたんだよ。最終的に神鳴りに繋がるのならば、尚更。』
あの、志摩が…
感情を?
いささか、想像し難い。
「俺は、どうしたら?」
『まずは、その石を大切に…志摩に見つからないようにする事。後、毒草と薬草について学びなさい。これは、万が一志摩に何かあった時の為に役立つ。』
当主様は、やっぱり
志摩が大切でならないんだな。
少しでも、志摩の未来に
役立つなら。
その日から、俺は里の近くの林や森で草花について学ぶ事にした。幸い、里の外れにある家のばば様が、色々と薬草について教えてくれる事になった。
『なんだよ、毎日毎日草ばっかり摘んだりして。たまには、相手してもらおうかと思ったのに。』
ぶつぶつ文句を言いながらも、志摩は薬草摘みを手伝ってくれる。
「ありがとう。志摩が手伝ってくれるおかげで、捗るよ。これも、志摩にとっては大切な経験だ。俺と、こうして薬草について学べば…いつか何かの役に立つ。身を救うかもしれないだろう?」
幾つかの束を籠に詰め、薬草を家へと持ち帰る。
『なんで、薬草なんか作り始めることにしたんだよ?伊吹。』
まだ、分からないだろうな。
先の事を考えて
じゃあ、自分が出来ることは何だろう?
そういう時間も
やがては、やってくる。
まだ、許される時間を
今は少しでも志摩と過ごしたい。
「いつかの、何かのために…だよ。そんなに理由が大切か?」
『そうじゃないけど、ちょっと不安になった。俺が知らない伊吹なのかなってさ。』
なかなか、意地らしい事を言う。
「そんな事は、無い。できるだけこれからは志摩のためになる事をして行きたい。分かってくれるか?」
籠に沢山詰められた薬草を見て、満足そうに
志摩が笑う。
志摩には、悟られてはいけない。
これから、先の少し未来の事。
『始めるってのは…いつでも出来るんだよな。俺も、逃げてきた雨を呼ぶ修行をそろそろ真面目にやらないといけないな。俺は、俺だけの力で神鳴りを起こすんだ。』
それからの志摩は、確かに変わった。
いつもの鍛練に、精神統一といった己の心と向き合う時間を作り始めた。
それは、明け方だったり
夕暮れ時、深夜の丑三つ時と、時間を問わずになされていた。
日々着実に、心身共に成長していく志摩。
そうなれば、離れ離れになる日が近いという事だ。
きっと、怒るだろうな。
志摩…俺はお前が立派に
当主になってくれれば
それでいい。
会えなくなるかもしれないが。
そして、然るべき日が訪れた。
あれは、事故だった。
思い出すのは、酷い雨風の中、言い争いをしていた
志摩と俺。
そう、隣県に遣わされる話がついに、志摩に伝わってしまったのだった。
「落ち着け…志摩。きちんと、説明させてくれ。」
問い詰められて、ほとほと困り果てていた俺の心を貫くような…
『親父と結託して、何を企んでる?』志摩の言葉。
結託…?
そんな馬鹿な。俺は
志摩のために何でもしてきたつもりだった。
「落ち着くんだ。志摩…」
伸ばしかけた手を、払い除けられ…紡ぐ言葉も無い。
『いなくなるなんて…伊吹が…どうして?』
雷が鳴る。
それは、まるで志摩の感情を表すような雷鳴。
まさか…これが?
志摩の力。
空が暗い。雲の中だけ
時折光って見える。
『なんで、何にも言わないんだよ!伊吹っ‼︎』
廊下で、声を張り上げる志摩に不意に抱き締められた。
胸が痛い。
いや、熱い。
何かがおかしい。
多分、これは
紛れもない…志摩の力だ。
だんだん強くなってきている。
近い…。
このままでは、雷が近くに
落ちるんじゃないか?
今の志摩には、力は使いこなせない。
『伊吹…親父に何を言われたかは知らないけど、ずっとこれからも一緒だと俺は…っ』
「志摩、二度と会えなくなるわけじゃない。会いにくる、いつだって。」
『伊吹、志摩と離れ離れは寂しいか?』
間が悪く、当主様が廊下に現れて志摩の肩を掴み距離を取る。
「…それは、」
『親父、何で?伊吹が他所に行くなんて俺が許さない!ずっと、小さい時から一緒だったのに…今更離れるなんて。そんなの…』
『お前が、志摩…。志摩は伊吹を好いているだろう?私は、知っていたよ。意識無くとも、お前の顔に書いてある。だが、それはそれとして…お前には後継ぎとして嫁を貰って欲しい。それには、まず伊吹に協力して貰わねばならなかった。すまない。』
「…。」
『ふざけんな!勝手に何でもかんでも決め付けて、俺や伊吹の気持ちは微塵も考えなかったのかよ!アンタみたいな当主だったらな、今すぐに俺が消してやるよ…!』
志摩が帯に差していた小苦無を手にした。
「馬鹿、志摩っ…やめろ‼︎」
低く轟く雷鳴は、直ぐそこに来ている事を
『⁉︎』
忘れていた訳ではなかった。
身体中を、稲妻が走り抜けた。
眩しささえも、感じない。
そうだ、俺は
あの時息絶えた。
身体中の電紋、胸にしまっていた石が、稲妻のせいで
暴発してしまったんだ。
こんな事になるなら…
やはり志摩を悲しませない道を選びたかった。
志摩…すまない。
ほんの少しでも、裏切られたと感じていたなら
それは、俺の心の弱さのせいだ。
迷わずに、志摩を選べなくてコソコソと遠回りをしようとした自分への天罰だ。
志摩は、いつだって変わらないのに…。
『そんな…、伊吹?なぁ、伊吹…嘘だろ?』
志摩が伊吹の身体を
揺り動かす。
衣服がぼろぼろで、
誰が見ても、伊吹は無事ではない事がすぐに分かる。
それくらいの、有様だ。
『まさか…ハハッ、手間が省けたな?志摩。』
おおよそ人とは思えないような
言葉を吐く当主の鳩尾を
志摩が殴る。
『…黙れ、この下衆が。』
失神した当主を見下ろす。
『…っ、…いぶき…っ‼︎』
泣きながらうずくまり、
伊吹の脈を調べる。
心臓も、やはり動いては
いなかった。
涙が止まらない。
どうして?伊吹…
『そこのお前、この美しい神鳴りを呼んだのはお前か?』
庭先に、見知らぬ誰かが
いつの間にか立っていた。
『…?えっ、そうだけど…アンタ誰だ?』
雨をものともせずに
その人はこちらに歩いてきた。
『ご機嫌よう。私はこの神鳴りに呼ばれて来た。…さぁ、そちらの息絶えた男を貰い受けようか。惜しい事をしたな。』
そして、慈しむように伊吹の頬を撫でてから、開いたままの目をゆっくり閉ざした。
『伊吹をどうする気だ⁉︎』
『お前も、素晴らしい素質を持ち合わせているな。しかし、生ある者だ。伊吹とやらは、生き返らせる。そして神格を与えるつもりだ。』
『アンタ、名前は?俺は…志摩だ。生き返らせれるのか?伊吹を。』
『あぁ、そうだ。私は葵と言う。…なんならお前の命で生き返らせる事もできるぞ?そしたら、お前もまとめてこの場で神格をやれる。どうだ?愛する者のために、どこまでお前はできるかな?』
挑発的に笑う葵。
『神格って何だ?』
『神になるのだよ。土地土地のな、神格を貰うと不死になる。まぁ、例外もあるが。志摩、お前は古い種族の血が流れているな?だから、こんな神鳴りをおこせたのか…。なるほど、では素質は申し分ないな。』
『何でもいい…伊吹を、俺の命はくれてやるからっ、頼む!』
縋るように、願いを葵に伝える。
『私はな、お前達が想い合っていようがいまいが関係無い。優秀な者に用がある…ただ、それだけだよ。さ、志摩…覚悟はいいか?』
ニコリと冷たい笑みを浮かべて、志摩の胸に葵が手を当てる。
左胸から、光り輝く塊のような物を抜き取り
寝かせている伊吹の胸へと
それを静かに置く。
『…さぁ、目を覚ませ。伊吹よ…』
ぐっ、と両手で葵が
それを押し込む。
「⁉︎っは…っ…」
伊吹が、目を冷ますと同時に志摩は、床に倒れた。
『伊吹よ、お前が生き返ったのはな…今息絶えた志摩のおかげだ。』
意味が分からなかった。
けど、ただならぬ人物なのは一瞬にして理解できた。
「志摩が…そんな、何故⁉︎」
『愛だろう。お前に対する…さぁ、どう応える?』
目を覚ました世界は
なんだかおかしな事に
巻き込まれていた。
「俺に、志摩の命は勿体無い。重過ぎる。」
苦しみも無い安らかな志摩の顔が、尚更胸を締め付ける。
そうか、迷いがなかったのか。志摩には。
『…たわけ。志摩の頑張りに報いよ。』
「そういえば、貴方の名前は?」
『葵だ。…さっ、伊吹よ。志摩にこの瓶の中の神水を飲ませてやってくれ。』
目の前に置かれた小瓶を
促されて顔を見合わせる。
「向こう、向いてて貰えますか?二人にして下さい。」
『…何と。じゃあ、後ろを向いているから急げ。身体が温かい内でないと、神水で生き返らせれなくなる。』
「…志摩。」
瓶の蓋を外し、神水を口に含む。志摩を抱き起こし
口移しに、神水を飲ませる。
『…ん。』
こくん、喉が神水を飲み込んだのが分かった。
「志摩…?」
『…?ぁ、伊吹』
「まさか、本当に生き返るなんて。葵さん!」
庭先を振り返ると、
葵はいなくなって居た。
『葵、いなくなったんだ。そっか…多分あれは神様だよ。神鳴りに、呼ばれたって言ってたし。』
「じゃなきゃあ、説明がつかない。まさか、神様に助けられるなんてなぁ…」
『伊吹、伊吹の命になったんだな、俺の命は。なんだろう…不思議な気持ちだ。嬉しい。』
涙を零しながら手を伸ばしてくる志摩の手を握り
もう一度口づけをする。
「志摩…お前は、本当に愛しい奴だ。」
『…てか、バレてなかった?親父に。』
「志摩は、態度に出てるからなぁ。分かり易かったんだろう。志摩の父親なんだから、察したんだな。」
『だってさ…伊吹は憧れなんだから仕方ないじゃんか。でも、これからは遠慮せず親父にも接する。』
「あまり、当主様を悲しませるなよ?お前は、根は真面目なんだから。」
『伊吹が言うなら…分かった。でも、びっくりしたよなぁ。伊吹、胸に何か入れてなかったか?』
「あれは、恐らく…雷の力を増幅させる石なんだろう。先ほどの落雷で砕けてしまったみたいだな。」
唖然、と見つめる志摩の視線の先に
「あぁ、火傷は痛くないんだよ。だから、平気だ。」
はっきりと、俺の身体を走った雷紋が残っている。
『これは、俺のせいで…』
眉根を寄せて、心底苦しそうな志摩の表情が
見ていて辛い。
「でも、志摩の神鳴りが、無くちゃ普通にそのまま俺は死んでいたし。志摩は、当主様を殺していたかもしれないだろ?それを考えると…どうにも、なぁ。」
不幸には、誰もなっていないから。
『俺、里を出る。』
「⁉︎」
『里を出て、伊吹にもしばらく会わない。もっと、修業しなきゃさ…また伊吹に雷落としちゃうと困る。』
ここで、ぬるま湯に浸からないのが志摩らしい。
「一人を…選ぶのか?」
『今は。俺の気持ちはずっと変わらないから。それに、なんだろうな…俺の心は伊吹に命と一緒に渡してあるから。』
ゆっくりと立ち上がり、
志摩が当主様を起こす。
「そうか…。」
『ちゃんと、この当主が言った場所には行ってもらわないと。せっかく今まで伊吹が取り組んできた事を無駄にしたくない。明日、俺は出てくよ。だから、伊吹も元気で…。』
「志摩が言うなら…。」
お互いに振り返る事も無く
別々の道を歩み始めた。
いつか、どこかでまた
逢える…その時まで。
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高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
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BL短編まとめ(甘い話多め)
白井由貴
BL
BLの短編詰め合わせです。
主に10000文字前後のお話が多いです。
性的描写がないものもあればがっつりあるものもあります。
性的描写のある話につきましては、各話「あらすじ」をご覧ください。
(※性的描写のないものは各話上部に書いています)
もしかすると続きを書くお話もあるかもしれません。
その場合、あまりにも長くなってしまいそうな時は別作品として分離する可能性がありますので、その点ご留意いただければと思います。
【不定期更新】
※性的描写を含む話には「※」がついています。
※投稿日時が前後する場合もあります。
※一部の話のみムーンライトノベルズ様にも掲載しています。
■追記
R6.02.22 話が多くなってきたので、タイトル別にしました。タイトル横に「※」があるものは性的描写が含まれるお話です。(性的描写が含まれる話にもこれまで通り「※」がつきます)
誤字脱字がありましたらご報告頂けると助かります。
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