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五里霧中。(昔のお話になります)

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自分は、一体どうしたというのか。

遠のいていた意識が

徐々にはっきり自分に帰って来た。


思い出せない。

布団に横たわる自分の

投げ出されていた手を

他人の手のように見ている。


何が…あった?



『服毒されたんだ、志摩は。俺が薬で解毒したから、もう大丈夫だ。』


何度聞いたかわからない、

落ち着きのある低い声。

伊吹…


視線が交わると、

何も言えないままで

天井を見上げた。


まさか、命を救われたなんて。

甲賀 伊吹。

幼馴染みにして、

好敵手だと思っていた奴に。


よりにもよって、だ。

おそらく、里のものが

伊吹に知らせたのだろう。

伊吹は、昔から手先が器用で薬も調合できる。


毒には、有る程度の

耐性をつけていたはずだが

この体たらくだ。

指先にピリピリと残る痺れの感覚。


「毒…あれだけ日頃から気を張ってても、あるんだな。こんな事。」


『食事に混ぜられた物かもしれない。それは、まだ何ともな。』

心に、針が刺されたみたいな言葉にし難い気持ちが湧き上がる。


なぜ…?

裏切られているのか。


疑心暗鬼になる。

それにしても…伊吹には

感謝してもしても足りないだろう。

窮地を救って貰ったのは

これで何度目だろうか。

幼い頃から、伊吹は年の割に落ち着いていて。


俺は、いつまでたっても子供みたいに飛び回っていた。

「…しばらく一人にしてくれ。」


『そうか…。』

礼すら言い忘れて、


しまった!

と、思う頃には勿論

伊吹の姿は見えなくなっていた。

明け方の薄明るさが部屋を徐々に満たしていく。

静かで、変わらない世界。

陽が満ちると

また、違う色に染まる。

僅かな時間だけの静寂が好きだった。


伊吹は、何も言わない。

ただ、生きてた俺に喜んでくれた。


『当たり前だ、志摩の一生も俺の一生の今一度。明日が迎えられるだけで充分だ。』


そういう、忍が伊吹だ。

例え下忍に裏切られようが

生きていれば俺の勝ち。

確かに、そうだな。


「傷ついてる場合じゃないか…。」


次期当主になるかもしれないのに、もっとしっかりしなければ。


伊吹も、本当ならば甲賀の人間なのに。

いまだに心配して

こちらに顔を出しに来る。


伊吹は、人がいいから

黙って見ているが。

本心の見えない所がある。

毒草も、薬草も扱いに長けていて薬師みたいだと思えば、裏では暗殺なども手引きしていると聞く。


優しい顔して、やる事は

やってるんだ。

『…志摩、入るぞ。』

部屋の外で声がする。

まだ、朝も早い、

起きてるとは思わずに

声を掛けたのだろうが。


「あぁ…。」

静かに戸が開けられ

おも湯を持ってきたらしく

匙と器を手にしている。


『まさか、起きていたのか?…いや、眠れなかったのか』

どちらでも無い。

ただ、漠然と

命の危機を乗り越えて

また己が有る事を実感していたら、こんな明け方になっていただけの事。


「どうだろうな。ただ、目が冴えて眠れなかった。」


『一人にしていったが、心配でな。腹も空いてるだろう、おも湯から先ずは口にして後は、ゆっくり休むことだな。』


身体を起こそうと、

上体に力を掛けようにも

うまくいかないのだ。


自分の身体を

疑いたくなる。

『大丈夫か…』

直ぐに、横に来て身体を起こされた。

力が入らない。


くったりする俺を、伊吹が

支える。

腕、またシッカリしてきて…こう見えて日々鍛えられている伊吹の身体は

自分とは、似ても似つかない。

頼りになる、腕。


「大丈夫…。」


よく、里の者に言われた言葉を思い出す。


剛の伊吹に、柔の志摩。


岩の様に強い屈強な身体と意思を秘めた伊吹、風のように駆け抜け

しなやかな身のこなしが出来る志摩。

と言う所だ。


『あまり、無理をするな。お前は次期当主なんだからな…。里の者を、がっかりさせてはいけない。』


伊吹は、純粋で真っ直ぐなんだから、仕方が無い。

そんな事は、百も承知。


「お前の口で、喋れ。」

ふっ、と聞き慣れた言葉だと笑う伊吹に

志摩も笑みを浮かべる。


何でだろうか、いつからか伊吹が建前で話をする時がある。


恐らく、本心は

その裏にあるのだが。

『そうだったな、志摩…。昔は俺も言えたんだけどな。本心だけを。今じゃそれは、出来ない事だ。ましてや、お前相手だと尚更な。』


誰にも邪魔などされたくない。

いつだって自由に伊吹と

遊んでいた子供の頃が懐かしい。


「分かってる。分かってるから、余計に辛いんだよ。」

少し楽になってきた身体を支える伊吹の手を解き


「おも湯、折角だから…いただく。」


脱水状態に近かった身体に

匙で掬った

おも湯は、胃に染み入るようだった。

味は、ほとんど無い。

確かに腹は空いていた。


『美味くも無いだろうがな、何も食べないよりかは。消耗も酷かったなら食べないと治らない。』


唇に、つく水分さえ

なんだか惜しい。

それだけ、飢えていたのか。


ぺろっ、と唇に舐めてみた。

それを見て伊吹が目を逸らした。


「…?何だ。」

『いや、志摩はどんな時でも無駄に色気があるから…なるべく見ないように、と。』


色気…?

単に弱っているから

そう見えるのではないか。


「色気なんか、無い。身体が怠くて、そう見えた気がしたんだろう。伊吹も、休んでくれ。俺は、もう平気だから。」


意識も、しっかりしてきた。食欲もある。

後、もう少し休めばまた

いつもの自分になるだろう。


『今日一日、志摩の様子を見てから帰る。まだまだ、気を抜けない。』


叶うなら…ずっと

この里にいて欲しかった。


喉に、長年言いたかった言葉が引っかかったまま。

大人になってしまい…

今だ嫁を貰う事もなくいるのは、何のためか。


言えば、

終わる。

言えば、恐ろしい何かも

始まる。

言わなければ、一生このままだ。


伊吹、どうしようか…?
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