Sunny Place

あきすと

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⑧糸

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『さすがに、このポータルでは時間に干渉しない。時間の概念の話は
俺の専門外だから、他の先生に聞いて貰って。』
「僕が行きたい場所、は…やっぱりあの獣人さんが居る所です。」

ヴェイリネ先生が少しだけ困った様に笑って、
『俺もついて行こうか?って言いたいけどな。個人的な話でもあるし。』
「そんなに、心配ですか?」
『当たり前だ。最近また、治安が悪くなりつつある。相手のフィールドに
行くなんて事はまだ早い段階の様な気がする。』

「僕はなにも、トラブルを起こそうとしてるのでは無いです。ただ、単純に
お礼がしたいだけで。」
『まぁでも、相手もそれなりにスフェーンの事を…俺の苦手な分野だな。』
「誤解されやすいのは承知してます。そりゃ、種族が違いますし。」

深く考え込まない様にして来た。
歴史や史実は、自分からは遠いお話なのだと思って。

『例えば、どっちかが好意を持っていたとして…どうしたいんだ?』
「~想像がつかないです。」
『俺も…。』
「ぁ、でも交流はしてみたいと…子供の頃から思ってはいました。」
『ふぅん…。』
「住む世界はもしかしたら違うのかもしれないけど。」
『……同じだよ、スフェーン。考えてもみなよ。この世界に楔を打つのはいつも
人間側だって事。忘れないで居ないと。』

世界の残酷な現実は、いつの世も変わらないのかもしれない。
人間が居る以上は。

「さっきの場所は、本当に実在するんですよね?」
『あぁ、歴史的観点でもものすごく重要な場所とも言える。まさか、とは思うけれど…
この場所を選ぶなんて。少しは人間と獣人・エルフとの関係性を考えている者かも
しれないな。』

ヴェイリネ先生が説いてくれた言語を、翻訳してもらい
とある地名で会おう。と、書かれていた事を知った。

「ちょっと一旦帰ります。」
『ぇ、あ…夜にまた来るんだよな?』
「ハイ。先生、なので寝ないでくださいね早々に」
『大丈夫大丈夫、あ…。』
「……どうしました?」

席を立ってヴェイリネ先生に視線を注ぐ。
『ユークレースには、ポータル使うとか余計な事…絶対に言うな?』
「あ……そうですね。黙っておきましょう。」
『超真面目なユークレースは、絶対に黙って無いだろうから。』
「分かりました。では、また後で…。」

そそくさとその場を一度解散して、アカデミアから急いで街中を目指す。
今の季節には美味しい林檎が実りの時期を迎える。
夜までに林檎を使ったお菓子を完成させて、できれば獣人の彼に
渡してあげたい。

ユークレースが帰宅するまでに、色々と準備をしておかなければ。

目抜き通りを歩いていると青果店には、様々な秋の実りを果物などが
こぼれ落ちそうに並べられている。

艶やかな赤に、薄甘い香りの林檎を袋に一杯買った。
他にも、雑貨屋さんでフラワー、糖蜜、膨らし粉なども買い足して寮に
帰って来た。

作業場もキッチンも自分にとっては同義である事が、
ユークレースからすればおかしな話だと言われる。

魔法も錬金術も学んで来たけれど、過程は似ている。
結果や目標が違うだけ。

もっとも、ユークレースが得意とする分野は兵術における魔法や武術魔法が
ほとんどで、歩む道は僕とは全くの真逆でもある。

ただ、漠然とみんなが仲良く平和に暮らせる世の中がいい。
でも、ユークレースには鼻で笑われる。

誰かに守られて初めて、平和と言えるのであり
その自覚がない者に限って容易く平和を謳う。
と、たしなめられた事がある。

言いたい事は僕にもよく分かるけど、確かに簡単な事では無い。
差別も不条理も貧困もそうそう簡単には無くならない。

「だからって、親切にしてくれた心には応えたいな。」

部屋に戻り、着替えを済ませてから作業台に向かう。
綺麗に洗った林檎を薄切りにして、塩水につけて色留めをする。
フラワーと膨らし粉を合わせて、粉ふるいに2回通して
溶かしバターと卵ボウルに入れて、馴染ませていく。

特別では無いけれど、いつ食べても飽きないお菓子が作りたい。
魔法が使えなくても作れるお菓子も、魔法で作るお菓子も
同じ様に美味しく出来上がる様に。

ゆくゆくはお菓子のレシピを集めて、本も作れたら。
と思って日々試作を繰り返している。
ほとんどは、ヴェイリネ先生の魔力になってしまうけれど。

日が暮れる前に、林檎を使ったケーキが焼き上がった。
粗熱を取って、包装しバスケットに入れる。

今日は確か、最後の講義をヴェイリネ先生が担当していたから
今から先生の部屋に向かえば良い頃合いだと思う。

「ユークレースは今夜も遅いのかも。」
一応、書置きを残して部屋を片してから戸締りを済ませて
量からアカデミアに戻る。

ヴェイリネ先生とは廊下で鉢合わせた。

『イイ匂い~、くれるのか?』
「これは、先生のではありません。」
『あははっ、分かってるって。よし、じゃ…』
先生の部屋のドアが開くと、既に黒い扉が現れていて
一瞬ひるんでしまう。

「あの、帰りは…どうしたら?」
『…帰って来たい気持ちになるのか?』
「どういう、意味ですか。先生」
『この先には正直、なんの保証もないよ。俺も、現状までは把握できていないし。』
「でも、獣人はポータルを持っているんですよね。」
『持っているヤツも居る。ってだけで。誰しもじゃない。』
「分かりました。」
『困った時には、コレを使え。』

ヴェイリネは僕に、糸を巻いたもので出来た人形の根付を渡してくれた。
「…これは」
『どうしても、帰りたくなった時の為の…』

いつもはおちゃらけた雰囲気のヴェイリネ先生の
真剣な表情を見ていると、自分がやろうとしている事の
大きさを改めて実感する。





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