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①
しおりを挟む錬金術師の育成学校に入学して、もう卒業を迎えるという夏の終わり。
先生(師匠)に専修室へと呼ばれていた。
僕は見えない未来の不安を心の奥底で感じながら、
専修室のドアをノックした。
お世辞にも、在学中の成績は褒められたものでは無かったけれど
自分のお店を持つことは、卒業してからの夢。
いや、目標として先生には伝えてあった。
単位は足りているし、出席日数も満たしてはいるはずなのに
自分自身に言い訳しがちな性分が肩を重くさせる。
先生からの言葉は、僕の予想を完全に覆すもので
僕はしばらく言われた言葉の意味が理解できなくて、寮に帰ってから
改めてよく考える事にした。
『次の私の面談までに、得意なお菓子を作って持って来なさい。』
本当に、これだけを言われた。
頭にいくつもの疑問符が浮かんでいる最中、ルームメイトが部屋に戻って来た。
学年一の秀才で、寮長も務めていた頼れる僕の親友でもある。
「やぁ、お帰り。」
『留年、は…しないだろう?』
ハッキリとした物言いが特徴で、昔から僕の精神的な支えにもなってくれている
掛け替えのない存在だ。
「うん、特にはそんな話にはならなかったけれど…先生がおかしな事を言うんだよね。」
僕と、ユークレースの(親友)師事する先生は同じである。
『先生は、お前の事は特に目を掛けていたから…。で、何を言われた?』
ほんの少しせっかちな親友は、2段ベッドの下の段に深く座り込んで
机に向かって座る僕を見ている。
「僕が、休みの日に区外のマルシェでお店を開いてる事、ユークレースも知ってるでしょ?」
『あぁ、あのマルシェは…俺はお前が出る事には今でも反対だと思っている。』
学校のある区外には、いわゆる獣人の種族も生活している。
昔は人間が多く暮らしていたけれど、住処を追われた獣人の多くが
国を越えていつしか暮らすようになっていた。
国王の統治下で治世はされているものの、見えない所で小さな歪みの様なものが
生じているのも事実で。
将来は仕官の道に進む、ユークレースとしては現実問題なんだろう。
「僕は、あのマルシェに出店する様になってから…もっと自分の可能性の見つめてみたくなったんだよ。
夢の為、って言うのも気が引けるけど。獣人さんも人間も何の隔たりが無いのを、あの場が教えてくれる。」
ユークレースは、時間が合えば護衛と称して僕が出店する時に同行してくれる。
イイ奴なんだけど、警戒心が強くて佇まいはわずかに硬さがある。
一緒にお店の内側で居てもらう以上は、笑顔を忘れないでって言っても
まったく身につかないらしくて、今ではマルシェの警備側として参加している。
僕の出店している小さなお店にも、少しずつ常連さんができ始めている。
とても喜ばしい事で、卒業してお店を構える時には
一番にお知らせしたいと思っている。
『ただの客は問題ない、が…俺はあの獣人だけは気に入らない。』
「もう、何年前の話を引きずってるんだよ。それに、僕はもう気にもしていないってのに。」
ユークレースが獣人の種族自体を警戒している。と言うよりは、数年前に
起きたちょっとした事故をキッカケに僕は負傷した。
この時に関りがあった獣人の事を、今でもユークレースは憎んでいる様なのだ。
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