【きみとは友達にさへなれない。】香らない花

あきすと

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④恋は苦しい?

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雪が降る頃、僕は先輩にお誘いを貰った。
師走の喧噪の中、休日に出かける約束を取り付けられて
驚いたのと同時に、内心少し嬉しかった。

そろそろ先輩も高校を卒業する。
進路は、進学する事を聞いていた。
学生期間は猶予期間だなんて、思ってはいない。
けれど、心のどこかでホッとしたのは何故だろう。

あの優しい笑みが、もしかしたら遠くなるのか。

僕は先輩の気持ちには答えられはしないけれど、
1人の人間として交流がある事は単純に愉しみが増えると感じた。

市内の駅で待ち合わせをして、出掛けるなんてのは
やっぱりデート感がある。

クラスの友人に、先輩の家の話を聞かされた。
いわゆる、苦労と言う言葉は思い当たらない様な
暮らしぶりも。

育ちの良さは、聞かされなくとも感じていたし
とても穏やかな性格でありながら、熱心さを併せ持つ
側面にはむしろ羨望さえも抱かれる事だろう。

駅にも多種多様な装飾、広告が多くひしめき合っていて
僕は人の波を見ていた。

乗り気でない訳は無い。
ただ、先輩の観たい映画を一緒に観て食事をする。
定番中の定番だと思って、更に頭を悩ませる。

自分の優柔不断さが、こんな時に顔を出すのではないかと。
『遠江くん…!』
大きな電光掲示板の近くで立っていると
走って来る先輩が見えた。

淡いベージュのコートを着て、走る姿は人目を惹くには
充分だった。

「…先輩、走ると危ないですよ。」
目の前に現れた先輩は、確かにいつもと違っていて。
とても大人っぽく綺麗だと思えた。
頬が赤みを差していて、髪が少し乱れてしまっている。

こんなにしてまで?

僕より少し背の低い先輩の髪を、そっと指先で直し
顔を上げた瞬間、視線がぶつかった。
『ありがとう。遅れるかと思って…大丈夫かな?』
「まだ後、数分早いです。」
『良かった…。』
「今日、なんだか先輩がすごく大人に見えます。」
『そう、かな?』

すらりと細い線の足元に、中に来ているオフショルのニット。
エクルベージュのロングコート。
「彼女みたいです。」
『…あ、今日はそういう気遣いはいらないよ。1人の人間同士でさ、楽しめたらいいなって。
でも、遠江くんも…出来上がってるね~さすが、雑誌に出てるだけある。』
「僕は、頑張らない…頑張れないのでこれと言った面白みのない定番で来ました。」

先輩は笑ってくれて、歩きながら観る映画の話をしてくれた。
『僕は、ベタなの観たいんだけど。遠江くん、観てみたい映画あった?』
「僕は、何でも観れます。と言うか、先輩が興味のある映画を観てみたい。」
『洋画のSFとかなんだけど』
「あ、僕SF大好きなので…むしろ良かった。」

まさか恋愛ものだったらどうしようと思っていた。

デートではないのだから。
でも、僕の隣には僕に好意を少なからず持っていた先輩がいる。
今も、そうなのかは正直分からない。

映画館は隣の商業施設の中に併設されていて、チケット売り場で
先輩がすぐに発券してくれた。

『財布は今日は出さないで。』
「…それは、駄目ですよ。奢られる理由も無いですし。なので、食事代は僕が出します。」
『じゃ、うんと美味しいもの食べようかなっ』
無邪気に笑って、指定のスクリーンと座席まで歩く。

「そうしましょう。…先輩、足元気を付けて。」
『隣同士、なんだよね?』

先輩は両手で頬を押さえながら、ジッと僕を見た後に
座席を下ろして座った。
同じく、隣に座る。後部から2列目で少し遠目の真ん中あたり。

適度に暖房がついていて、椅子の座り心地も悪くなかった。
「振動とか伝わるタイプのもありましたね。」
『ビックリして内容が入って来なくなりそう~』

気の優しい先輩には、少し刺激が強そうかもしれない。

2字間ほどの上映時間で、かなり没入感があり時間があっという間に
過ぎて行った印象だ。

「あっという間でしたね?…先輩」
『あ、…ん。大丈夫。』
館内が明るく照明が戻ると、先輩は立ち上がり
階段を下りていく。

どこか雰囲気がさっきとは違う。
「疲れちゃいました?」
まだ夕方には早い。
『やっぱり、遠江くんに付き合わせるのは変だよ。』
映画館を出て、先輩は首を横に振った。
「でも、楽しかったですよ?」
『それは、映画の内容が。でしょ?今日はここまでで大丈夫。来てくれただけでも…
本当に嬉しい。ありがとう。』

僕は、先輩の言う意味が分からない様な
分る様な。おかしな焦りで、困惑していた。

「先輩…」
『遠江くんがそんな顔しなくても良いんだよ。コッチが勝手に言いだした事に
付き合ってくれて、感謝しか無いよ。』

先輩は頭を綺麗に下げて、僕は慌てて
「ごめんなさい、返って先輩を傷つけてしまったのなら…」
頭を上げて欲しくて体に触れようとした。

先輩の瞳に浮かぶ涙を見てしまい、急に罪悪感が増した。





『あれ?また来たの?』
僕は、また林泉古書店に来ていた。

「人の心が分からないのかな~僕って」
『……そうなの?』
店内でカウンターで折り紙を折りながら、雪ちゃんが僕を見上げた。
「分かんないよ。それさえも…」
『へぇ~~』
「雪ちゃん、それ何作ってるの?」
『コレ、はクリスマス用の装飾。』
「え、上手だね~」
『爺ちゃんは、綺麗に折ったのしか使わないからさ。難しい。』
「あ~、なんか分かるカモ。」

丁寧に折り目をつけながら、雪ちゃんが折っていく所を見ていると
心が和む。

『…あの、』
「ん?なに」
『何回もお腹鳴ってますけど…晩御飯まだなの?』
「うん。まだなんです。そうだ、雪ちゃん。一緒に食べない?僕にお隣のお店で
驕らせてくれない?」

雪ちゃんは怪訝な顔をして、
『じーちゃんが怒るので、おごられたくはない。』
「え~、いいじゃんケチ。」
『俺は、明子伯母さんにお願いすれば食べられるので。いつもそうしてるから。』
「前にも、そうだったよね。」
『そう、だからアナタは…勝手に一緒に食べたかったら、どうぞ。』

思わず、にま~と笑顔になってしまう。
雪ちゃんは、俗にいうきっとツンデレなんだと思う。

まだ小学生だけどさ。

「いいよいいよ、一緒に食べに行こう。」
『ちょっと、待ってて。じーちゃんに聞いて来る。』

雪ちゃんは2階へと上って行った。





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