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クソ彼氏が愛おしくて辛すぎる。

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あの日以来、なんだか朔の事が妙にマトモに見え始めるという不思議な現象が起きている。
仕事中も、なんだかボーッとすると頭の余白には朔の事を考えていたりするので今までに
無かった事だと思う。
仕事の事は、お互いに話さないけどああ見えて朔の仕事は、国内の文化や伝統などを国外に
向けて発信していってるらしい。俺の事を3年間もほったらかして、海外に勉強しに行っていた
事実を思うと、クソ彼氏と呼んだりするのは気が引けるような存在ではある。
朔の、オンとオフの落差が酷いのは今に始まった事では無いし、むしろそれがあるからこそ
朔は、朔であると言える。

自分の職種とは、かけ離れているし家に帰ってまで仕事の話を持ち込まないのはお互いに気楽で
よかった。日頃からPCと睨めっこして、顔の表情筋もそろそろヤバイんじゃないかと思う程の
無表情が毎日。だから、朔みたいに表情豊かで落ち着かない人と居るだけでも、かなり刺激的
ではある。
「はぁ…、疲れた。朔~ちょっと上に乗ってマッサージしてくんない?」
家に帰ればグロッキーになる時もあって、夕飯を作る前にベッドの上に寝そべっていると
先に帰宅していた朔が珍しく読書をしている。
ほんと、こういうギャップが何なんだろう?不思議と視線を奪われる。
『ん…?上に乗ってって…』
「肩と首が回らないかも…」
『押せばいいの?』
「とりあえず、…ぁ…痛い!…はぁ…そこそこ~」
『俺、こういうのよく分からないんだよなぁ。央未は、上手くやってくれるけど』
スーツの上着を脱いで、ワイシャツの上から朔に体を触れられている事に何だか妙な
くすぐったさが途中から芽生えてしまった。

『央未、気持ちいい?』
「痛気持ちいい…のかな?」
『デスクワークばっかりだと、気が滅入るだろうに』
「朔は、色んな方に行ける仕事だもんなぁ。」
『どっちもどっちかもな…。ここはどう?』
「いだだだだ、グリグリはダメだって…っん~」
『…お風呂に入って、温まるのがいいよ。』
「ね、朔…さっき何の本読んでたの?」

朔がベッドの端から立ち上がって、読みかけの本を手にし
『あぁ、これは…地方の郷土史。』
「…お勉強中だったのにごめんな?」
『いやぁ、全然。俺は、央未の喜ぶ事をするのが趣味みたいなものだから。』
分厚い本で、いかにも古い感じがするきっと、文字も細かいんだろうなぁと
見つめていた。
ベッドから起き上がって、体をよく伸ばし台所に立つと
『…央未、疲れてるなら無理すんな?今日は俺が作るから』
「今日は普通の、朔だな…俺としては有難いけど」
読んでいた本にしおりをはさみ直して、朔が本棚に片してから俺の体を背後から
抱きすくめる。
『お客様、困ります…どうかお座りください』
「ちょ…、冷蔵庫だけでも確認させてくれよ」
『央未、冷蔵庫に食材欠かさないから、料理はしやすいし。ほら、先に風呂にでも入れば?』
「…朔が、新妻みたいでウケる。」
いや、こんな高身長で男前な嫁は怖いんだけどさ。
『冗談抜きでさ、俺は後でいいから。ゆっくり体温めてこいよ。』

「朔…わかった。ありがと。」
朔の腕から解放されて、着替えの準備をしていると
『なぁ、央未ってさ…転職する気とかってある?』
突然の問いに、俺はびっくりして後ろを振り返ると朔と目が合う。
朔は、冷蔵庫から出した野菜の下ごしらえをしている所だった。
「ぇ、いや…まだそんな気は全然ないんだけどさ。何?朔は考えてるのか?」
いつも、朔は予想外でドキドキする質問を平然としてくる。

『んー…、都会に疲れた。って言うか。俺の仕事って別に全国どこにいても出来るから。
静かな所に移住しても転職の必要ないし』
「あー…俺の仕事も実は結構在宅率は高いんだけどさ。」
とは言え、いくらなんでも忙しないだろうに。
『あは、冗談だよ…俺、最近帰国したばっかりでやっと落ち着いたんだから。ちょっと言ってみただけ。』
多分、本気だろうな。こういう類の事で、朔は冗談も言わない。
「もっと、煮詰まったら真剣に聞いてあげるからさ。あんまり…考え込むなよ朔。」
朔は小気味いい包丁の音を立てている。
『ん。分かった…』
俺も、朔の気持ちはなんとなく理解できるだけに強く咎める事は出来なかった。

俺には、俺の朔への独占欲があって。朔には朔の俺に対する独占欲がある。
せめぎ合う事はないけど、朔は時々その欲に苦しみだすと迷走する。
俺の自由を奪いたくないという思いが、いつだって根底にあるからだ。
ああ見えて、嫉妬深いし。俺の朔以外の友人の少なさがそれを物語っている。

沸かした風呂の湯船につかりながら、朔の後ろ姿を思い出す。
まぁ、ただのクソ彼氏じゃないから…俺も思い悩むし全然嫌いにもならないんだ。
顔も良いし、頭はいい。話しやすいし、頼りになる。仕事も出来る。
残念なのは、ホントに俺に対する変態行為くらいな訳で。
愛情深過ぎて、ゾクゾクする様な事を何食わぬ顔で言うし、やってみせる。
最近では、あんまり喫煙もしなくなって来てる。
酒も、さほど飲まないし。
「全然、クソじゃない…」
いやいや、だまされたら駄目。首を軽く振って打ち消す。
今まで、こうやって絆されまくって何回泣きを見た事か。

はぁあ…、でも…朔の眼鏡姿が大好き過ぎてヤバかった。
アイツ、本当に黙ってればただのイケメンなのに。
勿体ないことこの上ない。
コンコン、と浴室のドアがノックされて
「!?」
どうやら、朔が来たらしい。
いや、何しに来たんだよ。
「なに~?」
『お背中お流ししましょうか…』
「断る!」
『ぇ~、何で…』
「出入りされたら寒いから。せっかく体が温まったってのに」
『…確かに、そうかも。』
お?諦めてくれたのかな。ドアの人影が消えていた。
最近、少しずつ朔がマトモになりかけている。
「ごめんな…、」
俺としては、好都合なんだけど。でも、無邪気な朔を見ているのも好きだ。

朔に体を洗ってもらうなんて事をしたら、のぼせるだろう。
風俗まがいな事をされないかと不安だ。

風呂上がりに、冷蔵庫の前で水を飲んでいるとジーッと朔にガン見されている。
『央未、そろそろ誕生日じゃない?』
「…あー、そうだわ。俺のが先に歳増えるからなぁ」
『俺は来月…良い兄さんの日だっけ』
「だいたい1月違うんだよな。」
『なぁんか欲しいものとかないの?行きたい所とかさ。』
「まぁ、平日だし…特別な事は望まないよ。俺は、朔と一緒に美味しくご飯食べれるだけで
充分なんだし」
『…無欲。でもないか。食事ってのはね、そのまま欲求を満たす行為だから。』
「欲しいものもあんまり無いんだよね。…しいて言えば、ピローフレグランス?」
『加齢臭で枕がくさいの?』
「いくら先に歳をとるっても、それは…あんまりじゃない?朔」
『嘘~ん。央未の毛穴も頭皮も良い匂いするのは、俺が一番よく知ってるよ。』
腹立つわー、コイツ。
くんくん、と俺の頭の匂いをすでに嗅いでくるし。

『良い匂い。』
「今、風呂上がりだろ…」
『どんな匂いが良いの?』
「よく眠れそうなのが良い。」
朔は、うーん、と考えている。お?真剣に考えてくれてるのかな。
『そんなに眠くなるのだと、途中で寝てしまうんじゃ?』
「……言うと思った。」
『だって、それは重要だよ~。俺、ソロプレイヤーになるじゃん』
頭が痛くなりそうだ。
「心配しなくても、そんな即落ちのも珍しいと思うから。」
『じゃ、好きな匂いの種類とか教えてくれる?』
「甘すぎないのが良いな。ふんわりした匂いがいい。グリーン系とかスパイシーなのはパス。」
『え、俺の服の襟の匂いでいいんじゃない?』
「おい…やめろ」
『俺、知ってるよ?央未が俺の脱いだスゥェットの匂いかいでたの』

あれは、単純に何日間ほど着てるのかを確認しただけなんだけど。
「朔、良い匂いではあるよ。」
『では、って…』
「でも、お前のフレグランスと混じるから…分かりにくくなるんだよ」
『同僚にも、良い匂いって言われる。』
「俺も、その匂いも好きだけど朔の匂いが落ち着くのは否定しない」
『俺とお揃いのフレグランス贈ろうかなぁ』

テーブルに朔の作った料理を配膳して、席に着く。
「ちょっと、照れるよそれ」
『マーキングしたみたい?』
「ぁ、そうか。うん、とりあえず一応は任せるから。アホみたいに高いのとか買わなくていいからな?」
今日は、ロールキャベツを作ってくれたみたいで相変わらず、小器用な朔に
感心する。サラダも彩り豊かで、コレ本当に朔が?といまだに思ってしまう。
『分かった。…もっと期間があったらオリジナルのフレグランス、作ってもらえたのになぁ』
「憧れるけどさ、何だろう?自分をイメージに調香してもらうって何かエモいのかも」
『そんなにせっせと香りづけしなくてもさぁ、俺は…生の央未の匂いが一番大好き!』

出たよ、この変態。
「わは、マジで?物好きだよなぁ…」
『じゃなきゃ、あんな事しない』
「お前知ってる?好きだって気持ちがさ、良い匂いに錯覚させてるんだって。」
『夫婦間とかでよくあるらしいね』
「俺、10年以上…朔の事好きってなかなかだね」
『3年間の放置プレイに耐えた央未は、尊敬する。俺なら、新しい相手探してたかも』
「いやいや、お前が言うな!」
朔は、悪戯好きな子供みたいに笑う。
本当に、本当に困った奴だ。でも、そこがまた愛おしい。

『28日開けといてね?まぁ、約束なんて本当はしなくても良いんだろうけどさ。』
「仕事、定時に上がれるように頑張る。」
『今夜は、どういう設定でイチャイチャする?』
「は、寝ろよ。昨日あんまり寝れなかったからなぁ…」
『分かる―、隣に俺みたいなイケメンが寝てるから、ドキドキして眠れなかったんだろ?』
「ハイハイ。…そうだなー、じゃ、せっかく眼鏡かけてるんだし?活用したら」
『眼鏡好きだよね、ふぅん?じゃ…分かりました。央未さん。これでいかがでしょう?』

朔は、根は真面目である。半分真面目。半分ふざけてる。
だから、出来ないことも無いんだろうな。
頭の回転も速いから、会話もテンポいいし。
「お前ってさー…ほんっとーに、頭良いのにアホで…最高だわ。」

朔のおふざけは、夜疲れて(?)眠るまで続いた。
面白くていいんだけど、途中で俺が爆笑してしまったから
それからは、雰囲気が変わってしまって
2人で仲良く寝落ちしてしまった。
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