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嫉妬の色は緑色(現代)
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今回のゲスト
楓
狐と狸の昔語り。シリーズから。
腰よりも長い黒髪に、現代なのに帯刀して歩く
3柱神の一人。
愛すべき、タロー(杏)の育ての親。
「…久しぶりだな。」
制服に袖を通したのは。
鏡越しに、美祢が見えた。
『!』
両手で顔を覆い、立ち止まる。
「どうした?」
『どうしたじゃないよ、何それ?制服って、狡い!』
はぁ、意味が分からないが。
「いや、今日は記念行事があるんだよ。ちょっと代わりに出なくちゃいけなくなってな。で、こんなカッコさせられる訳だ。」
肩がなぁ、窮屈っぽくて
苦手なんだよ。
まぁ、実際はサイズは
昔から変わらないし
体型も同じだ。
要は、雰囲気の問題だ。
『いいなぁ。制服。』
「どこがだ。」
美祢の頭に、帽子を被せてやる。
『わっ、』
「…可愛いもんだな。お前が被ると。」
『…それ、着てるだけで違う人に見えちゃうね。』
「全然変わらないのにな?さて、そろそろ出る。今日は昼間でには帰るんだが、」
『ちょっと、言うの遅いよ?前日までには教えてくれなきゃ。俺が用意したかったのに…。』
美祢の拗ねる基準が
イマイチよく分からない。
「すまん。」
言われてみればそうだ。
今日の弁当、美祢は作ってしまったんだろうか?
『ふふっ、まぁ…いいでしょう。じゃあ、着替えたらお店においでよ。ご馳走って程じゃ無いけど、何か作らせて。』
目の前の嫁が、
可愛い過ぎる。
「美祢…!」
がばっ、と美祢を抱きしめる。
背中を、ぽんぽんと叩かれ
帽子に白手袋を携え家を出る頃には迎えの車が近くに来ていた。
『行ってらっしゃい。』
どこに出しても恥ずかしくない美祢は、朝から和服を着こなしているような
今時珍しい存在だからか
運転手が、驚いていた。
『奥様、若いのにしっかりなさってますね。和服着てませんでした?』
「昔から、あぁなんですよ。少し変わった嫁なんです。」
いやいや、と否定をする運転手をよそに
安芸は後ろを振り返って見た。
まだ、美祢は家に戻らずに道に出ていた。
あ、近所の人に挨拶をしている。
本当、よく出来た奴だ。
昼前には、行事が終わり
また自宅まで車で送って貰った。
「…?」
家の前に、誰か居る。
まさか、あれは
「お前、楓か?」
スラリとした長身に
肩には、おそらく刀を背負っているんだろう。
とにかく目立つ。
『安芸…珍しいカッコをして、どうしたんだ?』
「どうしたじゃないだろ。ってかお前なぁ…刀は置いてこいよ。捕まえられるんだからな、俺だって。」
さして刀の事は、気にしていなかったらしく
ようやくピンときた楓。
『あぁ、これか。これは大事だから持ち歩いてる。』
言うだけ無駄だったな。
「とにかく家に入れ。俺も着替えたいんだよ。」
楓を玄関に連れて来て、
帽子を脱ぎ、白手袋も外して革靴を脱ぎ揃える。
楓は草履を脱いで廊下に上がる。
『久しぶりに来たな。』
「何の用?今から着替えて美祢の店に行く予定なんだけど、楓も来るか?」
『用は、無い。顔を見に来た。お前達夫婦を見るのが楽しくてな。』
読めない奴だ。
きっとまた、タロー(杏)の事で悩んでるんだろう。
「着替えてくるから、居間で待ってろ。」
『美祢の店に行くなら、折角だ。着物を着せてやる。』
「え?まぁ、一応あるこさあるけど…。」
流されるままに、着物を用意して何故か楓に着せられた。日頃から着物しか着ない楓だから、容易く人にも着付けをできる。
『…なんだ、似合ってるじゃないか?勿体無い。もっと普段から袖を通せば良いのに。お前は、様になってるよ。』
今日は。なんだか楓との距離感が、近い。
なんだこれ…?
制服を綺麗に仕舞って、
玄関の引き出しから草履を出す。
「こんなの毎日履いてるのか?楓。」
『あぁ、慣れてしまえば本当に楽だ。美祢が待っている。行こうか』
この天然タラシは、
よりにもよって俺に手を差し出して来やがった。
「…いや、俺はタローじゃないぞ。」
『!すまない。つい、癖でな。』
気まずい雰囲気になりながらも往来を行く。
「最近、何かあったのか?」
『何か、とは…?』
「それが分からないから聞いた。仲良くしてんだろ?」
『そうだな、タローの神力を満たすのには貢献してるはずだ。』
爽やかな外見のわりに、
楓は、あっけらかんと
そういうのを匂わせてくるから、何というか。
えげつないんだな。
「…っ、それは~まぁ、楓にしか出来ないからな。タロー為には大切だよな。」
『最近のタローは、自分から煌龍殿に来て…自ら求めてくるようになった。』
うわぁ…。
「まぁ、でもタローは楓にそうして貰わないと神力が保てないだろ?」
『だから、仕方なく来ているというのか?』
「俺は、タローじゃないから分からないって。でも、お前ら千年愛し合ってんだろ。考えなくても、解るはずだ。」
諸々話しているうちに
美祢の店にやって来た。
店内は、ほぼ満席で先に楓が戸を開けると
『!いらっしゃいませ…あれ?えっ、えっ…?楓さん、お一人で?』
『…美祢、いるぞ。安芸も。』
「悪い、遅くなった。家に楓が訪ねて来てたんだ。こいつからは、お代取ってもいいぞ。」
『ばか!そんな事言って…楓さん、こちらどうぞ。安芸も一緒に、ね?』
カウンターに二つ席を取って、美祢が持って来てしまった刀を預かる。
『本当、楓さんは刀大好きなんですね。』
『あぁ、実は柄拵えを直しに出していたんだよ。自分でも出来たんだが…。』
「今は、職人さんがなかなかいらっしゃらないし、でも託したい気持ちは分かります。だって、それだけの腕があるって証拠ですからね。」
刀を愛する美祢と、楓についていける気はしない。差し出されたお冷を一口含み、やっぱり美祢を見ていた。
楓には、美祢も気を使うのだろう。よく話しかけている。
そして、店も盛況はしているが…この様子を見られていると深く意識すると
なんとなく、居づらいものだ。
正直、店にいる時の美祢は
別の人の感覚だ。
独占欲が強いのは、自覚している。
人を惹きつける魅力が多い
美祢は、俺の前では
あまり手放しで喜べないんだ。
だってなぁ…この中には、
ひょっとしたら美祢が目的で店に来ている輩がいるかもしれない。
そういう邪推が、自分でも嫌いだから…あまり美祢の店には客として来ない。
うすうす、美祢も気が付いているんだろう。
それには、何も言わない。
時々用事で顔を出すだけで俺は充分なんだ。
『おい、聞いているのか?安芸…。』
「…はっ…、え~と…何だ?」
『安芸、上の空だね。行事で疲れちゃったの?』
2人分の定食を俺の後ろから美祢が持って来た。
「いや、まぁ…緊張感はあったけどな。今は、別の事考えてた。」
『お前は、昔から一人違う目線を持っている奴だったか。しかし…今は違うと思っていたが、人間そんな簡単には変わらないものだな。さて、頂こうか。』
手を合わせて、楓が美祢の料理に箸をつける。
「応、俺も食べさせてもらうわ。」
『うん。楓さんのお口に合えばいいんだけど。』
カウンターに、美祢が戻って気恥ずかしそうに笑う。
『これで、定食だなんて…本当に良心的な上に、手も抜いてない。美祢、お前は京都でもやっていけるぞ。』
楓にしては、かなり褒めている。
「まぁ、まず無い話だな。」
『安芸うるさい。ありがとうございます、料理は本当に楽しくて。大好きな人の為にずっと作りたいなって思ってたら、いつの間にかお店まで出しちゃって。』
「大好きな人ねぇ…。」
俺にも、確かそんな人が居たような居なかったような。
いや、居たんだが…
今は楓と楽しそうで面白くない。認めたく無いけど
嫉妬している。
分かってる、情けないんだ。
『うん。そうだよ、安芸が居てくれなきゃそうは思わなかったかもしれないね。』
『分かったか?嫉妬している白島サン。』
フフン、とからかうように
楓に言われる。
「…どうだかな。」
相変わらず、美味しい料理をご馳走になった。
後から煎れて貰った
焙じ茶を、ゆっくり味わう。
『いい店だな。落ち着きもある。こういう店が増えると有難い事だ。』
『そういえば、タローちゃんはお料理って…?』
美祢が片付けをしながら
忙しさの落ち着いたカウンターの中で立ち回る。
「タローなら、何かしら作れるだろ。」
『まぁ、少しはな。俺は煌龍殿には世話の者がいるから。タローは、日頃一人で何を作ってるのかは知らないな。…タローも、一人暮らしなんだよな。意外な話だ。』
確かに、いつも楓の側にいるイメージが強い。
でも、タローにはタローの生活があるんだと思うと
興味深かった。
『あんまり、タローちゃんのお家は行かないんですか?楓さん。』
カウンターを、布巾で綺麗に拭きながら美祢が楓を見る。
『あぁ、行く前にタローから来るからな。』
「なんだ、タロー可愛い奴だな。通い妻みたいだ。」
『俺は、目立つらしい。だから、タローが来るようになった。』
「そうだ、刀なんか持ち歩いてんだからな。そりゃあ、タローじゃなくてもそうするだろ。」
『楓さんの刀からの、霊力が凄くて…』
『今でこそ、扱う事もほとんどないが、たまにはこうして外の世界に連れ出すのも良いだろう。
刀にも、それぞれに人の様な想いがあるかと時々思うんだ。』
「さっぱり、分からん。」
『えっ?そうなんですか…わぁ…でも、何ですかね。楓さんに持って貰えたら本望だと思いますよ。凄い。』
退屈そうに、ふと窓の外を見る。
「…?」
今、誰かがこちらを
覗いていた?
気のせいか。
『こんにちはぁ。』
このイントネーション…
いかにも、あっけらかんな口調。
「楓、タローが…」
『タローちゃん!いらっしゃい。わぁ、なんか勢ぞろいしちゃったね。』
もうお店閉めようかな?と美祢も悩んでいる様子だ。
「いらっしゃい、タロー。楓が、淋しがってたぜ。」
『安芸、美祢こんちは。楓お邪魔してるって煌龍殿に行ったら言われたから、来ちゃった。こらぁ、楓ってば…また刀持ってウロウロしてるだろ。』
「普通は、逮捕だな。」
『今は、美祢に預けてある。あれは、美術品と同じだ。危険は無い。』
『そういう問題じゃないから。全く…。あ、ゴメン。実は直ぐに楓を連れて帰らないといけないんだ。ちょっと野暮用でさ。』
申し訳なさげに、両手を合わせるタロー。
「珍しい。」
『また、今度誘ってくれる?』
『うん、約束。』
美祢が、預かっていた楓の刀を返す。
「気を付けてな、2人とも。」
『今度また、ゆっくりしに来て下さいね、タローちゃんとお二人で。』
『あぁ、ありがとう。後、これ…受け取ってくれ。』
財布からお代を支払おうとする楓に、美祢が、首を左右に振る。
『ご馳走させて下さいね。せっかく家に遊びにいらしたのにいなかったお詫びです。』
本当、美祢は改めて
いい嫁だと感じる。
「気にするなよ、楓。俺も美祢の奢りだし。」
『ありがとう、楓に変わってお礼させてね。』
深々とタローが頭を下げて、挨拶を済ませると
店を後にした。
「なんか、タローの奴慌ててたな。マイペース2人組が珍しい。」
『………』
美祢は、聞こえてないフリで楓が座って居た席の机を綺麗にする。
「さっきから、不機嫌らしいな。俺は謝らないからな。先、帰るわ。ご馳走さん。」
椅子を後ろに押しながら
横目で美祢を、盗み見しても…やっぱりどうやら
怒ってる。
素知らぬふりして、店の戸を開けようとしたら咳ばらいが聞こえて振り向く。
わぁ…、めっちゃ睨んでる。
「わかった、わかった。お前が帰ったらきちんと謝るって。」
所詮、可愛い嫁には敵わないものだ。
ご機嫌とりをしなくては
いけないだろう。
そうだ、美祢の好きな
みたらし団子を買うか。
昔、一度だけ美祢がまだ男だった時に手土産に下宿先に持って行ったのを思い出した。
美祢は、覚えているだろうか?
歩いて、和菓子屋を探す。
帰り道に、確か一軒
あった気がする。
あれは、餅屋だった。
むしろ、都合がいい。
ヨモギ団子と、みたらし団子を買って帰宅した。
美祢の帰りまで、まだ時間がある。ひと眠りできそうじゃないか。
着物を衣紋掛けに掛けて
部屋着に着替えて、ソファーに横になる。
『もぉ、安芸ったら!風邪引くよ?それに、ご飯出来たから食べるよ。』
かなり真剣に寝てしまっていたらしい。頭が重い。
「ん~…美祢。さっきは悪かった。」
そばに居た美祢を起き上がって抱き締める。
『あからさまな嫉妬するなんて、珍しいよね。びっくりした。よしよし、さ、ご飯食べましょうね?』
でっかい子供扱いされても全然構わない。
「食べる。」
実はそんなに腹は空いてなかった。それをだいたい察していた美祢は、軽い食事だけ用意してくれていた。
『お団子、そこにほったらかしだったよ?わざわざ買ってきてくれたの?俺が好物だって知ってて。』
「そう。」
『ご機嫌とりしなくていいのに。でも、嬉しいからこの後一緒に食べようね。』
楓
狐と狸の昔語り。シリーズから。
腰よりも長い黒髪に、現代なのに帯刀して歩く
3柱神の一人。
愛すべき、タロー(杏)の育ての親。
「…久しぶりだな。」
制服に袖を通したのは。
鏡越しに、美祢が見えた。
『!』
両手で顔を覆い、立ち止まる。
「どうした?」
『どうしたじゃないよ、何それ?制服って、狡い!』
はぁ、意味が分からないが。
「いや、今日は記念行事があるんだよ。ちょっと代わりに出なくちゃいけなくなってな。で、こんなカッコさせられる訳だ。」
肩がなぁ、窮屈っぽくて
苦手なんだよ。
まぁ、実際はサイズは
昔から変わらないし
体型も同じだ。
要は、雰囲気の問題だ。
『いいなぁ。制服。』
「どこがだ。」
美祢の頭に、帽子を被せてやる。
『わっ、』
「…可愛いもんだな。お前が被ると。」
『…それ、着てるだけで違う人に見えちゃうね。』
「全然変わらないのにな?さて、そろそろ出る。今日は昼間でには帰るんだが、」
『ちょっと、言うの遅いよ?前日までには教えてくれなきゃ。俺が用意したかったのに…。』
美祢の拗ねる基準が
イマイチよく分からない。
「すまん。」
言われてみればそうだ。
今日の弁当、美祢は作ってしまったんだろうか?
『ふふっ、まぁ…いいでしょう。じゃあ、着替えたらお店においでよ。ご馳走って程じゃ無いけど、何か作らせて。』
目の前の嫁が、
可愛い過ぎる。
「美祢…!」
がばっ、と美祢を抱きしめる。
背中を、ぽんぽんと叩かれ
帽子に白手袋を携え家を出る頃には迎えの車が近くに来ていた。
『行ってらっしゃい。』
どこに出しても恥ずかしくない美祢は、朝から和服を着こなしているような
今時珍しい存在だからか
運転手が、驚いていた。
『奥様、若いのにしっかりなさってますね。和服着てませんでした?』
「昔から、あぁなんですよ。少し変わった嫁なんです。」
いやいや、と否定をする運転手をよそに
安芸は後ろを振り返って見た。
まだ、美祢は家に戻らずに道に出ていた。
あ、近所の人に挨拶をしている。
本当、よく出来た奴だ。
昼前には、行事が終わり
また自宅まで車で送って貰った。
「…?」
家の前に、誰か居る。
まさか、あれは
「お前、楓か?」
スラリとした長身に
肩には、おそらく刀を背負っているんだろう。
とにかく目立つ。
『安芸…珍しいカッコをして、どうしたんだ?』
「どうしたじゃないだろ。ってかお前なぁ…刀は置いてこいよ。捕まえられるんだからな、俺だって。」
さして刀の事は、気にしていなかったらしく
ようやくピンときた楓。
『あぁ、これか。これは大事だから持ち歩いてる。』
言うだけ無駄だったな。
「とにかく家に入れ。俺も着替えたいんだよ。」
楓を玄関に連れて来て、
帽子を脱ぎ、白手袋も外して革靴を脱ぎ揃える。
楓は草履を脱いで廊下に上がる。
『久しぶりに来たな。』
「何の用?今から着替えて美祢の店に行く予定なんだけど、楓も来るか?」
『用は、無い。顔を見に来た。お前達夫婦を見るのが楽しくてな。』
読めない奴だ。
きっとまた、タロー(杏)の事で悩んでるんだろう。
「着替えてくるから、居間で待ってろ。」
『美祢の店に行くなら、折角だ。着物を着せてやる。』
「え?まぁ、一応あるこさあるけど…。」
流されるままに、着物を用意して何故か楓に着せられた。日頃から着物しか着ない楓だから、容易く人にも着付けをできる。
『…なんだ、似合ってるじゃないか?勿体無い。もっと普段から袖を通せば良いのに。お前は、様になってるよ。』
今日は。なんだか楓との距離感が、近い。
なんだこれ…?
制服を綺麗に仕舞って、
玄関の引き出しから草履を出す。
「こんなの毎日履いてるのか?楓。」
『あぁ、慣れてしまえば本当に楽だ。美祢が待っている。行こうか』
この天然タラシは、
よりにもよって俺に手を差し出して来やがった。
「…いや、俺はタローじゃないぞ。」
『!すまない。つい、癖でな。』
気まずい雰囲気になりながらも往来を行く。
「最近、何かあったのか?」
『何か、とは…?』
「それが分からないから聞いた。仲良くしてんだろ?」
『そうだな、タローの神力を満たすのには貢献してるはずだ。』
爽やかな外見のわりに、
楓は、あっけらかんと
そういうのを匂わせてくるから、何というか。
えげつないんだな。
「…っ、それは~まぁ、楓にしか出来ないからな。タロー為には大切だよな。」
『最近のタローは、自分から煌龍殿に来て…自ら求めてくるようになった。』
うわぁ…。
「まぁ、でもタローは楓にそうして貰わないと神力が保てないだろ?」
『だから、仕方なく来ているというのか?』
「俺は、タローじゃないから分からないって。でも、お前ら千年愛し合ってんだろ。考えなくても、解るはずだ。」
諸々話しているうちに
美祢の店にやって来た。
店内は、ほぼ満席で先に楓が戸を開けると
『!いらっしゃいませ…あれ?えっ、えっ…?楓さん、お一人で?』
『…美祢、いるぞ。安芸も。』
「悪い、遅くなった。家に楓が訪ねて来てたんだ。こいつからは、お代取ってもいいぞ。」
『ばか!そんな事言って…楓さん、こちらどうぞ。安芸も一緒に、ね?』
カウンターに二つ席を取って、美祢が持って来てしまった刀を預かる。
『本当、楓さんは刀大好きなんですね。』
『あぁ、実は柄拵えを直しに出していたんだよ。自分でも出来たんだが…。』
「今は、職人さんがなかなかいらっしゃらないし、でも託したい気持ちは分かります。だって、それだけの腕があるって証拠ですからね。」
刀を愛する美祢と、楓についていける気はしない。差し出されたお冷を一口含み、やっぱり美祢を見ていた。
楓には、美祢も気を使うのだろう。よく話しかけている。
そして、店も盛況はしているが…この様子を見られていると深く意識すると
なんとなく、居づらいものだ。
正直、店にいる時の美祢は
別の人の感覚だ。
独占欲が強いのは、自覚している。
人を惹きつける魅力が多い
美祢は、俺の前では
あまり手放しで喜べないんだ。
だってなぁ…この中には、
ひょっとしたら美祢が目的で店に来ている輩がいるかもしれない。
そういう邪推が、自分でも嫌いだから…あまり美祢の店には客として来ない。
うすうす、美祢も気が付いているんだろう。
それには、何も言わない。
時々用事で顔を出すだけで俺は充分なんだ。
『おい、聞いているのか?安芸…。』
「…はっ…、え~と…何だ?」
『安芸、上の空だね。行事で疲れちゃったの?』
2人分の定食を俺の後ろから美祢が持って来た。
「いや、まぁ…緊張感はあったけどな。今は、別の事考えてた。」
『お前は、昔から一人違う目線を持っている奴だったか。しかし…今は違うと思っていたが、人間そんな簡単には変わらないものだな。さて、頂こうか。』
手を合わせて、楓が美祢の料理に箸をつける。
「応、俺も食べさせてもらうわ。」
『うん。楓さんのお口に合えばいいんだけど。』
カウンターに、美祢が戻って気恥ずかしそうに笑う。
『これで、定食だなんて…本当に良心的な上に、手も抜いてない。美祢、お前は京都でもやっていけるぞ。』
楓にしては、かなり褒めている。
「まぁ、まず無い話だな。」
『安芸うるさい。ありがとうございます、料理は本当に楽しくて。大好きな人の為にずっと作りたいなって思ってたら、いつの間にかお店まで出しちゃって。』
「大好きな人ねぇ…。」
俺にも、確かそんな人が居たような居なかったような。
いや、居たんだが…
今は楓と楽しそうで面白くない。認めたく無いけど
嫉妬している。
分かってる、情けないんだ。
『うん。そうだよ、安芸が居てくれなきゃそうは思わなかったかもしれないね。』
『分かったか?嫉妬している白島サン。』
フフン、とからかうように
楓に言われる。
「…どうだかな。」
相変わらず、美味しい料理をご馳走になった。
後から煎れて貰った
焙じ茶を、ゆっくり味わう。
『いい店だな。落ち着きもある。こういう店が増えると有難い事だ。』
『そういえば、タローちゃんはお料理って…?』
美祢が片付けをしながら
忙しさの落ち着いたカウンターの中で立ち回る。
「タローなら、何かしら作れるだろ。」
『まぁ、少しはな。俺は煌龍殿には世話の者がいるから。タローは、日頃一人で何を作ってるのかは知らないな。…タローも、一人暮らしなんだよな。意外な話だ。』
確かに、いつも楓の側にいるイメージが強い。
でも、タローにはタローの生活があるんだと思うと
興味深かった。
『あんまり、タローちゃんのお家は行かないんですか?楓さん。』
カウンターを、布巾で綺麗に拭きながら美祢が楓を見る。
『あぁ、行く前にタローから来るからな。』
「なんだ、タロー可愛い奴だな。通い妻みたいだ。」
『俺は、目立つらしい。だから、タローが来るようになった。』
「そうだ、刀なんか持ち歩いてんだからな。そりゃあ、タローじゃなくてもそうするだろ。」
『楓さんの刀からの、霊力が凄くて…』
『今でこそ、扱う事もほとんどないが、たまにはこうして外の世界に連れ出すのも良いだろう。
刀にも、それぞれに人の様な想いがあるかと時々思うんだ。』
「さっぱり、分からん。」
『えっ?そうなんですか…わぁ…でも、何ですかね。楓さんに持って貰えたら本望だと思いますよ。凄い。』
退屈そうに、ふと窓の外を見る。
「…?」
今、誰かがこちらを
覗いていた?
気のせいか。
『こんにちはぁ。』
このイントネーション…
いかにも、あっけらかんな口調。
「楓、タローが…」
『タローちゃん!いらっしゃい。わぁ、なんか勢ぞろいしちゃったね。』
もうお店閉めようかな?と美祢も悩んでいる様子だ。
「いらっしゃい、タロー。楓が、淋しがってたぜ。」
『安芸、美祢こんちは。楓お邪魔してるって煌龍殿に行ったら言われたから、来ちゃった。こらぁ、楓ってば…また刀持ってウロウロしてるだろ。』
「普通は、逮捕だな。」
『今は、美祢に預けてある。あれは、美術品と同じだ。危険は無い。』
『そういう問題じゃないから。全く…。あ、ゴメン。実は直ぐに楓を連れて帰らないといけないんだ。ちょっと野暮用でさ。』
申し訳なさげに、両手を合わせるタロー。
「珍しい。」
『また、今度誘ってくれる?』
『うん、約束。』
美祢が、預かっていた楓の刀を返す。
「気を付けてな、2人とも。」
『今度また、ゆっくりしに来て下さいね、タローちゃんとお二人で。』
『あぁ、ありがとう。後、これ…受け取ってくれ。』
財布からお代を支払おうとする楓に、美祢が、首を左右に振る。
『ご馳走させて下さいね。せっかく家に遊びにいらしたのにいなかったお詫びです。』
本当、美祢は改めて
いい嫁だと感じる。
「気にするなよ、楓。俺も美祢の奢りだし。」
『ありがとう、楓に変わってお礼させてね。』
深々とタローが頭を下げて、挨拶を済ませると
店を後にした。
「なんか、タローの奴慌ててたな。マイペース2人組が珍しい。」
『………』
美祢は、聞こえてないフリで楓が座って居た席の机を綺麗にする。
「さっきから、不機嫌らしいな。俺は謝らないからな。先、帰るわ。ご馳走さん。」
椅子を後ろに押しながら
横目で美祢を、盗み見しても…やっぱりどうやら
怒ってる。
素知らぬふりして、店の戸を開けようとしたら咳ばらいが聞こえて振り向く。
わぁ…、めっちゃ睨んでる。
「わかった、わかった。お前が帰ったらきちんと謝るって。」
所詮、可愛い嫁には敵わないものだ。
ご機嫌とりをしなくては
いけないだろう。
そうだ、美祢の好きな
みたらし団子を買うか。
昔、一度だけ美祢がまだ男だった時に手土産に下宿先に持って行ったのを思い出した。
美祢は、覚えているだろうか?
歩いて、和菓子屋を探す。
帰り道に、確か一軒
あった気がする。
あれは、餅屋だった。
むしろ、都合がいい。
ヨモギ団子と、みたらし団子を買って帰宅した。
美祢の帰りまで、まだ時間がある。ひと眠りできそうじゃないか。
着物を衣紋掛けに掛けて
部屋着に着替えて、ソファーに横になる。
『もぉ、安芸ったら!風邪引くよ?それに、ご飯出来たから食べるよ。』
かなり真剣に寝てしまっていたらしい。頭が重い。
「ん~…美祢。さっきは悪かった。」
そばに居た美祢を起き上がって抱き締める。
『あからさまな嫉妬するなんて、珍しいよね。びっくりした。よしよし、さ、ご飯食べましょうね?』
でっかい子供扱いされても全然構わない。
「食べる。」
実はそんなに腹は空いてなかった。それをだいたい察していた美祢は、軽い食事だけ用意してくれていた。
『お団子、そこにほったらかしだったよ?わざわざ買ってきてくれたの?俺が好物だって知ってて。』
「そう。」
『ご機嫌とりしなくていいのに。でも、嬉しいからこの後一緒に食べようね。』
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俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!!
平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣)
女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね?
モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。
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鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
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