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⑥白虎視点

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まだ、白虎だった時の記憶は今世でも多くある。
蒼い髪に、湖底の様な澄んだ瞳の少年を見つけたのは
偶然では無かった。

いずれ、寒村にも厳しい冬が訪れる。
食うに困った村人が少しずつ出てきているのが分かった。
と、同時に嫌な気配が忍び寄っている。

雪深く、春までが心底遠いと思わせてくれる
淋しい村だ。

立ち寄る旅人さえもほとんどいない。
交易もあまりなされておらず、自給自足の者ばかりが
ひっそりと暮らしている、辰はそんな村に生まれ育った。

この村には呪術や占術に長けた、老婆が居り実のところ
目当てにお忍びでやって来る高名なる人物も出入りしているのだ。
村の外れに、みすぼらしい小屋の様な家に何やら子供が
雪空の下、両手に何かを抱えて歩んでくる。

『ニャオ、ニャオ・・・おいで、猫』
俺は村の境には居るものの、まさか自分の姿が見えている者が
居る事に驚いた。
『こんな雪の中、何してるの?・・・ねぇ、猫だよね。真っ白い猫、かわいいね。』
子供は真っ白い息を吐きながら、鼻の頭を真っ赤にして
俺に、語りかける。

子供と言う存在は極めて自然的なものとの親和性が高い。

蒼い髪のお下げが雪で白くなっていく。
早く、家に入ればいいのに。
『外はさむいね。俺の妹が風邪を引いてしまって・・・薬草をもらって来たんだけど。きっとコレが最後のくすりになりそうなんだ。』
少年の手の中にあるのは、乾燥した生薬だった。

『雪は、嫌いじゃないんだけどな。今だけは早く春が来て欲しいって思う。』
春は、自身だと伝えられたら。
少しは希望を持たせられたのだろうかと、振り返って思う。

『大きな白い猫・・・お前も元気に春を迎えるんだよ。』
ニコリと無邪気な笑顔を浮かべて、辰は家の中へと戻って行った。

確かに、この距離でも辰の妹の辛そうな咳が聞こえて来て
暗い気持ちになりながら、寒村を後にした。

この後も、時折寒村に出向いては辰の姿を見て安心していた。
優しく、家族想いでよく家の手伝いはするが
幾分、体が弱く寒くなりだすと寝込んだりしている事をうかがっていた。
何年もの月日が流れていた。

辰は、俺が村に来ると分かるらしく体調が良い時は
家の外に出て、近くの小さな湖畔まで歩いて来た。

『今年も、村に春を届けてくれてありがとう。』
湖畔のほとりに辰と俺は静かにたたずんで、時を過ごしたりしていた。
俺は辰のいつも冷たい手のひらや、肌が何となく忘れられなくて
自らの温もりを分かち合いたいとさえ、思う様になっていた。

『ここのところ、少し気になる事があるんだ。』
俺は辰に身を寄せながら、心地の良い声に目を閉じる。
『頭に、なんだかしこり?の様なモノがある気がして・・・しかも左右に』

聞き流すには重大な話すぎると思い、瞳を開いてジッと辰の頭部を見つめた。
『あーあ、こんな時・・・お前と会話が出来たらなって思うよ。』
前脚でそっと辰の頭をまさぐる。

「・・・!」
言われた通りだった。対になる様にして辰の側頭部あたりには少し張り出す様なしこりが
確かにあった。
『俺は、多分長くは生きられないらしいんだ。村の占術の婆様にも言われた。あの人が言う事は外れないから。』
占いは、占いだろう。とは思ったが、近頃
辰の気が少し変わってきている事を感じてはいた。
美しい湖面が、わずかながら濁り始めていく予感とも似ている。

『死んだら、どうなるのかなんて誰にも分からない。もし、俺が息絶える事になったら・・・看取って欲しい。』
人間の美しさを、俺に教えてくれたのは間違いなく
辰であったと記憶している。

儚い柳の様な細い腰、空の青と湖の蒼が溶け合ったみたいに
慈愛を感じる優しい眼差し。

そうだな、辰には悪いが俺の目の前にして死なれるなど
たまったものではない。
気弱なお前をもっと、強くあって欲しいと願う。

辰は俺を抱き締めて、深い呼吸をしている。
『嘘だよ、まだ・・・もう少しだけ生きていたい。』
辰の本音がこぼれたのだろうか。

俺も出来れば、このままで安らかに眠りに就きたい。
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