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⑩正体
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「とりあえず、お茶でも淹れますよ。何飲みますか?」
『きみの家は喫茶店か何かみたいだね。』
「隣のお店で注文も出来ますけど…。」
へぇ、とさして興味無さそうに生返事が帰って来た。
「何か、焦ってます?」
『…どうだろうね。人の家はやっぱり少なからず気を遣うよ。』
こんなにも寛いでいそうなのに?と首を傾げたくなった。
「せっかくなので、遠慮なくどうぞ。伯母のお店なので」
『いや、悪いね…僕はあまり親しくない人と飲み食いは苦手なんだ。』
「煙草は吸ってるのに?」
『気を紛らわせる為に吸っているのも、あるよ。』
「まだ、無理しない方が良い気がします。でも、無理しなきゃいけない人には
どう…伝えたら良いのか分からないけど。」
今日の彼は、突然祖父に部屋で待ってて良いと言われて
困惑したのだろうと思う。
タイミングよく俺も帰宅したから、余計にだ。
「落ち着かないですか?」
『少し、ね。僕は己の所在が消えそうな事に焦りを感じるタイプらしくて。』
「…なんか、動物みたいですね。」
『人間だって、動物の1種ではあるよ。しばらく、よその国に行っていたのも原因かな。』
「俺に、出来る事があれば。何でも言ってください。」
綺麗な瞳が、柔らかに細められて
『ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。』
真っすぐに見ていたせいで胸が騒ぐ。
「本当に、忙しそうですね。ちゃんと眠れてます?」
『知らない内に、多分疲れて寝てる。そんな日が多かったよ夏は特に。』
「眠る前に、ラジオを小さい音量で流してると俺は眠れますね。」
『あ~…僕は聞き入ってしまうから。人の声は駄目かも。』
「音楽や、音が駄目なら匂いや感触なんかも良いですよ。」
彼は、時差ボケのせいかぼんやりとしている。
心ここに在らず。とはこの事だろう。
『匂いに、感触かぁ。それは言い得て妙だね。』
「え……?」
ふらりと立ち上がって、彼は俺のベッドに腰を下ろした。
『丁度良かったと思う。きみの声って、前から思っていたけど…聞いてて眠くなるんだよ。』
横から抱きつかれて、マットレスの上になだれ込む。
不思議と恐怖は感じなくて、ただ彼のしたい様にさせてあげようと言う気持ちが先にあった。
「海月さん、寝ます…か?」
『うん。このままで居たいな。』
まるで大きい子供みたいだと思いながら、彼の頭を撫でる。
「お疲れ様でした。」
『急いで、帰国した…だってきみは、放っておくと…』
本当に眠そうに話すから、思わず笑ってしまいそうになる。
「放っておくと…?」
『誰にでもついて行っちゃうから。…向井くんとか、』
「あ、さっき送ってもらいました。」
『やっぱりきみって、…何でもない。』
彼の瞳が伏せられて、のしかかられたままではさすがに
体勢がキツイ。
ゆっくりと体をずらして、ようやく彼の上体から逃れられた。
どこから言及したら良いのか分からないけれど。
ひしひしと彼から伝わる想いの様なものは、確実に自分の心に
響いている事がはっきりと分かる。
静かに部屋を後にして、居間に移動した。
眠っている姿を無防備にさらす彼を、見続ける事は忍びなく思った。
まだ、20代半ばだろうに。
あんな風に不器用にしか人に接する事が出来なくて
この先どうなってしまうものかと考える。
余計なお世話かも知れないが。
家族や友人、はたまた恋人はどうもしないのだろうか?
紅茶を淹れて、嗜みながら読書をして彼が目を覚ますまで待つ事にした。
まだ午後3時過ぎ。
祖父も、気を遣ってか2階には上がって来ない。
思いもしないタイミングで現れて、もう少し居ても良いのにという
気持ちになれば帰って行く。
見えない何かに惹かれているのかもしれない。
雲みたいに、実体はあるのにふわふわと定まらないカタチ。
一体どうして、俺なのか。
あどけない寝顔が、本当に子供みたいで。
手を差し伸べたくなった。
彼が自分から話そうとしない事は、俺からも聞かないでおこう。
休学していた話も、聞かなかった事にしよう。
俺は、彼の何かを暴きたいとは思わないからだ。
2時間程経って、本から目を離して大きな伸びをした。
すっかり日が傾いている。
「そろそろ、起こしても良いか。」
自室に戻ると、彼は目を覚ましていて俺を見るなり寝そべったまま
『人の枕って、もっとアレかと思ってた。』
「どういう事ですか…」
『全然、きみのは不快にならなくて。驚いてた。』
「恥ずかしいのでやめてください。」
『スッキリした、こんな、フツウの服着たまま寝たのに…寝れるものだね。』
「遠江さん。タクシー呼びましょうか?いつもここまで歩いて来ますよね?」
『そりゃ~そうだよ。僕は子供の頃からこの通りを歩くのが好きで。
できれば、ここいらに越して来たかったくらいなんだから。』
にこ、と溶けた様な瞳で笑ってみせられる。
彼の人生は俺が知るにはきっと、まだ早い。
「今はどこに住んでるんですか?」
『高層マンション…の、筈だったんだけど色々あって今は部屋を探そうかと思ってる。』
この前からの葬儀などが絡んでいるのだろうか。
どう返答したら良いのか困っていると
『僕はとある財閥の跡取り。だって聞いたら信じる?』
急に何を言い出すのかと、苦笑いで返す。
「お酒でも飲んだみたいになってますよ。ほら、1回起きて…。」
『嘘じゃ、無いんだよ。千代雪緒くん。僕はきみ等が立ち退かないから
いつも業を煮やして、わざわざこの家に足を運んでるんだ。』
綺麗に歪んだ笑顔が、憎らしいとは思えなかった。
ただ、どうせならもっと早くに行って欲しかったと。
「なぁんだ、それなら俺もじーちゃんも…もう心は決まっていますよ。」
『きみの家は喫茶店か何かみたいだね。』
「隣のお店で注文も出来ますけど…。」
へぇ、とさして興味無さそうに生返事が帰って来た。
「何か、焦ってます?」
『…どうだろうね。人の家はやっぱり少なからず気を遣うよ。』
こんなにも寛いでいそうなのに?と首を傾げたくなった。
「せっかくなので、遠慮なくどうぞ。伯母のお店なので」
『いや、悪いね…僕はあまり親しくない人と飲み食いは苦手なんだ。』
「煙草は吸ってるのに?」
『気を紛らわせる為に吸っているのも、あるよ。』
「まだ、無理しない方が良い気がします。でも、無理しなきゃいけない人には
どう…伝えたら良いのか分からないけど。」
今日の彼は、突然祖父に部屋で待ってて良いと言われて
困惑したのだろうと思う。
タイミングよく俺も帰宅したから、余計にだ。
「落ち着かないですか?」
『少し、ね。僕は己の所在が消えそうな事に焦りを感じるタイプらしくて。』
「…なんか、動物みたいですね。」
『人間だって、動物の1種ではあるよ。しばらく、よその国に行っていたのも原因かな。』
「俺に、出来る事があれば。何でも言ってください。」
綺麗な瞳が、柔らかに細められて
『ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。』
真っすぐに見ていたせいで胸が騒ぐ。
「本当に、忙しそうですね。ちゃんと眠れてます?」
『知らない内に、多分疲れて寝てる。そんな日が多かったよ夏は特に。』
「眠る前に、ラジオを小さい音量で流してると俺は眠れますね。」
『あ~…僕は聞き入ってしまうから。人の声は駄目かも。』
「音楽や、音が駄目なら匂いや感触なんかも良いですよ。」
彼は、時差ボケのせいかぼんやりとしている。
心ここに在らず。とはこの事だろう。
『匂いに、感触かぁ。それは言い得て妙だね。』
「え……?」
ふらりと立ち上がって、彼は俺のベッドに腰を下ろした。
『丁度良かったと思う。きみの声って、前から思っていたけど…聞いてて眠くなるんだよ。』
横から抱きつかれて、マットレスの上になだれ込む。
不思議と恐怖は感じなくて、ただ彼のしたい様にさせてあげようと言う気持ちが先にあった。
「海月さん、寝ます…か?」
『うん。このままで居たいな。』
まるで大きい子供みたいだと思いながら、彼の頭を撫でる。
「お疲れ様でした。」
『急いで、帰国した…だってきみは、放っておくと…』
本当に眠そうに話すから、思わず笑ってしまいそうになる。
「放っておくと…?」
『誰にでもついて行っちゃうから。…向井くんとか、』
「あ、さっき送ってもらいました。」
『やっぱりきみって、…何でもない。』
彼の瞳が伏せられて、のしかかられたままではさすがに
体勢がキツイ。
ゆっくりと体をずらして、ようやく彼の上体から逃れられた。
どこから言及したら良いのか分からないけれど。
ひしひしと彼から伝わる想いの様なものは、確実に自分の心に
響いている事がはっきりと分かる。
静かに部屋を後にして、居間に移動した。
眠っている姿を無防備にさらす彼を、見続ける事は忍びなく思った。
まだ、20代半ばだろうに。
あんな風に不器用にしか人に接する事が出来なくて
この先どうなってしまうものかと考える。
余計なお世話かも知れないが。
家族や友人、はたまた恋人はどうもしないのだろうか?
紅茶を淹れて、嗜みながら読書をして彼が目を覚ますまで待つ事にした。
まだ午後3時過ぎ。
祖父も、気を遣ってか2階には上がって来ない。
思いもしないタイミングで現れて、もう少し居ても良いのにという
気持ちになれば帰って行く。
見えない何かに惹かれているのかもしれない。
雲みたいに、実体はあるのにふわふわと定まらないカタチ。
一体どうして、俺なのか。
あどけない寝顔が、本当に子供みたいで。
手を差し伸べたくなった。
彼が自分から話そうとしない事は、俺からも聞かないでおこう。
休学していた話も、聞かなかった事にしよう。
俺は、彼の何かを暴きたいとは思わないからだ。
2時間程経って、本から目を離して大きな伸びをした。
すっかり日が傾いている。
「そろそろ、起こしても良いか。」
自室に戻ると、彼は目を覚ましていて俺を見るなり寝そべったまま
『人の枕って、もっとアレかと思ってた。』
「どういう事ですか…」
『全然、きみのは不快にならなくて。驚いてた。』
「恥ずかしいのでやめてください。」
『スッキリした、こんな、フツウの服着たまま寝たのに…寝れるものだね。』
「遠江さん。タクシー呼びましょうか?いつもここまで歩いて来ますよね?」
『そりゃ~そうだよ。僕は子供の頃からこの通りを歩くのが好きで。
できれば、ここいらに越して来たかったくらいなんだから。』
にこ、と溶けた様な瞳で笑ってみせられる。
彼の人生は俺が知るにはきっと、まだ早い。
「今はどこに住んでるんですか?」
『高層マンション…の、筈だったんだけど色々あって今は部屋を探そうかと思ってる。』
この前からの葬儀などが絡んでいるのだろうか。
どう返答したら良いのか困っていると
『僕はとある財閥の跡取り。だって聞いたら信じる?』
急に何を言い出すのかと、苦笑いで返す。
「お酒でも飲んだみたいになってますよ。ほら、1回起きて…。」
『嘘じゃ、無いんだよ。千代雪緒くん。僕はきみ等が立ち退かないから
いつも業を煮やして、わざわざこの家に足を運んでるんだ。』
綺麗に歪んだ笑顔が、憎らしいとは思えなかった。
ただ、どうせならもっと早くに行って欲しかったと。
「なぁんだ、それなら俺もじーちゃんも…もう心は決まっていますよ。」
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