きみとは友達にさへなれない(統合)

あきすと

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⑨心の内

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すっかり生活が夏季休暇のサイクルに慣れ親しんでしまっていた。
後期の講義日程を確認して、履修登録する期間は1週間。
部屋の窓を開ければ、随分と涼しい風が流れてくるようになった。

1度中止になった天文サークルの観測会は今秋中には行われる予定になった。
同好会に格下げされない様に活動をすると言う事も無いけれど
このまま部員が減ってしまう事を善しとしない彼が
今でも精力的に、院生なのに顔を出してくれるのは有難い話ではある。

論文発表の為に。海外に渡ると言う話を聞いた時には
自分にはおおよそ関係のない世界の話だと思っていた。

『院生の先輩がサークルに出てくれる事は、珍しいとは思うよ。』
後期が始まる前の部室にて、俺は向井先輩と一緒に持ち込んだ
昼食を食べていた。

窓のカーテンが穏やかに風で揺れている。
向井先輩も、勿論彼が今は海外に居る事を知っている。
「院生って忙しいですよね。できれば、2年で出たい所だと思うんですけど。」
『難しいと思う。それでなくとも、遠江先輩は実は1年間休学していたから。』

駅近くのカフェでテイクアウトをした向井先輩が
俺の分までお昼をおごってくれた。
普段からあまり見慣れない、メニューに紙袋から出て来る向井先輩の
手に視線を注ぐ。

「休学って、余程ですね…。」
『俺、完全におしゃべり野郎じゃん。まぁ、気になれば本人に直接聞いてみたら良いよ。』
「大丈夫です。そこまで全部知りたいとか。根掘り葉掘り聞くのは嫌なので。」
『千代くんは、まだ人としての良心があるからついつい話しちゃうんだよなぁ。』

透明なカップにたくさんの氷が入ったアイスコーヒー。
「やっぱり、お昼代払います。見てるだけでも良い値段がするの分かるので。」
『いいっていいって~、このぐらい。』
「でも、悪いです…。」
『俺、千代くんの事売ってしまったから…その、気が引けると言うか。』

何の事だろう?と首を傾げてジッと向井先輩を見つめる。
「まさかとは、思いますが…俺との会話や発言を遠江先輩にメッセージで送ったりしてませんよね?」
『……送っては、ないけど?』
「先輩がしてるSNSの更新頻度が増えてないか、家に帰ってから確認します。」
『写真、上げてるだけだから…!それは、別に良いでしょ』
「そう言えば、このお店で買ったものまで写真撮ってませんでした?何するのかと思えば…」

向井先輩は脱力気味に、うなだれて
『別にね、遠江先輩には何にも言われては無いよ。ただ、あの人は俺のアカウントを
フツウに見てる人だから。気を利かせたつもり。』
「勝手に撮ったのは、使わないでくださいね。あと、ネットに安易に顔を出すのは
どうかと思うので、せめて写す時は声を掛けて欲しいです。手とかなら良いですけど。」

『千代くんと俺とでは同じ時代を生きてる気がしない。』
「写真、撮られるのイヤなんです。撮る側はたのしいですけど。」

向井先輩は、苦々しく笑ってコーヒーを口にした。
面倒見のいい?良すぎるであろう先輩が多いこの天文サークルは
とても恵まれているのだと思う。

向井先輩がおススメしてくれたメニューをいくつかテーブルの上に並べて
分け合って食べる。

そういえば、まだ彼とは食事を共にした事が無かった事に気が付く。
帰国したら、明子伯母さんにお願いをしてウチでお店のメニューを
食べられないか聞いてみようと思う。

『千代くん、すごい今更な話だけど…』
「…どれも美味しいですね。何でしょうか?」
『遠江先輩とは、本当にどういう関係なの?』
「……さぁ?知り合いですかね。あ、サークルの先輩でしょ。」
『ナイナイ、それは苦しいでしょ。あの人に目をかけられてる自覚は?』
「え、目を掛けられてると言うよりかは…目を付けられてるの間違いかと。」

俺が思う初対面で、彼ははっきり言って感じが悪かった。
正直、心の中で(うわぁ…)と思ったりもした。

『どっちでも良いんだよ。まぁ、千代くんもかなりの頑固だからさ。なびけないのは
なんとなく予想はついたけど。』
「俺の世界に、遠江先輩は…存在できていない気がする。」
『ちょ、っと…ソレはあんまりな言い方じゃない?』

「かけ離れ過ぎてて、って意味ですよ。」
『ソッチかぁ。遠江先輩…とんでもない相手に、落ちたんだなぁ。』
「俺は、本があって、読める場があればもう充分なんですけどね。」
『揺るがないね~千代くん。』
「現実の世界はあんまり、ワクワクしませんよ。でも、本の世界は作者が作り上げる
世界なんですよ。」
『文芸部いけ、ってまぁ冗談だけどさ。』

軽口を叩きながら、昼食を済ませると午後からは残り2名の幽霊部員が顔を出してくれて
ミーティングを開く事が出来た。

その2人が入部を決めた理由が、なんと彼が在籍しているからだと聞いて
俺はただ言葉を失った。
向井先輩は当初から、知っていたらしく。
俺と目が合うと肩をすくめていた。

今日も、大学の帰りに向井先輩に車で家に送ってもらった。
『あ、まだ降りないで。』
と、助手席に座る俺の方に体を寄せて来て
何をするのだろう?と向井先輩を見ていると
スマホで写真を撮られた。
『2ショット撮っていい?』
「今、撮りましたよね。もうダメです。」
『じゃ、コレ遠江先輩に送信する。』
「向井先輩…。」

思い切り顔をしかめて、向井先輩を睨む。
『千代くんでも、そういう顔…するんだな~…』
シャッターの音がまた聞こえる。
「いい加減にして下さい、タチが悪いですよ?」
『……遠江先輩だったら、許せた?』

眼鏡の奥の瞳に、わずかに向井先輩の隠し切れない感情を
垣間見た気がした。

「そんなの、分からないですよ。」
『俺はできれば、2人の味方で居たいだけだよ。お疲れ様。』
にこりと向井先輩が微笑んで、俺の頭を撫でた。
「…向井先輩には、感謝してます。今日も有難うございました。」
『千代くんは、嘘のない子だから…心配だよ。それじゃ』

大学生が乗るには、ハイクラスな車種だと思いながら
俺は向井先輩の車を見送ってから店内に入った。

祖父と目が合って、その脚で店内に並ぶ本を物色する。
自分の本棚に加えておきたい作者の、単行本が入荷されている。
実は、もう既に文庫版を持っているにも関わらず
同じタイトルではあるけれど、加筆修正される前の単行本を
読みたくて、いつか入荷する日を心待ちにしていた。

我ながら、雑食でどんな本でも読める。
でも、好みのジャンルはもちろんある。
カバーに貼られたプライスシールの値段を見て、
手頃だったためレジカウンターに購入に行く。

財布をトートバッグから取り出して、代金を支払う。
『可愛い循環だな。』
と、不意に祖父に笑われた。

どう言う意味かと思ったけれど。
俺のバイト先を思えば、至極簡単に意味が理解できた。
「ただいま。」
『アッチから入れと言っておろうが。』
「向こうは裏の家の玄関とこっちの勝手口が見えるから…」
些細な事ではあるけれど、気になってしまう性分で
気まずい空気が耐えがたい。

2階に上がると、妙な違和感を覚えた。
そう言えば、勝手口にもう1足靴が…?
でも、誰の靴だろう。

自室のドアを開けると、風と共に煙草の煙のにおいがした。
『やぁ、お帰り。』
「…じーちゃんに何言ったんですか?と言うか、人の部屋で勝手に煙草を吸わないで。」
『お爺さんが、灰皿まで用意してくれたんだよ。吸うのも久し振りでさ。』
「そんな話、聞いてません。」

彼は一体何を考えているのか。本当に意味不明だ。
俺になじられても意も介さず。
『きみの部屋、眺めは良いんだね。そこの高窓が気に入ったよ。』
「俺の部屋になんで遠江さんが居るんですか?もう、帰国したってどう言う」
『質問が多いよ。1つずつ、ちゃんと話すから…え~っと。座ろうか。』

アンタが言うな、と危うく言いかけた。
ベッドに座って、近距離に長身の彼が立つと妙な圧迫感がある。
「遠江さんも、座ってください。落ち着かない。」
『コレ、吸い終わったら話すね。』

フォーマルな恰好に、相応しくないであろう床のシートクッションに
彼は持て余す長い脚で座っている。
「結構、奇人変人の類ですね。」
『きみだって、僕の人生にチラチラ現れては…何なんだろうって思うよ。』

テーブルの上に祖父が置いて行ったらしい灰皿があり、
時折、横を向いて煙草の灰を落とす仕草がどことなく滑稽だ。
「人の家に、部屋に居るなんて…プライバシーも何も無いですね。」
『そんなもの、僕には興味がないよ。きみは、僕に見られたら困るモノでも
この部屋に隠してるって言うの?』

同じ言語で会話をしているとは、到底思えない。

「…無事、帰国出来たなら良かったですけど。」
『うん。』
「どうせ、万事上手く行ったんでしょう?」
『そう。で、早く帰国しただけ。向こうのゴハンって僕には重過ぎてね。毎日は食べるのが
億劫だったのが一番かな。』

フィルター近くまで吸った煙草の吸殻を灰皿でもみ消して
彼は楽しそうに笑う。

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