君と糸を、もう一度絡ませたくて。

あきすと

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光さす時、落ちる影

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この体が、他者によってきつく抱き締められて、キスをされて頭の中は考える事を
放棄してしまい。酸欠状態になりかける俺の頬に手が添えられて
息をしなければ、と咄嗟に思い出した。
「っは…ぁ…」
解放されて、やっと肩で息をしながらクラクラする頭で藍さんを見上げた。
『春秋、大丈夫?』
後頭部を撫でられると、悪い気はしないし。藍さんの手が大きくて
優しくて心が静まっていく。
「ビックリする事ばっかり…、でも今は何も後悔してないくてさ」
『俺は、意地悪で臆病で狡い性格だけど。』
「そう…なのかもね。俺は、何事も上手くできないし。日々、失敗と後悔で
埋め尽くされてるけどさ。」

藍さんの手には、温もりもあれば表情もある。
手からも、何かを感じる。
『器用ではないよね。』
「うん。生き恥晒しててもいい。できる事は、してるからさ。」
『春秋を見てると、何だろう…何とか手伝いたくもなるし、あまりにも自分を
偽らなさ過ぎてウソみたいに思って、意地悪したくなる。』
「ここまで、俺の性格を把握できてる人も…珍しい。」

意地悪されたり、言われるのは心がチクチク痛むけど。
藍さんは、本気じゃないと言うのがあるのかもしれない。
だって、よく見れば藍さんの目は全然キツくも無ければ冷たくもない。
『確かめたいんだろうな…』
「まだ、信頼が出来てないからね。大丈夫だよ、俺…ちょっとくらい平気だからさ。
藍さん、不安なんだよね」

優しい人は、理由があって優しい。と言う人もいる。
過去につらい体験や経験をしてきた人は、人の心の痛みが分かる。
ただ、漠然とした優しさとは違う種類だと俺は思うのだ。
朗読の時の藍さんの声こそ、一番心の声に近いのではないかと思わされる。
『どうしたら良いのか、分からなくなる。傍に居て欲しいけど…駄目な気がする』
「…分かる、なんて言えないけどさ。俺の心の中までは見えないんだから。言葉にするか、
行動に出るか、または…何にもしないか。しか、ないんだよ。」

俺みたいな、社会経験もまだまだ浅い奴が言うのも、気が引けるんだけどね。
でも、俺は藍さんの想いを聞いたりするのは嫌じゃないし。
むしろ、もっと知りたくてしょうがないんだ。
『春秋…26歳だっけ?』
「そうだよ、オトナです。」
『…全然見えない。今日なんて特に私服だから。いつもよりかえって学生っぽい。』
「見た目の話でもない気が…」
『オッサンに襲われてるようにしか、思えないだろ?』

うーん、そんな事はないんだけど。俺は、むしろ藍さんみたいにちゃんと大人をしてて
このしっかりとした腕や背中に、憧れそうになっている程だ。
「俺が、良ければいいんじゃないの?何を気にしてるの」
『春秋は、フワフワしてるから…俺が触れていいような存在じゃないと言うか。真逆すぎて…』
意外な言葉ばっかりでてくるんだなぁ、と俺は藍さんをボーッと見つめる。
心が結構繊細なのかな?
まぁ、俺も一応は男だし。そんなナヨナヨ、へにゃへにゃしてるつもりもないんだけど。

「藍さんって、心が…も?可愛いよね」
『可愛い?』
「なんだろ?ライオンって肉食で怖いイメージ強いけど、猫みたいだし。それに似てる」
『そんな事、初めて言われた。』
藍さんは、もう一度俺を抱き締め直してくる。
「藍さん、よしよし…、へへっ、」
広くて、大きい背中を撫でる。ちょっと良い匂いがコーヒーの香りに混じって
鼻腔をかすめる。

『春秋は、怖いな…』
「どうして?」
『まったく見えて無さそうなのに、時々一番俺が望むものを簡単に差し出してくるから。』
「俺には、なぁんにも出来ないよ?ただ…受け止めるだけ。藍さん、好きだから。」
『…簡単に、好きだなんて言うもんじゃないよ。春秋。』
「知ってる。でも…駄目な事?」
ぐ、と藍さんの腕に力が入るのを感じる。
『想いですら、時には誰かを傷付ける凶器に…変わったりもする。』
「藍さんに、何があったのかは聞けないけどさ…。好きでいるのは勝手でしょ?」
『春秋のは、分かりやすい。全然隠せてない。』
「しょうがないよ…、そんな隠すなんて器用さ持ってないんだし」

もしかしたら、藍さんは見えない過去の傷を抱えてるのかもしれない。
だから、カジマグとして時には人の心に寄り添ったり
馬鹿話もしながら、寂しくない様にあのキャラを続けていたんだとしたら。
俺は、悲しむ理由もない。けど、藍さんの心は繊細で複雑で難しい。
でも、確かな温かさがある。
じわじわと伝わって来るから、気にかかる。
こんな立派な大人が、俺なんかに…
「藍さん…今日はもう休もう?今度こそちゃんと、ここで見送って?」
ゆっくりと藍さんは顔を上げて、頬にキスをしてくれた。
『分かった。悪かった…、せっかくの休みなのに』
「楽しかったよ。あ、藍さん!連絡先教えてくれるかな」
『ぇ、あー…。』
スマホを尻ポケットから出して、俺にそのまま手渡して来た。
多分、面倒くさいんだろうな。

「じゃ、番号と…メッセージの連絡先だけ。後で俺のID追加しておいてね。」
『本名?』
「そうだよ、ウザくない程になら…メッセ―ジのやりとりしたいなぁ」
『…めんど。なら、通話のが早くない?』
「どっちでもいいよ。藍さんの好きにして」
はい、とスマホを藍さんに返して。
「それじゃ、本当に今度こそ…お邪魔しました。色々ご馳走になって」
『いいえー、なんのお構いも出来ませんで…』
「あははっ、じゃあ…またね。藍さん、お休みなさい」
『ん。また…、おやすみ。春秋。』

俺は藍さんの部屋を後にして、廊下から足早にエレベーター前に行くと
下降ボタンを押した。
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