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逃避(クレース視点)

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市場から、店に戻ってみてイリアを探した。
午後に向けて仕入れは少しだけできたものの。
何故、イリアが居ないのかも分からないままで
とりあえず、家には帰って来るだろうと思っていた。

数時間が経って、店番をしつつ気にはしていたけれど。
一応、2階に上って行きイリアが使っている部屋をそっと
覗き見た。

やっぱり居ない。
本当にどこに行ったのかと思いながら。
店に来たお客さんに、少し聞いてみる事にした。

『イリアちゃんなら、さっきそこの路地で誰かと一緒だったけど。』
「まさか、人さらいにでもあったんじゃ……」

イリアは、警戒心が強い方だとは思っているが
時々子供らしい好奇心に負けてしまう所も見て来たから
もしかしたら、スキを突かれたのかもしれない。

結局その日はあまり商売にならずに、店を閉めた。
日が傾きかけても戻らない事が大きな不安になり。
自警団の本部に、イリアの事を話しに行った。

とても親身になって、話を聞いてくれたものの捜索は
翌日と言う事になった。

やるせなさで、心が痛い。
いつもなら2人で一緒に夕食を食べている時間だ。

なのに、今日は1人きり。
少し前までの、日常を思い出してしまう。

寂しさで、心が揺れた。
早く、戻ってきて欲しい。イリア。
一体どこに行ってしまったのか。

先程、お客さんが言っていた【誰かと一緒だった】というのは
果たして誰なのか。
イリアは、ほぼ店の中に居て日頃は読み書きの学習をしている。
だから、常連さんであればイリアとの面識はあるだろうが。

はぁ、やっぱり今日はしっかり午前中休みにしておけばよかった。
思えば、イリアをたった一人にしてしまった事がもう、いけなかったのだ。
まだまだ子供なのに、恐ろしい思いをしていないだろうか。
また、空腹に苦しんでいないかといくらでも心配事が浮かび上がる。

徹底的に、自分の不注意でしかない。
今日の所は休もう、とベッドに入る。
子猫たちも落ち着かないのか、かごから出て来て
ブランケットに這いあがって、押し寄せて来た。

「イリアがいないんだ……あの子は、俺が守るってあの日決めたのに。」
子猫は、小さな体で懸命に這い上がってはコロンと滑り落ちていく。

「明日じゃ、遅い……。」
居てもたってもいられずに、寝る前にもう一度街の中を捜しに行こうかとも
思ったが、気力が湧かずにそのまま泥の様に眠ってしまった。

あくる朝、店は開けずに自警団の本部に向かった。
店にはしばらく休業する張り紙を出して来た。

雑貨屋のおばさんが、心配して様子を見に来てくれた。
イリアが居なくなって悲しんでいるのは、何も自分一人ではない事を
実感した。

だからこそ、余計に自分が腹立たしかった。
捜索は数日間掛けて行われ、聞き込みや張り紙をしても
有力な情報は、集まらなかった。

念のため、街はずれの浮浪児がよく身を寄せ合っている場所にも
何ヶ所か行ってみたけれど、イリアの事を知らない子も多く
比較的母親と別れてから日が浅いのでは無いかと思えた。

母親が、連れ戻しに来たといった雰囲気では無かったらしいから
やはり……人買いか人さらいの線が強い気がした。

治安も悪いこの風塵の街では、こんな事はよくある事だから。と、
片付けられるのが歯がゆかった。

子供の未来も、明るくないこの街にはもはや希望の光でさえも
失われている。

日々、歩き回って情報を集めようと奔走して
街中であった常連さんに
『そろそろお店も再開してくれないと……貴方の子じゃなかったんでしょ?』
と心無い事を言われてしまった。

言葉の理解が追い付かなくて、ただ馬鹿みたいに俺は笑っていた。

イリアが居なくなってから、もう10日が経過していた。

時間が経ち過ぎているのは、理解している。
店はまだ開けられないまま。
ヘトヘトになって帰って、飲み慣れていない酒をあおって
ベッドに倒れて眠る。
そんな日々がしばらく続いた。

店の張り紙に、おかしな落書きをされても
何の怒りも沸かなかったし。
ちょうど、この街そのものに対する愛着も薄くなって来た。

俺は、夜逃げでもする様に猫を抱えて夜中にこの
風塵の街を去る事にした。

両親が暮らす街に、一旦帰ってからやり直す事に決めたのだ。

誰にも見送られない静かな深夜に、ミィミィ鳴く子猫を連れて
蜃気楼を生み出す街を出て行った。
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