緑の絨毯を夢見て

あきすと

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新しい季節には。

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クロームが家に住み込みで働きだして、もうそろそろ
3か月程が経とうとしている。

寝起きを、クロームに管理されたり
衣服を着せられ、夜には風呂でまで
いつだって、クロームの世話になっている事が
嬉しいと言うよりかは、まるで侍女の様に
思えて来た。

「これくらい、自分でできる。」
身支度が済めば、甲斐甲斐しくクロームが朝食の
並ぶダイニングで世話をする。

『いいえ、僕の務めですから…。』
クロームは、一度あの夜に夜香蘭の香りで眠り
目覚めてからは、碧い瞳をとろけさせて
俺に付き従う。

家の庭に、いつしか咲くようになった夜香蘭は、
今でも大切に育てられている。
庭師のウェンによれば、
売ればそこそこの値段にもなると聞いている。

俺は、この前の一件があってから
クロームに、夜香蘭には近寄るなと注意しておいた。

こちらの身がもたないのだ。
甘い香りに包まれたクロームが、俺の部屋に
入ってきてしまえば、
いずれ自制が効かなくなって
クロームを傷つけてしまう事になるのではないかと。

近頃では、通いのウェンとマホガニーが家に帰ると
クロームと二人きりになる事さえ、
心のどこかで、いけない事だと罪悪感に
さいなまれたりする始末だ。

俺が、踏みとどまらないと。あの、クロームの
瞳には負けてしまいそうなのだ。
今日は、以前から商人に頼んで取り寄せてもらっていた
香油を移し替えるための、瓶が届く。
受け取りを済ませてから、浴室に運んでおくと
廊下を通りかかったクロームが

『あ、届きましたね。では、香油の移し替え、手伝います。』
相変わらず、優しい笑顔でこちらに駆け寄って来る。

「大丈夫だ、…クローム、今日は晩にお前が手すきになった後で良いから、
香油を施してほしい。」
『はい、喜んで…。』

一瞬だけ、クロームの表情がかたくなった気がしたが
すぐに、いつもの俺の知る顔に戻っていた。

近頃は、ウェンとも仲良くなったクローム。
厨房にも出入りを許されて、料理を手伝う様にさえなっていた。

すっかり、この小さな屋敷の住人として
馴染んできたクロームを思うと
目元が自然とほころんでいくのだ。

クロームに部屋を与え、装飾の類や、衣服を揃える事にしたのは自分なりの
思いの表れかもしれない。
好きな女に、男がなんでも買い与える姿は、はたから見れば
滑稽に映る事だろう。

朝も昼も、そして夜まで。
クロームは、庭仕事や菜園での作業に追われながらも
いつだって俺を気遣い、思いやる。

『イスタリア様、カラックを作りました。いかがですか?』
庭の木陰にたたずむ俺を見つければ、
爽やかな風の吹く午後に差し入れを持って来てくれる。
甘い、濃さもちょうどいい仕上がりをクロームは
きっと、舌で覚えたのだろう。

隣に腰を下ろしたクロームは、眩しそうに瞳を細めて
こちらを見つめて来る。
「…いい出来だ。」
口にした、カラックは甘く、香味が豊かで
後味は軽かった。

『イスタリア様…、僕…』
「どうかしたか?」
『次の季節には、ここを去らなければいけなくなりました。』

突然何を言い出すのかと思えば。
俺は、瞬きする事も忘れて、
クロームを黙って見ている。

『弟が、キャラバンに行くことになったので…また、花屋の店番に戻らなければ
いけなくなりました。さっき、使いの人から聞いたばかりで、僕もまだ…頭の中が
整理できていなくて、』

「キャラバンにでれば、なかなか戻れないだろうに。そうか、お前の弟も大変だ…」
『僕は、ここを…離れるのは』
クロームは、頭を振って伝える。
「気持ちは、ありがたい。だが、他に居ないのであれば…お前は戻るべきだろう。
夢の、緑の絨毯を…忘れたわけではないだろ?」

『…忘れては、いません。けど、僕はイスタリア様の側に居られない事が、信じられなくて』
「俺はいい、また誰かを…雇うだけだ。」
ここに居る事で、何事も無いのであればクロームの好きにすればいい。
だが、家のものが助けを必要としているならば
話は別だった。

『女の人ですか?』
「まだ分からないさ。今はまだ、お前がいる。余計なことは考えるな。」

クロームの心が、見えない訳ではなく。
むしろ、見え過ぎて感情にのまれてしまいそうだから。
俺だけでも、ここは平静を装わなくてはいけない。
まったく、嫌な処世術が身に付いたものだ。

今にも、クロームは瞳にたまる涙の粒を
零してしまいそうだというのに。

きっと、抱きしめてしまえば、たがは外れる。
分かっていた。

『もう、会えなくなるのに…平気そうですね』
「いつでも、遊びに来い。お前は客人になれる。そうすれば、俺もお前をもてなす事ができる。」
『…!イスタリア様』

すぐ横から、クロームに抱き付かれて
驚いた、と、同時にまた一度だけ鼻腔をくすぐった
あの甘い香り、
夜香蘭の香りに、心が揺らいだ。
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