甘夏と、夕立【迎え梅雨におかえり】

あきすと

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たわいもないやり取りが、摩耗しそうな日々の支えになる。

礼緒くんとの通話が終わって、僕はいつの間にか眠りに落ちいていた。
心地いい声に安堵を覚えて。
きっと次に会うのは、雨の季節になるかもしれない。

毎日をとても近い距離に暮らしているのに、まだまだ
見えない距離を感じていた。

適度な距離感と言うものを意識しだしてからは、自然と我慢する事が
増えていたように思える。

僕ばかりが強いられている訳ではないだろうに。
気持ちの鬱積は大きくなる前に、察しの良い礼緒くんが
助け舟を出してくれている。

だから、こうやって安心して眠りに就けていた。

起きた頃には、夕方近くになっていた。
かなり熟睡できていた事に、自分でも少し驚いた。

寝ている間に、届いていた礼緒くんからのメッセージと写真。
ぼんやりとした頭で、画面の中の写真を見つめる。

「本州から、出ちゃってる。…遠いなぁ。」
駅のホームの写真が撮巻きに撮られている。
平日の午後だから、空いている電車が想像できた。

いいなぁ、なんて気軽には言えない。
礼緒くんは遊びに行った訳ではないから。
でも、心の片すみでひっそりと
いつかは、一緒に旅がしたい。と思っている。

お互いの生活のサイクルがなかなか合いにくい難点は、
近距離に住んでいる事が、大きな救いとなっている。

もう梅雨入りした土地へと赴く事になって、少し大変かもしれないけど
礼緒くんからのメッセージにはできればすぐにでも
返信したい。

礼緒くんとは、休日前の夜に時々
お互いの家を行き来して、お酒や晩御飯を一緒にしている。
昔から、親しくない人との食事にはどことなく
苦手意識や過度な緊張があったけれど。
礼緒くんは、そうならない相手の一人だ。

本当は、見送りたかったなぁと思いながら
体をベッドから起こして、伸びをする。

あーあ、もう…一日が終わってしまう。
成す事は果たしたのに、心がゆるい焦燥感に襲われそうになる。

「住む世界は、同じなのにね…。」

自室から階下に降りていくと母親が夕飯の準備に追われていた。
僕は台所に行って、冷蔵庫に冷やされた気の早い麦茶を飲む。

「…礼緒くんの家とウチのは味、違うよね。」
子供の頃からの疑問だった。
メーカーがどうの、とかそんな話では無くて
僕からすれば礼緒くんの家の麦茶は、なんだかすごく
美味しく感じていた。

母親は、笑っていた。
子供の頃から、何回も同じ会話のやり取りをしてるから
おかしかったんだろう。

想い出補正とかではない、ウチのに出した麦茶は
もしかしたら然程美味しくはないのかもしれない。
でも、素直に好きだと思えてる。

「ヨソの家でいただくものって、やっぱり特別だからかなぁ。」

独り言を浮かべて、台所を後にした。
玄関先の水槽に住まう金魚にエサをやる。
「…………。」

駄目だ、心が落ち着かない。
別に今までも暇さえあれば、会っていた訳でもないのに。
パラパラと、水面に浮かび金魚の食いつく泡沫を
覗き込んでいた。

1週間って、あっという間だよね?
と自分に言い聞かせる。

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