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⑨鏡の向こう側
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興味ではない、ただ事実として受け止めたいという。
コレも明確なエゴではある。
少しでも、痛みに触れようとしてしまうのは何故なのか。
あまり深く考えない様にしていたのに。
『この傷は与えられて、でも記憶は失って…伯明先生は少なからず僕を知っている。』
「今の響に、私が知る範囲での記憶を…言っても良いのか悩ましい。」
『でも、確かな事だったのなら…僕は知りたいと思います。』
頼りない薄絹の重なりで織られた肌着が、床にゆっくり落ちる。
靴下留めが外され、肌の白さに目を奪われる。
細く締まった足首から脹脛にかけては、特に傷の痕も見受けられなかった。
「背が低くなった分、不自由もあるだろうが…」
『そうですね。でも、伯明先生が補ってくれるので。今のところは平気です。』
風呂が沸き上がる頃に、薬草から作った精油を数滴垂らして
お湯を馴染ませた。
『本当に、脱ぐんですよ…ね?』
「まぁ、さすがに全身を見られた事は無かっただろうが」
『ありますよ。事務所を通して、病院に通っていますし。少し前は被害の実態を
報告するためにって、診察だから仕方ないとは言え…結構心にはこたえました。』
「報告なんかしても無意味だというのに。だから私は、会に属さずに…。あ、いや…すまない。私事だな。」
『信頼している人だったなら、少しは心持ちも違うのでしょうが。僕は、そんな人さえも覚えてませんでしたし。』
「…言葉が無い。」
『こんなに大きくて、立派なお風呂…いいんですか?本当に』
「風邪を引くから、そろそろ湯船に入ったらどうだ。」
私に促され、響翠は最後のショーツを潔く脱いでシャワーを浴びた。
皮膚の張り方や、骨身に影響は出ていないものかと改めて
響翠の後姿を見てから、浴室を出た。
書斎で、書きものをしに部屋に戻る。
何の気がねも無く、ゆっくり出来る時間と空間が響翠にも必要だろう。
事務所にそろそろ、話をしても良いのかもしれない。
記憶を失う前の響翠が、あまり出てこないようであれば
この先の事をどうするべきか、今一度考えてみる必要がある。
身元引受人が、今のところ事務所預かりの為不在になったままでもあり
このままでは、住まいも借りる事が難しいと言われている。
事務所も、長期での受け入れは対応外であろう。
(いずれは、身を立てていく者ばかりで)
『実家にも帰せないだなんて…』
しかも、今の事務所からは宿舎の施設使用に対しても
給料から天引きされている事を考えると、
無駄になっている部分を響翠にちゃんと話した方が良いかもしれない。
以前の響翠であれば、かなりシビアな目線を持っている為
こんな事態になっても隙なくあらゆる事をこなしていただろう。
今の響翠がどうとか、そんな事を言いたい訳では無い。
ただ、過剰に庇護しても本人の為にならない事は百も承知だ。
でも、干渉したい。頼られたい…こんな浅はかな思いで
響翠に接する事が過去の自分は望んでいたのだろうか。
『先生、伯明先生…あの、お風呂有難うございました。』
「ゆっくりできたか?」
『着替え、コレ…先生のお洋服ですよね。裾や袖が長くて』
「この前、出掛けた時に買っておいた服は響の部屋に戻してある。好きなものを着ればいい。」
『僕、男…ですよね。服が、女性のものも男性のものもどちらが良いのか分かんなくて、』
誰かに教えられた情報をただ鵜呑みにしていればいいだなんて思わない。
本人が、どう感じているのかも重要であろう。
書斎の椅子から立ち上がり、響翠の前まで歩き目の前に立つ。
『…伯明先生は、身長が高くて羨ましいです。』
この言葉さえ、今の響翠の想いなのか。
それとも、記憶を失う前からの想いなのかは分からないのだ。
「お前の感情は、お前のものだ…。」
そう告げて、そっと響翠の肩に触れた。
『そう、です…よね。うん、有難うございます。』
響翠はあどけなく笑って私の後をついて歩いた。
本当は、抱き上げてしまいたい衝動に駆られたが。
腹部にある傷痕を思い出して、理性が働いた。
危なかった。
「私が触れるべきではない領域もある事を、忘れてはいけなかったな。」
『伯明先生…』
「肌の引き攣れは起きていないのか?特に、腹部。」
響翠の為の部屋に入ると、ベッドに腰を下ろす。
『引っ張られる感じ、今はもう無いです。あ…っ、ふふっ…』
まだ乾ききらない響翠の髪をタオルで拭きあげる。
「仔犬みたいだな。」
『僕がアナタの事をしたいのに…。』
「もう、子供じゃないだろう?お互いに。」
良い大人が、くすぶり続けてこじらせて。
やっとの思いで、対峙できたかと思えば。
『僕が、自分のこの姿を鏡で見た時は少し…疑いましたけど。』
「同い年だ、私と響は…」
『伯明先生の書斎にある写真立て。僕が…写っているのが飾ってありました。』
「言ったはずだろう?昔は家同士の付き合いもあったんだ。」
『頭の中の僕が、アナタを呼ぶんです。それが、酷くなると記憶が途切れてしまう。』
恐らくは、記憶を失う前の響翠が表に出てきているのだろう。
「なにも、心配しなくても良い。どんなお前も結局は響翠だ。」
コレも明確なエゴではある。
少しでも、痛みに触れようとしてしまうのは何故なのか。
あまり深く考えない様にしていたのに。
『この傷は与えられて、でも記憶は失って…伯明先生は少なからず僕を知っている。』
「今の響に、私が知る範囲での記憶を…言っても良いのか悩ましい。」
『でも、確かな事だったのなら…僕は知りたいと思います。』
頼りない薄絹の重なりで織られた肌着が、床にゆっくり落ちる。
靴下留めが外され、肌の白さに目を奪われる。
細く締まった足首から脹脛にかけては、特に傷の痕も見受けられなかった。
「背が低くなった分、不自由もあるだろうが…」
『そうですね。でも、伯明先生が補ってくれるので。今のところは平気です。』
風呂が沸き上がる頃に、薬草から作った精油を数滴垂らして
お湯を馴染ませた。
『本当に、脱ぐんですよ…ね?』
「まぁ、さすがに全身を見られた事は無かっただろうが」
『ありますよ。事務所を通して、病院に通っていますし。少し前は被害の実態を
報告するためにって、診察だから仕方ないとは言え…結構心にはこたえました。』
「報告なんかしても無意味だというのに。だから私は、会に属さずに…。あ、いや…すまない。私事だな。」
『信頼している人だったなら、少しは心持ちも違うのでしょうが。僕は、そんな人さえも覚えてませんでしたし。』
「…言葉が無い。」
『こんなに大きくて、立派なお風呂…いいんですか?本当に』
「風邪を引くから、そろそろ湯船に入ったらどうだ。」
私に促され、響翠は最後のショーツを潔く脱いでシャワーを浴びた。
皮膚の張り方や、骨身に影響は出ていないものかと改めて
響翠の後姿を見てから、浴室を出た。
書斎で、書きものをしに部屋に戻る。
何の気がねも無く、ゆっくり出来る時間と空間が響翠にも必要だろう。
事務所にそろそろ、話をしても良いのかもしれない。
記憶を失う前の響翠が、あまり出てこないようであれば
この先の事をどうするべきか、今一度考えてみる必要がある。
身元引受人が、今のところ事務所預かりの為不在になったままでもあり
このままでは、住まいも借りる事が難しいと言われている。
事務所も、長期での受け入れは対応外であろう。
(いずれは、身を立てていく者ばかりで)
『実家にも帰せないだなんて…』
しかも、今の事務所からは宿舎の施設使用に対しても
給料から天引きされている事を考えると、
無駄になっている部分を響翠にちゃんと話した方が良いかもしれない。
以前の響翠であれば、かなりシビアな目線を持っている為
こんな事態になっても隙なくあらゆる事をこなしていただろう。
今の響翠がどうとか、そんな事を言いたい訳では無い。
ただ、過剰に庇護しても本人の為にならない事は百も承知だ。
でも、干渉したい。頼られたい…こんな浅はかな思いで
響翠に接する事が過去の自分は望んでいたのだろうか。
『先生、伯明先生…あの、お風呂有難うございました。』
「ゆっくりできたか?」
『着替え、コレ…先生のお洋服ですよね。裾や袖が長くて』
「この前、出掛けた時に買っておいた服は響の部屋に戻してある。好きなものを着ればいい。」
『僕、男…ですよね。服が、女性のものも男性のものもどちらが良いのか分かんなくて、』
誰かに教えられた情報をただ鵜呑みにしていればいいだなんて思わない。
本人が、どう感じているのかも重要であろう。
書斎の椅子から立ち上がり、響翠の前まで歩き目の前に立つ。
『…伯明先生は、身長が高くて羨ましいです。』
この言葉さえ、今の響翠の想いなのか。
それとも、記憶を失う前からの想いなのかは分からないのだ。
「お前の感情は、お前のものだ…。」
そう告げて、そっと響翠の肩に触れた。
『そう、です…よね。うん、有難うございます。』
響翠はあどけなく笑って私の後をついて歩いた。
本当は、抱き上げてしまいたい衝動に駆られたが。
腹部にある傷痕を思い出して、理性が働いた。
危なかった。
「私が触れるべきではない領域もある事を、忘れてはいけなかったな。」
『伯明先生…』
「肌の引き攣れは起きていないのか?特に、腹部。」
響翠の為の部屋に入ると、ベッドに腰を下ろす。
『引っ張られる感じ、今はもう無いです。あ…っ、ふふっ…』
まだ乾ききらない響翠の髪をタオルで拭きあげる。
「仔犬みたいだな。」
『僕がアナタの事をしたいのに…。』
「もう、子供じゃないだろう?お互いに。」
良い大人が、くすぶり続けてこじらせて。
やっとの思いで、対峙できたかと思えば。
『僕が、自分のこの姿を鏡で見た時は少し…疑いましたけど。』
「同い年だ、私と響は…」
『伯明先生の書斎にある写真立て。僕が…写っているのが飾ってありました。』
「言ったはずだろう?昔は家同士の付き合いもあったんだ。」
『頭の中の僕が、アナタを呼ぶんです。それが、酷くなると記憶が途切れてしまう。』
恐らくは、記憶を失う前の響翠が表に出てきているのだろう。
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