いけ好かない知人が変わり果てた姿で…

あきすと

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⑧傷

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家に帰ると、薬品だなから染み抜きに使える薬剤を桶のぬるま湯に溶かして
響翠のブラウスについた葡萄の染みを綺麗に抜いた。

溶け出す色素を、すぐ隣に居る響翠が面白そうに覗き込んでいる。

「頼むから、近い…上着を着て待っててくれないか。」
肌着に下はスカートだけという不可解な恰好で傍をうろつかれていると
非常に気が散る。

『後は、薬品をすすいで…干せば大丈夫ですか?』
「あぁ、今日は風も少し出て来たし。日が暮れる前には乾くだろう。」
『…あの、伯明先生の上着。少し大きくて』
「大きい方が良いと思って、貸したんだ。なぜ、着ない」
『恥ずかしいじゃないですか。そんな、僕が…アナタは仮にも僕の雇い主で…』

そんな事を考えていたのか。と、意外に思いながら椅子に掛けられたままの
自分の上着を取りに行き、響翠の背後にまわって肩から着せてやる。

「そんな恰好で居られる方が、私からすれば…迷惑だ。」
ここまで言わないと、きっと響翠には響かないだろう。
言い方は、多少キツくはなってしまうが。

『ひゃ…素肌にニットは、』
「あ、チクチクするか?」
『このテのは、大丈夫です。…すごく柔らかくてフワフワの生地ですね。』
「知り合いが飼っている羊の種が、確かかなり柔らかな毛質らしい。このニットを
編み機で編んだ友人が言っていた。」
『肌に優しいんですね…。フフッ、あったかい』

響翠は明らかに長い余った袖を垂らしながらも、抱き締める素振りをした。
「…やっぱり、部屋にはいくらか自分の服を置いておくべきだな。」
『そうですね。』
「近い内に、一度泊まって行くと良い。」
『どうして…?』
「どうして、と聞くのか。困った奴だな。相変わらず。」

言い出しにくい事ではある。
密やかに親交を深めていく中で、自分の心の貪欲さが本当に嫌になる。
『聞きますよ。僕が泊まる事の意味を…伯明先生はどのぐらいに考えているのかを知りたくて。』
「事務所には、伝えてある。」
『そんな、お泊りの仕事があるなんて…聞いていません。』

融通が利かないのは、以前からの性質だ。
「お前との事は、もうここに遣わされた時に伝えてある。」
『僕を帰さないだなんて、伯明先生も困った人ですね。』

台所に戻って、2人分の紅茶を響翠が淹れてくれた。
「ありがとう。でも、無理強いはしない。あくまでも響の意思で残って欲しいからだ。」
『金銭は関係なく、ですよね。』
「当たり前だ。感情や想いで決めてくれ。」

椅子に座って、子供の様に脚を前後に振り立てながら
好奇心に満ちた瞳で、響翠は私を見つめる。

『分かりました。では、今日…今夜泊めてください。あの、出来れば一緒に晩御飯を作りたいです。』
「それだけか?」
『逆に、他に何か…したい事があるんですか?』

何気なく問われた言葉に、私は言葉に詰まった。

「いや、あの…色々と気になる事は山ほどあって。でも、それを響に求めていいのかも分からない。」
『…そんなに、ですか。今夜の内にどのぐらい伯明先生にお付き合いできるかは分かりません。』
「だろうな。」
『でも、気の済むまで…お付き合いしたいとは思っていますよ。』

ニコリと笑みを浮かべる響翠は、誰がどう見ても愛おしがるような
愛想の良い笑顔を向けてくれた。

念の為、バスルームを案内して入浴までの準備を一通り示して見せる。
入浴にはまだいつもよりかは時間が早かったが、
「晩御飯が終わったら、話そう。」
と響翠に伝える。

実家の事も、いつまでも黙ったままなのは忍びない。
できるだけ、ショックを与えない程度のこれまでの響翠の話を
もうしてもいいだろう。

『ぁ、…分かりました。』
私がどの様にして、今までの響翠に接して来たか。

「響、」
『ハイ、何でしょう?』
バスタブに張られたお湯の温度を確かめながら振り返る。
『…まさか、一緒にとか、言いませんよね~?』
「いや、私は後で入る。…とりあえず、洗ってやるから脱げ。」
『ぇ…、っと…そ、それはさずがに』

ふるふると顔を横に振りながら、響翠が後退りする。

視界のはしに、細っこい響翠の足首が見える。
「全身を、見ておきたい。嫌なら、そうだ…断ってくれていい。」
『一体、どんな気持ちで僕の…その、全身を見たいのかにもよります。』

「分からない、ただ漠然と…これはもしかしたら自分にとっての咎かもしれないと。
そう、思い始めている。」
『でも、コレは僕の体にあるのに?』
「あぁ、変わらない気がする。確かに、響の傷である事は理解できているのに…私も少なからず痛むんだよ。」

ふと、左肩に重みが加わった。
振り返らずとも分かる、響翠の頭部が私の肩にもたれている。
2人で浴室で、屈み込みながら何とも言えない気持ちで
次の言葉も思う様に紡げずに、湿った暖かい空間に
身を浸しかけている。

『僕の傷まで、アナタが持って行かないで…。』




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