いけ好かない知人が変わり果てた姿で…

あきすと

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③一体

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没頭する時間は、あっという間に流れていく。
家のチャイムの音で、ハッと現実に呼び戻された気分だった。

椅子から立ち上がって、玄関まで行くと施錠を外しドアを開けた。
「……な、んで…」
『…っ…ぅ……』

響翠の泣き顔を見たのは何十年振りだろう?
もともと、負けん気が強くワガママな性格もあったのは大いに知っていた。

いや、それにしても大の大人が…
『ろわれてるって…っ、いわれて…』

私は茫然としていた。思わず抱き留めた響翠が、余りにも
か細く頼りない存在である事を実感してしまったからだ。

困惑しているのは、響翠のはずなのに何故私まで同じ様に
ショックをうけているのか。
踏み止まらなければいけなかった。

「話を聞く。とりあえず、中へ…。」
瞳からとめどなく零れる涙が、ただ綺麗だと思った。
初めて、人としてこの目の前の相手を抱き締めたいと本能も
心もきっと同時に感じたのだろう。

こればかりは、私も否定のしようがなかった。

朝食さえまだ食べていない事を、響翠に悟られない様に
私は2人分の軽食を準備した。

響翠には庭のハーブから淹れたハーブティーも一緒に勧めた。
涙がおさまったけれど、まだ鼻の頭が赤い響翠が
私の向かいに座っているのが何となく不思議な気がした。

「少しは落ち着いてくれ。こちらも、急に泣きながら家に来られて戸惑った。」
『…そうですよね。ごめんなさい。…僕、の魔法事故の直後の診断が今日はじめて
知らされて。あんまりにもショックで。』

ちなみに、響翠が『僕』と言う間は記憶の無い響翠であり
『俺』と言う間は、以前の響翠に戻っているのではないだろうかと
私は勝手ながら、推察している。

「私は医者ほどの見立てはできないが、おおよその見当はついている。」
『…え、どうして?』
「これは、あまり人前では言わないけれど。ウチの家系は代々、魔法科学の継承をして来た
家系だからだ。と、言っても…興味は無いだろうが。」
『魔法科学は、確か廃れたんですよね?』

さすがに、今このまっさらな状態の響翠に我が家系と
響翠の家とのごたごたを話す事は気が引ける。
そして、説明も面倒くさい。

「廃れたとしても、研究は続いている。」
『病院では、魔法科学を今でも使ってました。機械で体を調べられたりして。
複数の魔法が掛かっているらしくて、その痕跡はあると言われました。』

「身丈、身長が縮んだ。そして、その減った分の寿命が減らされた。」
『…え、どうして分かるんですか?』
「それは、魔法と言うよりかは呪いの類になる。何かが呪いを解く為の鍵となる。それを見つけ出せば良い。」
『後は、よく分からないけれど…その、体にかけられた何らかの薬品で』

「事故の大まかな概要は、聞かせてもらった。と言うよりも資料がこちらにもある。個人的にも
調べさせてもらったが…。本当に事故だったのか?と私は正直疑っている。」
『どういう、意味…?』
「元々は、狙われていたんじゃないかって話だ。」

残酷な話かもしれないが、響翠に関しては今まで何度か誘拐未遂などもあったが故
こう考える方が自然かもしれない。

『……僕、記憶がないらしくって。』
「イヤと言う程、知っている。」
『それでも、覚えていた人の名前があって…』

まさか、と頭が最初に軽く否定した。
「はー、一体誰の名前だ?」
『はくめい、って言ったそうなんです。』

「私の、作家名だな。」
『でも、記憶になくて…。ごめんなさい。』
「謝るな、煩わしい奴だな。相変わらず…。」
『朝ごはん、食べなかったんですか?』
「珈琲は飲んだ。」

『食事、僕が居なくてもちゃんと食べて下さいネ。』
「後で、出掛けよう。食事が済んだら。」
『お買い物だったら、僕が…』
「響のその恰好はいくらなんでも、酷い。ちゃんとした身なりをして居た方が良い。」
『支給品ですけど、今は充分です。』

「事務所からの制服と、その服だけでは何かと不自由するだろう。」
『僕の天引きが、増える一方では?』
「安心しろ、私が見立ててやると言っている。」

響翠は、驚いた表情から嬉しそうに瞳を細めて笑った。

食事を終えて、出掛ける準備をしてから
「手を出せ。」
『ハイ…。』
何の疑いも無く出された左手の手首に、腕時計を装着した。
「細い手首だな。」
『…時計?』
「家までの方位を記録させてあるから、もし万が一にでも外で迷った時には
この家に戻れる様に設定しておいた。」
『過保護じゃないですか?』

「雇用主だからな、管理するのは当たり前だ。」
『でも、…すごく心配してくれて。優しいじゃないですか。』
「煩い、余計な事は言わなくても良い。全く…」
『フフッ、ごめんなさい。』

響翠は立ち姿を自分で鏡の前で確認している。
『僕って、男の人ですよね?』
「…当たり前だろう。」
『?じゃ、なんでこんなにも違和感があるのか。』
「何がどう、違和感なんだ?」

『よく、分からないけど…です。ざわざわする。』
「薬品がかかった部分は、どうなったんだ?」
『……医師が言うには火傷だそうです。』
「1つ言っておくが、私には決して嘘をつかない事だ。」
『嘘なんて、本当の事を知りもしないのにつけもしません。』

過去の響翠を知る者として、今の響翠にはハッキリ言って
違和感しかない。

「外から帰ったら、1度その体をみせてくれないか?勿論今日は勤務の日では無いから
イヤなら拒否してくれて構わない。」
『僕は、ただ…これからこの先誰を信じていけば良いのか。分からないんです。』
「少なくとも私は、響翠の事を今のお前よりかは知っていた。とだけ、
そろそろ伝えておくべきか。」

響翠は、何か言いたげに私を見上げた。
「まさか、自分が女かも知れないと思ったか?」
『でも…制服はスカートだし。…この支給品も女性ものでしょう。』
「体形が大きく変化したからな。バトラーの制服は事務所には置いてないのだろう。」
『もとの、身長どれぐらいだったんだろう…』

「響が本当に知りたいのであれば、私の知り得る範囲で教えても良い。だが、医師に相談した上でだ。」
『……ハイ。』

途端に分かりやすく元気を無くすものだから、私もやりにくい。
せっかく街に連れ出しても作り笑いをするだけで、生返事がいくつか返って来た。
私が怒るのは、筋違いであろうとは思う。

ただ、いかんせん今の響翠は以前の様な輝きが失せている。
隠す事のない目映さも、鬱陶しい程の率直さも素直さも
随分となりを潜めてしまっている。

「私は何も言わないから。響が今欲しいものを買おう。」
『欲しいもの…って、言われても。う~ん。難しいですね。いざ、言われると。』
「何でもいい、靴でも帽子でも服でも…」
『…伯明先生が、その…選んでくれませんか?』

「分かった。私は都合の良い様にしか選ばないからな。後から文句を言うなよ?」
『ハイ。言いません。』

大きく頷いて、洋品店に入店すると店員さんに事情を軽く説明して
一緒に衣服から装飾品までを見繕ってもらう。
「生来の顔の良さが救いだな。」
『…本当に、何だかやっと自分に何が起きたのか分かった気がする。』
「響として生きて行く覚悟が出来たのか?」

買い物を済ませて、大荷物を2人で抱えながら家路についた。
夕飯は、私が響翠に振舞う事を伝えた。
家に帰って来るとホッとした表情で、響翠が私のもとに
やって来る。

『博明…俺、』
「このタイミングで戻るのか。お前らしいな。」

響翠の生家には、腹違いの弟が居る。
兄弟仲は、決して良いとは言えず。
勘の良い響翠が、分からない訳が無かったのだ。
義弟が、今まで響翠本人にしてきた所業を知っていれば
魔法事故だなんて、簡単に済まされたが。

これも、義弟の資産乗っ取りに対する計画の1つでしかない事。

察しはついても、認めたくないと言う心が働いたのだろう。

『前に会った時から、どのぐらい時間が経ってる?』
「4、5日と言ったところだな。」
『そっか。もっと早く戻れる様にならなきゃな。』
「焦らなくても良い。焦っても、お前にとっていい事は今は無い。」
『記憶がない、俺ってどんな風なのかって…気になる。』

「…ン、ものすごく従順で。一生懸命で…ほぼ何にも出来ない。」
『うわ~…。終わってるじゃん。』
「仕方ないだろう?今までの様には行かないさ。スカート履いて、私の隣を静かについて来る。
可愛いものだと思うよ。」
『絶対、そんなのは嫌だ。早く元に戻りたい。』
「まぁ、私も協力できる事はさせては貰うよ。」

『……』
「どうした?」
『あ、いや…。博明に可愛いって。初めて言われたから変な感じ。』
「勘違いしてるようだけれど。私は、記憶を無くしている方の響の話をした。」
『陰険~』
「本当の事を言っただけなのに。」

ちらちら現れる、記憶を無くす前の響翠。
どちらも同じ人物である事は、明確なのに。
久し振りに、懐かしい気がした。
『あの、伯明先生…』
「もう戻ったか。…どうかしたか?」
『戻った?』
「あぁ、いやいや。こっちの話だ。」
『本当に、このお部屋を使っても良いんですか?』

使っていない洋室を響翠の部屋に使ってはどうかと提案したのだ。
着替えなども、一そろい置いておいた方が何かと便利だろう。

『…まるでお嫁に来たみたいじゃ…』
「え……」
『ぁ、冗談です。気にしないでくださいね。』
顔を真っ赤にして響翠は笑ってごまかした。

今のを、記憶を無くす前の響翠が聞いていたら一体
どんな反応をしていたのだろうと考える。

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