梅時雨の恋模様

あきすと

文字の大きさ
上 下
1 / 1

しおりを挟む
 洞窟に戻ると、マナが座って俯いていた。顔を真っ赤にしている。

 腹の音が鳴ったぐらいで可愛いものだと苦笑しながらも、ゼーウェンは彼女に食事をさせるべく荷物から食料を取り出した。

 ゼーウェンが持ってきているのは干し肉とパン、それに水である。
 両方とも水分が少ない為日持ちがするものだ。

 食料は万が一の事を考えて多めに持ってきてはいるが、それでも二人分になると厳しいものがある。水もまた、グルガンに載せられる許容範囲と値段を考えると、予備としての分量はそう多く無い。

 乾燥した死の大地に近い集落では、水こそが一番高価であったからだ。マナを連れて死の大地を出るまで、食料も水も切り詰めなければ、と思う。

 ――食事配分と飛行配分を考えなければ……。

 そんな事を考えながらマナに少し多めに、自分は少し控えめに食料を振り分ける。自分は男だし、少々の無理は大丈夫だろう。

 マナのような良い育ちと思われる娘ならば、この過酷な環境では体力を落とさせてはいけないとゼーウェンは思っていた。

 干し肉を鉄串に刺し、少し火を通す。パンは二つに割って大きい方を彼女に渡した。
 硬いパンを齧っていると、マナは受け取ったパンと焼けた干し肉を暫く交互に眺めていた。干し肉を少し齧ってみてから、パンを口にしかけ――たところで止めていた。

 パンを指で揉むようにして硬さを見ている。彼女は恐らくこのような硬いパンは食べた事が無かったのだろうと思う。

 ――食べられるのだろうか。

 ゼーウェンが心配そうに見ていると、マナはおもむろに火に近づいて、パンを翳して炙り出した。パンが温められて、パン釜から取り出した時のような香ばしい匂いが漂い始める。
 マナがパンをもう一度指で揉むと、多少は柔らかくなっていたようだ。

 パンを食べ始めるマナ。興味があった為、そして、同じ事をして見せる事で親近感を彼女に抱いてもらう為に、ゼーウェンは彼女の真似をしてみる事にした。

 ――成る程。

 一口齧ってそう思う。パンも火で炙ると硬さが緩和されて確かに食べやすい。
 男一人旅では干し肉こそは火で炙っても、パンにそんな手間をかける事はなかったな、と思う。

 マナがこちらを見ていたので、笑んで見せた。これから賢神の森に帰るまで、旅をずっと共にするのだ。お互い、言葉は通じなくとも仲良くしていかねば、と思う。

 マナが少し微笑み返してくれたので、ゼーウェンはこれなら大丈夫そうだな、と安心していた。

 ゼーウェンはパンの最後の一口を食べてしまった後。干し肉を食べる前に、水をマナに渡そうとした。
コップは一つしかないので、買うまでは共有になる。だが、マナは食べかけのパンを手に持ったまま、呆けたように自分の頬を抓っている。

 謎の行動を訝しく思いながらも、ゼーウェンはコップに水を注ぐとマナに手渡す。彼女は反射的にそれを受け取って、一口飲んだ。
 しかしそれきりコップとパンを持ったまま、動かない。

 「マナ?」

 ――もしかして気分が悪いのか?

 ゼーウェンは心配になり、少し屈むようにしてマナの顔を覗き込む。
 彼女の目がみるみる内に潤み出す。マナは悲痛な声で何事かを言うなり、大粒の涙を流し始めたのだった。


***


 本当に参った、と思いながらもゼーウェンは干し肉はとりあえず後回しにして、マナの傍に座った。

 言葉の通じないゼーウェンが彼女にしてやれることは、傍に居て、泣きたいだけ泣かせてやることだけである。

 今まで森で師と二人きりの生活だったのもあって、こういう時女性に対してどうしていいか分からない。

 まだ子供だったならば、と思う。
それなら苦い薬を嫌がる村の子供の相手をした事があるから、対処のし様もあるのだが。

 それでもぐずる子供にしたように、マナの背中や頭をさすったり撫でたりしている内にようやっと眠ってくれた。
人体に及ぼす魔術を使いすぎるのもいろいろ良くない影響が出る、と言われているので眠らせるのは止めて自然に任せる事にした。

 眠ってしまった彼女を焚き火の傍に寝かせて毛布を掛けてやった。
そして食べ損なった干し肉を食べてしまうと、簡単に片付けをする。

 少し休憩した後、火を挟んでマナと反対側へ移動する。壁にあぐらをかいて姿勢を整えると、ゼーウェンは精神統一に入った。

 心術の簡単なものとはいえ、心話にはある程度精神を要する。さらにそれが遠隔地であると尚更だ。

 ――……先ずはマナの事を師に報告しないとな。試練に失敗した事については気が重いが。

 意識の段階を徐々に上げていく。
 だが、心話を可能とするある一定の段階に到達する寸前。ゼーウェンはふと何者かの視線を感じた。

 疑うような、推し量るような――そして、明確な殺意。

 ――誰だ?

 ゼーウェンはそれまで高めていた意識を戻すと今度は周囲に飛ばした。
 まるで靄がかかっているように見えない。何かの防御をしていることが分かった。そして感じる強い魔力。

 ――魔術師か!

 何者かは分からないがこちらに明確な殺意を向けてきている以上、あまり歓迎されない客である事は明白だった。

 ――賊だというだけでも厄介なのに! ましてや、今は――

 マナは静かに眠っている。

 「グルルルルル……」

 洞窟の外の暗闇から、危険を感じ取ったグルガンの唸り声が風に乗って伝わってきた。

 ――来る!

 ゼーウェンは魔力の込められた愛用の湾曲刀を手にとると洞窟を出た。
 グルガンを洞窟の入り口に来させ、大気や大地を流れる力場を探り当てると体の中に魔力を温存し始める。

 予期していた大きな羽音がしたかと思うと、グルガンより一回り大きい飛竜が現れた。
 ゼーウェンの目の前に降り立つと、その背から黒いフードを被った人物が降りてくる。
 その人物は、顔も目だけ除いてこれもまた黒い布で覆っていた。

 「わざわざお出迎えして頂いて、痛み入ります」

 深みのある声でその者が男だと分かった。

 「あんたは……」

 「多くは言いません。あなたが持ち去った『フォーンの花』を渡して頂きましょう」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

組長と俺の話

性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話 え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある? ( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい 1日1話かけたらいいな〜(他人事) 面白かったら、是非コメントをお願いします!

なぜか大好きな親友に告白されました

結城なぎ
BL
ずっと好きだった親友、祐也に告白された智佳。祐也はなにか勘違いしてるみたいで…。お互いにお互いを好きだった2人が結ばれるお話。 ムーンライトノベルズのほうで投稿した話を短編にまとめたものになります。初投稿です。ムーンライトノベルズのほうでは攻めsideを投稿中です。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

使命を全うするために俺は死にます。

あぎ
BL
とあることで目覚めた主人公、「マリア」は悪役というスペックの人間だったことを思い出せ。そして悲しい過去を持っていた。 とあることで家族が殺され、とあることで婚約破棄をされ、その婚約破棄を言い出した男に殺された。 だが、この男が大好きだったこともしかり、その横にいた女も好きだった なら、昔からの使命である、彼らを幸せにするという使命を全うする。 それが、みなに忘れられても_

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

運命の人じゃないけど。

加地トモカズ
BL
 αの性を受けた鷹倫(たかみち)は若くして一流企業の取締役に就任し求婚も絶えない美青年で完璧人間。足りないものは人生の伴侶=運命の番であるΩのみ。  しかし鷹倫が惹かれた人は、運命どころかΩでもないβの電気工事士の苳也(とうや)だった。 ※こちらの作品は「男子高校生マツダくんと主夫のツワブキさん」内で腐女子ズが文化祭に出版した同人誌という設定です。

処理中です...