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試練①
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まだ出逢って間もない頃の
藤里と北斗のお話です。
まだ、吹雪が止まぬこの地で
落ち合う事にしたのは
やっぱり、間違いだったかな。
『酷いな、早く中へ。』
「…はい。」
耳がちぎれそうな位寒いって
言えば伝わるだろうか?
風が強くて、全身を撫でるように
吹き抜けていく。
凍っていくみたいに、
身体の熱は奪われる。
『こんな寒の戻りは、久しく無かったが。…大丈夫か?北斗。』
「平気だ。」
頭に積った雪を払ってくれる
藤里に、視線を向ける。
本当に相変わらず、綺麗な顔をして居る。
『珍しいな、北斗からこちらに出向いてくれるとは。』
「藤里ばかり、来てるのを…領主様が気にしてましたから。」
正直すぎる言葉を受けて
藤里も、苦笑を浮かべた。
『そこは、事実を曲げても…逢いに来たと言うかと。』
「…あぁ、なるほど。さすがは、麗しの藤里様。女人にもいつもそのような事を申されておいでか。」
だって、貴方の容姿は
僕を不安にさせる。
その言葉に、藤里様の
瞳も哀しげに揺れた。
『…陸奥殿、いや…北斗。せっかく遠路来てくれたのに、これではあまりに切ないとは思わないか?』
「いえ、まぁ…俺はまだ貴方と二人になるのに慣れてないだけですよ。」
『ほう…領主様が俺と逢うのを分かっている。と…何ですか、認められているなら余計願ったり叶ったりじゃあないですか。』
そうでしょう?と
北斗を窺うその綺麗な顔には
いまだに、胸が高鳴る。
こんなに、違うものなのか。
「!」
ふと、廊下を二人で歩いていると何かあまりよくない物を感じて
無意識に中空を見つめた。
「…ぁ。」
確かに、何かがいる。
が、あまり騒ぐような程のものでは無いと思って
藤里には言わなかった。
いきなり、そんな話から切り出すのも不愉快にさせてしまうかもしれない。
大きな屋敷の中で、藤里がいかに
良い暮らしをしてきたのかを
お互いの違いの様に感じてしまう。
『さぁ、私の部屋へ。』
当たり前のように、促されて
とてもいい香りの香が焚かれた部屋は、広々としていた。
調度品の数々、書物や絵画などが
ごく、限られた物だけ置いてある雰囲気だった。
『落ち着かないでしょうが、大丈夫。すぐに慣れますよ。』
「今日は遊びに来た訳じゃないです。こちらとの最終調整と、あとは…」
『待って。座りましょう、北斗。落ち着いてからゆっくりうかがいますから。』
ね、と
たしなめられて
北斗は、椅子に腰を下ろす。
真正面にいる、藤里。
やっぱり今日も見目麗しい。
悔しい、格好良い。
あぁ、でもそんな藤里とも…
『今日は、最終調整と他に、何かありましたか?』
「…はい、あの。大変申し上げ難い話なんですが。今回の使者としての任務を終えて、実は俺は職を退く事になりました。」
放った言葉が、藤里の表情を曇らせた。
『何故、何故…ですか』
「もとより、俺はこの使者になったのは父上からの指示でしたが、他に実は昔からどうしても気になる事がありました。領土の問題が綺麗に納まり、俺にはもうこれ以上は協力できる事も無くなり。後は互いが穏やかに過ごせる事でしょう。」
にこりと、自然に笑顔を藤里に向けた。
『北斗。俺は、聞いていない!何故今まで黙っていたんだ?』
藤里の静かな佇まいの中にも怒りや、憎悪といった負の感情が
北斗には、ひしひし伝わっている。
「ごめんなさい。俺は、俺と向き合わなくてはいけなくなった。これだけで、分かって貰いたい。」
本当の事を話しても
藤里には、伝わらないだろう。
だから、最後の別れも兼ねている。
なんて、あっさり言えたなら
どんなに楽だろう。
『さようなら、なのか?』
「…えぇ。」
『本意か?』
射抜くような藤里の視線に
北斗は目を逸らした。
見ては、情が込み上げる。
「…半分は、本意です。が、後の半分は、俺を止めて欲しいなんて思ってる。分かります、か…?」
『推論でしかありませんが…もしや、上の方からそのように仰せつかったのでは?』
慎重に、言葉を選びながら
藤里は、真相に辿り着きたいような口調で
質問を投げかけてくる。
「どうなんですかね、とりあえず祖父母と母親が…」
『なんにせよ、北斗…最後だなんて言わないで下さい。どうしても、言えませんか?』
「全てが終われば、また逢いませんか?」
本当は、自分にさえ分からないんだ。終わらせる事が出来るのかも
無事に帰って来られるかも
定かではない。
『最後にしたく無い。北斗、お願いだ…。』
俺の目に映る藤里が、
なんだかいつもの藤里に見えなくて。
少しだけ、頼り無く
今にも何かをしでかすんじゃないかって思う位の表情だ。
なんだろうな、俺が
藤里を…そうさせてるって
優越感に思っていいかな?
「分かった、分かったから。」
いずれ、話すとは思っていたから。
今話したとしても、支障は無いだろうし。
『あぁ、聞かせてくれ。』
「うん。…俺は、いわば、あの世とこの世を繋ぐ存在なんだよ。」
あっさり、簡潔に告げた。
『…イタコか?』
「俺の祖母も母親も、代々イタコでさ。その中でも俺は、特に能力が強く表れてるらしくて…試されに行くんだ。それでね、それは言わば人間としての生を捨てる覚悟で挑むものなんだ。だから、俺には俺の運命と…路がある。藤里には、言えなかったけど、この間の存在が居なくなる、不在の期間は作ってはいけなくて。俺が次の候補になってるんだ。」
ゆっくりと、合間に説明を加えながら藤里にも分かりやすく受け取れるように話した。
『試練が…終わったなら、また必ず俺を訪ねに来てくれるか?』
「生きて、帰って来れたなら…必ず逢いに来るよ。藤里がそんな風に思ってくれてるなんて、嬉しい。」
一気に話した後で、今更ながら
二人の想いが合致していた
喜びに、微笑む。
『人間を捨てる覚悟で…って。人間じゃなくなるのか?』
ふと、心配げに
藤里は、北斗を見つめた。
確かに、自分でも不安な部分ではある。
まさか、異形の者にはならないとは思うが。
「だ、大丈夫じゃないかな?分からないけど。なんせ、この勤めは俺の母親もしてた訳だから。」
『そうか。』
「…母さん実は行方不明なんだけどね。」
『無事に帰って来いよ、北斗。約束だ。…いや、誓え。』
本当に、強気で勝気な藤里には
敵わない。
大きく頷いて、藤里から差し出された手を握った。
「藤里…、楽しかったよ。あんたと出会ってから今日まで。最初は、あまり好きにはなれそうにないって思ったんだけどな。おかしな縁が、こんな所に結ばれたんだね。」
『北斗、』
「陸奥北斗は、今日までの自分。明日からの俺は…まだ何者になるかは分からないけど、きっとまた逢えるから。これは、悲しくない別れだね。」
胸から込み上げてくる熱くて辛い気持ちを我慢しようとしたら
涙が溢れた。
涙をこらえようとしても
声が出て
見かねた藤里が、すぐ側に来て背中を抱いてくれた。
分かってる、
泣きたいのは自分だけじゃ無い。
藤里は、泣かなかった。
彼らしい…。
俺を支えてくれる、強くて
優しくて、綺麗な人。
それが、藤里だった。
熱くて、苦しい
口付けを交わして
藤里と俺は
さよならをした。
また必ず逢えると信じて。
『北斗、北斗…』
冷たい冷たい地中なんかとは
違う、地の底に北斗は居た。
「…あれ?ここは。」
異界、だろうか。
あの世?
よく分からなくて辺りを見回しても誰が呼んだかは分からなかった。
『あの…、北斗?』
「藤里⁈えっ、えっ、何で付いて来たんですか?」
目の前に現れたのは、藤里。
『あぁ、すまない。藤里の姿で北斗を試す事になっている。だから私は本当の姿は藤里じゃない。』
残念だったな、と
申し訳なさそうに笑う藤里の姿をした人が北斗を立ち上がらせる。
「ぁ、そうでしたか。」
『すまない。その者が慕っている人物の姿を借りて行う決まりなんだよ。』
確かに、言われてみれば
藤里の匂いとは違っていた。
優しい瞳も、今日はなんだか
輝きが違う。
『では、いきなりで申し訳ないが…この焔を、体内に入れて耐えられれば合格だ。』
藤里の姿をした彼は、両手で円を形作り
その中央から蒼い焔が
ゆらりと燃え上がった。
「⁉︎」
『さぁ、準備はいいだろうか?』
あの、心が蕩けるような
優しくて綺麗な微笑みで藤里の
顔が笑う。
少しの間も無いまま、
北斗の胸に
蒼い焔が押し付けられた。
不穏な光を帯びながら
ズブズブと手が体内に入る
様子を見て、北斗の頭は許容範囲をとっくに超えていた。
身体が、まるで軋むように
痛い。ギシギシと骨が鳴る。
貫通はしなかったが、胸に何かを埋め込まれたような
不思議な違和感があった。
『さぁ、そろそろ身体に合っていれば馴染む頃合いだ。』
そう言って、床を転げ回る
北斗の身体を両手で止める。
『いいかい?怖がらないで、北斗。君の器は素晴らしい。だから、きっと適合の印が浮かび上がる筈だよ。』
はぁ、はぁ、と息を乱していると
左目に激痛が走った。
カーッと一瞬熱くなって一気に熱は引いた。
『⁉︎おや、可哀想に。どうやら左目に適合の印が浮かび上がったみたいだね。色素が変化してしまっているよ。本来ならば額か胸に現れる物だと聞いていたけれど…これは、これでイイね。美しいよ、北斗。』
藤里の顔が近づいて来る、
もっと、
もっと近くに…
「ぁ…、」
軽く押し付けたような
口付けを左目の瞼にされて
北斗は、意識を手放した。
いつ、どうやって自分が
家に帰って来たのかも知らないが
北斗は、その後一週間
眠り続けた。
事情を知っている祖母が
ずっと隣で付いていたのを
目が覚めた翌日に、北斗は
知る事になった。
「俺は…生きてる。」
布団から這い出てみる。
まだ、身体に力が入らない。
『北斗、あんたにお客さんが来とるよ。』
祖母が、柔らかい手で北斗の髪を撫でた。
「お客さん?誰…」
『十和田の領主様の御子息さんだよ。今呼んでくるから、二人でゆっくり話なさい。』
北斗の友人だと思っている
祖母が、気を利かせて
藤里を呼びに行って
二人にしてくれた。
「バァちゃんったら…いいのに。」
ほんの数分待って
うつらうつらしていると
『⁈北斗、なんだその眼の色は』
色素を破壊された
北斗の左目を見て、藤里は
北斗の寝ている布団の隣に座る。
「これでも、色素は破壊されたけど…ちゃんと見えてるんだよ。」
藤里は、唖然とした様子で
北斗を見下ろす。
深い溜息が聞こえ、間も無く
藤里は、横たわる北斗を
掻き抱いた。
藤里の体は、わずかに
震えていた。
藤里と北斗のお話です。
まだ、吹雪が止まぬこの地で
落ち合う事にしたのは
やっぱり、間違いだったかな。
『酷いな、早く中へ。』
「…はい。」
耳がちぎれそうな位寒いって
言えば伝わるだろうか?
風が強くて、全身を撫でるように
吹き抜けていく。
凍っていくみたいに、
身体の熱は奪われる。
『こんな寒の戻りは、久しく無かったが。…大丈夫か?北斗。』
「平気だ。」
頭に積った雪を払ってくれる
藤里に、視線を向ける。
本当に相変わらず、綺麗な顔をして居る。
『珍しいな、北斗からこちらに出向いてくれるとは。』
「藤里ばかり、来てるのを…領主様が気にしてましたから。」
正直すぎる言葉を受けて
藤里も、苦笑を浮かべた。
『そこは、事実を曲げても…逢いに来たと言うかと。』
「…あぁ、なるほど。さすがは、麗しの藤里様。女人にもいつもそのような事を申されておいでか。」
だって、貴方の容姿は
僕を不安にさせる。
その言葉に、藤里様の
瞳も哀しげに揺れた。
『…陸奥殿、いや…北斗。せっかく遠路来てくれたのに、これではあまりに切ないとは思わないか?』
「いえ、まぁ…俺はまだ貴方と二人になるのに慣れてないだけですよ。」
『ほう…領主様が俺と逢うのを分かっている。と…何ですか、認められているなら余計願ったり叶ったりじゃあないですか。』
そうでしょう?と
北斗を窺うその綺麗な顔には
いまだに、胸が高鳴る。
こんなに、違うものなのか。
「!」
ふと、廊下を二人で歩いていると何かあまりよくない物を感じて
無意識に中空を見つめた。
「…ぁ。」
確かに、何かがいる。
が、あまり騒ぐような程のものでは無いと思って
藤里には言わなかった。
いきなり、そんな話から切り出すのも不愉快にさせてしまうかもしれない。
大きな屋敷の中で、藤里がいかに
良い暮らしをしてきたのかを
お互いの違いの様に感じてしまう。
『さぁ、私の部屋へ。』
当たり前のように、促されて
とてもいい香りの香が焚かれた部屋は、広々としていた。
調度品の数々、書物や絵画などが
ごく、限られた物だけ置いてある雰囲気だった。
『落ち着かないでしょうが、大丈夫。すぐに慣れますよ。』
「今日は遊びに来た訳じゃないです。こちらとの最終調整と、あとは…」
『待って。座りましょう、北斗。落ち着いてからゆっくりうかがいますから。』
ね、と
たしなめられて
北斗は、椅子に腰を下ろす。
真正面にいる、藤里。
やっぱり今日も見目麗しい。
悔しい、格好良い。
あぁ、でもそんな藤里とも…
『今日は、最終調整と他に、何かありましたか?』
「…はい、あの。大変申し上げ難い話なんですが。今回の使者としての任務を終えて、実は俺は職を退く事になりました。」
放った言葉が、藤里の表情を曇らせた。
『何故、何故…ですか』
「もとより、俺はこの使者になったのは父上からの指示でしたが、他に実は昔からどうしても気になる事がありました。領土の問題が綺麗に納まり、俺にはもうこれ以上は協力できる事も無くなり。後は互いが穏やかに過ごせる事でしょう。」
にこりと、自然に笑顔を藤里に向けた。
『北斗。俺は、聞いていない!何故今まで黙っていたんだ?』
藤里の静かな佇まいの中にも怒りや、憎悪といった負の感情が
北斗には、ひしひし伝わっている。
「ごめんなさい。俺は、俺と向き合わなくてはいけなくなった。これだけで、分かって貰いたい。」
本当の事を話しても
藤里には、伝わらないだろう。
だから、最後の別れも兼ねている。
なんて、あっさり言えたなら
どんなに楽だろう。
『さようなら、なのか?』
「…えぇ。」
『本意か?』
射抜くような藤里の視線に
北斗は目を逸らした。
見ては、情が込み上げる。
「…半分は、本意です。が、後の半分は、俺を止めて欲しいなんて思ってる。分かります、か…?」
『推論でしかありませんが…もしや、上の方からそのように仰せつかったのでは?』
慎重に、言葉を選びながら
藤里は、真相に辿り着きたいような口調で
質問を投げかけてくる。
「どうなんですかね、とりあえず祖父母と母親が…」
『なんにせよ、北斗…最後だなんて言わないで下さい。どうしても、言えませんか?』
「全てが終われば、また逢いませんか?」
本当は、自分にさえ分からないんだ。終わらせる事が出来るのかも
無事に帰って来られるかも
定かではない。
『最後にしたく無い。北斗、お願いだ…。』
俺の目に映る藤里が、
なんだかいつもの藤里に見えなくて。
少しだけ、頼り無く
今にも何かをしでかすんじゃないかって思う位の表情だ。
なんだろうな、俺が
藤里を…そうさせてるって
優越感に思っていいかな?
「分かった、分かったから。」
いずれ、話すとは思っていたから。
今話したとしても、支障は無いだろうし。
『あぁ、聞かせてくれ。』
「うん。…俺は、いわば、あの世とこの世を繋ぐ存在なんだよ。」
あっさり、簡潔に告げた。
『…イタコか?』
「俺の祖母も母親も、代々イタコでさ。その中でも俺は、特に能力が強く表れてるらしくて…試されに行くんだ。それでね、それは言わば人間としての生を捨てる覚悟で挑むものなんだ。だから、俺には俺の運命と…路がある。藤里には、言えなかったけど、この間の存在が居なくなる、不在の期間は作ってはいけなくて。俺が次の候補になってるんだ。」
ゆっくりと、合間に説明を加えながら藤里にも分かりやすく受け取れるように話した。
『試練が…終わったなら、また必ず俺を訪ねに来てくれるか?』
「生きて、帰って来れたなら…必ず逢いに来るよ。藤里がそんな風に思ってくれてるなんて、嬉しい。」
一気に話した後で、今更ながら
二人の想いが合致していた
喜びに、微笑む。
『人間を捨てる覚悟で…って。人間じゃなくなるのか?』
ふと、心配げに
藤里は、北斗を見つめた。
確かに、自分でも不安な部分ではある。
まさか、異形の者にはならないとは思うが。
「だ、大丈夫じゃないかな?分からないけど。なんせ、この勤めは俺の母親もしてた訳だから。」
『そうか。』
「…母さん実は行方不明なんだけどね。」
『無事に帰って来いよ、北斗。約束だ。…いや、誓え。』
本当に、強気で勝気な藤里には
敵わない。
大きく頷いて、藤里から差し出された手を握った。
「藤里…、楽しかったよ。あんたと出会ってから今日まで。最初は、あまり好きにはなれそうにないって思ったんだけどな。おかしな縁が、こんな所に結ばれたんだね。」
『北斗、』
「陸奥北斗は、今日までの自分。明日からの俺は…まだ何者になるかは分からないけど、きっとまた逢えるから。これは、悲しくない別れだね。」
胸から込み上げてくる熱くて辛い気持ちを我慢しようとしたら
涙が溢れた。
涙をこらえようとしても
声が出て
見かねた藤里が、すぐ側に来て背中を抱いてくれた。
分かってる、
泣きたいのは自分だけじゃ無い。
藤里は、泣かなかった。
彼らしい…。
俺を支えてくれる、強くて
優しくて、綺麗な人。
それが、藤里だった。
熱くて、苦しい
口付けを交わして
藤里と俺は
さよならをした。
また必ず逢えると信じて。
『北斗、北斗…』
冷たい冷たい地中なんかとは
違う、地の底に北斗は居た。
「…あれ?ここは。」
異界、だろうか。
あの世?
よく分からなくて辺りを見回しても誰が呼んだかは分からなかった。
『あの…、北斗?』
「藤里⁈えっ、えっ、何で付いて来たんですか?」
目の前に現れたのは、藤里。
『あぁ、すまない。藤里の姿で北斗を試す事になっている。だから私は本当の姿は藤里じゃない。』
残念だったな、と
申し訳なさそうに笑う藤里の姿をした人が北斗を立ち上がらせる。
「ぁ、そうでしたか。」
『すまない。その者が慕っている人物の姿を借りて行う決まりなんだよ。』
確かに、言われてみれば
藤里の匂いとは違っていた。
優しい瞳も、今日はなんだか
輝きが違う。
『では、いきなりで申し訳ないが…この焔を、体内に入れて耐えられれば合格だ。』
藤里の姿をした彼は、両手で円を形作り
その中央から蒼い焔が
ゆらりと燃え上がった。
「⁉︎」
『さぁ、準備はいいだろうか?』
あの、心が蕩けるような
優しくて綺麗な微笑みで藤里の
顔が笑う。
少しの間も無いまま、
北斗の胸に
蒼い焔が押し付けられた。
不穏な光を帯びながら
ズブズブと手が体内に入る
様子を見て、北斗の頭は許容範囲をとっくに超えていた。
身体が、まるで軋むように
痛い。ギシギシと骨が鳴る。
貫通はしなかったが、胸に何かを埋め込まれたような
不思議な違和感があった。
『さぁ、そろそろ身体に合っていれば馴染む頃合いだ。』
そう言って、床を転げ回る
北斗の身体を両手で止める。
『いいかい?怖がらないで、北斗。君の器は素晴らしい。だから、きっと適合の印が浮かび上がる筈だよ。』
はぁ、はぁ、と息を乱していると
左目に激痛が走った。
カーッと一瞬熱くなって一気に熱は引いた。
『⁉︎おや、可哀想に。どうやら左目に適合の印が浮かび上がったみたいだね。色素が変化してしまっているよ。本来ならば額か胸に現れる物だと聞いていたけれど…これは、これでイイね。美しいよ、北斗。』
藤里の顔が近づいて来る、
もっと、
もっと近くに…
「ぁ…、」
軽く押し付けたような
口付けを左目の瞼にされて
北斗は、意識を手放した。
いつ、どうやって自分が
家に帰って来たのかも知らないが
北斗は、その後一週間
眠り続けた。
事情を知っている祖母が
ずっと隣で付いていたのを
目が覚めた翌日に、北斗は
知る事になった。
「俺は…生きてる。」
布団から這い出てみる。
まだ、身体に力が入らない。
『北斗、あんたにお客さんが来とるよ。』
祖母が、柔らかい手で北斗の髪を撫でた。
「お客さん?誰…」
『十和田の領主様の御子息さんだよ。今呼んでくるから、二人でゆっくり話なさい。』
北斗の友人だと思っている
祖母が、気を利かせて
藤里を呼びに行って
二人にしてくれた。
「バァちゃんったら…いいのに。」
ほんの数分待って
うつらうつらしていると
『⁈北斗、なんだその眼の色は』
色素を破壊された
北斗の左目を見て、藤里は
北斗の寝ている布団の隣に座る。
「これでも、色素は破壊されたけど…ちゃんと見えてるんだよ。」
藤里は、唖然とした様子で
北斗を見下ろす。
深い溜息が聞こえ、間も無く
藤里は、横たわる北斗を
掻き抱いた。
藤里の体は、わずかに
震えていた。
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