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1章
25話 虚像
しおりを挟む私が壇上の中央に立ってからしばらく経ったが、会場の拍手がなかなか鳴り止まない。
これでは話し出すタイミングがなく、右手を挙げて、会場を制した。
「この財団法人の理事長の花城です。今日は遠いところからお集まり頂きまして申し訳ありませんでした。皆さんに問いたいことがあります。この財団法人は、先ほどの説明があったとおり、絶対君主制ということになっております。私をこの財団法人の長として、そして、絶対君主として認めてくださる方は、お手数をかけますが、ご起立をお願いできますか? 」
会場の1,000名全員が、一斉に立ち上がった。
幹部たちも、立ち上がった。その様子は、一糸乱れぬ帝国主義国家の軍隊そのものだ。
昔の私ならば、こんな表舞台に立つことなど考えられなかった。面と向かって戦うどころか、困難なことから一目散に逃げてしまっただろう。
「ありがとうございます。皆さまの意思表示を持って、私をこの財団法人の理事長として認められたと受け止めます。この組織の意思決定は、私がすべてを決める。なにがあったとしても、私の指示に従って頂けると受け取ってもよろしいのでしょうか? 」
赤海が興奮している。自分の傀儡が思う通りに動いて嬉しいのだろうか。満面の笑みで、会場の拍手を先導した。
先ほどの拍手を上回る盛大な拍手の波が、私のところへ押し寄せてきた。軍国主義の民が、独裁者を受け入れた瞬間だった。
もう逃げるわけにはいかない。
この会場に集まった人のためにも、自分のためにも。
「ご賛同をいただき、ありがとうございました。ご着席をお願いします」
会員たちは一斉に着席し、再び、静寂が訪れた。皆、我が主人がなにを話すかを待っている。
彼らたちの洗脳を解かなければならない。たとえ、私が悪者になったとしても……
「みなさまに質問をさせていただきたいことがあります。何故、皆さんはこの財団法人の名の下に集まったのでしょう? 北陸支部長、お答えください」
急に回答を求められた北陸支部長は、飛び上がるように立ち上がった。
マイクを渡され、暫く考えた上でこう答えた。
「庄の民の再結集です!!」
「そうですか……。我々は再結集して何をするのですか? 」
「後から来たものへの復讐です。我々の祖先からすべてを奪った民族への復讐。そして、我々の祖先の誇りを取り返すことです!!」
赤海から洗脳されていることを、なんの疑問もなく、はっきりと大きな声で答えた。
会場に集まった人のほとんどが、そう思い込んでいるのだろう。こんなことに巻き込んで、改めて申し訳なく思った。
「お答えいただき、ありがとうございます。だけど、そんなことはできませんし、復讐なんて意味がありません。どの民族もアフリカを起源として、様々な旅をして進化をしていったと言われています。その間、民族は争いを続けてもきましたが、一方で融合を続けてきました。国境を超えて、ボーダレスの世界に、どの民族に所属しているかなどを議論しても意味はないでしょう。何千年も前の話を蒸し返して、復讐をしたとして、そこには何があるのでしょうか? 」
「……理事長、よくおっしゃっていることがわかりません。それならば、この財団法人の目的は……なんなんでしょうか? 」
北陸支部長を始め、先ほどまで役職を与えられ、誇らしげだった彼らも、戸惑いを隠せない。
いや、全国から集まった1,000人が、私の言っている真意が分からず、困惑している。
「その通りです。この財団法人の目的はありません。前回の総会で、我が民族を結集させよう、我が民族の誇りを取り戻そうと私は言ってしまいました。すべてが間違いです。申し訳ありません」
楪葉と木枯と相談して出した結論を言うことに決めた。
「私が出した結論を申し上げます。この財団法人は、私の権限をもって、今日この場で、解散することとします!!」
「えっ!?」
会場に集められた全員が、呆気にとられ、言葉が出ない。
暫くの静寂の時間のあと、我に返って会場のあちこちが騒然としてきた。人々が葦の葉のようにざわめいている。
ある男が、騒然した空気を烈火のごとくの怒鳴り声で切り裂いた。
もちろん、赤海の声だ。
「花城!! 貴様、なにを言っているのか分かってんのか? なにを勝手なことをいってんだ!!」
赤海は、事務局からマイクを取り上げた。
「皆様、申し訳ございません。花城理事長はなにか勘違いをしているようで……今日の総会は、これで終わりにしたいと……」
傀儡のおもちゃが暴走し始め、赤海は狼狽した。舞台の脇のほうから、事態を収束させるために、総会を終わらせようとした。
「だまれ!! この財団法人は、私が絶対君主なんだろ。そこで、黙って座ってろ!!」
私が壇上で一喝した。
引き裂くようなマイクのハウリングが響き渡った。こんな声が、腹の底に眠っていたのだろうか。こんな気持ちが乗り移った声が出るとは、私自身が一番驚いた。
「……申し訳ありません。内部で見苦しいところをお見せしました。皆さんに謝らなければならないことが、二つあります。一つは、皆様が受けられた遺伝子検査の内容は、正しいものではない可能性があります。つまり、皆さんをこの財団法人の会員とするために、解析結果を偽造したということです。二つ目は、収支報告書をご覧ください。財団法人の口座にあるお金は不正行為により蓄えた資金が混じっていることが判明しました。このお金の一部は、人の弱みにつけこんで脅迫して手に入れたものが含まれているんです」
会場はなにが起きたのか飲み込めず、一瞬のうちに、水を打ったような静寂に包まれた。
「おい、お前、何言ってんだ? 花城、や、やめろ!」
壇上の私からマイクを取り上げようと、赤海は駆け寄ろうとした。
そのとき、会場の暗闇からペットボトルが投げ込まれた。私と赤海の間を矢のように横切った。
財団法人で配った庄の国の水だ。ペットボトルの口が開いており、床に叩きつけられた音と同時に、四方八方に水が出てばら撒かれた。
「遺伝子検査が違うってどういうことだ!」
「わたしらを騙しただけたなのか?」
「詐欺師集団め!!」
「我々は、なぜここに集められたんだ!!」
先ほどのようなざわつきのような甘いものではない。騙された民が、激しい怒声を浴びせてくる。
次に投げ込まれたペットボトルが私の肩に当たった。じんわりと痛みを感じた。
「その通りです。みなさん、待ってください。私に責任があります。もう少し話をさせて下さい。よろしくお願いします」
まずい。
私の説明が、明らかにもの足りなかった。この内容で終わらせようとは思っていなかったが、甘かった。
会場の暴動と怒りは、まったくおさまりそうにない。ニュースで流れる荒れ狂う成人式のようだ。
意外な男が立ち上がった。
壇上の私を押しのけて、マイクを奪い、ゆっくりと話し始めた。
「みんな、一旦、落ち着いてもらえないだろうか? いまは、なにがあったのか、何故ここに集められたのかを知りたいとは思わないか? いま、皆さんに真実を伝えることができるのは、この花城という男だけだ。この男は、何も悪くないのに、自分の責任を取ろうとしている。この男の話を最後まで聞いてやってくれ!! この通りだ。頼む!!」
野太い、割れ鐘のような声でそういうと、畦地は頭を深く下げ続けた。
さすがに、政治家が頭をさげたとなれば、会場は一旦は静まるしかなかった。
「畦地、お前、まさか裏切るのか!!」
赤海は我を忘れて、年甲斐もなく、畦地に殴りかかろうとした。
ただ、歳には勝てず倒れかかったところを、私は赤海の小さな体を取り押さえた。
「は、花城!!貴様、絶対に許さんぞ!!」
私に取り押さえられた赤海は、瞳の中の赤い血管まではっきり見えるほどに、私を睨みつけた。
畦地は、その痛々しい姿をみて、憐れみながらこう言った。
「赤海さん、もう、あんたの負けだ。この見苦しい老人を誰か抑えておけ!!」
財団法人の職員が、赤海を引きづりながら、自分の席に着席させて押し込んだ。
「ありがとうございます。畦地さん。なんと言っていいのか……。こんなくだらないこと、すべてを終わらせませんか? 」
「わかった。花城、すべてを知ったようだな……。俺に対しても、許すことができない気持ちでいっぱいだろう。今更、許されるとも思っていない。ただ、最初にあった時から、お前は変わったよ。自分の意思で戦う男になった。あとはお前の思う通りにやればいい。俺ができることはここまでだ。この財団法人の理事長はお前なんだから、好きにしろ!」
そういうと、私の肩を叩いて、自分の席に着いた。
なおも、財団法人の職員に肩を押さえられている赤海は、畦地を睨みつけて、なにかを言っている。
畦地のことは、今でも許すことができない。ただ、そこまで嫌うこともできない男だ。その畦地が、私に最後の道を作ってくれた……。
私がすべてを明らかにしようと覚悟を決めた。そのとき、楪葉が椅子を荒々しく鳴らして立ち上がった。
「待ってください。花城さんだけの責任にはできません。庄の国の件については、私に説明させて下さい」
赤海は、次から次へと起こる予測不能の展開に、なにが起きたかと呆然としている。ただ、楪葉が壇上に上がるのを見つめている。
「楪葉、貴様まで。お前、なにを!?」
楪葉が壇上に上がってきた。
「楪葉さん、大丈夫ですか?」と私は問うた。
「偽物の庄の国は、ここで滅ぼします」と彼は力強く頷いた。
「わかりました。それでは、楪葉さんに任せます。よろしくお願いします」
そう言って、私はマイクを楪葉に渡して、壇上から降りた。
「庄の国の提唱者として、私からもお詫びをしなければなりません……みなさま、本当に申し訳ございませんでした」
楪葉は、10秒くらい頭を下げ続けた。
「私は、幼い頃から庄の国の研究を進めてまいりました。ある日、ここにいる赤海は、財団法人の勢力を拡大する道具として、私の研究資料を利用させて欲しいと求めてきました。私は資金提供をするという彼の甘い言葉に乗せられて、認めてしまいました。その後、財団法人の会員数を増やすために、赤海は皆様の遺伝子検査の解析結果を偽造するという暴挙に走りました。つまり、利用価値のある者をUタイプの遺伝子を持っているとして、財団法人の会員としたのです。結論を言いますと、皆さんの遺伝子検査結果がどこまで正しいのかさえもわからない状況なのです。そのことを知りながら、私は自分の研究を優先させて、見て見ぬフリをし、皆様を巻き込んでしまいました……」
会場は、先ほどの暴動が嘘かのように静かに、楪葉の言葉に耳を傾けて傾けている。
「私は庄の民がいたと、今でも信じています。彼らは、争うことが嫌いで、武器を放棄しました。それは素晴らしいことです。だけど、彼らは正しいものを守るために戦う勇気も棄ててしまったのです。赤海の甘い誘惑に乗ってしまった私は、ただの弱い男です。大学教授でもなんでもありません。ただの大学講師なのです。私は皆さんを騙しながら、現実から目を背けて、逃げ続けていました。しかしながら、正しいものを守る為に、戦う勇気を教えてくれたのが、この花城さんなのです。皆様を巻き込んでしまって、本当に申し訳ありませんでした……」
楪葉に促されて、今度は代わりに木枯が壇上に上がった。顔が緊張で強張って蒼ざめており、足が震えている。
「この度は、皆様にご迷惑をかけまして、申し訳ございませんでした。……私はこの財団法人の経理を担当しておりました。この遺伝子検査の解析結果を利用して、赤海は金儲けをしておりました。時には、人の弱みに付け込んで搾取した金が財団法人の資金のなかに入り混じっていることを認めます。それを知りながら、私は見て見ぬ振りをしました。私も同罪です……」
木枯は怖かったのだろう。
頭をさげながら、涙を流している。その様子をみて、私にも胸に込み上げてくるものがあった。
泣きながら頭を下げ続ける木枯の背中をさすって、私は再びをマイクを持った。
「皆さまをこのような事に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。私ら三人は相談した結果、責任を取らなければならないことは、責任を全うし、必要ならば罰を受ける覚悟はできております。この財団法人は、解散させます。この財団法人で溜め込んだお金は、返還すべきものは、わかる範囲で返還の手続きをすでにとりました。残り全額をアフリカの恵まれない子供たちに寄付することにします。それでよろしいでしょうか? 」
「な、なにを言ってるだ。あれは、俺が貯めた金だ。や、やめてくれ!」
赤海は、老体もちぎれるような、叫び声をあげた。
「いいじゃないか。もともとは、みんなアフリカで生まれたんだ。そこに戻すのは当たり前のことだ。おれは、賛成だ!!」
畦地が豪快な笑い声をあげて、拍手をした。
その大声に釣られるように会場からも拍手が続いた。その拍手を聞きながら、少しは許されたような気がして、幾分か気分が軽くなった。
「ただいま、アフリカの寄付金口座への振込手続きを完了しました!!」
パソコンのネットバンキングを操作した木枯が叫んだ。
「木枯さん、ありがとう。みなさま、これで、財団法人は解散させます。皆様を巻き込んで、本当に申し訳ありませんでした」
これで終わった。マイクを置いて、頭を下げた。
最後の会員が会場から出て行くまで、頭を下げ続けようと思った。
そのとき、空から、一枚の桜の花びらが舞い降りてきた。
「あ、綺麗。サクラだ!!」
子供達が歓声をあげた。いくつもの花びらが舞い降りて、花吹雪のように綺麗に舞っている。
そういえば、映像プロデューサーに合図を出すのを忘れていた。彼が、気を利かせて、このデジタルの桜を降らしてくれたのだろう。
このデジタルの桜も遺伝子も、実像が見えないという事では同じだ。
虚像の庄の国は、こうして滅びた。
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