Yの遺伝子 本編

阿彦

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1章

24話 傀儡

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 財団法人の支部組織人事発表が始まった。

「北海道支部 支部長」

「はい!!」

「東北支部 支部長」

「はい!!」

 前列に配置された名前を呼ばれた男達が、大きな返事をして順番に立ち上がった。

 そして、組織運営のトップである赤海総理から、賞状のような辞令を壇上で渡される。その様は小学校の卒業式のようではあるが、支部長達はどこか誇らしげだ。

 それを、赤海副理事長は、笑いをこらえることが出来ないような表情で、彼らに役職を与えていく。

 胸に赤いリボンをつけさせられた私は、壇上の真ん中の席で、その光景をみている。


 この男がすべての元凶だ。


 この会場の人たちを騙し、人の人生を弄び、私から家族を奪った。


 ……そう思いながら、この前、楪葉と木枯と話したときのことを思い返していた。

「……え、光輝がUタイプというのは、どういうことですか? たしか、光輝と私は血が繋がってないはずじゃ……」

 楪葉の顔がさらに曇り、どう話を切り出せばよいか躊躇している。

「花城さん。一番最初の幹部会に参加された時のことを覚えていますか? 」

「ええ……あの時は、確か、財団法人の新理事長を誰にするかという話で揉めていた記憶があります」

 あの時は、急に呼び出されて、何がなんだか、よく分からなかった。

「……そうです。あの日の数日前、赤海が突然、理事長を降りると言い出しました。財団法人の会員数をもっと早く増やしたいが、想像していたよりもかなり遅れている。今のように、遺伝子検査を受ける人を待つだけという受け身のやり方ではダメだ。そのためには、庄の国というストーリーを全面に出して、庄の国に相応しい理事長を頭に添えなければならないと。ただし、すべては赤海の言うとおりに動く理事長という条件付きですが……それを実行するために、赤海はいくつかのプランを用意してきました」

 楪葉は、気持ちを落ち着かせるために、冷めたコーヒーを口に含んだ。

「その中でも、まずはじめに畦地議員が押したのはAプランです。定款を変えてしまって、自由に選挙か何かで理事長を決めてしまおうという内容です。すでにその時点で、会員達の遺伝子検査結果の偽造をやっていたことを知っていましたから、私は強く反対をしました。これを許すと、Uタイプさえ持たないものが、トップに立つ。庄の国を信じるものとして、これだけは譲ることができませんでした」

 そういえば、珍しく楪葉が、畦地に対して、猛反対していた。

「次に検討されたのはBプランです。あなたの遺伝子を受け継いだ光輝くんを新理事長とするものです。光輝くんは小さいのでなにも分かりません。赤海が摂関政治をすることによって、現体制を維持させようとしたのです。光輝くんには金をかけて英才教育を施すということ、見返りとして多額の金を払うという甘い餌をぶら下げて、あなたを納得させようとしました。あの時、組織の一員がショッピングセンターで光輝くんの唾液を強引に採取したことが、奥様の電話であなたにバレました。あなたは、不信感と怒りをぶつけて、幹部会から出ていかれました。その様子をみて、赤海と畦地はBプランは、難しいと判断したらしいのです」

 ここまでは知っている。

 その時の慌てふためいた妻と私の鼓動は、いまでも忘れられない。

「私も後から知ることになったのですが……赤海はもう一つのCプランを実行した模様です。結果として、あなたにとって最も残酷なものとなりました。Cプランというのは、あなたを究極まで絶望に落としてから、少しずつ餌を与えて、傀儡にして洗脳していくというプランです」

 Cプラン?  洗脳?

 バカな。楪葉はなにを言ってんだろうか? 私は自分の意思をもって生きてきた。洗脳なんかされる訳がない………
 
「あの時の花城さんは、不幸にも会社のトラブルで出向となり、単身赴任で一人になってしまいました。一人になると、人間はいろいろと考える時間が増えます。その精神的に弱っている時に、遺伝子検査というもので、あなたと子供は血が繋がっていないという事実を突きつけたのです。その時にも、赤海は息子さんの解析結果を偽造したのです」

 う、嘘だ。

「あなたは家族から隔離された状態で、絶望感を味わったのではないでしょうか? その後に、花城さんに甘い餌を与えていきながら、自分たちの思い通りに動くように洗脳していったのです。その役目は、畦地がやる事になりました。私には詳しいことは分かりませんが、どこかで甘い交換条件を突きつけたのではないでしょうか? 」

 吐き気がしてきた。頭を抱えた。

「………わ、私はいつのまにか、彼らに洗脳されて、操り人形になってしまったのか……」

「そ、それで、家族を……そして血の繋がった我が子も捨ててしまったのか……」

 涙がでてきた。私はなんて愚かなんだろう。取り返しのつかないことをしてしまった……

「……無理もありません。それが、遺伝子検査の結果と言われれば、誰でも信用してしまうでしょう。だから、赤海の恐喝ビジネスは誰もが信じて、お金まで払ってしまうのです。これは、赤海と畦地が秘密裏で進めたことです。私は、前回の総会の後に全容を知る事になりました。そのときに、私はあなたに真実を伝えるべきだったんです。あの時、私は発掘調査のことで頭がいっぱいでそこまで頭が回らなかった。このことは、絶対に誰にも話すなと脅されて……本当に、本当に申し訳ありません」

 それ以降は、楪葉と木枯がなにかを言っていたが、申し訳ないが記憶がない。

 私はこれまで大切に守ってきた家族を、自らの手で捨ててしまった。


 今回の財団法人の定期総会には、約1,000人もの人が全国各地から集まった。

 東京と言えども、そこまでの収容人数が入る会場を押さえることは難しかったようで、壇上から見るここからの景色は爽快だ。

 今回の総会は、大きく分けて二部構成となっている。

 前回と同様に、一部では庄の国の上演をした。今回も新規会員が多いことから、デジタル演出を使って、さらに洗脳を加速させるためだ。

 上映が始める前に、例の映像プロデューサーが、私の方に近づいてきた。

「前回のよりも、最高のが出来ましたよ。私の演出で、何倍も盛り上げます。期待しててください。今回も、クライマックスでの理事長挨拶でカッコよく決めてください。それでは!!」

 この軽い感じは嫌いだが、前回の上演をみると、彼の演出における実力を認めざるを得ない。

 彼は私の肩をポンポンと叩いて、裏方に戻ろうとした。なるほど、彼の演出次第で何倍も盛り上がるのか……

 あることを思いついた。

「ちょっと、待ってください。あなたに一つお願いことがあります。私が理事長挨拶をしてる最中に合図をしますので………」

 私は彼にこっそりとお願いごとをした。


 二部は、今回の目玉である庄の国の組閣人事だ。


「以上が、支部組織人事となります。続いて、閣僚を紹介します」

「木枯財務大臣!!」

 木枯は、その場で立ち上がり、頭を下げた。その様は、相変わらず、ぎこちなく緊張している様子がヒシヒシと伝わってくる。

「楪葉文部科学大臣!!」

  さすがに、楪葉はこの様な場は慣れている。顔は無表情で、淡々と頭を下げた。

「畦地官房長官!!」

  畦地は、まわりを見渡してから、選挙カーの演説のように、和かに手を振った。さすがの貫禄の様は、大物感を漂わせており、前回の選挙で彼の政党に投票したと思われる支持者からは、多くの拍手が寄せられた。

  しかしながら、この組閣人事に不思議なことがある。

 前回の幹部会では、赤海が作成した素案の総理としていたのは畦地だった。

 だが、畦地は総理になることを頑なに拒んだらしい。

 政治家であるから、つねにトップをとりたい、そして総理と呼ばれたいだろうが、どういう心境の変化があったのだろうと思った。真相は分からないが、畦地に代わる総理の座は、当然ながら赤海に決まった。

「閣僚を代表して、赤海総理から皆様にご挨拶を申し上げます!!」

「皆さま、こんにちは。ただ今、総理を拝命しました赤海と申します。この財団法人が設立をされてから、5年が経ちました。皆様方からの温かいご支援により、会員数は、北から南まで7,000人を超えるまでになりました。これも、会員の皆様が、一丸となって、遺伝子検査を広めていただいた賜物だと思います。深く御礼を申し上げます」

 会場から、耳を覆うような盛大な拍手がおこった。

「今回、我が財団法人の規模拡大に伴いまして、組織改革を行うことになりました。この組織体系は、楪葉教授の研究に基づき、庄の国の伝統を守りつつ、現代の統治組織をミックスさせたものです。目的は役割を明確し、更なる発展を目指すものです。来年度は、必ず財団法人の会員数を10,000人を達成させたいと考えています」

 10,000人という数を聞いて、また会場が沸いた。

「第一部でご覧頂いたとおり、我々の祖先である庄の民は、不遇の歴史を辿りました。全国各地に散らばっている同朋たちを結集させ、この不条理な現代の我が国に革命を起こしましょう。庄の国は、花城理事長を頂点とした絶対君主国家です。理事長ならば、我々を正しい道に導き、後から来たもの達にきっと復讐し、我々の誇り高い生き方を取り戻してくれるでしょう。それでは、私達の一族の王である花城理事長をご紹介します。花城理事長、それではお願いします!!」

 そういうと、会場の会員達を煽るだけ煽って、私にマイクを譲った。会場からは、拍手の波が押し寄せてくる。

  私は目を閉じて、妻と光輝の顔を思い返していた。二人とも私が求めていた満面の笑顔で迎えてくれている。あそこに戻りたいものだ。

「さぁ、花城、お前の出番だ。思っ切り踊れよ!!」

  会場の拍手でかき消されたが、赤海はそっと呟いた。

「さてと、すべてを終わらせるか……」

 私は、大きく息をはいて呟いた。

 この声も会場の拍手でかき消されたが、楪葉と木枯には、その声は届いたようだ。

 二人は、大きくうなづいた。

 よし、意外と冷静だ。私が決着をつけなければならない。
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