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1章
22話 武器
しおりを挟む「あんた、理事長の花城だろ!!あくどい商売をしやがって!!こっちは、調査会社を使って、あんたらのことを全部調べ尽くしたんだぞ」
「え!? な、なんのことでしょうか? どこかと間違っていらっしゃいませんか? 」
「と、とぼけやがって。あんな高額な口止め料を支払ったのに。詐欺集団め。お前らのせいで、うちの家族はもうめちゃくちゃだ。絶対に訴えてやるから、覚悟しとけよ!!」
この1週間、私の携帯に非通知の電話が鳴り続けた。
あまりにもしつこいので、こちらから文句を言ってやろうとした。だが、こちらから文句を言う暇も与えず、怒り狂った電話は切れた。
全く身に覚えはなかった。
電話の向こうでは、私のことを「理事長の花城」と乱暴な口調で言い放った。ということは、会社関係で起きた仕事のクレームではなく、間違いなく財団法人で起きたものだ。
会員同士で、なにかトラブルが発生したのか?
高額な口止め料を支払った?
あまりにも、支離滅裂で滅茶苦茶な電話であったため、狐につままれたような気がした。しばらく、スマホの画面を呆然と見つめるしかなかった。
数時間経っても、電話で罵られた言葉一つ一つが頭に残って離れず、仕事にならない。
この胸のモヤモヤを払拭するためには、赤海副理事長に電話をするしかなかった。
前回の後味の悪い幹部会を思い出すとさすがに躊躇したが、財団法人のことを分かっているのは彼以外にいない……。
先ほどの不可思議な電話の内容を説明した。赤海は一瞬、戸惑った素振りを見せたが、すぐに笑いながらこう答えた。
「そうですか……理事長のところに直接電話がいってしまいましたかぁ。それは、大変申し訳ございません。こちらの手違いでご迷惑をかけてしまいました」
相変わらず、私に対しては、気持ち悪いくらいの馬鹿丁寧さだ。
「どういうことですか? 向こうはこちらを訴えると言っていたのですよ。あの怒り方は只事ではないです。財団法人の運営か検査会社のサービスでなにかトラブルでも起きたのではないですか? きちんと説明してもらえますか?」
暫く、赤海は沈黙の時間を敢えて作った。
「………ご心配には及びません。我が社が提供している遺伝子検査サービスでの単純なクレームです。困ったことに、よくあるんですよ。自分が思っていた結果じゃないと文句を言ってくるクレーマーがたまに出てくるんです。こちらは、しっかりと真面目に解析しているのに……あとは、検査会社の方でクレームの中身を検証した上で、しっかりと対応しますので……」
赤海の回答は、どこか釈然としない。
そんな単純なクレームで、あんなに人は怒るわけがない。怒りの根源は、きっとそこではない。
「本当に、そのようなクレームなのですか? 電話の相手は、私たちに高額な口止め料を支払ったとか言ってましたが、何のことなんですか? 」
「口止め料? ひどい言い方ですね……多分、遺伝子検査を受けられたお客様が勘違いされているのではないかと。遺伝子検査サービスには、いくつもの追加オプションがあります。例えば、知りたい調査項目を増やすと追加料金が発生する内容です。そこで、お客様の求めていたものと私共の提供したものに食い違いが発生したのでしょう。普段なら弊社のカスタマーセンターで対応すべき事案だったのですが……いずれにしても、こちらで対応しますので、ご心配なく。それでは失礼します」
赤海は、そう言って私の疑念から煙に巻くかのように、一方的に電話を切った。赤海に電話をする前のモヤモヤが消えるどころか、むしろ増大している。
………なんとも言えない嫌な予感がする。
赤海は明らかに嘘をついている。
そして、私の知らないところで、噴火を待つマグマがグツグツと溜まっているような気がした。
これ以上、赤海をこの件で追求したとしても、あれやこれやと理由をつけて、真実を語るはずがない。
ましてや、畦地に頼ったとしても、あの男は損得で動く代表格であり、尻尾を出さないだろう。
この財団法人の中で、嘘が下手で、真実を語ってくれそうな人物はいないか?
……いた。
しかも、財団法人の財布の中身を全て知っている男だ。
そう、木枯財務大臣だ。
あの男ならば、策を巡らせば、落とせる可能性がある。
「木枯さん、こんにちは。取り入って、お二人でお会いして、伺いたいことがあるんです。お時間を頂戴できないでしょうか? 」
彼は外にいるのだろうか?
電話の奥は天気が悪そうで、暴風の音で声がききとりにくい。
「え!? いきなり、どうしましたか? 法人のことでしたら、赤海副理事長か畦地議員を通していただけますか? 私には詳しいことは分かり兼ねますので……」
彼の性格からして、電話をかけても居留守を使われることも覚悟した。木枯は意外にもすぐに電話に出た。
だが、彼の震えた声からは、外の寒さと私への警戒心が入り混じっている。
こういう反応になることは、ある程度予想をしていた。彼のようなタイプは、丁寧にお願いをしても、逃げられるだけだ。あらかじめ、頭の中で用意をしていたショック療法を試してみることにした。
「木枯さん。私はあなたと二人で話したいと言っているんだ。赤海とか畦地は関係ないだろ!理事長の命令は絶対だ。黙って従え!!」
頭の中で想像したよりも、威圧感が足りなかった。雨池元専務の恫喝を真似してみたのだが……。やはり、キャラに合わない馴れないことはするものではない。
「………わかりました」
あれ、効果はあった模様だ。
「ありがとう!!木枯さん、今どちらです? 」
彼は、庄の国の調査のために、向こうに行っていた。
楪葉教授に何か調べごとでも頼まれたのだろうか?
こちらとしては、木枯の予定に合わせるので都合を教えてくれと言ったつもりだった。木枯は、急遽用事を切り上げて、今晩の新幹線で戻るのことだった。
翌日の夜、仕事の接待で使ったことのある料亭に、木枯を呼び出した。
木枯は、場違いな出で立ちではあったが、時間通りにやってきた。
気分を和らげるために酒をすすめたが、木枯は酒は全く飲めないと言うので、私の方で烏龍茶を頼んだ。
気楽に話せる空間を用意したつもりであったが、木枯には逆効果だったようだ。明らかに場違いな席に、座ってからもソワソワして落ち着かない様子だ。
だが、ここならば、他人に聞かれる心配はない。たとえ、木枯の口から、どんなことがでてきたとしても、きっと受け止められるだろう。
「木枯さん、電話では脅すような真似をして申し訳ありませんでした。でも、今日はよくきてくれました。どうしても、あなたに直接あってお聞きしたいことがあったのです」
木枯は、前菜に箸をつけようか迷っている。どうぞと言って、私も前菜を口に運んだ。
「先日、私の携帯におかしな電話があったのです。その相手は、財団法人のことを詐欺集団とか、高額な口止め料を払ったのに訴えてやると、すごい剣幕で非常にお怒りのようでした。私には、相手がなにを怒っているのか全く見覚えがありません。誰かと間違い電話ではないかと思いましたが、向こうは、私のことを理事長の花城!!とはっきり叫びました。この電話のことで、木枯さんはなにかご存知ないでしょうか? 」
木枯は、先ほどまでは美味しそうに、黙々と料理を口に運んでいたが、おもむろに箸をおいて、俯いた。
「すみません……何のことか、私には分かりません」
本当に、隠し事ができない綺麗な心を持った男だ……。目の前の男をそう思った。
「なにか、隠し事をしてらっしゃるのではないですか? 全てを私に話してもらえないでしょうか? なにも知らずに、そのまま、理事長でいることなんてできません。なんとかお願いします」
私は深々と頭を下げた。
木枯は、私の姿を見て慌てたが、そのまま口を閉ざして頑なに拒んだ。
料亭の店員が、お造りを持ってきた。
「やはり、冬の魚は向こうのほうが断然、美味しいですね……木枯さん、以前、一緒に庄の国の祠に行ったことを覚えていらっしゃいますか? 私が無理矢理にあなたを車に連れ込みました。あの時の紅葉に彩られた風景は今でも忘れることができません」
木枯が、なにかを話そうと口元を動かそうとしたが、言葉にならない。
「木枯さん、無理に話そうとしなくていい。ここからは私の独り言として聞いてください。あの時、崩れかけた小さな祠の前で、私はあなたにこう尋ねました。庄の民は、武器を放棄したことは、本当に正しかったのですかねと。貴方はこう答えた。私は争うことが嫌いです……ただ、武器を棄てる勇気はいいことだと」
木枯は、なおも箸をつけずに私の話を黙って聞いている。
「ご存知のとおり、最近、私の周りでは様々なことが起きました。突然、会社からお前はいらないと地方へ飛ばされて。あなたの子供は血が繋がっていないと宣告されて。得体のわからない財団法人の理事長にも祭り上げられました。これまでは、ただ平凡な人生を死ぬまで何事もなく消化していくだけだと思っていました。ところが、それを許さなくなったのです」
「……………」
「最近、思うんです。たしかに、あなたが言う通り、私も武器を放棄することは良いことだと思います。ただ、庄の民は、武器を棄てると同時に戦う勇気も棄ててしまったのではないかとね。私は今まで争うことを逃げて、本気で向き合おうとしなかった人間です。仕事にも家族にも。しかし、本当に大切なものを守るためには、戦う勇気までも棄てては駄目なんです。木枯さん、貴方は心の綺麗な素晴らしい人だ。だけど、その心に偽りはありませんか? 戦わなければならないのに、逃げていませんか? 」
木枯が子供のように顔を歪めて泣き出した。胸の奥底に、大きな秘密を独りで抱えているのだろう。
「おっしゃる通りです。私は本当に弱い男です………ダメなことをダメだと昔から言えないのです。前の職場でも、担当先の不正処理を止めることができなかった。それで、前の会社から逃げ出したのです……今も、私はあの赤海副理事長が怖くて怖くてしょうがない。あの人には底知れない恐ろしさがある」
居ないはずの赤海に、恐怖を感じている。
やはり、あの男だ。
「木枯さん。貴方のことだ。これまで一人で秘密を抱えて辛かったんじゃないですか。もう逃げまわるのを辞めませんか? あなたは、電車であの凶暴な若者にも立ち向かったじゃないですか? 私も一緒に戦いますので……」
木枯は、はにかんだように唇をゆがめた。緊張の糸は少しは緩んだようだ。
これまで、けっして人の目をみて話すことがなかった木枯が、いまは私を真っ直ぐに見ている。
「……わかりました。私にも覚悟ができました。私が知っていることをすべて話します。この前、花城理事長が幹部会で質問された財団法人の収入源とも関係があるのです」
「……収入源?」
たしかに前回の幹部会の最後に質問した。あのときは、赤海に煙りに巻かれたのを思い出した。
「遺伝子検査を行う目的は、人によって様々です。ある者は真実を確かめるため、ある者は自分の隠されたものを確かめるために。ある意味、遺伝子検査とは残酷なものです。今まで知らなかったこと、あえて隠してきたものを科学的に明るみにしてしまう……この世の中には、表に出さないほうが幸せなことが沢山あると思うんです。人によっては、全てを明らかにされると困る人もいる。それを誤魔化すために、人は意図的に解析結果を変えたくなる。依頼者の思う通りに解析結果を偽造する。それが、闇オプションです」
「闇オプション………どんな時に使うのですか? 」
「例えば、親子関係とかが多いのでしょうかね…」
「なるほど……私が自分の子供と思っていたのに、実は違ったというときとかに使うのですね……」
まさに、自分が地獄を味わった体験を走馬灯のように思い返した。あのような絶望感は二度と味わいたくない。
「特に遺産相続で揉めたケースにおいて、遺伝子検査の解析結果は当事者達にとっては大問題ですからね」
「科学的に基づいた遺伝子検査解析結果を偽装する。つまり、口止め料ということか……」
「その闇オプションの金額は、相手次第ですが、大きなものは数千万という額にもなります。赤海は、あえて遺伝子検査結果を利用して、恐喝ビジネスもやっていたらしいのです。そこで蓄えたものが、まわりまわって財団法人の資金源になるというカラクリです」
「……ひどい。人の弱みを餌に金儲けするなんて……」
「全ては赤海副理事長の指示で行われていました。私が知っているのはここまでです。この仕組みを知りながら、黙っていた私も共犯として責められてもしょうがないことです。私も覚悟を決めました」
木枯の目にはもう涙はない。すでに戦うことを決めた顔に変わっている。
「私は、ネットバンキングの承認キーを持っていますので、財団法人の口座の動きを把握できます。ただ、財団法人の設立経緯や本当の真実を知っているのは、従兄弟の楪葉です。彼が提唱した庄の国における研究内容が、財団法人の基盤になっているのですから。彼に聞けば、もっと詳細な中身と全貌を知ることができると思います」
「木枯さん。このようなことは許されることではありません。こんな馬鹿なことは、はやく終わらせませんか? 楪葉教授のところに、一緒に行ってもらえないでしょうか?」
「わかりました。なんとか、楪葉を説得します」
そうだ。木枯は、戦う勇気を一度も棄てていない。なにせ、一度切れたら怖い男なのだから……
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