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1章
13話 天秤
しおりを挟む決戦の取締役会まで、残り1ヶ月を切った。
接待交際費の私的流用は、かなりの精度で確認できた。もともと、金に汚い男だ。経費の支出を調べれば、架空請求や不自然なものが山ほど出てきた。これらは、動かぬ証拠になるだろう。
ただ、告発状にあるキックバックの決定的な証拠はまだ掴めなかった。
うちの会社は公開会社であることから、監査法人を通しており、厳格に運用されている。それは、総務部を管轄するようになり、よく分かったことだ。
キックバックとなれば、個人口座一つ一つを洗い出し、緻密な精査が必要になってくる。
この個人情報の取り扱いに厳しい世の中では、一般人が入手をすることは絶望的であり、ここが内部調査の限界でもあろう。
雨池を解任までに追い込むには、パワハラ、セクハラでは、上手いことを言われて、きっと逃げられてしまう。交際費の私的流用など、個人で穴埋めをして終わりだろう。やはり、キックバックをしていたという物的証拠をおさえなければならない。
さすがに、焦りが出てきた……
この案件は社内の誰にも相談できない。作業をするとしても、自分の役員室にこもらなけらばならない。部屋の外には、雨池派閥が蠢く、敵だらけの世界なのだから。
雨池の個人資産を洗い出してもみた。調べれば調べるほど、資産形成のやり方が実に巧妙だ。
彼が保有している不動産は、個人名義のものはほとんどなく、合同会社という資産管理会社を有してることがわかった。それも、1物件毎に1合同会社を作っているほどの念の入れ方であり、全体像がなかなか見えない。分かったことは、相当の資産を溜め込んでいる。
なかなか不正の尻尾を出さないことから、どこかに指南役がついているのかもしれないとも思った。
八方塞がりとなった。やることもなくなってしまい、会社の経費支出データを最初から見直そうとしたときに、内線がなった。
受付から、私宛てに来客があるとのことだった。畦地が会いたいという。
「調子はどうだ? 」
ノックもせずに、畦地が私の部屋に乗り込んできた。彼の性格には、少しずつ慣れてきたので、別に驚きはない。
「見てのとおり。あいかわらず、バタバタしております。今日は、次世代水処理システムで雨池専務のところに、ご用事だったのではないですか? 」
「あの男には、そこまで興味はない。今日は、お前がちゃんと仕事をやってるのか様子を見にきたんだ」
畦地の笑い声が、部屋中に響き渡った。
「ちゃんと、やってますよ」
まるで、口うるさい母親のようだ。
議員様は、暇なんだろうか……
「今日は学校で何があった? 」と言わんばかりのウザさだ。
「ところで、そんな難しい顔をして、なにをセコセコやっているんだ。せっかく、次世代水処理プラントを、コネのある役所に無理やり押し込んでやっているのに………お前は喜びもしない。なかなかあのプラントは値段がはるから、役人達もブーブーうるさいんだぞ」
「いまは、全然違う部署にいるので。でも、あのプラントが売れれば、うちは結果として儲かりますので、これからもよろしくお願いします」
こういう輩を敵にまわさない方が良いと本能が言っている。
「相変わらず、そっけないやつだな。だから、なんの仕事をやってるんだ。困っているんなら、助けてやるぞ!!」
たしかに、これ以上ないくらいに困っている。
ここまであらゆる可能性を潰して、正攻法で調査してきた。真っ当な道を歩くだけでは限界がきた。
右脳がこの男に全てを話して助けてもらえ!という。
左脳がこの男には気をつけろ! 近づくなという。
「……いま、私にはどうすることもできず、困っていることがあります…」
どうやら、右脳が勝ったようだ。
「ん、なんだ? 話してみろ」
「……いま、極秘で調査していることがあるのですが……。なかなかうまく進まず困っています。ある個人の預金口座の移動明細って調べる方法ってありますかね? 」
「誰のだ? 」
「それは、教えることはできません」
左脳が、そんなやつに全てを託すのは、やめとけ!という。
「誰の口座か。わからんもんまで調べようがないだろ」
「絶対に口外しないで下さい。…………うちの雨池専務です………」
この畦地という男に頼ること、弱みを見せることは、リスクしかないことを、右脳も理解している。
ただ、これ以外に私に残された選択肢はないのだ。
「おお、飛ばされた復讐か。花城、いいぞ。やっと、その気になったのか? あんなやつ、捻り潰してやるぞ!!」
「ち、ちがいますよ。私の個人的な恨みを果たすためではありません」
社長からの特命で、雨池への内部告発を調査していることを端的に伝えた。
「話はわかった。それは、面白い。俺に任せろ!! それで、時間はいつまでだ? 」
畦地は、最新のおもちゃを与えられた子供の目のような顔を見せた。
「来月の取締役会です……それ以外の書類は、だいたいそろっているのですが」
「時間ないじゃないか。分かった。なんとか動いてみる!!」
「でも、どうやって? 他人の預金の入出金を調べるなんて、絶対に無理ですよ。私もあらゆる手を尽くしたのですが……」
「そんなもの、さすがの俺でもそんなことはできんよ。この世は人脈なんだよ。うちの財団法人の会員は、何人になったと思う。あの遺伝子検査サーピスを使って、2,000人を超えた。この前の総会でも言っていたが、財団の会員達は知能指数も高ければ、社会的な地位も高い。弁護士もいれば、調査機関のやつもいたはずだ。彼らの力があれば、なんとかなるかもしれない」
「なるほど、彼らの力を借りるわけですね。よろしくお願いします。ほかに残された方法はなさそうです……」
社内で相談できる者は、もともといないし、このまま手をこまねいてるわけにもいかない。どんな茨の道がこの先待っていようが、畦地の毒を飲もうと思った。
「はじめは、小さな財団法人だった。よくこれだけの集まりができたと思うよ。楪葉に言わせれば、この財団法人で、お前が一番偉いらしい。財団法人の力を見せてやるから、その組織の頂点に立つ自分の価値をあたらめて確認することだな。楽しみにしてろ」
そう言うと、畦地は徐に立ち上がり、スマホで誰かの番号を探しながら、部屋を出ていった。
私の焦る気持ちとは裏腹に、無情にも時間だけが経過した。
取締役会には、あと1週間まで迫ってきた。雨池の解任動議の書類自体は、すでに完成している。ただ、肝心のキックバックの証拠書類を添付すればの話だが。
金川社長からも、調査の進捗度の確認が毎日くるようになった。かなり苦戦している状況を説明しても、なんとかしてくれ!の一点張りである。
社長の話だと、今回の取締役会で雨池を解任しないと、あの『告発状』が対外的に公表される可能性が高いとのことだった。
もし、公表された場合は、金川社長へ経営責任は避けられないだろう。会社も、社長も、私も、崖の淵間際まで、追い詰められた。
さすがに、雨池個人の預金通帳の移動明細は、現実的に手に入れることはできない。キックバック以外の事由で、解任動議をさせてほしいと金川社長に進言しようと考えた。それでは弱すぎることは、私自身が一番分かっている。ある意味、敗北宣言だ。
スマホが鳴った。
「雨池の尻尾を掴んだぞ!!」
電話の相手は、畦地議員だった。普段は受け付けない男であるが、まさに最後の頼みの綱であり、待ち焦がれた電話だった。
「ほ、ほんとですか。どんな内容がわかりましたか? まさか、次世代水処理システムの案件で、畦地先生と雨池専務との間にリベートがあったとかでしょうか……」
「阿呆、そんなアホなことするかい。わざわざ、自分を売る奴がどこにいる? 」
多少なりとも、畦地と雨池の間にもグレーな金は動いているだろう。実際に、それを調査したこともあった。
「是非、その資料を私に頂けませんか?このままでは、私たちの負けです。この通りです。なんとかお願いします」
「花城、お前も大人なんだから、わかってるだろ。この資料は、ただでやるわけにはいかん!!」
電話の向こうで、不敵に笑っている。
畦地のような汚い政治家が、このようなボランティアのような真似をするわけがない。見返りを求めてくるのは、当然だ。
わたしには、毒を飲む覚悟は、すでにできているのだから。
「……お金ですか? それなら、ある程度ならお支払いできると思います……」
私はなにを要求されるか分からず、怯えた。
「バカタレ。金なんているか!!わしはクリーンな政治家で有名なんだぞ」
予想外の答えが返ってきた。金で処理するのが、一番早いと考えていたが……
「この取引の交換条件をいう。4月の定期総会で、黙って財団法人の新理事長になれ! 悪い話ではないとは思うが……」
「ちょっと待ってください。それとこれとは、関係ないじゃないですか? 」
昨年の幹部会で、財団法人の理事長にはあんなにふさわしくないと罵倒してきたのは、この畦地だ。一体、どういう心変わりなのだろうか。
「財団法人の定期総会はもう来月だ。我々もあんた達と同様、あの組織を守るために必死なんだ。それほど重要なことなのだ。新理事長は、お前しかいない……」
息子との一件であそこまで強引な真似をした財団法人は、信用できるわけがない。理事長なんか引き受けてしまったら、なにを要求されるかわからない。
畦地が持っている証拠は喉から手が出るほどほしい。だか、すぐに回答することはできそうもない……」
「俺は気まぐれだ。いま、返事をしないと、書類を渡さないかもしれないぞ!」
畦地は、ドスの効いた声で最後の切り札を出した。交渉においては、畦地の方が一枚も二枚も上手だ。
「………分かりました。その条件をのみます。証拠書類をお願いします」
私は完落ちした。流れに従うしかないような気がした。
「交渉成立だな。今すぐ送る。理事長の件は頼んだぞ。悪いようにはしないから、安心しろ!!」
「届いた書類を確認してから、理事長の件は正式にお受けしますので……」
左脳がささやかな抵抗をしたが、畦地の耳には届かなかった。
それから、数時間後、私宛にバイク便が届いた。雨池の首を取るには十分すぎるものだった。
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