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3話 粉飾
しおりを挟むH社は、マスコミの過剰な宣伝効果に乗せられ、受注件数を伸ばすことに成功し、着実に業容を拡大した。大手企業からの受注は、売上金額は大きい反面、採算は厳しく、納期にも厳しいというジレンマがある。
ただ、乗りかかった舟を降りることもできなかった。
会社の成長のスピードは予想以上に速く、赤海一人では対応できなくなっていた。そのとき、人から紹介をうけて外資系のベンチャーキャピタルから出資をうけることになった。そのファンドから、IPOコンサルタントと称する人材を紹介された。
彼の名前は「風見」と言った。銀行交渉や雑務がめんどくさいので、財務担当の取締役として招聘し、我が社の金庫番を任せた。彼の登場は、赤海にとって、まさに渡りに船であった。
大手からの受注は、3年は見通すことができた。現状の生産能力で対応するのは厳しかったことから、大規模の設備投資と、大幅に人員を増加させることにした。
これまでに滞納していた税金や社会保険は一括で払ったが、会社はでかくなればなるほど、金がかかる。出資をうけた金もアッという間になくなり、融資で賄うしかなかった。
受注は山ほどあるし、前向きな資金需要、それもベンチャー最優秀賞という箔もある。
風見は、金融機関への説明資料を作成するのと口がうまかった。ハイエナのように金融機関が群がり、ほぼ無審査で借りてくれというので、借りてやった。
元メインバンクで取引を解消した地方銀行から何度も訪問があり、取引を復活させてほしいと支店長自ら訪問してきた。風見からの報告では、すぐにでも飛びつきたい条件ではあったが、赤海は首を縦には振らなかった。
私の会社には、社会的な大義と使命がある。そして、この事業は国全体が私達を応援しているのだ。今は苦しいが、目の前の受注をこなすことが第一であり、膨らんだ借金はいつでも返せると思っていた。
ところが、人生はそうはうまくいかなかった。
翌年、リーマンショクが起きて、世界経済はドン底に落ち、未曾有の不景気がやってきた。
大手企業は、世界の水を救う大義名分なんてどうでもよくなった。それどころか、大手企業自身が生き残りをかけたサバイバル戦争が起きた。その戦争に赤海のような地方の新興企業も巻き込まれてしまった。
取引先のほぼすべてが、新規発注停止を言ってきた。それだけならばまだ対応できるが、既に注文を受けていたものも、完成間際の仕掛り工事までもストップしてしまった。
悪循環はまだ続く。今後の受注を見込んで在庫を積み増していたのも仇となった。高止まりした人件費を中心とした固定費が賄えず、赤字が累積してきた。リーマンショクは、金融機関の懐事情も悪くしたようで、既存取引行の新規の融資も引っ張れない。
あれだけあった潤沢な資金があっという間に、底をつきそうな勢いとなった。大手の取引先に工事の再開を依頼するが、彼らも売り手を探すのに難航しているとか、エンドユーザーの資金調達がうまくいかないといって、なしのつぶての状態だった。従業員を沢山抱えているのに、開店休業となってしまった。
財務、経理には疎い赤海もさすがにあせった。風見を社長室に呼び出した。
「風見さん。なぜ、こんなに早く資金がなくなっていくんだ!!はやく手を打たないと、底をつくんではないか? 」
「社長、その通りです。このまま新規受注と止まった工事が再開しないとなると3ヶ月後には資金はショートする可能性が高いです。人員を急激に増やしたにもかかわらず、工場が動いておらず、赤字も続いているためです。資金繰りを改善するには、余剰となっている従業員をリストラするしかないように思いますが……」
「そりゃ無理だ。せっかく採用したんだ。もうすぐ、現場が動くと思う。また、受注は沢山あるが、人がいないから仕事を断るということはもうしたくない。もう少し耐えてくれないか? 」
「なら、資金調達をするしかないですね。ただ、取引のある銀行は、私の方であたっていますが、受注が戻るまで、新規の融資は厳しそうです。なんとか、手形は書替してくれそうですが……。どこか、新規調達出来そうなとこはありませんか? 赤海社長の知り合いの方、取引先でもいいです」
赤海は頭を抱えて考えた。ここらの地元の金融機関は、信金から信組まで可能な限り、融資を受けた。頭の隅に、ある銀行が思いついた。私のプライドが、あそこに頼むのはダメだと言ってくる。
「元メインバンク様かぁ……あそこには、死んでも頭を下げたくないな」
風見は、赤海が渋るのを見透かしたかのように、前に持ってきた融資の提案書を差し出した。やはり、喉から出るような条件と金額だ。
「私も同じことを考えていました。この後に及んで、背に腹はかえられません。私の方にも、その銀行の担当者がたまに来てます。ここは、過去のことは置いておいて頼んでみませんか? あの銀行は、バブルの影響も軽微だったので、このご時世でも、新規融資には積極的だと聞いています。その担当者から聞いた話ですが……うちと復活で取引をしたら、行内の評価は上がるらしいのです。今の支店長は役員候補らしく、イケイケの野心家とことです。融資を引っ張って来られる可能性は十分にあると思います」
赤海は技術者あがりであり、財務のところはわからない。銀行交渉、口座の管理まで、全てを風見に任せていた。
「もうすぐ、うちの決算だが、赤字は確実だろ。あの数字では貸してくれないじゃないか? 」
「大丈夫です。私に任せてください。資料は私が作りますので、社長はとなりで座ってもらえればいいです」
本当にそこまでうまくいくのだろうか。一抹の不安を感じながらも、その銀行と風見に頼まざるを得ない。赤海にできることは、頭を下げるしかなかった。
「そうか。頼んだ。いやだが、あの銀行には頭を下げるよ」
「ただ、一つお願いが。私の知り合いの税理士に顧問契約をかえてもよろしいですか? 」
そういうと、風見は部屋を出て行った。ドアの向こうでは、代わりの税理士に電話をしているようだった。
数日後、銀行の新しい支店長と新しい担当者がやってきた。風見からアポイントが取れたとの報告を受けたが、本当に支店長が来るのか内心では不安だった。社長室から外の様子を見ていると、黒塗りの車から体の小さな男が出てきた。
風見からは、我々が焦っているとバレてはいけないので、平然としているようにと釘を刺されている。後は余計なことは言うなと。
「ようやく、お会いできてよかった」
そういうと支店長と書かれた名刺を出した。外で見たとおり、前任の支店長とは対照的に、小柄で貧相な顔をしていた。
「前任の支店長が、赤海社長に不愉快な思いをさせてしまったようで。当行とは長いあいだ、いいお取引をさせていただいたと聞いております」
「その節はお世話になりました。あの支店長はどうされているんですか? 」
「いやはや、引継はしっかりしたのですが、それからは全く。関連会社に出向して、頑張っているんではないでしょうかね。なぁ、お前知ってるか? 」
さすが、銀行員。出世競争に負けると、墓場にいくようだ。担当者の若造もサァといった冷たい反応だ。
「赤海社長。いま、世間はリーマンショックで不況の嵐です。だが、この地区に根ざす地方銀行として、我が行は地域を守っていかなければならないのです。これまでのことは、水に流して、真っさらな気持ちでお取引を検討してもらえないですか? もちろん、銀行なので決算書を拝見してからですが……」
問題はそこだ。銀行の支店長にまでなった男だ。冷静な顔をしたこの男は、融資のプロなんだろう。
先週、風見が確定申告書を見せて、業績の報告をしてきた。目を通すと、今期は3.5億の赤字だった。すでに、債務超過に転落していた。見るも無残な通知書だった。
風見は顔色も変えずに、確定申告書と資金繰り表、受注明細を渡した。
「ここに、資料を準備しておりますので、ご検討ください。ご不明な点があれば、私に質問していただければ、お答えしますので、よろしくお願いします」
「すこし、拝見させてもらいますよ」
死刑宣告を待つような気持ちだった。目の前の支店長は、表情が読みにくい。資料をゆっくり1枚1枚めくりながら、おかしな点がないかチェックしていく。その目は獲物を狙うカマキリのようだ。
「前期は、うちもなかなか厳しくてですね……」
カマキリの沈黙の目に耐えきれず、赤海は呟いてしまった。机の下で、風間が赤海の足を押さえた。余計なことを言うなという無言の合図だった。
「いやいや、この時期に黒字決算されるなんて、なかなか頑張っていらっしゃるじゃないですか。現預金の蓄えもこれだけあれば、当面は安心ですね」
耳を疑った。支店長は何を見ているのだろうか? 遠目に机に置かれた決算書を覗き込む。
どういうことだ………。
3.5億の赤字が、3,000万の黒字になっている………。
ショート寸前の現預金が、2億になっている………。
「私の決裁権限は、2億あります。これからの始まるプロジェクトがあれば、工事の紐付きで運転資金をつなぎで支援しますよ。なにか、工事を確認できるエビデンスようなものはありますか? 」
「ここに、工事請負契約書がありますので、この工事の立替資金をお願いできませんか? 」
風見、待ってくれ。その工事は、着工直前でストップしたものだ。
「わかりました。店に帰ってから、正式に審査に入りますので、前向きに検討させてください」
支店長はそういうと、決算書を大事そうにもっていった。
「風見さん。あの決算書はどういうことだ? 」
「決算書ですよ。ただし、銀行提出用ですが……銀行なんて、いいとこの坊ちゃん集団ですよ。彼らは、競争心を煽れば、すぐに飛びついてきます。社長、大丈夫です。確実に、餌に食らいつきますので……」
そして、2週間後、なにも問題なく2億が実行された。会社には、税務申告用の決算書とは別に3冊の決算書ができた。
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