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七章 黄金龍を撃つ者

二十三話 異常な天才VS普通の秀才(3)

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 堀久太郎きゅうたろう秀政は根来衆を労いながら、信長の元へ直行せずに、長篠城の見物に寄り道した。
 目的を果たせなかった分を、戦場検分で埋める気だ。
 半壊した長篠城の中庭で、勝ち残った奥平衆を中心に、酒井と金森の隊が祝宴を開いている。
「よくぞ城がぶっ壊れても、戦い抜いた! 酒は酒井のツケで、いくらでも飲め!」
 酒井忠次ただつぐが酒盃を上げながら、景気良く飲み放題を宣言する。
 避難していた周辺の民草が、勝敗が付いた途端に余剰の酒と肴を織田・徳川連合軍に売りに来る。
 本隊からも、長篠城の兵たちを労う物資が搬送されて来る。
 物資は途切れない。
 人も物も溢れているが、城主の奥平貞昌さだまさは、大破した長篠城を厳しい目で見ながら湯漬けを作る。
「廃城だな。明日から、新城城に引っ越しだ」
 奥平定能さだよしが用心深く酒盃を舐めながら、息子の貞昌に気の早い事を言う。
「殿の許可を得てからですよ」
 亀姫に湯漬けを振る舞いながら、城内に食が行き渡っているかどうかも、気遣う。
「廃城で間違いおまへん。ここまで壊れたら、再建も無理ですわ」
 金森可近ありちかが、太鼓判を押す。
「廃城で間違いありません。殿から、奥平衆は新城城に移れとの書状を受けました」
 服部半蔵が、徳川家康からの命令書を貞昌に手渡して、更に移動しようとする。
 亀姫が服部半蔵の腰にタックルをして、足止めする。
「ついでに、岡崎から菓子とか甘味とか京風スイーツを取り寄せなさい。亀は一ヶ月甘味抜きで、死にかけています」
「亀姫様は、まだ嫁入り前のお身体ですので、至急、岡崎までお戻りください」
「いや! 亀はもう、旦那様の抱き枕なの!」
 それ以上は聞きたくないので、服部半蔵はタックルを解くと、逃げ出した。
「ちゃんと明日までに、スイーツを届けなさいよ!」
 夜闇に消えた服部半蔵の背中に命令しつつ、亀姫は三杯目の湯漬けに戻る。
 場の支配権を取り戻そうと、酒井忠次が伝説の宴会芸『海老すくい』を始める。
 金森可近が、最前席でガン見を始める。
 あまりに熱心なので、堀久太郎は察して声をかけなかった。
 他の用事を済ませておく。
「設楽殿。お借りした弾薬が、大量に余りました。返却します。三十一発分の弾薬と併せて…」
 けち臭い話題を振られて、酒を飲みに立ち寄った設楽貞通は一瞬だけ、呆れた顔をする。
「冗談です。先勝祝いとして、お借りした弾薬の二割り増しを、後日送ります」
 この美青年にしては大盤振る舞いだろうから、設楽貞通は礼を言っておいた。
 用事が済むと、堀久太郎は長篠城から離れて、鳥居強右衛門が斬られた場所へと足を伸ばした。
 勇士が亡くなった場所で敬意を表すつもりだった。
 もう仕事のない根来衆も、酒を水筒に詰めて付いて来る。
 一条信龍と戦って生き延びた久太郎に対し、契約の義理を超えた敬意を払ってくれている。
 目的地に着くと、多くの武士が手を合わせて、供養をしていた。
 久太郎と入れ替わりに、大金星を挙げた朝比奈泰勝が去って行く。
 他の者たちも、足早に場を後にしている。
 久太郎は、聞き覚えのある馬の足音を複数、耳にする。
「殿がお見えだ。全員、控えよ」
 根来衆が、距離を置きながら周辺の警戒に当たる。
 馬廻に囲まれた陣形で、信長が愛馬に乗って現れる。
 周辺を見渡し、磔跡を怪訝な顔で睨む。
「遺体は、長篠城に仮置きされています」
 堀久太郎は、鳥居強右衛門について仕入れたばかりの知識を伝える。
 信長は、指揮棒を大破した長篠城に向けながら、久太郎に指示を出す。
甘泉かんせん寺に、墓を用意した。彼奴の首は、そこで弔うだぎゃあ」
 堀久太郎の脳裏に、
「奥平の人々が、この付近の寺で弔うと思います。というか、それが筋です」
 という常識的な意見が出て、留まる。
 信長という異常な天才の、思考をトレースする。
(鳥居強右衛門は、武士に留まらず、人気のある侍になる)
(その墓を参拝する客は、膨大な数になる)
(殿は、鳥居強右衛門の功名を、墓を建てて弔う事で、観光資源として確立する気だ)
(流石でございます)
(でも、奥平からは、大不評を喰らうような)
 この場所から甘泉かんせん寺まで、歩行距離で二十六キロ離れている。
 性急かつ勝手に弔う場所を決めた信長に、非難が集まりかねない。
 いつもの事だから、久太郎がフォローする。
 久太郎は、そこまで瞬時に考えてから、アイデアを出す。
「殿が差配した甘泉かんせん寺を首塚とし、この場所から最寄りの寺を『鳥居強右衛門が磔にされた跡』として慰霊碑を建て、胴塚として扱います。
 さすれば、観光客の落とす金は二倍に…」
「二度手間を、観光客に強いるな!」
 信長は、久太郎のセコい算段を蹴って、馬を西に向けた。
 後の手配は、堀久太郎に押し付ける流れだ。
 いつもの事だ。
 その点ではメゲない。
(う~ん。羽柴殿なら、大喜びしてくれそうなのに。殿には、不評であったか)
 案の不採用には、メゲた。
 偶には客観的に、自身のアイデアを省みようと自戒する、久太郎だった。

 奥平の人々は、信長の機嫌を損ねないように、甘泉かんせん寺を鳥居強右衛門の墓として受け入れた。大人の対応である。
 が、急上昇した鳥居強右衛門人気の影響は、誰の予想も超えていた。
 鳥居強右衛門の生誕地付近に数年前新設された松永しょうえい寺も、このビジネスチャンスを逃さずに、『鳥居強右衛門、誕生の土地』として参画。
 鳥居家歴代の墓がある縁と、『鳥居強右衛門・夫妻の墓』『鳥居強右衛門の木造安置』というコンテンツも活用して、観光地になっている。
 尚、久太郎のアイデアは、約百年後、江戸時代に入ってから実現する。
 磔にされた場所に近い新昌しんしょう寺に、鳥居強右衛門ファンクラブが慰霊碑を建て、ここは胴塚という扱いになった。
 墓が三箇所に増えたと聞いたら、鳥居強右衛門は爆笑して面白がっただろう。
 いずれも、鳥居強右衛門が守った三河(愛知県)の観光資源である。

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