鬼面の忍者 長篠セブン

九情承太郎

文字の大きさ
8 / 25
二章 雨が三日続くと夜は藍色に輝く

八話 強者なし 敗者なし 死人のみ(2)

しおりを挟む
 辛い作業も、慣れてくると、欲が出る。
 奥平貞昌は、寄せて来る武田への情報収集の精度を上げる。
 鳶ヶ巣とびがす山に築かれた砦は、長篠城を攻める為だけではなく、総大将の武田勝頼が寝起きしている本陣だと知れた。
 武田家の家紋「武田菱」の描かれた旗の数が、尋常ではない。
 侍大将の出入りも多い。
 本丸の窓からの偵察に徹している亀姫も、ドヤ顔で報告してくれた。
「あの本陣だけ、別格扱いですわ。歩き巫女の出入りも、あそこだけです」
 貞昌はご褒美に、その日の自分の昼飯を半分、分けてあげた。
 周辺を観察して仕入れた中でもトップの情報だが、長篠城の手勢は五百名未満。
 一週間の防御戦で、そろそろ四捨五入すると四百名にまで減っている。
(織田信長なら、兵の二千でも殴り込ませて、首を取りに行く情報なのに)
 鉄砲の小隊を別動隊にして、本陣への狙撃をさせようかとも考えたが、無理がある。
 周囲四箇所を囲む砦が、余分な動きを許してくれない。
(どっちが守りに入っているのか、分からなくなるな)
 変な欲をかかずに、防戦&時間稼ぎに専念する。
(とはいえ、外の情報も欲しい)
 長篠城の包囲網の外。
 最寄りの新城城は建築中なので、半端に立て篭もらずに廃棄している可能性が高い。
 伝令を出そうにも、その先の岡崎城までの行き来は、武田に捕まる危険性が高い。
 余分な兵力は全然ないので、包囲網を確実に出入り出来るような人材を探すしかない。
「いないなあ、そんな存在」
 本丸の最上階で兜を枕に寝ている最中にぼやいてしまうと、横で寝ていた亀姫が、敏感に反応する。
「…習っておりますわよ。…溜まっている、殿方の、慰め方を…母上から(きゃあああ)」
「求めているのは、そういう存在では、ありません」
 城内には客室がないので、亀姫&侍女二人の寝床は、貞昌の横にした。
 婚約者として最終防衛ラインで守る為というより、亀姫を食糧庫に接近させない為だ。
 過去二年間の、婚約者としての会食で、貞昌は把握している。
 亀姫が食糧庫で食欲を発揮したら、その日のうちに長篠城は落ちる。
 飢えで。
(亀姫に恥をかかせないよう、火矢が食糧庫に命中して燃えた事にしよう)
 アホな懸念に対して、婚約者はピロートーク(仮)を続ける。
「でしたら、どのような存在をお探しですか?」
「長篠城から岡崎城まで行って、帰って来られる人材です」
「まあ。服部半蔵に頼めば、いいではありませぬか」
「…どうやって?」
 亀姫は、ドヤ顔で起床すると、窓から小雨の降る夜空へと、声を張る練習をする。
「あー、あー、本日も晴天なり、本日も晴天なり」
 城内は勿論、遠巻きに包囲している武田の兵たちも、美少女姫の声音に傾聴してしまう。
「服部半蔵! 長篠城で、亀が呼んでおりますわ! すぐにいらっしゃい!」
「…ああ、なるほど」
 聡い貞昌は、その方法を理解した。

 長篠城に籠城する亀姫が、夜中に服部半蔵にSOSを発信したという噂は、夜中でも武田の陣中を貫いた。
 武田の周辺で聞き耳を立てていた伊賀者たちから、服部半蔵本人へと、情報が最優先で伝わる。
 次の日の朝飯前には、見慣れた鬼面が食事を運んで来てくれた。
 今回は雑用係の格好ではなく、黒装束の忍者スタイルで姿を見せた。
「ね?」
 亀姫はドヤ顔だが、服部半蔵は鬼面を崩さない。
 というか、いつもより三割増しで鬼面。
「ご無事で何より、と、言いたい所でしたが」
 五割増しで、鬼面。
「同衾、しておりましたな? 婚前に」
 朝飯を持って来るより遥かに早く到着して、覗かれていた。
 貞昌は、包み隠さず、正直に打ち明ける。
「長篠城の食糧庫を、亀姫から守る為です」
「見事な采配です。感服しました」
 既に、服部半蔵は察していた。
 亀姫は不服だが。
「亀、ギャル曽根の半分しか、食べないもの」
「半分でも、長篠城には致命的です」
「台所の狭い貧乏城なんて、大嫌いよ!」
 拗ねる亀姫を放置して、貞昌は最重要の情報を半蔵に伝える。
鳶ヶ巣とびがす山砦が、武田勝頼の寝所です。武田の増援は、ありません。ここに集結した一万五千で、全軍です。その内三千が、長篠城に張り付いています」
 その情報の価値に頭を下げて敬意を払いながら、服部半蔵は、長篠城にとって耐え難い情報を伝える。
「では、拙者は、これで帰ります」
「次は、お菓子の差し入れを持ってきなさいよ、半蔵」
 お腹を鳴らしながら、亀姫は気軽に言い渡す。
「いえ、拙者を呼びつける手段は、もう通じますまい」
「いっ?」
「武田は、甘くありません。次は、拙者の耳に入らないよう、噂話にする事すら禁じるでしょう」
「噂話を禁じられるものなのですか?」
「武田には可能です」
 亀姫が、呆然とする。
 何処まで軍律を厳しくしたら噂話まで禁じられるのか、想像も出来ない。
 服部半蔵は、最後に徳川家康からの伝言を、亀姫に伝える。
「最後に、殿から亀姫への伝言です。
 『武家の娘なら、覚悟を決めておけ』
 との事です」
 今すぐに織田を待たずに出撃しようとしたとか、寝言で『奥平の小倅と長篠城で二人っきり奥平の小倅と長篠城で二人っきり奥平の小倅と長篠城で二人っきり奥平の小倅と長篠城で二人っきり奥平の小倅と長篠城で二人っきり奥平の小倅と長篠城で二人っきり奥平の小倅と長篠城で二人っきり奥平の小倅と長篠城で二人っきり奥平の小倅と長篠城で二人っきり奥平の小倅と長篠城で二人っきり』
 と連呼してうるさいとか、余計な情報を伝えない。

「覚悟は決めておりますわ、とっくに」
 生まれた時には人質同然に今川家に囚われ、物心が着いた頃には、
「実の父が見捨てたので、母と兄と一緒に、何時処刑されてもおかしくない」
 という状況に置かれていた亀姫である。
 死生観は、ハナからぶっ飛んでいる。
「亀はどうせ、生まれた時から死人でしたと、お伝えください」
「嫌ですが、お伝えします」
 亀姫の強気に、服部半蔵の鬼面も緩む。
「泣いているようなら、足手纏いだから連れて帰る気でおりました」
「籠城ダイエットの邪魔です。もうお帰りなさい」
 亀姫の腹が、連動して鳴る。
 服部半蔵は、ニヤリと笑い返しながら、姿を消した。

 服部半蔵が、現時点で情報を与えない事の意味を、貞昌は深掘りする。
(向こうの情報は、全然くれなかったな)
(織田の援軍が来る期日ぐらいは)
(いや、早く知らせない方が、いい情報?)
(来ない訳がないよな、織田にとって、武田を潰せる好機を)
(長篠城が開城や落城して、情報が流れてしまうリスクを考えたら、話せないか)
(うむ、甘ったれずに、初志貫徹)
(武田を三千名は長篠城に割かせているから、徳川・織田連合軍は、その分、楽に戦える)
(やはり初志貫徹)


 服部半蔵と入れ替わるように、武田の使者が、長篠城を訪れた。
 降伏勧告である。
 長篠城の北側の柵に、両手を上げて一人で近付き、雨音に負けない大声で条件を告げる。
「城主・奥平貞昌と婚約者・亀姫は、生命を保障し、甲斐本国で保護。
 城兵は、好きに落ち延びていい!」
 長篠城の皆の視線が、貞昌に集まる。
 貞昌は、顔色一つ変えない。
「命惜しさに、婚約者を売り飛ばす気は、ない!!」
 本丸から鉄砲を構える貞昌に、武田の使者は大声を続ける。
「奥平は、強者に寝返るのが本業ではありませぬか? あなたの祖父・奥平定勝は、武田に仕えたままですぞ? 敗者にならず、勝ち馬に乗り換えられよ」
「父・定能は、徳川に留まっている! 武田が最後に敗れると見たからだ!」
 貞昌は、使者の足元に、弾丸を撃ち込む。
「交渉は終わりだ。帰っていいぞ」
 武田の使者は、後方に走る用意をしながら、捨て台詞を残す。
「忠義者ぶるな、奥平! お前は、妻と弟と従兄弟を見捨てて武田を裏切った奴だ! 今度の婚約者も、我が身可愛さに見殺しにするだろうよ!」
 流石の貞昌も、キレた。
 今回は、本音を腹の底に仕舞わなかった。

「死ぃねえええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!」

 貞昌が次の鉄砲を構えて撃つより先に、亀姫が矢を放って、使者の腹の肉を掠めた。
 腹から腸が出ないように押さえて逃げる武田の使者に、亀姫が言い返す。

「強者を気取りたいなら、この長篠城を武芸で落として見せよ!
 長篠城を守っているのは、敗者にあらず。
 長篠城は、死人の守る城です。
 勝ち馬に乗らぬと戦の出来ぬ臆病者に、この城は落とせません!」

 亀姫が、二の矢を引き絞る。
 カップルの怒号に呼応した味方が、一斉に矢と鉄砲を使者一人に向けて放ってしまう。
 コスパは悪いが、長篠城は結束を強めた。
「…余計な矢弾を、使わせてしまったでしょうか?」
 オーバーキルされた使者の死体を見下ろしながら、亀姫は婚約者の意見を求める。
「惚れた」
 貞昌が、めっちゃ抱き締めてきたので、亀姫は
「いま惚れたという事は、まだ惚れていなかったんかい、我?」
 と言いたいのを堪えた。
 婚前なのでずっと礼儀正しく清い交際を続けていたハンサムな婚約者が、その気である。
 いい機会なので、そのまま抱かれた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

処理中です...