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遠江国掛川城死闘篇
ビューティフル・デイズ
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掛川城から集まる本多忠勝への視線は、徳川とは違って羨望より畏怖の方が膨大に含まれている。
絶対無傷の神武運を持つ武将が、斬れ味チートの長槍『蜻蛉切』を振るいながら掛川城の本丸に接近して来るのである。
防衛側は必死に矢弾を降り注ぐも、評判通りに擦り傷一つ付かない。
そして、本多忠勝の突き進む背後から、徳川兵が白い息を吐きながら隊伍を詰めていく。
鉄砲を得意とする日根野隊が、今川兵の期待を背負って本丸の銃眼(迎撃用に作られた壁の隙間)から集中砲火を浴びせる準備をするが、掛川城を攻め慣れた徳川からの援護射撃は隙がなく、銃眼から逆に矢弾が入ってくる。狙いを付ける暇が無い。
ここまで戦況が悪化すると有効な射撃は見込めず、本丸の入り口を固めていた兵達も次々と狩られていく。
「父上、もう逃げられません!」
騒ぐ日根野弥太郎に、日根野盛就は父としての威厳を見せる。
「最前線の本多忠勝を仕留めて、勢いを断つ。ただ一度、狙撃を成功させればよい話だ。無敵の武人など、この世には存在しない」
日根野弘就を狙撃に集中させる為に、盛就が指揮を取る。
「いいか、まず右手から銃撃を試みて徳川からの飛び道具を集中させる。次に左手から銃撃を試みて徳川の注意を二分して引き受ける。右と左でフェイントをかけて中央銃眼付近に生み出される(かもしれない)数秒のフリータイムで、兄者が本多忠勝の身体に、最初で最後の戦傷を負わせる」
日根野弘就は予想成功率を口にせず、弾込めを済ませた五十匁筒を構えて、銃眼の陰に待機する。
「さあ、泣き言や恨み言を言っている暇はないぞ。働け、俺が本多忠勝を仕留めてやるから」
部下達が恐る恐る銃眼へと銃口だけ向けて発砲して命令をこなし、日根野弘就が攻め口と決めた銃眼への攻撃が弱まる。銃眼に叩き込まれる銃弾の間隔は、八秒で一発程度にまで開く。
それ以上攻撃の間隔が短くなる事はないと見た日根野弘就は、次の銃弾が銃眼を通過した二秒後に銃眼から直接外を窺い、本多忠勝を視認して三秒で狙撃体勢まで終える。
終えたと同時に、日根野弘就は五十匁筒の引き金を引く。
胴体中央を狙って放たれた銃弾は、本多忠勝が蜻蛉切を横薙ぎに払った時に偶然当たって切断されて、後方の徳川兵の頭上を抜けて外堀の中に落ちた。
「あいつ、大っ嫌い」
日根野弘就は部下に弾込めを任せると、不貞腐れて寝転がる。
部下達は焦ったそうに、寝転がったまま日根野弘就の次の作戦を待ちわびる。
日根野弘就は、跳弾がめり込み始めた天井を睨みながら、部下達に現実を告げる。
「はい、もうお開き。投降するから、下手に抵抗するなよ」
部下達が安堵する中、日根野弘就は外部で今川の兵が抵抗をしなくなった静寂を感じる。
銃眼への攻撃も止み、ついで掛川城からの迎撃も止んでいく。
銃眼から外を覗くと、本多忠勝が矢止めを身振りで促している。
すぐ後ろに控えていた米津常春や本多広孝が小隊を運用して、死傷者を敵味方関係なく運んで行こうとする。
「怪我人は、徳川の方でも治療を施す。疑うなら、誰か立ち会うがよろしい」
常春がそう呼び掛けると、風魔小太郎が今川母娘を護衛して本丸から出ようとする。
看護し易いように白衣を纏う美朝姫は、日根野弘就に挨拶をしておく。
「日根野弘就。もう仕事は、せんで良い」
「分かって…」
美朝姫は、日根野弘就の手を一瞬だけ全力で握ってから額突けて、
「お世話になりました」
一礼し、本丸の外へ、出て行く。
意味を察して呆然とする弘就の横を、美朝姫とお揃いの白衣を着た春名様が会釈をしながら、出て行く。
日根野弘就は、行くなと叫びたい衝動を抑えて、徳川に交じって戦傷者の手当を始める美朝姫を見守る。
米津常春が、目を合わせて日根野弘就に理解を求める。
弘就は、泣きたいのを堪えて、合点する。
長い対戦で、徳川家康が命を軽んじない武人である事は理解している。
そこは信用して良いと、日根野弘就でさえ判断する。
(この方が、安全だ。これで良い)
日根野弘就は、朝比奈泰朝から頼まれた美朝姫の脱出任務を、徳川側に委ねる。
やがて、今川母娘は、今川の戦傷者に付き添って城外へと歩いていく。
美朝姫は、周囲を固める女忍者達と談笑しながら、背伸びをしてから北門を出た。
天守閣からは、その行為に対してのリアクションは遂に出されなかった。
(朝比奈が、バカ殿を抑えたな)
弘就は火縄を消して五十匁筒を部下に仕舞うよう言いつける。
「総員、種火は消して、火縄を仕舞え。荷造りしろ」
「おじ上っ?!」
日根野弥太郎は、美朝姫が人質に取られかねない行動に出る事を止めない叔父に、険しい目を向ける。
「掛川城での死闘は、もう終わった」
「いやだって、姫が…盗られる!」
「終わり。姫は、此処よりマシな場所へ行った」
こういう形での敗戦を承服出来ない弥太郎を、盛就が宥めながら短慮に走らせないよう、雑用を押し付ける。
(う~ん、やはり若いと、敗戦は理解し辛いのかな?)
そう考えると、日根野弘就は今川氏真に微量だけ同情する。九年に及ぶ敗戦処理が、凡人にどれだけのストレスを与え続けた事だろう。
センチに浸っていると、本丸の開いた戸口から、本多忠勝が覗き込んできた。
「やぁ~ぱりぃ、狙撃したのは日根野かぁ」
凄い形相で蜻蛉切を向けてきたので、日根野弘就は武装解除を始めた事を後悔する。
だが、武装解除の様子を認めた本多忠勝は、蜻蛉切を戻す。
「惜しかったなぁ。死ぬかと思ったぞぉ」
そう言ってから自軍へと引き返す本多忠勝をジト目で見送りながら、日根野弘就は内心で「お前みたいなデタラメなチート化け物と、二度と戦ってたまるか」と今後の方針を決定する。
日根野弘就の方針は、十五年後まで破られずに済む。
絶対無傷の神武運を持つ武将が、斬れ味チートの長槍『蜻蛉切』を振るいながら掛川城の本丸に接近して来るのである。
防衛側は必死に矢弾を降り注ぐも、評判通りに擦り傷一つ付かない。
そして、本多忠勝の突き進む背後から、徳川兵が白い息を吐きながら隊伍を詰めていく。
鉄砲を得意とする日根野隊が、今川兵の期待を背負って本丸の銃眼(迎撃用に作られた壁の隙間)から集中砲火を浴びせる準備をするが、掛川城を攻め慣れた徳川からの援護射撃は隙がなく、銃眼から逆に矢弾が入ってくる。狙いを付ける暇が無い。
ここまで戦況が悪化すると有効な射撃は見込めず、本丸の入り口を固めていた兵達も次々と狩られていく。
「父上、もう逃げられません!」
騒ぐ日根野弥太郎に、日根野盛就は父としての威厳を見せる。
「最前線の本多忠勝を仕留めて、勢いを断つ。ただ一度、狙撃を成功させればよい話だ。無敵の武人など、この世には存在しない」
日根野弘就を狙撃に集中させる為に、盛就が指揮を取る。
「いいか、まず右手から銃撃を試みて徳川からの飛び道具を集中させる。次に左手から銃撃を試みて徳川の注意を二分して引き受ける。右と左でフェイントをかけて中央銃眼付近に生み出される(かもしれない)数秒のフリータイムで、兄者が本多忠勝の身体に、最初で最後の戦傷を負わせる」
日根野弘就は予想成功率を口にせず、弾込めを済ませた五十匁筒を構えて、銃眼の陰に待機する。
「さあ、泣き言や恨み言を言っている暇はないぞ。働け、俺が本多忠勝を仕留めてやるから」
部下達が恐る恐る銃眼へと銃口だけ向けて発砲して命令をこなし、日根野弘就が攻め口と決めた銃眼への攻撃が弱まる。銃眼に叩き込まれる銃弾の間隔は、八秒で一発程度にまで開く。
それ以上攻撃の間隔が短くなる事はないと見た日根野弘就は、次の銃弾が銃眼を通過した二秒後に銃眼から直接外を窺い、本多忠勝を視認して三秒で狙撃体勢まで終える。
終えたと同時に、日根野弘就は五十匁筒の引き金を引く。
胴体中央を狙って放たれた銃弾は、本多忠勝が蜻蛉切を横薙ぎに払った時に偶然当たって切断されて、後方の徳川兵の頭上を抜けて外堀の中に落ちた。
「あいつ、大っ嫌い」
日根野弘就は部下に弾込めを任せると、不貞腐れて寝転がる。
部下達は焦ったそうに、寝転がったまま日根野弘就の次の作戦を待ちわびる。
日根野弘就は、跳弾がめり込み始めた天井を睨みながら、部下達に現実を告げる。
「はい、もうお開き。投降するから、下手に抵抗するなよ」
部下達が安堵する中、日根野弘就は外部で今川の兵が抵抗をしなくなった静寂を感じる。
銃眼への攻撃も止み、ついで掛川城からの迎撃も止んでいく。
銃眼から外を覗くと、本多忠勝が矢止めを身振りで促している。
すぐ後ろに控えていた米津常春や本多広孝が小隊を運用して、死傷者を敵味方関係なく運んで行こうとする。
「怪我人は、徳川の方でも治療を施す。疑うなら、誰か立ち会うがよろしい」
常春がそう呼び掛けると、風魔小太郎が今川母娘を護衛して本丸から出ようとする。
看護し易いように白衣を纏う美朝姫は、日根野弘就に挨拶をしておく。
「日根野弘就。もう仕事は、せんで良い」
「分かって…」
美朝姫は、日根野弘就の手を一瞬だけ全力で握ってから額突けて、
「お世話になりました」
一礼し、本丸の外へ、出て行く。
意味を察して呆然とする弘就の横を、美朝姫とお揃いの白衣を着た春名様が会釈をしながら、出て行く。
日根野弘就は、行くなと叫びたい衝動を抑えて、徳川に交じって戦傷者の手当を始める美朝姫を見守る。
米津常春が、目を合わせて日根野弘就に理解を求める。
弘就は、泣きたいのを堪えて、合点する。
長い対戦で、徳川家康が命を軽んじない武人である事は理解している。
そこは信用して良いと、日根野弘就でさえ判断する。
(この方が、安全だ。これで良い)
日根野弘就は、朝比奈泰朝から頼まれた美朝姫の脱出任務を、徳川側に委ねる。
やがて、今川母娘は、今川の戦傷者に付き添って城外へと歩いていく。
美朝姫は、周囲を固める女忍者達と談笑しながら、背伸びをしてから北門を出た。
天守閣からは、その行為に対してのリアクションは遂に出されなかった。
(朝比奈が、バカ殿を抑えたな)
弘就は火縄を消して五十匁筒を部下に仕舞うよう言いつける。
「総員、種火は消して、火縄を仕舞え。荷造りしろ」
「おじ上っ?!」
日根野弥太郎は、美朝姫が人質に取られかねない行動に出る事を止めない叔父に、険しい目を向ける。
「掛川城での死闘は、もう終わった」
「いやだって、姫が…盗られる!」
「終わり。姫は、此処よりマシな場所へ行った」
こういう形での敗戦を承服出来ない弥太郎を、盛就が宥めながら短慮に走らせないよう、雑用を押し付ける。
(う~ん、やはり若いと、敗戦は理解し辛いのかな?)
そう考えると、日根野弘就は今川氏真に微量だけ同情する。九年に及ぶ敗戦処理が、凡人にどれだけのストレスを与え続けた事だろう。
センチに浸っていると、本丸の開いた戸口から、本多忠勝が覗き込んできた。
「やぁ~ぱりぃ、狙撃したのは日根野かぁ」
凄い形相で蜻蛉切を向けてきたので、日根野弘就は武装解除を始めた事を後悔する。
だが、武装解除の様子を認めた本多忠勝は、蜻蛉切を戻す。
「惜しかったなぁ。死ぬかと思ったぞぉ」
そう言ってから自軍へと引き返す本多忠勝をジト目で見送りながら、日根野弘就は内心で「お前みたいなデタラメなチート化け物と、二度と戦ってたまるか」と今後の方針を決定する。
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