鬼面の忍者 遠江国掛川城死闘篇

九情承太郎

文字の大きさ
上 下
30 / 47
遠江国掛川城死闘篇

その日、降った雪は、無表情だった(4)

しおりを挟む
 1569年(永禄十二年)二月十八日。午後三時。

 掛川城周辺の雪景色を見渡して上機嫌の酒井忠次に、服部半蔵(使番なう)は不穏なモノを感じてから、急いで自己否定して考え直す。

(この人だって、鬼や悪魔じゃないのだから。雪景色に見惚れる事だって…)

「これで掛川城の逃げ道は、堀から付近の川に船で出るしかなくなった。川に見張りを増やして、出る船は片っ端から破壊する」

 今川嫌いの全力発露に、服部半蔵は鬼面を凍り付かせる。

「船で真っ先に逃げ出すのは氏真一家であろうから、この戦も終わるぞ」
「いえ、殿の望みは、今川氏真に『遠江の支配を、正式に譲り受ける』事ですので」
「ああ、戦で殺されておらねばな」

 徳川家康の基本戦略を、徳川のナンバーツーが踏み潰す気でいる。
 酒井忠次は掛川城から視線を動かさずに、半蔵に問う。

「お主まで、殿や米津と同意見か? ここで逃せば二十年後には、また今川が大きな顔をしているぞ」
「敵でなければ、どのお家が大きな顔をしても、構いませぬ」

 半蔵の乾いた返答に、忠次はドス黒い本音を浴びせかける。

「殿は、今川義元よりも、国を大きくするだろう。その正室は今川の出で、若様は今川の血を引いている。人質を殺される犠牲を払って、三河は今川から独立したのに、衰退した今川が、我らの努力を土台に再興する。わしは、今川の踏み台になる未来は排除したい」
「殿は、そこまで執念深く出来ませんよ」

 半蔵は、付近でドン引きしている酒井家の面々を見渡す。

「家来衆も、その執着には付いて行けないようで」
「だから出世せんのだ、彼奴らは」

 実際、酒井家の歴史で大河ドラマに描かれるような大功を立てた人物は忠次一人で、後は徳川の重役一門として緩々と過ごしていく。
 ともあれ、この時点で徳川家最高位の武将として内外から評価される酒井忠次への家康の態度は、相当に気遣いが払われている。

「殿から武田信玄への書状は、これで全てか?」

 雑談をしながら進めていた作業を終え、忠次は書状に封をし直して半蔵に返す。

殿、これで全てです」

 家康は、武田信玄宛の書状を、出す前に酒井忠次に確認させる。
 壊れたばかりとはいえ、今回の武田との同盟を交渉・成立させたのは酒井忠次である。彼の頭越しに、武田へ重要な書状は送らない。
 後年のワンマンぶりが嘘のように、この頃の家康は首席家老に気を遣っている。

「…まあ、いい」

 忠次は深くツッコミを入れずに、半蔵を下がらせる。
 下がった半蔵は、使番の三人に書状発信の認可を出す。武家、商人、山伏に扮した三人は、同じ書状を携えて時間やルートをずらしながら敵地に書状を届けに行く。郵便も電子メールもない時代なので、必ず届けたい書状の発信には、ここまで念を入れる。
 用事を済ませて服部&米津混合隊の陣に戻ると、服部半蔵は鎧の修繕を行っている米津常春に挨拶をしに寄る。

「復帰?!」
「まだです」
「元気そうだよね? 雪道を馬並みに早く走ってきたし」
「雪解けに合わせて、最終戦の開始です。このタイミングでの配置替えは、ないです」
「監軍の役割は、年食った俺の方が向いていると、思わないかい?」
「今回の監軍の役割は、朝比奈泰朝の相手が主目的ですが」
「構わないよ」

 服部半蔵は、米津常春が戯言でも言い訳でも苦し紛れでもなく、本気で東海道最強の相手をする気でいるので、側で雪上用草鞋を量産している更紗に確認を取る。

「何か好戦的になる薬でも盛ったのか?」
「失敬だな、半蔵様は。仮にも上司である人物に薬を盛るなど、年に四回ぐらいしかやらない!」
「あの薬か」
「そう、あの薬であって、好戦的になる薬ではない。手厚い謝罪を要求する」

 半蔵は更紗を簀巻きにして自由を奪うと、常春に据え膳する。

「そろそろ我慢出来なくなる。これで解毒してくれ」
「これはこれで~、計画通り~」
「いや、これはエロ薬を盛られたのとは、関係ない」

 薬で勃起したままでも性欲に流されずに、常春は対朝比奈泰朝の話題を続ける。

「俺が倒しても、構わないだろ。朝比奈泰朝を」


「おかしい」

 雪路を東へと撤退する武田の軍列で、武藤喜兵衛は出浦盛清から不審な情報を耳打ちされる。

「徳川が、東への布陣を解いた」
「…ほう。第一陣が退いただけで、警戒を解くような…温い武将ではないよなあ、三河守は」

 徳川のその出方が意味する事を考えて、武藤喜兵衛は雪よりも酷い寒気に見舞われる。

「おいおいおいおい!? どうしたら、武田の第二陣は来ないなどと、決め付けられる?? あの若狸、北条とでも手を組んだのか?」
「それを探りに行くから、数日抜ける。お屋形様には、お主から伝えておいてくれ」
「わがっだぁ」

 力を込めて快諾する武藤喜兵衛の視界から、出浦は影も残さずに消える。
 友の見送りを諦め、武藤喜兵衛は嬉々と今後の抱負を考え直す。

「徳川家康の首を挙げる時は、黄金甲冑を装備している時と決めておったが・・・殺せる時に殺しとこう」
 
 戦さ場や暗殺等で手段を問わずに徳川家康を殺そうとした回数で、武藤喜兵衛は間違いなく史上最多を誇る事になる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼面の忍者 R15版

九情承太郎
歴史・時代
陽花「ヤングでムッツリな服部半蔵が主人公の戦国コメディ。始まるざますよ!」 更紗「読むでがんす!」 夏美「ふんがー!」 月乃「まともに始めなさいよ!」 服部半蔵&四人の忍者嫁部隊が、徳川軍団の快進撃に貢献するチープでファンキーな歴史ライトノベルだぜ、ベイベー! ※本作品は、2016年3月10日に公開された「鬼面の忍者」を再編集し、お色気シーンを強化したイヤんバカン版です。 ※カクヨムでの重複投稿をしています。 表紙は、画像生成AIで出力したイラストです。

姫様、江戸を斬る 黒猫玉の御家騒動記

あこや(亜胡夜カイ)
歴史・時代
旧題:黒猫・玉、江戸を駆ける。~美弥姫初恋顛末~ つやつやの毛並みと緑の目がご自慢の黒猫・玉の飼い主は大名家の美弥姫様。この姫様、見目麗しいのにとんだはねかえりで新陰流・免許皆伝の腕前を誇る変わり者。その姫様が恋をしたらしい。もうすぐお輿入れだというのに。──男装の美弥姫が江戸の町を徘徊中、出会った二人の若侍、律と若。二人のお家騒動に自ら首を突っ込んだ姫の身に危険が迫る。そして初恋の行方は── 花のお江戸で美猫と姫様が大活躍!外題は~みやひめはつこいのてんまつ~ 第6回歴史・時代小説大賞で大賞を頂きました!皆さまよりの応援、お励ましに心より御礼申し上げます。 有難うございました。 ~お知らせ~現在、書籍化進行中でございます。21/9/16をもちまして、非公開とさせて頂きます。書籍化に関わる詳細は、以降近況ボードでご報告予定です。どうぞよろしくお願い致します。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

アユタヤ***続復讐の芽***

夢人
歴史・時代
徳川に追われた茉緒たちは大海を超えて新天地に向かいます。アユタヤに自分たちの住処を作ろうと考えています。これは『復讐の芽***』の続編になっています。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

処理中です...