28 / 47
遠江国掛川城死闘篇
その日、降った雪は、無表情だった(2)
しおりを挟む
1569年(永禄十二年)二月十八日。正午。
秋山虎繁は、戦況を見渡して今夜の親子丼は見通しが厳しいと認識を改める。
「明日以降に持ち越しか」
徳川本陣は、初めから秋山の部隊に備えて防御陣形を整えており、容易に攻め込ませてくれない。
助っ人の武藤喜兵衛は、徳川の伏兵部隊とかち合って動けない。逆に、城攻めに掛かっていた部隊が呼び戻され、横合いから槍を付ける軌道に乗っている。
しかも、雪が降り始めている。
「…いや、今川勢と組んで、徳川を挟撃出来れば…」
秋山虎繁の甘い未練を本体ごとブッ殺しに、武田対徳川の戦場から、朝比奈泰朝の騎馬が抜け出て来る。
進路上の武田兵は、まるでまな板の上の大根の如く、槍の大振りで斬り払われている。
その動きに倣って、追い付いてきた朝比奈の部隊も武田の方に攻撃を掛けている。
九年落ち目が続いた国の軍勢とは思えない突破力で、強兵武田を押し返している。
「徳川と今川が手を組んで、この愛の戦士を挟撃か」
秋山虎繁は作戦を変えると、互いの表情が判るほどに接近して来た東海道最強を迎撃する。
秋山虎繁が投げ飛ばした薔薇の花を、朝比奈泰朝は名槍・蜻蛉切で綺麗に真っ二つに。
その隙に、秋山は距離を詰めて朝比奈泰朝に太刀の間合いで攻める。
朝比奈泰朝は蜻蛉切を左手に、右手で太刀を抜刀して対応。武田の猛牛が浴びようとした斬撃は弾かれ、逆に瞬時に三度も斬撃を喰らって退く。
片手だけで、東海道最強は武田の猛将を劣勢に追い込む。
相手の右手、右肩、左脇腹に鎧が裂ける程の斬撃を浴びせたのに未だ相手が倒れずに太刀を向けてくるので、朝比奈泰朝も呆れる。
更に武田の兵が秋山を置いて撤退を始めたので、別の意味で呆れる。
「指揮官自ら、殿ですか」
「ご覧通り、頑強さにおいて強大無比。兵も安心して退ける」
「ただの色魔ではないようですね」
「愛の戦士をナメてはいけない」
「ナメてはいません。斬るだけです」
馬に乗って逃げようとする秋山は、朝比奈泰朝が追って来られないように効き目抜群の捨てセリフを放つ。
「我々が退く以上、徳川は掛川城への攻撃を再開する。桶狭間の失態を、繰り返す気かな?」
それを聞くや、朝比奈泰朝は秋山に背を向けて徳川の本陣へと馬首を返す。
「…この愛の戦士が、眼中にないとは。親子丼を一緒に食べるかどうか、聞きたかったのに」
聞かれたらまた殺意の上げ高を更新しそうなセリフを置いて、武田の『徳川領侵犯部隊第一陣』は、退却に入る。
この戦いを機に、徳川と武田は敵対国として徐々に戦さの回数を増やしていく。
それでもまだ、掛川城の戦いは続いていく。
蜻蛉切を持った朝比奈泰朝が本陣に戻って来た時は、降雪が始まった時よりも金玉が縮み上がったが、本多忠勝に蜻蛉切を投げ返すとそのまま掛川城へ戻って行ったので、家康は安堵する。
安堵しつつ、掛川城の周辺兵力を整理し始める。
「この雪は積もるな。今日明日は、矢止めにする。兵を退がらせて、休ませろ」と自軍の兵士に優しい指示を出しつつ、服部半蔵を呼んでチェックメイトに向けて作戦指示を出す。
「酒井忠次に、原川の仕込みを実行しろと伝えよ。それが実行された二日後に、本番を始める。久能宗能は、まだ生き残っておるな?」
「無事です。高力殿が付いております」
「榊原康政の部隊を付けて仕切らせろ。久能宗能が始末を付けられないようなら、康政にやらせる」
一ヶ月前に発覚した久能から出た裏切り者(17話参照)を、家康は未だ処分させずに泳がせている。
泳がせておけば、本当に今川が彼らを伝手に襲撃をかけて来ると見越しての判断である。
裏切り者を二度も撒き餌にする辺り、吝で名高い性格が露出しつつある。
今降っている雪が溶けた後の戦略を指示し終えてから、家康は小姓たちに書状を書く用意を命じる。
大真面目に文面を練っている最中に、小姓の制止を軽くいなして米津常春が目通りをしに押しかける。
「殿ぉー、雪が降ったので、矢止めですね。お酒下さい」
二日は暇になると見越した米津常春が、戦塵を落とさぬまま本陣に立ち寄って、数倍の敵を相手にした『ご褒美』を強請る。
「常春。わしは今、信玄坊主と戦っている最中だ」
家康は、恩人に言葉だけの警告で済ませる。
怒りの発作は、筆を折るだけに留める。
「邪魔すると殺すぞ」
戦国大名にとっては、書状も重要な戦略兵器の一つである。
常春は手早く手近の酒樽を担いで退去した。
秋山虎繁は、戦況を見渡して今夜の親子丼は見通しが厳しいと認識を改める。
「明日以降に持ち越しか」
徳川本陣は、初めから秋山の部隊に備えて防御陣形を整えており、容易に攻め込ませてくれない。
助っ人の武藤喜兵衛は、徳川の伏兵部隊とかち合って動けない。逆に、城攻めに掛かっていた部隊が呼び戻され、横合いから槍を付ける軌道に乗っている。
しかも、雪が降り始めている。
「…いや、今川勢と組んで、徳川を挟撃出来れば…」
秋山虎繁の甘い未練を本体ごとブッ殺しに、武田対徳川の戦場から、朝比奈泰朝の騎馬が抜け出て来る。
進路上の武田兵は、まるでまな板の上の大根の如く、槍の大振りで斬り払われている。
その動きに倣って、追い付いてきた朝比奈の部隊も武田の方に攻撃を掛けている。
九年落ち目が続いた国の軍勢とは思えない突破力で、強兵武田を押し返している。
「徳川と今川が手を組んで、この愛の戦士を挟撃か」
秋山虎繁は作戦を変えると、互いの表情が判るほどに接近して来た東海道最強を迎撃する。
秋山虎繁が投げ飛ばした薔薇の花を、朝比奈泰朝は名槍・蜻蛉切で綺麗に真っ二つに。
その隙に、秋山は距離を詰めて朝比奈泰朝に太刀の間合いで攻める。
朝比奈泰朝は蜻蛉切を左手に、右手で太刀を抜刀して対応。武田の猛牛が浴びようとした斬撃は弾かれ、逆に瞬時に三度も斬撃を喰らって退く。
片手だけで、東海道最強は武田の猛将を劣勢に追い込む。
相手の右手、右肩、左脇腹に鎧が裂ける程の斬撃を浴びせたのに未だ相手が倒れずに太刀を向けてくるので、朝比奈泰朝も呆れる。
更に武田の兵が秋山を置いて撤退を始めたので、別の意味で呆れる。
「指揮官自ら、殿ですか」
「ご覧通り、頑強さにおいて強大無比。兵も安心して退ける」
「ただの色魔ではないようですね」
「愛の戦士をナメてはいけない」
「ナメてはいません。斬るだけです」
馬に乗って逃げようとする秋山は、朝比奈泰朝が追って来られないように効き目抜群の捨てセリフを放つ。
「我々が退く以上、徳川は掛川城への攻撃を再開する。桶狭間の失態を、繰り返す気かな?」
それを聞くや、朝比奈泰朝は秋山に背を向けて徳川の本陣へと馬首を返す。
「…この愛の戦士が、眼中にないとは。親子丼を一緒に食べるかどうか、聞きたかったのに」
聞かれたらまた殺意の上げ高を更新しそうなセリフを置いて、武田の『徳川領侵犯部隊第一陣』は、退却に入る。
この戦いを機に、徳川と武田は敵対国として徐々に戦さの回数を増やしていく。
それでもまだ、掛川城の戦いは続いていく。
蜻蛉切を持った朝比奈泰朝が本陣に戻って来た時は、降雪が始まった時よりも金玉が縮み上がったが、本多忠勝に蜻蛉切を投げ返すとそのまま掛川城へ戻って行ったので、家康は安堵する。
安堵しつつ、掛川城の周辺兵力を整理し始める。
「この雪は積もるな。今日明日は、矢止めにする。兵を退がらせて、休ませろ」と自軍の兵士に優しい指示を出しつつ、服部半蔵を呼んでチェックメイトに向けて作戦指示を出す。
「酒井忠次に、原川の仕込みを実行しろと伝えよ。それが実行された二日後に、本番を始める。久能宗能は、まだ生き残っておるな?」
「無事です。高力殿が付いております」
「榊原康政の部隊を付けて仕切らせろ。久能宗能が始末を付けられないようなら、康政にやらせる」
一ヶ月前に発覚した久能から出た裏切り者(17話参照)を、家康は未だ処分させずに泳がせている。
泳がせておけば、本当に今川が彼らを伝手に襲撃をかけて来ると見越しての判断である。
裏切り者を二度も撒き餌にする辺り、吝で名高い性格が露出しつつある。
今降っている雪が溶けた後の戦略を指示し終えてから、家康は小姓たちに書状を書く用意を命じる。
大真面目に文面を練っている最中に、小姓の制止を軽くいなして米津常春が目通りをしに押しかける。
「殿ぉー、雪が降ったので、矢止めですね。お酒下さい」
二日は暇になると見越した米津常春が、戦塵を落とさぬまま本陣に立ち寄って、数倍の敵を相手にした『ご褒美』を強請る。
「常春。わしは今、信玄坊主と戦っている最中だ」
家康は、恩人に言葉だけの警告で済ませる。
怒りの発作は、筆を折るだけに留める。
「邪魔すると殺すぞ」
戦国大名にとっては、書状も重要な戦略兵器の一つである。
常春は手早く手近の酒樽を担いで退去した。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
鬼面の忍者 R15版
九情承太郎
歴史・時代
陽花「ヤングでムッツリな服部半蔵が主人公の戦国コメディ。始まるざますよ!」
更紗「読むでがんす!」
夏美「ふんがー!」
月乃「まともに始めなさいよ!」
服部半蔵&四人の忍者嫁部隊が、徳川軍団の快進撃に貢献するチープでファンキーな歴史ライトノベルだぜ、ベイベー!
※本作品は、2016年3月10日に公開された「鬼面の忍者」を再編集し、お色気シーンを強化したイヤんバカン版です。
※カクヨムでの重複投稿をしています。
表紙は、画像生成AIで出力したイラストです。
姫様、江戸を斬る 黒猫玉の御家騒動記
あこや(亜胡夜カイ)
歴史・時代
旧題:黒猫・玉、江戸を駆ける。~美弥姫初恋顛末~
つやつやの毛並みと緑の目がご自慢の黒猫・玉の飼い主は大名家の美弥姫様。この姫様、見目麗しいのにとんだはねかえりで新陰流・免許皆伝の腕前を誇る変わり者。その姫様が恋をしたらしい。もうすぐお輿入れだというのに。──男装の美弥姫が江戸の町を徘徊中、出会った二人の若侍、律と若。二人のお家騒動に自ら首を突っ込んだ姫の身に危険が迫る。そして初恋の行方は──
花のお江戸で美猫と姫様が大活躍!外題は~みやひめはつこいのてんまつ~
第6回歴史・時代小説大賞で大賞を頂きました!皆さまよりの応援、お励ましに心より御礼申し上げます。
有難うございました。
~お知らせ~現在、書籍化進行中でございます。21/9/16をもちまして、非公開とさせて頂きます。書籍化に関わる詳細は、以降近況ボードでご報告予定です。どうぞよろしくお願い致します。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
楽将伝
九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語
織田信長の親衛隊は
気楽な稼業と
きたもんだ(嘘)
戦国史上、最もブラックな職場
「織田信長の親衛隊」
そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた
金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか)
天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!
毛利隆元 ~総領の甚六~
秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。
父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。
史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる