鬼面の忍者 遠江国掛川城死闘篇

九情承太郎

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遠江国掛川城死闘篇

遠江の中心で愛を叫ぶ武田(2)

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 1569年(永禄十二年)二月十八日。朝飯前。

 大久保忠世は、隣の部隊が朝比奈泰朝の方へと動いてしまったので、馬上で歯噛みする。
 強敵を二部隊で挟撃する手筈が、各隊一対一で組み合う戦況になる。苦戦すれば更に援軍が来てくれるから負ける心配はないが、大久保忠世の戦勘が「絶対に手こずる。めっちゃ苦戦する」と確定申告する。

「中央に突撃して、敵を分断撃破する」

 内藤正成の矢が届く距離に入る前に、大久保忠世は戦術を伝える。

「日根野は銃将ですよ。いいのですね? 多少の犠牲は覚悟の上での戦術選択ですね?」

 本陣の目前で下手な戦ぶりを見せたくないのは内藤も同じなので、念を押す。
 野戦で鉄砲の集中運用を熟してみせる日根野隊の攻撃力には、もうちょっと智慧のある戦術が欲しい内藤正成だった。

「受けに回ったら、久能の二の舞だ。攻める」
了解したダメだこりゃ

 内藤正成は、矢を五本一度に構えて引き絞り、日根野隊の鉄砲衆へと放つ。
 この名射手にとって、鉄砲の射程は弓矢より長いという一般常識は通用しない。


 長距離から放たれた五本の矢が三人の射撃手を射止めて戦闘不能にしたので、日根野弘就は呆れた。

「アベンジャーズに入れよ! こんなマイナーな戦争に参加しないでさあ!」

 危険極まりない名射手に火力を集中しようとしかけて、日根野弘就はその意図に気付く。

「あいつに構うと、中央突破を躱せなくなるか」

 内藤正成と共に、千名を越す徳川の兵が駆け足で突撃をかけている。日根野隊が鉄砲の火力を集中させても、止められない規模の兵力が、向かって来る。
 歴戦の武将は、打開策を繰り出す。

「隊を二つに分ける。盛就、左を率いて敵陣の横に回れ」
「了解した」

 日根野盛就は軍配を回して、自分の組下だけを動かして移動を開始する。
 日根野弘就は末弟・弥吉に部隊の指揮を手伝わせる。

「残った俺たちは、敵を受け止めつつ少し右側に移動しながら戦う。そうすれば、盛就が横槍を入れ易くなる」
「はい!」
「しばらくは、キツいぞ。死ぬなよ」
「おう!」

 日根野隊が左右に分かれ、徳川の突撃をV字型の陣形で迎撃する。
 効果的な陣形変化を済ませると同時に、日根野弘就は五十匁筒大火縄銃を構える。
 徳川の先頭に、見覚えのある日根野頭形の兜を被った騎馬武者が。

「偉い! 俺の作った兜を装備して俺に攻めて来るなんて! お買い上げ、ありがとう!」

 引き金が引かれる。
 五十匁筒大火縄銃は、飛距離も威力も通常の火縄銃の倍以上。
 加えて、日根野の放った銃弾は、兜の装甲が覆っていない顔面に命中した。
 顔面に大穴が開き、脳と頭蓋骨の破片が溢れる。
 書くまでもなく、即死。
 頭が原形を留められず、兜が脱げ落ちる。
 周辺の兵たちが、死んだ上司の周りに集まって戦列を乱す。その隙を逃さず、日根野の兵が襲いかかる。

「でも、顔面で弾を受けてはいけないぞ? 俺の兜でも、フォローしきれないから。説明書に書いていなかった? 返品は不許可だぞ」
 
 五十匁筒大火縄銃の弾込めを部下に任せる間、日根野弘就は次の展開を考える。

「鉄砲衆は、散開。中距離からの指揮官狙撃に専念しろ」
 
 日根野の鉄砲衆は、自軍の後方へと等間隔に散って行き、命令通りに徳川の騎馬武者への狙撃を開始する。弘就ほどの腕前ではないが、徳川の戦列が乱れるには充分な戦術だった。
 この時代、馬に乗って戦場にいる武士は、少なからぬ家臣を持った幹部クラスの者が多い。
 自分たちの上官・主君が狙撃で倒れても尚、戦闘を継続出来るような部隊は稀だ。
 乱れた処へと、日根野盛就の部隊が一気に攻め入ってくる。
 攻めに来た徳川の援軍の方が、守勢に立たされていた。


「馬から降りて指揮しろ! 鉄砲で狙われるぞ!」

 大久保忠世は、指揮官を狙撃されて部隊が足並みを乱した隙に崩されるパターンを食い止めようと、指示を徹底させる。
 戦闘開始前に馬から降りて用を足していたので無事だった大久保忠世は、押されていく戦線を支えて踏ん張る。

「殿の目前で戦っておるのだ! 逃げ腰は止めよ!」
「相手の鉄砲の数なんぞ、矢に比べれば僅かぞ! ビビるな! 当たって死ぬのは、武運がなかっただけだ!」
「日根野の部隊は、鉄砲以外に、大した決め手はない! 槍衾で普段通りに叩き潰せ!」
「鉄砲は次の弾を撃てるようになるまで、立ち小便する位の間が空くぞ! 間合いを詰めて行け!」

 大音声で味方を鼓舞する大久保忠世を狙う鉄砲の射手には、内藤正成が必殺の矢を撃ち込む。 
 大久保忠世の粘り強い指揮と、内藤正成の強弓を中心に、徳川勢は戦況を五分に戻す。

 
 優勢だが膠着した戦況に、日根野弘就は再び離脱の頃合いを検討する。
 他の徳川勢は、掛川城への攻撃を開始している。日根野や朝比奈が出撃した分、掛川城の兵数は普段の三分の一。
 今日こそは、落城するであろう。
 掛川城を救うために戻ろうとすれば、また徳川の部隊と一戦交えねばならない。既に連戦している日根野隊にそのような無理をさせれば、疲労で戦えずに壊滅する。

(詰んだな。朝比奈泰朝が本陣を狙って出撃した場合の事など、家康なら想定済みであろうよ)

 負けが決定しても、日根野弘就は士気を下げないために気楽な老将を気取る。

「後は、朝比奈泰朝に任せて、西美濃へ帰るか。美濃の旨い酒を、弥吉にも飲ませたいし」

 長兄の見せた郷愁に、弥吉は少々動揺しながら槍を振るう。

「次の就職先は、織田にするつもりでしたか?」
「また鎧職人としての就職になるだろうけど。信長って、日に三度はヘッドショットされていそうな人生だし。重宝されると思うよ、この俺は」

 懐に飛び込んで来た徳川の足軽を太刀で斬り伏せながら、日根野弘就は街道の西方面を観察する。
 空いている。
 西への街道沿いにいる徳川の部隊は、掛川城へ攻め寄せている。
 今、西へ向かえば、日根野隊は戦線から離脱して生き延びられる。
 反対に東側は、徳川の本陣に朝比奈泰朝の隊が接近しつつある。

(朝比奈泰朝が首尾よく家康を討っても、残りの徳川勢が掛川城ごと報復で皆殺し。我々も巻き添えで殺されるな)

 日根野弘就は、朝比奈泰朝の勝敗に関わらず、離脱を決める。
 戦う契約は有っても、殺されてやる義理は無い。

「日根野弘就~~!! 勝負せ~~い!」

 とはいえ、しつこい大久保忠世が、日根野弘就に狙いを定めて攻め寄せてくる。
 並みの兵では、大久保忠世の槍で払われて壁にもならない。
 鉄砲衆は、脇の内藤正成からカウンターで射殺されるのが怖くて、萎縮している。
 五十匁筒大火縄銃を構えながら、弘就は溜め息を噛み殺して弥吉に指示を出す。

「あのクソ侍を殺したら、戦線を離脱して西へ進む」
「…せめて」
「それは朝比奈泰朝の仕事だ。これ以上は、付き合えないのだよ。落ち目の傭兵部隊には」

 内藤正成が長兄に放った矢を槍で払い落とし、弥吉は返事をする。

「俺は掛川城に残るから、兄者達は美濃に帰ってくれ」

 五十匁筒大火縄銃の射線がわずかに逸れ、大久保忠世の肩装甲を掠める。
 日根野弘就は、末弟のせいにはしなかった。

「もう助けてやれないからな。あばよ!」

 五十匁筒大火縄銃を部下に投げ渡すと、太刀で大久保忠世の槍を受ける。
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