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遠江国掛川城死闘篇
今川家は衰退しました(6)
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今川家は衰退しました(6)
1568年(永禄十一年)十二月十三日。
まだ昼飯前の時刻。
安倍川緑地に馬場隊&赤備え(兵数二千)が足を踏み入れた時、今川母娘を連れた服部隊は、舟の隠し場所まで五十メートルの距離だった。
大軍勢の足音に、いやでも気付いて後ろを振り返ってしまう。
春名様は、生まれて初めて見る真紅の兵団を遠目に見て、生まれて初めて全身の筋肉を酷使してダッシュし、生まれて初めて他人を追い越して走れた。
「春名は今、風になった!」
死ぬ気で走れたのはいいが、止まり方が分からずに、川の上を三歩進んだ所で、まるゆのように沈む。
「こんなタイミングでギャグキャラに成らないで下さい!」
月乃は慌てるが、背後に馬場&山県の武田最強ツートップが迫り来る状況で、助けに潜る決断が鈍る。
冬の川なので、即死した可能性もあるし。
この惨事の責任は、武田に回せば済むし。
「仕方がない。美朝姫の保護だけで満足しよう」
「忍者であろうが!? 潜水が出来ぬとは言わせぬぞ! それに運送料金は、二人分払ったぞ! 違約は許さぬ!!」
月乃の見切りに、美朝姫が猛抗議を始める。
更紗もマジで見捨てて舟の準備を始めると、夏美が舟に美朝姫を乗せてから、刀を川に突っ込んで沈んだ春名様を三秒でサルベージした。
凍り付いているが、きっちり、生きている。
月乃は面倒臭そうな顔をしながらも、舟の上で春名様の濡れた服を剥いで(武田勢が超歓声を上げた)、乾いた忍者布で三重に覆う(武田勢が超ブーイングした)。
陽花が舟の最後尾で火縄銃を武田勢に向けながら、舟は川の流れに乗る。
川岸では、馬場信春が地形を確認して、舟を追うルートと掛川城へ進軍するルートを思案する。
部下達を火の中へ突貫させた馬場でも、冬の川へは入れさせなかった。
その間、山県昌景は兎口をすぼめながら冬の安倍川緑地を再確認する。
「これだけ伏兵を配置し易い地形なのに、誰も何もしていない。ジジイ、退屈だぞ」
「この緑地に兵を置かぬなら、土手だな」
「・・・」
山県昌景は、現状で土手の南北から敵が来た場合を考える。
退路が断たれる
土手を振り返ると、赤備えの最後尾が、土手を降りる途中だった。
土手の南側を見ると、わざわざ此方に向かって来る軍団の動きが。
あの一団が土手の上から背後に攻め掛かれば、相当な被害を被る。
「ジジイ、追跡は中断だ」
言うと同時に、山県昌景は采棒を振るって後方への備えを伝達する。
その指示が赤備えに伝わるのと同じ速さで、山県昌景は馬を最後尾に移動させる。
新手の軍勢と最後尾の間に入り、自分自身が赤備えの殿を努めて反撃までの時間を稼ぐ気である。
指揮官自身の弛まぬ闘気が、赤備えを日本史上最も危険な戦闘部隊にした。
そんな闘気に水を差すように、新手の部隊二百人程を率いる先頭の武将は、 ニコニコと笑って手を振っている。武器には一切、手を掛けていない。
年齢は、山県昌景よりもやや上。
使い古した駄馬に乗り、人並みの速度でてくてくと歩いている。
控えめに上げる戦旗は、複数の葉が団扇状に丸く広がった、棕櫚紋。
冬でも緑を絶やさない、常緑大木をモチーフにした、おめでたい紋だ。
「米津?」
どの武門かを紋で判別しても、個人名までは山県昌景の頭に浮かばなかった。
徳川に三代続けて仕えている中堅武将、という予備知識が出ただけで、山県昌景には彼個人への知識がなかった。
山県昌景は、今現在の同盟軍を相手に、迎撃の命令を出さずに保留する。
赤備えの背後に回って朗らかに笑っているような男を、確かめずに斬り捨てたくはなかった。
「大井川を越えてまで、三河の軍勢が何の用か?」
事前の調整では、大井川の東を武田、大井川の西を徳川が占領する約束である。
自分が先ほどまで、反故にして掛川城まで攻めるつもりだったとは、言ったりしない。
山県昌景の誰何に、米津の武将は朗らかに名乗りながら答える。
「それがしは、徳川家家臣、米津常春。主人の命で、今川館の燃え落ちる様を見届けに参りました。見物だけですよ。火事場泥棒とかはしませんので、どうぞ存分にどうぞ。好きでしょ、火事場泥棒。全身真っ赤だし」
「大好きだよ」
この軽口男を斬り捨てて、率いて来た部隊も撫で斬りにしてやる気持ちに傾きかけた山県昌景の心が、「もっと情報を引き出してからにしようや、相棒」という理性の声で抑えられる。
「そりゃあ、気楽な見物だな。朝比奈泰朝もいないし。安心して、炎上する駿河を見物していけ。但し、距離は取れよ。武田の焼き討ちは、せっかちだ」
「え? 朝比奈泰朝が、駿河にいない? まだ駿河の城下町で踏ん張っていると思っていたのに」
聞き捨てならない情報に、山県昌景は米津常春の襟首を掴んで問い質す。
「貴様、どういう経路で、ここまで来られた? 掛川城は、どうした? 途中で朝比奈泰朝と遭遇しないはずがあるまい?」
「籠城して動かない掛川城付近から、街道沿いに来ましたよ。朝比奈泰朝が掛川城に入りそうなら、阻止するのが目的ですから。遭遇しないので、ここまで来ちゃった(笑)」
戦国最強クラスの武将に襟首を掴まれても、米津常春の態度は朗らかなまま。
山県昌景は、米津常春の襟首から手を放して話を続ける。
「当方の情報では、一昨日、掛川城に向けて馬を出したはずだがな」
「ほうほう。途中で海路でも使ったのかな? 海路なら、掛川と駿河を日帰りで往復出来るし」
「…誑かしに来たのであれば、ただ事では済まぬ。その情報に、首を賭けられるか?」
「賭けるも何も、俺が朝比奈泰朝に殺されずにここまで来られた。賭けにならねえ」
山県昌景は苦い顔で米津常春の笑顔を見詰めながら、朝比奈泰朝が本当に掛川城へ向かっていない可能性を吟味する。
(いや、薩埵峠の戦いで一度も姿を見せていないし)
(でも、そもそも、捨てていたよな、薩埵峠は)
(それでも掛川城に行かずに駿河に留まるのは…)
山県昌景の全身に、鳥肌が立つ。
(今川氏真は、何処に消えた?)
(朝比奈泰朝が保護したのか?)
(妻子は囮か?)
(逃げ散ったふりをして再結集していれば、何千人集まる?)
(最大で五千、最小でも二千は集まる)
(本陣狙いか?! お屋形様狙いか!?)
「赤備え、全軍撤収! 本陣まで戻るぞ!」
山県昌景は、目線で馬場信春に怪しい新参者の始末を任せる。
馬場信春は、今川館を焼き払って以降の作戦行動を取り止め、自分の部隊も引き返させる。
土手まで引き返した馬場信春は、笑顔で武田勢を見送る米津常春の品定めを始める。
赤備えの指揮官には態度を崩さなかった図太い米津常春も、不死身の鬼美濃が至近距離で凝視してくる所業にはビビる。
家老の酒井忠次も、このように人を駒として値踏みをする視線をするが、馬場の場合は遠くない将来の敵対ユニットとしてである。
不死身の智将に敵として認識されるなど、健康に悪い。
「あのう、怒っていませんか?」
米津常春は、ご機嫌を伺った。
「おやつに持参した串団子、半分食べます?」
常春は、馬具に結わい付けた風呂敷から、笹の葉で包んだ串団子四本セットを丁寧に低姿勢で差し出す。
信春は、常春から串団子を二本もらう。
喰らって自分の水筒で喉を潤すと、方針を決めて話を始める。
「安心しろ。わしが腹を立てているのは、お前さんに知恵を授けた御仁にだ。大したものだ。一個中隊に虚報を持たせて派遣しただけで、武田の西進を止めおった。戰の名人と褒め称えたい」
主の智謀を褒められて満面の笑みを浮かべる米津常春を、馬場は次の台詞で凍らせる。
「徳川(家康)殿が武田に降ってくれたら、わしは隠退出来るのだがなあ」
米津常春を通じて、家康そのものを調略する方針を切り出し始める。
「徳川(家康)殿が武田の天下取りに与力してくれれば、その才覚を存分に振るえるぞ。三河・遠江のみならず、もう二、三ヶ国は所領が増えよう」
馬場信春は、家康が武田と組んだ場合の絵図面を語り続ける。
「織田信長に天下を取らせても、徳川には駿河を与えてお終いだろう。徳川殿ほどの戦国大名に、叛逆が可能な大領地を与えはしない。織田に付いたままだと、三ヶ国の大名で終わる。武田に付けば、五ヶ国以上の大名で将来も明るい。
な?
こっちに付くよう、お前さんからも口説いてみてくれ」
米津常春は、愛想笑いさえ浮かべなかった。
必ず相手をブチ殺すと決めた戦国武将の目で、馬場信春を見返している。
その顔を見ただけで、馬場信春は米津常春という武将の家康に対する信頼の大きさを知る。
家臣が此処まで揺らがないのは、家康の心胆が織田との同盟で貫かれているからだ。
馬場信春は、瞳を無念そうに湿らせる。
将来、徳川家康が武田の味方に成らないという選択肢は、お互いに壮大な流血を産むとしか思えなかったのだ。
「残念だ」
「ご期待には、沿えません」
「徳川が味方に付けば、武田は三年もかけずに京に旗を立てられるのに」
その最高級の褒め言葉に、米津常春は朗らかな笑顔を取り戻す。
「隠退しとけば?」
「戦が趣味だ。辞められん」
「酷い!」
不死身で名高い智将は、笑いながら燃え盛る駿河の町へと戻って行く。
その枯れそうな後ろ姿の向こうには、戦国時代で最も近隣諸国を侵略しまくった戦国大名・武田信玄がいる。
想像するのも嫌なので、米津常春は光景を適当に茶化してみる。
「あれが本当の、今川焼き」
問題発言を聞き咎めて、米津の部隊に紛れていた今川氏真(雑兵に換装済み)が常春に掴みかかろうとするが、カウンターで顔面を殴られて失神させられた。氏真の数少ない側近たちが、急いで応急処置をして、自力で歩かせようとする。
「よし、駿河の最後は見届けたから、撤収。帰りは急ぐぞ」
帰路も、米津常春が先頭で馬を走らせる。
生け捕りにした今川氏真を掛川城に届けるという作戦は、武田にバレないように部下にも知らせていない。
1568年(永禄十一年)十二月十三日。
まだ昼飯前の時刻。
安倍川緑地に馬場隊&赤備え(兵数二千)が足を踏み入れた時、今川母娘を連れた服部隊は、舟の隠し場所まで五十メートルの距離だった。
大軍勢の足音に、いやでも気付いて後ろを振り返ってしまう。
春名様は、生まれて初めて見る真紅の兵団を遠目に見て、生まれて初めて全身の筋肉を酷使してダッシュし、生まれて初めて他人を追い越して走れた。
「春名は今、風になった!」
死ぬ気で走れたのはいいが、止まり方が分からずに、川の上を三歩進んだ所で、まるゆのように沈む。
「こんなタイミングでギャグキャラに成らないで下さい!」
月乃は慌てるが、背後に馬場&山県の武田最強ツートップが迫り来る状況で、助けに潜る決断が鈍る。
冬の川なので、即死した可能性もあるし。
この惨事の責任は、武田に回せば済むし。
「仕方がない。美朝姫の保護だけで満足しよう」
「忍者であろうが!? 潜水が出来ぬとは言わせぬぞ! それに運送料金は、二人分払ったぞ! 違約は許さぬ!!」
月乃の見切りに、美朝姫が猛抗議を始める。
更紗もマジで見捨てて舟の準備を始めると、夏美が舟に美朝姫を乗せてから、刀を川に突っ込んで沈んだ春名様を三秒でサルベージした。
凍り付いているが、きっちり、生きている。
月乃は面倒臭そうな顔をしながらも、舟の上で春名様の濡れた服を剥いで(武田勢が超歓声を上げた)、乾いた忍者布で三重に覆う(武田勢が超ブーイングした)。
陽花が舟の最後尾で火縄銃を武田勢に向けながら、舟は川の流れに乗る。
川岸では、馬場信春が地形を確認して、舟を追うルートと掛川城へ進軍するルートを思案する。
部下達を火の中へ突貫させた馬場でも、冬の川へは入れさせなかった。
その間、山県昌景は兎口をすぼめながら冬の安倍川緑地を再確認する。
「これだけ伏兵を配置し易い地形なのに、誰も何もしていない。ジジイ、退屈だぞ」
「この緑地に兵を置かぬなら、土手だな」
「・・・」
山県昌景は、現状で土手の南北から敵が来た場合を考える。
退路が断たれる
土手を振り返ると、赤備えの最後尾が、土手を降りる途中だった。
土手の南側を見ると、わざわざ此方に向かって来る軍団の動きが。
あの一団が土手の上から背後に攻め掛かれば、相当な被害を被る。
「ジジイ、追跡は中断だ」
言うと同時に、山県昌景は采棒を振るって後方への備えを伝達する。
その指示が赤備えに伝わるのと同じ速さで、山県昌景は馬を最後尾に移動させる。
新手の軍勢と最後尾の間に入り、自分自身が赤備えの殿を努めて反撃までの時間を稼ぐ気である。
指揮官自身の弛まぬ闘気が、赤備えを日本史上最も危険な戦闘部隊にした。
そんな闘気に水を差すように、新手の部隊二百人程を率いる先頭の武将は、 ニコニコと笑って手を振っている。武器には一切、手を掛けていない。
年齢は、山県昌景よりもやや上。
使い古した駄馬に乗り、人並みの速度でてくてくと歩いている。
控えめに上げる戦旗は、複数の葉が団扇状に丸く広がった、棕櫚紋。
冬でも緑を絶やさない、常緑大木をモチーフにした、おめでたい紋だ。
「米津?」
どの武門かを紋で判別しても、個人名までは山県昌景の頭に浮かばなかった。
徳川に三代続けて仕えている中堅武将、という予備知識が出ただけで、山県昌景には彼個人への知識がなかった。
山県昌景は、今現在の同盟軍を相手に、迎撃の命令を出さずに保留する。
赤備えの背後に回って朗らかに笑っているような男を、確かめずに斬り捨てたくはなかった。
「大井川を越えてまで、三河の軍勢が何の用か?」
事前の調整では、大井川の東を武田、大井川の西を徳川が占領する約束である。
自分が先ほどまで、反故にして掛川城まで攻めるつもりだったとは、言ったりしない。
山県昌景の誰何に、米津の武将は朗らかに名乗りながら答える。
「それがしは、徳川家家臣、米津常春。主人の命で、今川館の燃え落ちる様を見届けに参りました。見物だけですよ。火事場泥棒とかはしませんので、どうぞ存分にどうぞ。好きでしょ、火事場泥棒。全身真っ赤だし」
「大好きだよ」
この軽口男を斬り捨てて、率いて来た部隊も撫で斬りにしてやる気持ちに傾きかけた山県昌景の心が、「もっと情報を引き出してからにしようや、相棒」という理性の声で抑えられる。
「そりゃあ、気楽な見物だな。朝比奈泰朝もいないし。安心して、炎上する駿河を見物していけ。但し、距離は取れよ。武田の焼き討ちは、せっかちだ」
「え? 朝比奈泰朝が、駿河にいない? まだ駿河の城下町で踏ん張っていると思っていたのに」
聞き捨てならない情報に、山県昌景は米津常春の襟首を掴んで問い質す。
「貴様、どういう経路で、ここまで来られた? 掛川城は、どうした? 途中で朝比奈泰朝と遭遇しないはずがあるまい?」
「籠城して動かない掛川城付近から、街道沿いに来ましたよ。朝比奈泰朝が掛川城に入りそうなら、阻止するのが目的ですから。遭遇しないので、ここまで来ちゃった(笑)」
戦国最強クラスの武将に襟首を掴まれても、米津常春の態度は朗らかなまま。
山県昌景は、米津常春の襟首から手を放して話を続ける。
「当方の情報では、一昨日、掛川城に向けて馬を出したはずだがな」
「ほうほう。途中で海路でも使ったのかな? 海路なら、掛川と駿河を日帰りで往復出来るし」
「…誑かしに来たのであれば、ただ事では済まぬ。その情報に、首を賭けられるか?」
「賭けるも何も、俺が朝比奈泰朝に殺されずにここまで来られた。賭けにならねえ」
山県昌景は苦い顔で米津常春の笑顔を見詰めながら、朝比奈泰朝が本当に掛川城へ向かっていない可能性を吟味する。
(いや、薩埵峠の戦いで一度も姿を見せていないし)
(でも、そもそも、捨てていたよな、薩埵峠は)
(それでも掛川城に行かずに駿河に留まるのは…)
山県昌景の全身に、鳥肌が立つ。
(今川氏真は、何処に消えた?)
(朝比奈泰朝が保護したのか?)
(妻子は囮か?)
(逃げ散ったふりをして再結集していれば、何千人集まる?)
(最大で五千、最小でも二千は集まる)
(本陣狙いか?! お屋形様狙いか!?)
「赤備え、全軍撤収! 本陣まで戻るぞ!」
山県昌景は、目線で馬場信春に怪しい新参者の始末を任せる。
馬場信春は、今川館を焼き払って以降の作戦行動を取り止め、自分の部隊も引き返させる。
土手まで引き返した馬場信春は、笑顔で武田勢を見送る米津常春の品定めを始める。
赤備えの指揮官には態度を崩さなかった図太い米津常春も、不死身の鬼美濃が至近距離で凝視してくる所業にはビビる。
家老の酒井忠次も、このように人を駒として値踏みをする視線をするが、馬場の場合は遠くない将来の敵対ユニットとしてである。
不死身の智将に敵として認識されるなど、健康に悪い。
「あのう、怒っていませんか?」
米津常春は、ご機嫌を伺った。
「おやつに持参した串団子、半分食べます?」
常春は、馬具に結わい付けた風呂敷から、笹の葉で包んだ串団子四本セットを丁寧に低姿勢で差し出す。
信春は、常春から串団子を二本もらう。
喰らって自分の水筒で喉を潤すと、方針を決めて話を始める。
「安心しろ。わしが腹を立てているのは、お前さんに知恵を授けた御仁にだ。大したものだ。一個中隊に虚報を持たせて派遣しただけで、武田の西進を止めおった。戰の名人と褒め称えたい」
主の智謀を褒められて満面の笑みを浮かべる米津常春を、馬場は次の台詞で凍らせる。
「徳川(家康)殿が武田に降ってくれたら、わしは隠退出来るのだがなあ」
米津常春を通じて、家康そのものを調略する方針を切り出し始める。
「徳川(家康)殿が武田の天下取りに与力してくれれば、その才覚を存分に振るえるぞ。三河・遠江のみならず、もう二、三ヶ国は所領が増えよう」
馬場信春は、家康が武田と組んだ場合の絵図面を語り続ける。
「織田信長に天下を取らせても、徳川には駿河を与えてお終いだろう。徳川殿ほどの戦国大名に、叛逆が可能な大領地を与えはしない。織田に付いたままだと、三ヶ国の大名で終わる。武田に付けば、五ヶ国以上の大名で将来も明るい。
な?
こっちに付くよう、お前さんからも口説いてみてくれ」
米津常春は、愛想笑いさえ浮かべなかった。
必ず相手をブチ殺すと決めた戦国武将の目で、馬場信春を見返している。
その顔を見ただけで、馬場信春は米津常春という武将の家康に対する信頼の大きさを知る。
家臣が此処まで揺らがないのは、家康の心胆が織田との同盟で貫かれているからだ。
馬場信春は、瞳を無念そうに湿らせる。
将来、徳川家康が武田の味方に成らないという選択肢は、お互いに壮大な流血を産むとしか思えなかったのだ。
「残念だ」
「ご期待には、沿えません」
「徳川が味方に付けば、武田は三年もかけずに京に旗を立てられるのに」
その最高級の褒め言葉に、米津常春は朗らかな笑顔を取り戻す。
「隠退しとけば?」
「戦が趣味だ。辞められん」
「酷い!」
不死身で名高い智将は、笑いながら燃え盛る駿河の町へと戻って行く。
その枯れそうな後ろ姿の向こうには、戦国時代で最も近隣諸国を侵略しまくった戦国大名・武田信玄がいる。
想像するのも嫌なので、米津常春は光景を適当に茶化してみる。
「あれが本当の、今川焼き」
問題発言を聞き咎めて、米津の部隊に紛れていた今川氏真(雑兵に換装済み)が常春に掴みかかろうとするが、カウンターで顔面を殴られて失神させられた。氏真の数少ない側近たちが、急いで応急処置をして、自力で歩かせようとする。
「よし、駿河の最後は見届けたから、撤収。帰りは急ぐぞ」
帰路も、米津常春が先頭で馬を走らせる。
生け捕りにした今川氏真を掛川城に届けるという作戦は、武田にバレないように部下にも知らせていない。
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