スガヲノ忍者 リチタマ騒動記1

九情承太郎

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リチタマ騒動記1 2章 アキュハヴァーラのイージス忍者

二十二話 アキュハヴァーラのイージス忍者(1)

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 過剰なまでに娯楽の詰まった娯楽都市アキュハヴァーラは、金曜日を迎えていた。
 ユーシア・アイオライトという、とびきりせっかちな美少年忍者が通りすがりに犯罪を撲滅し始めてから、初めての金曜日。
 犯罪発生率は半減したものの(他所では増えたが)、ユーシアの顔と名前と性癖まで知れ渡ってしまい、仕方ないのでユーシアは変装して通勤を始めた。
「ラッキー! 周囲に面倒臭い忍者はいないぜ!」
 と、変装したユーシアに気付かずにカツアゲをしようとしたアホな不良を無力化して警察に突き出したりと、仕事ぶりは逆に効率良くなった。
 とはいえ犯罪者の相手をするのは精神的に非常に疲れるので、午前か午後に、ランダムに一時間、街の防犯巡回をするやり方に落ち着いた。
 本日金曜日は、午前中に防犯巡回を済ませ、午後は本屋『射海星』で店番ついでに授業を受けている。


【バッファロービル三階 本屋『射海星』】


エリアス「はい、自国貨幣の発行権を持つ以上、国家に破産は存在しません。国債は国債で帳消しにしていますので、借金としてカウントしません。余程の事をして信用を失わない限り、貨幣発行権は、打ち出の小槌です」
ユーシア「…その余程って、戦争で負けるとか?」
エリアス「又は、国の実力を完全に無視した量の紙幣を発行して、国際的に経済の格付けを落とされて、信用を失くす事です。たいていは、この二つがセットで国が破産します。各国の財務省が国債の発行に慎重なのは、貨幣を作り過ぎてインフレが起こり、国際社会から睨まれて経済制裁を喰らう確率が高まるからです」
ユーシア「その基準になる実力って、税収の総額?」
エリアス「そうです。だから、未だに、人々は税金を取られます。国の実力の裏付けと、インフレ抑制の為に。必要な金銭は発行出来ますので、本当は取る必要は無いのですが、取らないと実力に見合った貨幣発行が出来ません」
ユーシア「何だか、取らなくても済むような気が…」
エリアス「それに代わる、国の実力査定システムが無い以上、人々から税金を取るという行いは、止まりません。諦めましょう」
ユーシア「くっ。でも、取られ過ぎのような…」
エリアス「景気が悪くなるようなら、減税されます。今は好景気なので、税金は高めです」

 前の仕事場から渡された給与明細の税引き表示に愚痴るユーシアの為に、エリアスは経済の授業を執り行っている。

ユーシア「税金が安くなるのは、不景気の時とは。なんという恐るべき二択」
エリアス「ちなみに不景気なのに減税しないと、どんどん不景気になりますし、増税すると確実に亡国に向かいます」
ユーシア「俺を脅すとは、エリアス・アーク、恐ろしい子!」
エリアス「もっっっっと恐れてくれて、いいですよ」

 ドヤ顔のエリアスが仁王立ちするレジに、ギレアンヌが月刊ニュータイプを持ってセルフ会計しつつ、ユーシアの給料明細を盗み見る。

ギレアンヌ「毎月これだけ貰える仕事を休職かよ。人生観そのものが、贅沢だよな」
ユーシア「日朝なのに、家に居られない仕事だよ」
ギレアンヌ「同情は、しないぞ」

 ギレアンヌは笑いながら、エレベーターで八階へ戻る。
 店内の時計を見ながら、ユーシアは午後の予定を修正する。

ユーシア「今日はお金を下ろしに銀行に寄って、下校したリップと合流して、お茶するわ」

 ユーシアが店番を切り上げたさそうなので、エリアスはシーラ・イリアスの式神トワにメールを送る。
 二秒で、黒白のピエロが、姿を現す。

トワ「デートの為に仕事を切り上げるとは、若いですね」
ユーシア「俺が若くなかったら、誰が若いと?」
トワ「失礼。ユーシア・アイオライトの前世分もカウントして見てしまいまして」
ユーシア「その芸風、ウケないぞ?」

 トワは、ラノベ書籍の揃った本棚へ四つの視線を走らせ、転生ものの隆盛を確認する。

トワ「ユーシア・アイオライト以外には、大ウケです」
ユーシア「ごめんね、流行りに疎くて」
トワ「歳ですね」

 付き合っていられないので、ユーシアはとっとと引き継ぎを済ませて、退社して銀行へ向かう。
 コンビニのATM(現金自動預け払い機)ではなく、アキュハヴァーラに唯一店舗を構えるスリーポイント銀行を選んだのは、治安がアキュハヴァーラで最も良くて、銀行横の喫茶店はリップと一緒にお茶をしたい場所として、常々上位候補として記憶していたからである。
 断じて、そこで銀行強盗が発生するからなんて、考えていなかった。
 世間様は、デートのついでに銀行強盗を退治したのだと、よく誤解するけれど。


 S級騎士『黒夜叉』クロイスが、Sクラス五人で銀行を襲撃するとは、誰も事前に把握していない。
 これから起きる事件は、偶然が重なって爆発しただけだ。





【スリーポイント銀行 アキュハヴァーラ支店横 喫茶店『バンバラバンバンバン』東側客席】

 十四時四十五分。

 下校中のリップと守役のイリヤが、ユーシアとエリアスの確保した客席に歩を進める。
 そこに乳兄弟のエイリンもいたので、リップは別枠で喜ぶ。

リップ「おお、エイリンがこの時間に遊べるという事は、サリナさんは安泰だね?」
エイリン「うん、タウと一緒になって、口喧しく学校に戻れって、うるさい」

 ユーシアの奢りで菓子パンを大量に食いながら、エイリンは満足そうに小学生をしている。
 リップがユーシアの横に座ると、イリヤが店員に二人分のアップルジュースを注文する。

ユーシア「週三で、俺と入れ違いに、ユリアナ様の警備に入る手筈もついた。今日は、就職祝いも兼ねている」
エイリン「出来れば、本業にしたい」
ユーシア「…ユリアナ様が死んだり、他国に再亡命したら、どうする?」

 そのロクデモない仮定の話に、エイリンは苦笑するしかなかった。
 その話題が掘り下げられるのを防ぐ為でもないが、リップが最新の重大事を明かす。

リップ「さっき、リチタマ(惑星)の反対側の親父からメールが来てさあ。守役を一人増やすって」

 その言葉に、エイリンは脳裏にイリヤのような巨乳の美少女戦士を思い描き、ユーシアはシマパンを履いた美少女戦士を望み、エリアスは身の丈三メートルのサイボーグ魔法少女を想像した。

イリヤ「自分と守役の枠を争った、ヴァルバラ・シンジュ殿が、赴任して来るであります」
ユーシア「イリヤ。その人物は…」
イリヤ「シマパンは、履いていないであります」
ユーシア「くっ」
イリヤ「伯爵家令嬢でありますので…シマパンには見向きもしないであります!」
ユーシア「シマパンへの偏見は、人類への攻撃と見做す!」
エイリン「…うむ、確かに、あと一人は必要のようだな」

 シマパン至上主義者たちの残念な会話に、エイリンは客観的にジャッジを下す。

リップ「ユーシアを警備の二人目、今度のを入れて三人目という勘定みたい」
ユーシア「急だね」
リップ「お母さんの挑発が効いたみたい」
ユーシア「そういう流れ?」
リップ「親父の主観では、『拗ねている愛人が、当てつけにニャンニャンする部屋を娘の恋人に貸して、お忍びのデートに応じないスタイルを見せつけている。これはご機嫌を取らないと』という流れ」
ユーシア「今更そうするつもりなら、最初から、イリヤに負けた方も護衛にしておけば良かったのに」
イリヤ「顔を潰してしまったからであります」
 
 イリヤが、深刻そうに、話に入る。

ユーシア「相手の面子を潰すような、完勝だったの?」
イリヤ「文字通り、『顔を潰して』しまったであります」
ユーシア「…武鎧を装備していたのに?」
イリヤ「手を抜けない相手でしたので、寸止めが出来ずに、フルスイングで、顔の右半分を…」

 ユーシアは、その様子を想像して、ココアを飲む手が止まる。
 想像力を豊かにして怪我の様子を思い描いたのではない。
(即死しない限りは、戦傷は治せる。でも、皇帝に推薦されて就こうとした仕事を賭けて負けたら、プライドの傷付き様は、尋常じゃ済まないかも。今更派遣されるのは、リハビリと見た方がいいのか?)
 そこまで相手の人事事情を慮って、ユーシアはヴァルバラ・シンジュには、シマパンを穿いていなくても、優しく応じようと決める。
 エイリンは、構わずに菓子パンを食べながら、口を出す。

エイリン「でも、治って、就くはずだった仕事に来るだけなんだろ? イリヤさんが気にする必要は、無いのでは?」
イリヤ「ヴァルバラ殿は、自分に対して、片腕を斬って済ませる気でありました。自分は、勝てそうに無いからと、捨て身の一撃でありました。その差が出た勝負事に、自分は釈然としないであります」
エイリン「相手が勝手に油断して、手を抜いただけじゃないか」

 エイリンは、イリヤが武人として勝ち方に拘っていると思い込んで、フォローする。

イリヤ「いいえ、相手が伯爵家令嬢だから、自分のような貧乏武家は、生涯に渡って嫌がらせを受けるのではないかと、気になると怖いであります」
エイリン「そういう悩み?」
ユーシア「う~む。これから同僚だから、それは気まずいよなあ。あ、来るのは、何時?」
リップ「今頃、家に着いた頃だと思うよ。寝床は、タ最寄りのタワーマンションかな?」

 リップはイリヤのセコい葛藤よりも、新しい玩具が増える悦びに微笑んでいる。

イリヤ「どんな顔をして会えばいいでありますか?」
ユーシア「シマパンを頭に被って、顔を隠せばいいと思うよ」
イリヤ「天才でありますな」
 
 イリヤが、その時点からユーシアの入れ知恵を本当に実行しかけたので、リップはイリヤの靴を思い切り踏んで分別を思い出させる。
 そこでその話は一旦切られ、エイリンの就職祝いを始めようすると、一同の上空を、見慣れた影が覆って通過する。
 大鴉のような翼を駆動させるラスター号が、スリーポイント銀行の屋上へと、優雅に着陸を果たす。
 エリアスとユーシアとエイリンの携帯端末に、ユリアナ様が近くに来ているという情報が入る。

ユーシア「五百メートルしか離れていないのに、戦闘機を使ったのか」
リップ「そういえば最近、路上は歩かないかも」
エイリン「ATM(現金自動預け払い機)に用事、じゃないよなあ」
エリアス「我々は、待機で構わないそうです」
ユーシア「なら、大した用事じゃないな。じゃあ、金曜の午後を楽しもう」

 同時刻に、この店の反対側に、金曜の午後をぶち壊す五人組が既に座っていたなんて、ユーシア達は把握していない。

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