鬼面の忍者 R15版

九情承太郎

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七話 帰蝶の帰郷と桔梗の紋 稲葉山城狂詩曲 中編

濃姫の、初めて

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 昔々、美濃という国(みのもんたさんとは、関係ありません)に、濃姫という無理・無茶・無謀なお姫様がいました。
 美少女なのは勿論、武芸百般が半端でなく、「肉が食いたい」と言って出かけて猪を狩ってくるのは当たり前。夜這いに来た者を薙刀で討ち取ったり、敵方の間者を生け捕ったり、喧嘩を吹っ掛けられたら銃火器で容赦なく潰しにかかったりと、父親の血を三倍濃縮して受け継いでおりました。

「この子が男だったらなあ~~~~~~~」

 父ちゃんは、娘の武勇を見る度に、喜び嘆きます。
 父ちゃんは斎藤道三という、あの手この手いやんな手で美濃の国主に出世した怪人です(みのもんたさんとは、関係ありません)。
 僧侶→油商人→武士へと転職した斎藤道三は、美濃の国主だった土岐一族の内紛に乗じて下克上を果たした危険人物として、敵味方から警戒されていました。
 国主になっても安定政権とは言えず、反対勢力や織田家への対策で多忙です。
 父ちゃんは、まずは外敵の織田を何とかしようと、渋々政略結婚の交渉に入りました。
 織田には、信長。
 美濃には、濃姫という駒が有りました。
 嫁に出すのが嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で堪らない父ちゃんは、十四歳の濃姫に拒否するかどうか選択させました。

「どうしても嫌だというのであれば、断ってもいいのだぞ? 相手は、大うつけで有名な悪ガキだし。いつでも寝首を掻いて帰ってきていいからな」

 稲葉山城の庭園で鯉の生き血を搾り取りながら、濃姫は父ちゃんの親心を迎撃しました。

「大丈夫、大丈夫。ノブとの相性は、いいぞ」

 父ちゃんの、山葵を摩り下ろす手が止まる。

「…何時、会った?」
「政略結婚が決まってから三日後に、夜這いに来て撤退に成功した奴。あれがノブ」

 父ちゃんの白髪が、この瞬間だけでも二十本は増えた。

「普通の夜這いなら首を刎ねて、お終いだけどさあ。月明かりに照らされた帰蝶の寝顔に見惚れて、流れるようにディープキスをして来たんだよねえ、ノブ。好みのハンサムだったし、そのままファイナルフュージョンを承認しちゃった」

 食膳を手伝って母ちゃん(道三の正室)が、気絶する。
 鯉料理の手を休めないまま、鯉の血に塗れた濃姫は事後報告で惚気ます。

「前戯が上手かったよ、ノブ。父上が鉄砲で邪魔さえしなければ、あのまま貫通式だったのに。雁首までは入った」
「帰蝶ぉぉぉぉーーーーーーー!!!!!!!!!???????」

 父ちゃんが、全身をシャアザクよりも赤くして怒号を発する。

「ごめん、父上。食事の前に、雁首だなんて」

 鯉を三枚におろしながら、濃姫は恥じらう。

「美濃の姫として、下ネタとか控えなくちゃね。初めから性技のハードルが低いと、後々夜のプレイで飽きちゃうし」
「遅いよ! もう遅いよ! 良かったね、相性よくて! うっわ、ぶっ殺してえ、あのクソガキ!」
「…え? 父上は、帰蝶の下ネタに怒っていたのではないの?」
「悋気が大爆発しているだけだから、帰蝶は気にしなくていい」

 ズレている娘と、甘過ぎる父ちゃんだった。いや、厳しくしてどうこうなるレベルではありませんが。

「続きは嫁ぎ先で普通に済ませるから、政略結婚の話は、このまま進めてね、父上」

 濃姫が念を押すと、父ちゃんは悪い事を考えている笑顔で頷きました。

「いいとも。婚儀が済んだら、その婿殿と一度会見してみたいな。話しておいてくれ。ノブに」

 気に入らなければ、ぶっ殺す気でいたと思います。

 本当に正式に会見した際、織田信長がレベルの高いカリスマ性と軍容の先進性を持っている事を確認した斎藤道三は、「我の子供達は全員、信長の軍門に下るだろう」とまで口にしました。
 戦国時代の下克上に誰よりも詳しい父ちゃんは、信長が美濃に何をするのか、誰よりも理解していました。

 その後。
 斎藤道三は、国主を譲った嫡男・斎藤義龍に戦を仕掛けられちゃいました。
 道三が異母弟たちを後釜に据える気だというデマが、斎藤義龍をトチ狂わせた。歳をとった怪人に味方する美濃衆は少数で、道三と他の息子達は殺されました。

 父ちゃんが戦死を覚悟して信長に送った遺言書には、「美濃の全てを、信長に譲る」と書いてありました。
 信長は救助に向かったが、間に合いませんでした。
 信長が濃姫に土下座して詫びたのは、この件が最初で最後です。

「いいよ、ノブ。クソ兄貴の首は、自分で刎ね飛ばす」

 まだ今川義元にプレッシャーをかけられている頃である。負担をかけたくないので、濃姫は強がりだけで我慢しました。
 そのクソ兄貴も、三年後に急死してしまう。
 父と弟たちを殺したストレスや、酒量の激増が健康を損ねた原因とも云われています。
 仇が勝手に死んだと聞き、濃姫は泣きました。

「…まさか、自分が仇討ちも出来ない情けない女になるとは、思わなかった」

 濃姫が悔し涙を見せるのは、それが最初でした。
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