38 / 78
四話 超高速・三河一向一揆
超高速・三河一向一揆(5)
しおりを挟む
松平家康が、戦装束で姿を現す。
背後には、出撃準備を整えた二千の三河武士。
「守綱!」
武器を構えずに両手を拡げて、家康は満面の笑顔で守綱に語りかける。
「一緒に岡崎城に帰ろう!」
フレンドリーな家康を見て守綱は、三文芝居の段取りを思い出す。
「い、いえ、そのう、殿。自分は~」
本多正信と打ち合わせていた台詞を忘れて、守綱はオロオロする。
(え~と、台詞を言ってから投降。台詞を言ってから投降)
台詞が出てこないので、家康の方でアドリブを利かせる。
「何も言わなくていい! 全部許すから、そのまま帰って来い!」
主人に情けをかけられて、守綱のプライドがグラグラと揺らぐ。
(なんか、おれ、お使いも出来ないバカみたい)
見かねた半蔵が、親切で申し出る。
「台詞は俺も覚えているから、教えようか?」
プライドにもう一撃喰らって、守綱が半泣きしながら逃げ出す。
逃げる守綱を、家康が追いかける。
「待て、守綱! どうして逃げる?!」
「会わせる顔が、ございませぬ~!」
「待て~!」
一向一揆に参加した三河武士の中で最強の男が、家康に追われて逃げ出している。その光景は、一向一揆勢の士気を更に下げた。予定とは違うが、効果は絶大。
加えて本陣では…
後先考えずに鉄棒で連打を続けた怪力僧二人の息が、上り始める。手を緩めたら『蜻蛉切』で反撃されてジ・エンドなので必死に鉄棒を振り回していたが、それも限界。
本多忠勝は、冷静に防御から攻撃に転じようとする。
「待った!」
本多正信が、間に入って忠勝を止める。
「何だっ? 舌先三寸は、効かないぞっ」
「それは知っている」
正信は、忠勝の気性をよく心得ている。
たぶん、本人より。
「空誓殿。撤退しましょう」
「い、いや、しかし」
「本多忠勝は、逃げる者を討ったりしません。追い首は大嫌いなのです」
「あっ、こらっ」
忠勝が慌てる。
空誓の目に、理解の火が灯る。
鉄棒を捨てると、本證寺までの撤退を叫んで走り出す。
「撤退だ! 撤退しろ! 皆、元の砦まで逃げろ!」
「待てっこらっ」
呼び止めようと、みんな忠勝を怖がって逃げていく。
合わせて家康の本隊も岡崎城から出た。
家康に対して好戦的な部隊も、ここまで足並みが乱れた状態で仕掛けたりはしない。一揆代表者のお勧め通り、各々の本拠地に戻ろうと転進する。
逃げる者を背中から攻撃出来ない忠勝は、まだ声の届く距離にいる正信だけを追う。
片足の不自由な正信は、すぐに追い付かれる。
「正信っ」
「何だ?」
「お前、一向宗と心中する気かっ?」
忠勝の理解では、家康は帰参者に対して無条件で許す肚である。
それを知るはずの正信から、忠勝は本当の戦意を感じる。だからこそ、槍を向けた。
「殿は傷つけないし、一向宗の門徒たちも、可能な限り守る。両方出来るのは、俺だけだ」
一向宗門徒としての本多正信は、非常にストイックで同胞思いだ。
正信だけは、主君か宗教かの二択ではなく、両方の面子を立てようと心を砕いている。
忠勝は、この三河一向一揆で最も葛藤しているのは、正信自身だと理解する。
既に苦戦している相手に、喧嘩を売る忠勝ではない。
たとえ大嫌いな正信でも。
「殿の所に帰る。伝言はあるかっ?」
どうやら忠勝が見逃してくれそうなので、正信は安堵しながら好意に甘える。
「手加減無用と、伝えてくれ」
背後には、出撃準備を整えた二千の三河武士。
「守綱!」
武器を構えずに両手を拡げて、家康は満面の笑顔で守綱に語りかける。
「一緒に岡崎城に帰ろう!」
フレンドリーな家康を見て守綱は、三文芝居の段取りを思い出す。
「い、いえ、そのう、殿。自分は~」
本多正信と打ち合わせていた台詞を忘れて、守綱はオロオロする。
(え~と、台詞を言ってから投降。台詞を言ってから投降)
台詞が出てこないので、家康の方でアドリブを利かせる。
「何も言わなくていい! 全部許すから、そのまま帰って来い!」
主人に情けをかけられて、守綱のプライドがグラグラと揺らぐ。
(なんか、おれ、お使いも出来ないバカみたい)
見かねた半蔵が、親切で申し出る。
「台詞は俺も覚えているから、教えようか?」
プライドにもう一撃喰らって、守綱が半泣きしながら逃げ出す。
逃げる守綱を、家康が追いかける。
「待て、守綱! どうして逃げる?!」
「会わせる顔が、ございませぬ~!」
「待て~!」
一向一揆に参加した三河武士の中で最強の男が、家康に追われて逃げ出している。その光景は、一向一揆勢の士気を更に下げた。予定とは違うが、効果は絶大。
加えて本陣では…
後先考えずに鉄棒で連打を続けた怪力僧二人の息が、上り始める。手を緩めたら『蜻蛉切』で反撃されてジ・エンドなので必死に鉄棒を振り回していたが、それも限界。
本多忠勝は、冷静に防御から攻撃に転じようとする。
「待った!」
本多正信が、間に入って忠勝を止める。
「何だっ? 舌先三寸は、効かないぞっ」
「それは知っている」
正信は、忠勝の気性をよく心得ている。
たぶん、本人より。
「空誓殿。撤退しましょう」
「い、いや、しかし」
「本多忠勝は、逃げる者を討ったりしません。追い首は大嫌いなのです」
「あっ、こらっ」
忠勝が慌てる。
空誓の目に、理解の火が灯る。
鉄棒を捨てると、本證寺までの撤退を叫んで走り出す。
「撤退だ! 撤退しろ! 皆、元の砦まで逃げろ!」
「待てっこらっ」
呼び止めようと、みんな忠勝を怖がって逃げていく。
合わせて家康の本隊も岡崎城から出た。
家康に対して好戦的な部隊も、ここまで足並みが乱れた状態で仕掛けたりはしない。一揆代表者のお勧め通り、各々の本拠地に戻ろうと転進する。
逃げる者を背中から攻撃出来ない忠勝は、まだ声の届く距離にいる正信だけを追う。
片足の不自由な正信は、すぐに追い付かれる。
「正信っ」
「何だ?」
「お前、一向宗と心中する気かっ?」
忠勝の理解では、家康は帰参者に対して無条件で許す肚である。
それを知るはずの正信から、忠勝は本当の戦意を感じる。だからこそ、槍を向けた。
「殿は傷つけないし、一向宗の門徒たちも、可能な限り守る。両方出来るのは、俺だけだ」
一向宗門徒としての本多正信は、非常にストイックで同胞思いだ。
正信だけは、主君か宗教かの二択ではなく、両方の面子を立てようと心を砕いている。
忠勝は、この三河一向一揆で最も葛藤しているのは、正信自身だと理解する。
既に苦戦している相手に、喧嘩を売る忠勝ではない。
たとえ大嫌いな正信でも。
「殿の所に帰る。伝言はあるかっ?」
どうやら忠勝が見逃してくれそうなので、正信は安堵しながら好意に甘える。
「手加減無用と、伝えてくれ」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
天下人織田信忠
ピコサイクス
歴史・時代
1582年に起きた本能寺の変で織田信忠は妙覚寺にいた。史実では、本能寺での出来事を聞いた信忠は二条新御所に移動し明智勢を迎え撃ち自害した。しかし、この世界線では二条新御所ではなく安土に逃げ再起をはかることとなった。
武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~
田島はる
歴史・時代
桶狭間の戦いで今川義元が戦死すると、武田家は外交方針の転換を余儀なくされた。
今川との婚姻を破棄して駿河侵攻を主張する信玄に、義信は待ったをかけた。
義信「此度の侵攻、それがしにお任せください!」
領地を貰うとすぐさま侵攻を始める義信。しかし、信玄の思惑とは別に義信が攻めたのは徳川領、三河だった。
信玄「ちょっ、なにやってるの!?!?!?」
信玄の意に反して、突如始まった対徳川戦。義信は持ち前の奇策と野蛮さで織田・徳川の討伐に乗り出すのだった。
かくして、武田義信の敵討ちが幕を開けるのだった。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】
しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。
歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。
【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】
※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。
※重複投稿しています。
カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614
小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる