鬼面の忍者 R15版

九情承太郎

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四話 超高速・三河一向一揆

超高速・三河一向一揆(5)

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 松平家康が、戦装束で姿を現す。
 背後には、出撃準備を整えた二千の三河武士。

「守綱!」

 武器を構えずに両手を拡げて、家康は満面の笑顔で守綱に語りかける。

「一緒に岡崎城に帰ろう!」

 フレンドリーな家康を見て守綱は、三文芝居の段取りを思い出す。

「い、いえ、そのう、殿。自分は~」

 本多正信と打ち合わせていた台詞を忘れて、守綱はオロオロする。

(え~と、台詞を言ってから投降。台詞を言ってから投降)

 台詞が出てこないので、家康の方でアドリブを利かせる。

「何も言わなくていい! 全部許すから、そのまま帰って来い!」

 主人に情けをかけられて、守綱のプライドがグラグラと揺らぐ。

(なんか、おれ、お使いも出来ないバカみたい)

 見かねた半蔵が、親切で申し出る。

「台詞は俺も覚えているから、教えようか?」

 プライドにもう一撃喰らって、守綱が半泣きしながら逃げ出す。
 逃げる守綱を、家康が追いかける。

「待て、守綱! どうして逃げる?!」
「会わせる顔が、ございませぬ~!」  
「待て~!」

 一向一揆に参加した三河武士の中で最強の男が、家康に追われて逃げ出している。その光景は、一向一揆勢の士気を更に下げた。予定とは違うが、効果は絶大。
 加えて本陣では…


 後先考えずに鉄棒で連打を続けた怪力僧二人の息が、上り始める。手を緩めたら『蜻蛉切』で反撃されてジ・エンドなので必死に鉄棒を振り回していたが、それも限界。
 本多忠勝は、冷静に防御から攻撃に転じようとする。

「待った!」

 本多正信が、間に入って忠勝を止める。

「何だっ? 舌先三寸は、効かないぞっ」
「それは知っている」

 正信は、忠勝の気性をよく心得ている。
 たぶん、本人より。

「空誓殿。撤退しましょう」
「い、いや、しかし」
「本多忠勝は、逃げる者を討ったりしません。追い首は大嫌いなのです」
「あっ、こらっ」

 忠勝が慌てる。
 空誓の目に、理解の火が灯る。
 鉄棒を捨てると、本證寺までの撤退を叫んで走り出す。

「撤退だ! 撤退しろ! 皆、元の砦まで逃げろ!」
「待てっこらっ」

 呼び止めようと、みんな忠勝を怖がって逃げていく。
 合わせて家康の本隊も岡崎城から出た。
 家康に対して好戦的な部隊も、ここまで足並みが乱れた状態で仕掛けたりはしない。一揆代表者のお勧め通り、各々の本拠地に戻ろうと転進する。
 逃げる者を背中から攻撃出来ない忠勝は、まだ声の届く距離にいる正信だけを追う。
 片足の不自由な正信は、すぐに追い付かれる。

「正信っ」
「何だ?」
「お前、一向宗と心中する気かっ?」

 忠勝の理解では、家康は帰参者に対して無条件で許す肚である。
 それを知るはずの正信から、忠勝は本当の戦意を感じる。だからこそ、槍を向けた。

「殿は傷つけないし、一向宗の門徒たちも、可能な限り守る。両方出来るのは、俺だけだ」

 一向宗門徒としての本多正信は、非常にストイックで同胞思いだ。
 正信だけは、主君か宗教かの二択ではなく、両方の面子を立てようと心を砕いている。
 忠勝は、この三河一向一揆で最も葛藤しているのは、正信自身だと理解する。
 既に苦戦している相手に、喧嘩を売る忠勝ではない。
 たとえ大嫌いな正信でも。

「殿の所に帰る。伝言はあるかっ?」

 どうやら忠勝が見逃してくれそうなので、正信は安堵しながら好意に甘える。

「手加減無用と、伝えてくれ」 
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