鬼面の忍者 R15版

九情承太郎

文字の大きさ
上 下
32 / 78
三話 瀬名姫、激おこ?

瀬名姫、激おこ?(8)

しおりを挟む
 内藤正成は、嫁さんのパパの石川十郎左衛門の訪問を受けて、弓の稽古を中断する。
 正月に向けての用意を終えた、年末の訪問だった。

「土産」

 石川十郎左衛門は一言告げると、干し柿の束を孫に手渡す。
 正成の長男は、弓を小脇に抱えて台所へ向かう。
 孫のいなくなった隙に、石川十郎左衛門は正成に耳を寄せるように身振りをする。

(舅殿が密談とは、珍しい)

 孫にすら無口な、無骨な武士である。
 しかも、年の暮れ。

(緊急だな)

 耳を寄せると、舅は必要最低限の、情報を伝える。

「一向一揆が、起きる」

 正成が仰け反って、舅の顔を凝視する。
 石川十郎左衛門の顔は、苦渋を隠せていない。
 石川一族は熱心な一向門徒が多いので、一族総出での参加となる。

「来ないか?」

 相手が舅でなければ、内藤正成は二秒以内で射殺していただろう。

「一向一揆が、上手くいった試しはない。数を頼んで国主を追い出しても、門徒同士で内紛を繰り返して、前より酷くなるだけです」

 正成の説得に、舅は首を横に振る。

「守護不入を、認めさせるだけだ」

 その勧誘文句が、一向宗に入信している三河武士の多くを、一揆に参加させてしまった。

「加担しないで下さい。信仰の馳走のつもりなら、他の機会にしなさい」

 正成の説得に、舅は再度首を横に振る。

「殿に弓を引けるのですか?」
「…引けない」

 憮然とした顔のまま、石川十郎左衛門は去っていく。
 無骨な舅は、忠義と信仰の板挟みにされて、戦場で死ぬ気である。
 内藤正成は、湧き上がる憤激を抑えながら、服部半蔵の屋敷へと向かう。


 渡辺守綱もりつなは、一向一揆への参加を持ちかけに来た本多正信を未だ殺していない自分が信じられなかった。
 ショックが大き過ぎて、身心共に何も動かせない。
 松平家康が親友と公言して憚らない程に親しい男が、平然と一向一揆への参加を促している。

「本多一門と酒井一門のほとんどは、一向一揆に参加します。酒井忠次殿は、流石に残りますが」
「何で、お前が殿を裏切る?」

 ようやく動けた守綱の質問には答えず、正信は一向一揆に参加を決めた勢力を上げていく。

「吉良氏(落ちぶれた源氏の名門)、
 桜井松平氏(家康の近い親戚)、
 大草松平氏(家康の遠い親戚)も参加します」

「質問に答えないと、殺すぞ」

 守綱の発する大波の如き闘気に、正信は姿勢を崩して囲炉裏に転げそうになる。
 鬼退治の逸話で名高い渡辺綱の子孫の中でも、最も血筋を納得させてしまう名前と実力を持つ青年は、容赦しない。
 囲炉裏に吊るした鍋から蓋を外すと、凶器として振りかぶる。

「お前の死因は、鍋の蓋だ」

 他の者が言ったらギャグだが、守綱が言うとマジで死因になる。
 しかし本多正信も、殺すと脅されて口を割る男ではない。

「殿本人には、一切危害を加えません。一向宗と五分の交渉をしてもらいたい一心です」

 守綱は、建前だけを聞かされて納得するような馬鹿ではない。

「お前。これを機会に、三河の反対勢力をまとめて潰す気だろう?」

 正信は、意外そうに瞬きをして、正座し直して頭を下げる。

「見縊っていて、すまなかった」
「ああ、自分は言い包めるのに楽な馬鹿だと思われていたのか」
「すみません。仰る通りです」

 知性がある一定以上の水準に達している人物には、下手に舌先三寸を使わないのが、本多正信のポリシー。

「自分は芝居が上手い訳ではない。このまま、殿の下で槍を振るって構わないな?」
「いえ。是非に、一向宗側に回って下さい」

 再び鍋の蓋を振りかぶる守綱に、正信は重ねて説得する。

「服部半蔵と本多忠勝が、殿の下で戦います。これに守綱殿が加われば、誰も戦で殿に勝てるとは思いません。三人の内、誰か一人が一向宗の側に付かねば、好機を逃します」

 守綱は、鍋の蓋を元にもどして、座り直す。

「そこまでして三河武士をふるいにかける意味を、教えてもらおう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...