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三話 瀬名姫、激おこ?
瀬名姫、激おこ?(8)
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内藤正成は、舅の石川十郎左衛門の訪問を受けて、弓の稽古を中断する。
正月に向けての用意を終えた、年末の訪問だった。
「土産」
石川十郎左衛門は一言告げると、干し柿の束を孫に手渡す。
正成の長男は、弓を小脇に抱えて台所へ向かう。
孫のいなくなった隙に、石川十郎左衛門は正成に耳を寄せるように身振りをする。
(舅殿が密談とは、珍しい)
孫にすら無口な、無骨な武士である。
しかも、年の暮れ。
(緊急だな)
耳を寄せると、舅は必要最低限の、情報を伝える。
「一向一揆が、起きる」
正成が仰け反って、舅の顔を凝視する。
石川十郎左衛門の顔は、苦渋を隠せていない。
石川一族は熱心な一向門徒が多いので、一族総出での参加となる。
「来ないか?」
相手が舅でなければ、内藤正成は二秒以内で射殺していただろう。
「一向一揆が、上手くいった試しはない。数を頼んで国主を追い出しても、門徒同士で内紛を繰り返して、前より酷くなるだけです」
正成の説得に、舅は首を横に振る。
「守護不入を、認めさせるだけだ」
その勧誘文句が、一向宗に入信している三河武士の多くを、一揆に参加させてしまった。
「加担しないで下さい。信仰の馳走のつもりなら、他の機会にしなさい」
正成の説得に、舅は再度首を横に振る。
「殿に弓を引けるのですか?」
「…引けない」
憮然とした顔のまま、石川十郎左衛門は去っていく。
無骨な舅は、忠義と信仰の板挟みにされて、戦場で死ぬ気である。
内藤正成は、湧き上がる憤激を抑えながら、服部半蔵の屋敷へと向かう。
渡辺守綱は、一向一揆への参加を持ちかけに来た本多正信を未だ殺していない自分が信じられなかった。
ショックが大き過ぎて、身心共に何も動かせない。
松平家康が親友と公言して憚らない程に親しい男が、平然と一向一揆への参加を促している。
「本多一門と酒井一門のほとんどは、一向一揆に参加します。酒井忠次殿は、流石に残りますが」
「何で、お前が殿を裏切る?」
ようやく動けた守綱の質問には答えず、正信は一向一揆に参加を決めた勢力を上げていく。
「吉良氏(落ちぶれた源氏の名門)、
桜井松平氏(家康の近い親戚)、
大草松平氏(家康の遠い親戚)も参加します」
「質問に答えないと、殺すぞ」
守綱の発する大波の如き闘気に、正信は姿勢を崩して囲炉裏に転げそうになる。
鬼退治の逸話で名高い渡辺綱の子孫の中でも、最も血筋を納得させてしまう名前と実力を持つ青年は、容赦しない。
囲炉裏に吊るした鍋から蓋を外すと、凶器として振りかぶる。
「お前の死因は、鍋の蓋だ」
他の者が言ったらギャグだが、守綱が言うとマジで死因になる。
しかし本多正信も、殺すと脅されて口を割る男ではない。
「殿本人には、一切危害を加えません。一向宗と五分の交渉をしてもらいたい一心です」
守綱は、建前だけを聞かされて納得するような馬鹿ではない。
「お前。これを機会に、三河の反対勢力をまとめて潰す気だろう?」
正信は、意外そうに瞬きをして、正座し直して頭を下げる。
「見縊っていて、すまなかった」
「ああ、自分は言い包めるのに楽な馬鹿だと思われていたのか」
「すみません。仰る通りです」
知性がある一定以上の水準に達している人物には、下手に舌先三寸を使わないのが、本多正信のポリシー。
「自分は芝居が上手い訳ではない。このまま、殿の下で槍を振るって構わないな?」
「いえ。是非に、一向宗側に回って下さい」
再び鍋の蓋を振りかぶる守綱に、正信は重ねて説得する。
「服部半蔵と本多忠勝が、殿の下で戦います。これに守綱殿が加われば、誰も戦で殿に勝てるとは思いません。三人の内、誰か一人が一向宗の側に付かねば、好機を逃します」
守綱は、鍋の蓋を元にもどして、座り直す。
「そこまでして三河武士を篩にかける意味を、教えてもらおう」
正月に向けての用意を終えた、年末の訪問だった。
「土産」
石川十郎左衛門は一言告げると、干し柿の束を孫に手渡す。
正成の長男は、弓を小脇に抱えて台所へ向かう。
孫のいなくなった隙に、石川十郎左衛門は正成に耳を寄せるように身振りをする。
(舅殿が密談とは、珍しい)
孫にすら無口な、無骨な武士である。
しかも、年の暮れ。
(緊急だな)
耳を寄せると、舅は必要最低限の、情報を伝える。
「一向一揆が、起きる」
正成が仰け反って、舅の顔を凝視する。
石川十郎左衛門の顔は、苦渋を隠せていない。
石川一族は熱心な一向門徒が多いので、一族総出での参加となる。
「来ないか?」
相手が舅でなければ、内藤正成は二秒以内で射殺していただろう。
「一向一揆が、上手くいった試しはない。数を頼んで国主を追い出しても、門徒同士で内紛を繰り返して、前より酷くなるだけです」
正成の説得に、舅は首を横に振る。
「守護不入を、認めさせるだけだ」
その勧誘文句が、一向宗に入信している三河武士の多くを、一揆に参加させてしまった。
「加担しないで下さい。信仰の馳走のつもりなら、他の機会にしなさい」
正成の説得に、舅は再度首を横に振る。
「殿に弓を引けるのですか?」
「…引けない」
憮然とした顔のまま、石川十郎左衛門は去っていく。
無骨な舅は、忠義と信仰の板挟みにされて、戦場で死ぬ気である。
内藤正成は、湧き上がる憤激を抑えながら、服部半蔵の屋敷へと向かう。
渡辺守綱は、一向一揆への参加を持ちかけに来た本多正信を未だ殺していない自分が信じられなかった。
ショックが大き過ぎて、身心共に何も動かせない。
松平家康が親友と公言して憚らない程に親しい男が、平然と一向一揆への参加を促している。
「本多一門と酒井一門のほとんどは、一向一揆に参加します。酒井忠次殿は、流石に残りますが」
「何で、お前が殿を裏切る?」
ようやく動けた守綱の質問には答えず、正信は一向一揆に参加を決めた勢力を上げていく。
「吉良氏(落ちぶれた源氏の名門)、
桜井松平氏(家康の近い親戚)、
大草松平氏(家康の遠い親戚)も参加します」
「質問に答えないと、殺すぞ」
守綱の発する大波の如き闘気に、正信は姿勢を崩して囲炉裏に転げそうになる。
鬼退治の逸話で名高い渡辺綱の子孫の中でも、最も血筋を納得させてしまう名前と実力を持つ青年は、容赦しない。
囲炉裏に吊るした鍋から蓋を外すと、凶器として振りかぶる。
「お前の死因は、鍋の蓋だ」
他の者が言ったらギャグだが、守綱が言うとマジで死因になる。
しかし本多正信も、殺すと脅されて口を割る男ではない。
「殿本人には、一切危害を加えません。一向宗と五分の交渉をしてもらいたい一心です」
守綱は、建前だけを聞かされて納得するような馬鹿ではない。
「お前。これを機会に、三河の反対勢力をまとめて潰す気だろう?」
正信は、意外そうに瞬きをして、正座し直して頭を下げる。
「見縊っていて、すまなかった」
「ああ、自分は言い包めるのに楽な馬鹿だと思われていたのか」
「すみません。仰る通りです」
知性がある一定以上の水準に達している人物には、下手に舌先三寸を使わないのが、本多正信のポリシー。
「自分は芝居が上手い訳ではない。このまま、殿の下で槍を振るって構わないな?」
「いえ。是非に、一向宗側に回って下さい」
再び鍋の蓋を振りかぶる守綱に、正信は重ねて説得する。
「服部半蔵と本多忠勝が、殿の下で戦います。これに守綱殿が加われば、誰も戦で殿に勝てるとは思いません。三人の内、誰か一人が一向宗の側に付かねば、好機を逃します」
守綱は、鍋の蓋を元にもどして、座り直す。
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