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三話 瀬名姫、激おこ?
蜻蛉切(1)
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岡崎城内の皆が感動している中、謁見の間の脇で一人だけ仏頂面でイライライラと待ち草臥れている中年刀匠が、家老に絡む。
「殿を急かしちゃいけませんか? 急かすと無礼ですかね? それとも、俺がせっかちなのかな?」
家老の酒井忠次は、刀匠に頭を下げて侘びを入れる。
「申し訳ない。半月前からの約定を反故にし、お待たせする不始末、本当に申し訳ない」
深々と頭を下げるが、タダで頭を下げる男ではない。
「申し訳ないので、拙者が藤原殿の最高傑作とやらを検分するという事で」
ちゃっかり、自分が買う気である。
「断る!」
刀匠・藤原正真は、断固として家康以外へのお披露目を拒む。
「殿より拙者の方が、自由に出来る軍資金が多いですぞ?」
「金じゃなくて、ネーミングセンスの問題だ」
明から様な買収交渉に対し、断固たる拒絶が返される。
「三条吉広さんの鍛えた名槍に、『甕通しの槍』なんてダサい二つ名を付けおって。あんたにだけは、俺の最高傑作を渡さない」
「ダサいって…実話なんだから、仕様がないだろ」
甕に隠れた敵兵を、甕を割らずに貫通したエピソードから、酒井忠次の使っている槍には、その渾名が付いた。槍の鋭さを表しているとは思うが、ダサいと言われると本人すら反論が出来ない。
藤原正真は、口から唾を大量に飛ばして追撃する。
「ほら、そういう渾名を付けたままにする、酒井さんの感性が問題なの! 俺は、今度の槍には、絶対に変な名前を付けたくないの! もう、俺が七度生まれ変わっても二度と作れない程の槍なんだから」
「ははあん」
酒井忠次は、藤原正真の目論見に合点がいった。
「武器としてだけではなく、国宝級の品として、大切に扱ってくれる武将に渡して欲しい訳だ? 後世に残るように」
「そうです」
「華も実もある武将に渡して、最高傑作に伝説を添えたいと?」
「そうです!」
「殿なら、その差配が出来ると?」
「そうでしょ?」
「武器として売るけど、くれぐれも壊さないでね、なんてアホな注文を付けても、殿なら許してくれそうだと?」
「悪いですか?!」
藤原正真は開き直る。
三河に住んでいる村正ブランドの刀匠一派が、ここ数年は家康へと優先的に最高級品を納品している。
貧乏でも武器には出資を惜しまない三河武士の気質と、実戦で現物の性能を発揮させて欲しい村正ブランドのニーズが見事に一致し、幸せな共生関係が築かれている。
あまりにも幸せだと、こういう変人がワガママな物件を持ち込むイベントも発生する。
酒井忠次は購入を諦めて、家康に丸投げする。
子供達に再会して上機嫌のテンションも手伝い、藤原正真の煩い注文を聞いても、笑って承諾する。
「それなら、適任が居ります」
藤原正真が大口を叩いて納品しに来た槍の行方を、城内の家中が見守る。
「服部半蔵は、初めて与えた槍を五年経った今でも使い続ける程に、物持ちの良い武将です。彼が適任でしょう」
服部半蔵の指名に、誰もが納得する。
「半蔵。どうだ?」
誰もが納得しているのに、半蔵は首を横に振る。
「故に、他の槍が必要ないのです。その槍を頂いても、使わないでしょう」
実際、服部半蔵は家康から貰った槍を一生大事に使い続けた。
この槍は現代でも残っており、西念寺(茨城県坂東市)が所有している。
物持ちが良いにも、程がある。
「ダメですな」
藤原正真が、落ち込む。
「殿を急かしちゃいけませんか? 急かすと無礼ですかね? それとも、俺がせっかちなのかな?」
家老の酒井忠次は、刀匠に頭を下げて侘びを入れる。
「申し訳ない。半月前からの約定を反故にし、お待たせする不始末、本当に申し訳ない」
深々と頭を下げるが、タダで頭を下げる男ではない。
「申し訳ないので、拙者が藤原殿の最高傑作とやらを検分するという事で」
ちゃっかり、自分が買う気である。
「断る!」
刀匠・藤原正真は、断固として家康以外へのお披露目を拒む。
「殿より拙者の方が、自由に出来る軍資金が多いですぞ?」
「金じゃなくて、ネーミングセンスの問題だ」
明から様な買収交渉に対し、断固たる拒絶が返される。
「三条吉広さんの鍛えた名槍に、『甕通しの槍』なんてダサい二つ名を付けおって。あんたにだけは、俺の最高傑作を渡さない」
「ダサいって…実話なんだから、仕様がないだろ」
甕に隠れた敵兵を、甕を割らずに貫通したエピソードから、酒井忠次の使っている槍には、その渾名が付いた。槍の鋭さを表しているとは思うが、ダサいと言われると本人すら反論が出来ない。
藤原正真は、口から唾を大量に飛ばして追撃する。
「ほら、そういう渾名を付けたままにする、酒井さんの感性が問題なの! 俺は、今度の槍には、絶対に変な名前を付けたくないの! もう、俺が七度生まれ変わっても二度と作れない程の槍なんだから」
「ははあん」
酒井忠次は、藤原正真の目論見に合点がいった。
「武器としてだけではなく、国宝級の品として、大切に扱ってくれる武将に渡して欲しい訳だ? 後世に残るように」
「そうです」
「華も実もある武将に渡して、最高傑作に伝説を添えたいと?」
「そうです!」
「殿なら、その差配が出来ると?」
「そうでしょ?」
「武器として売るけど、くれぐれも壊さないでね、なんてアホな注文を付けても、殿なら許してくれそうだと?」
「悪いですか?!」
藤原正真は開き直る。
三河に住んでいる村正ブランドの刀匠一派が、ここ数年は家康へと優先的に最高級品を納品している。
貧乏でも武器には出資を惜しまない三河武士の気質と、実戦で現物の性能を発揮させて欲しい村正ブランドのニーズが見事に一致し、幸せな共生関係が築かれている。
あまりにも幸せだと、こういう変人がワガママな物件を持ち込むイベントも発生する。
酒井忠次は購入を諦めて、家康に丸投げする。
子供達に再会して上機嫌のテンションも手伝い、藤原正真の煩い注文を聞いても、笑って承諾する。
「それなら、適任が居ります」
藤原正真が大口を叩いて納品しに来た槍の行方を、城内の家中が見守る。
「服部半蔵は、初めて与えた槍を五年経った今でも使い続ける程に、物持ちの良い武将です。彼が適任でしょう」
服部半蔵の指名に、誰もが納得する。
「半蔵。どうだ?」
誰もが納得しているのに、半蔵は首を横に振る。
「故に、他の槍が必要ないのです。その槍を頂いても、使わないでしょう」
実際、服部半蔵は家康から貰った槍を一生大事に使い続けた。
この槍は現代でも残っており、西念寺(茨城県坂東市)が所有している。
物持ちが良いにも、程がある。
「ダメですな」
藤原正真が、落ち込む。
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