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一話 三河戦線異常なし
三河戦線、異常なし(1)
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昔々、ある所に、竹千代というオメガ不幸な少年がいました。
母は、実家が父の敵側に回ったので、離縁されて実家に返されてしまいました。未だに会えません。
不幸です。
今川というビッグな戦国大名へ人質に出されましたが、護送担当者が織田というメチャ極悪な戦国大名に売り飛ばしてしまいました。
不幸です。
織田の人質に取られても、父が陣営を変えなかったので、人質としての価値が無くなりました。
ピンチです。
織田の御曹司が、『今川の人質になった腹違いの兄と交換しよう』とアイディアを出してくれたので、当初の予定通りに今川に行く事になりました。
プラスマイナスゼロです。
ところがどっこい。
今川の人質になった途端、父が暗殺されてしまいました。父の城には今川の家臣が入り、父の家来たちは最前線で使い潰されていきます。
竹千代は、事態を自覚しました。
竹千代は、戦を始めました。
とてもとても、長い戦を、始めました。
一五五七年(弘治三年)。
三河(現・愛知県)は今宵も戦争です。
「緊張してる? 緊張してる?」
「はい、しています」
適当に応えると、先輩武者は怪訝そうに半蔵の顔を覗き込む。失礼な態度だが、今夜は月明かりが乏しいので、視認し難いのだ。
米津常春は夜襲の号令を下す前、今宵初陣の若者に気を使った最中に、その違和感に気付いた。
服部半蔵は、陽気なベテラン武士の怪訝な目線に、問い返す。
「何か、問題でも? 歳は誤魔化していません。申告通り、十六歳です」
「いや、そこは心配していない。むしろ、老けている」
常春は、違和感の正体を正確に把握した。
「初陣だよね?」
「初陣です」
嘘はない口調である。
それでも、常春が見る限り、これ程までに落ち着き払った初陣の若者を見た覚えがない。
それに、
「いや、君、顔が笑っているよ?」
常春の目に映る半蔵の笑顔は、猫が鼠を主人の前に持ってくる時の笑顔だ。余裕を通り越して、不気味。
昼間に見た平凡な顔立ちを覚えているだけに、ギャップが恐ろしい。
半蔵は、別の意味で心配されていた。
「恐らくは、緊張すると笑ってしまう性質なのでしょう」
半蔵はそう自己分析し、常春はなんとなく納得する。
「ま、いいや。真面目にセックスすると、笑顔になるのと同じだろう」
細かい懸念に妥協して、常春は夜襲をする五十名に最後の確認をする。
「目的の第一は、門を開ける事。失敗したら、最低でも火事を起こしてくれ。撤退し易くなる」
これから米津常春率いる三河衆が夜襲をかける上ノ郷城は、三方を山に囲まれ、南に三河湾が広がる三河で一番『美味しい』城である。
三河を支配する今川家の家来の中でも、主家と親戚付き合いの深い鵜殿家が代々領主を務め、観光と温泉と海産物と交易の利益を美味しくいただいている。
あまりに美味しい地域なので、西隣の織田が度々侵攻し、遂に占領してしまった。
今川家から上ノ郷城の奪還命令が下り、今川家に付いている三河衆が矢面に立たされた。
まあ、三河衆が最前線に置かれるのは、いつもの事だが。
「では、行きます」
服部半蔵が配下五十名を、身振りで仕切って先を急ぐ。
不審げな顔をしたままの常春に、最後尾の兵がフォローを入れる。
「ご心配なく。半蔵様は、忍者としては既に歴戦の方です」
その兵の声が少女だったので、常春は別の心配事を抱えてしまった。
「突っ込み処が多いなあ、伊賀組は…」
とはいえ、夜道でもサクサクと城の真横へ進んで行く連中である。忍者を雇う金銭的余裕がない今の三河衆にとって、忍者から転職した服部の隊は貴重である。
「まあ、それだと、逆に安心…出来るか?!」
五十名の中に、下半身に縞模様の褌一丁で走っている女兵士を見て、常春は頭を抱えた。
母は、実家が父の敵側に回ったので、離縁されて実家に返されてしまいました。未だに会えません。
不幸です。
今川というビッグな戦国大名へ人質に出されましたが、護送担当者が織田というメチャ極悪な戦国大名に売り飛ばしてしまいました。
不幸です。
織田の人質に取られても、父が陣営を変えなかったので、人質としての価値が無くなりました。
ピンチです。
織田の御曹司が、『今川の人質になった腹違いの兄と交換しよう』とアイディアを出してくれたので、当初の予定通りに今川に行く事になりました。
プラスマイナスゼロです。
ところがどっこい。
今川の人質になった途端、父が暗殺されてしまいました。父の城には今川の家臣が入り、父の家来たちは最前線で使い潰されていきます。
竹千代は、事態を自覚しました。
竹千代は、戦を始めました。
とてもとても、長い戦を、始めました。
一五五七年(弘治三年)。
三河(現・愛知県)は今宵も戦争です。
「緊張してる? 緊張してる?」
「はい、しています」
適当に応えると、先輩武者は怪訝そうに半蔵の顔を覗き込む。失礼な態度だが、今夜は月明かりが乏しいので、視認し難いのだ。
米津常春は夜襲の号令を下す前、今宵初陣の若者に気を使った最中に、その違和感に気付いた。
服部半蔵は、陽気なベテラン武士の怪訝な目線に、問い返す。
「何か、問題でも? 歳は誤魔化していません。申告通り、十六歳です」
「いや、そこは心配していない。むしろ、老けている」
常春は、違和感の正体を正確に把握した。
「初陣だよね?」
「初陣です」
嘘はない口調である。
それでも、常春が見る限り、これ程までに落ち着き払った初陣の若者を見た覚えがない。
それに、
「いや、君、顔が笑っているよ?」
常春の目に映る半蔵の笑顔は、猫が鼠を主人の前に持ってくる時の笑顔だ。余裕を通り越して、不気味。
昼間に見た平凡な顔立ちを覚えているだけに、ギャップが恐ろしい。
半蔵は、別の意味で心配されていた。
「恐らくは、緊張すると笑ってしまう性質なのでしょう」
半蔵はそう自己分析し、常春はなんとなく納得する。
「ま、いいや。真面目にセックスすると、笑顔になるのと同じだろう」
細かい懸念に妥協して、常春は夜襲をする五十名に最後の確認をする。
「目的の第一は、門を開ける事。失敗したら、最低でも火事を起こしてくれ。撤退し易くなる」
これから米津常春率いる三河衆が夜襲をかける上ノ郷城は、三方を山に囲まれ、南に三河湾が広がる三河で一番『美味しい』城である。
三河を支配する今川家の家来の中でも、主家と親戚付き合いの深い鵜殿家が代々領主を務め、観光と温泉と海産物と交易の利益を美味しくいただいている。
あまりに美味しい地域なので、西隣の織田が度々侵攻し、遂に占領してしまった。
今川家から上ノ郷城の奪還命令が下り、今川家に付いている三河衆が矢面に立たされた。
まあ、三河衆が最前線に置かれるのは、いつもの事だが。
「では、行きます」
服部半蔵が配下五十名を、身振りで仕切って先を急ぐ。
不審げな顔をしたままの常春に、最後尾の兵がフォローを入れる。
「ご心配なく。半蔵様は、忍者としては既に歴戦の方です」
その兵の声が少女だったので、常春は別の心配事を抱えてしまった。
「突っ込み処が多いなあ、伊賀組は…」
とはいえ、夜道でもサクサクと城の真横へ進んで行く連中である。忍者を雇う金銭的余裕がない今の三河衆にとって、忍者から転職した服部の隊は貴重である。
「まあ、それだと、逆に安心…出来るか?!」
五十名の中に、下半身に縞模様の褌一丁で走っている女兵士を見て、常春は頭を抱えた。
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