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枯れ木の謎を追え

ハーニー町

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 あの後、日が暮れた後もウォレスの屋敷に移り遅くまで語り合ったピカソ。その話は深夜まで及び、資料を見たり準備も含め、出た頃には既に昼を過ぎていた。

 バルーン街は交易都市である。その為、訪れる商人の馬車の数も反対に出て行く数も多い。
 その内のハーニー町行きの馬車を一つを借り、向かう事となった。
 道中は穏やかなもので途中、珍しい魔獣がいたから描きたいとピカソが騒ぐ以外は滞《とどこお》りなく進む事が出来た。

 そして三日ほど立ち、二人は目的のハーニー町の外門に花で出来たアーチを潜《くぐ》り、馬車を止める。

「すぅー……はぁー……、本当にあまぁ~い香が胸一杯に広がりますね」

 町に降り立ったピカソは開口一番そんな事を言い出した。

 ハーニー町は煉瓦れんがで壁を覆った木骨造の家が主体の町である。町には透明な入り組んだ水路と花壇に植えられた花が至る所に咲き誇り、明るいオレンジ色の煉瓦れんがの家と彩《いろど》り様々な花は見事調和し、色彩豊かな情景を作り出していた。花の良い香りが漂うこの町は、その色彩豊かな町並みで観光名所としても名を馳《は》せていた。

 何度も深呼吸するたびに胸一杯に広がるーー胸は大きくないーー甘い香りに甘い物好きのピカソは嬉しそうな顔をする。だが対してベオルフの顔は渋い。

「ん。あぁ、確かにそうだな……」
「どうしたんですか?」
「いや、狼系獣人のサガか鼻が良いからな。甘過ぎて鼻がムズムズする」

 狼系獣人であるベオルフは当然ながら鼻が良い。町中の甘い花の香り、というよりも花粉がどうやら合わないらしく何度も鼻をすすっている。

「確かに花粉症とかになったらこの町で住むのは大変ですね。くしゃみと鼻水が止まりませんし」
「来るんだったら花が咲いてない時期が良いな。となると冬とかか」
「ですね、それにしても聞いた通りお花が一杯咲いてますね! これはアネモネ、雫花、フリージアに……すごい! 烈水華まで咲いてる!! 育てるのが難しいはずなのにこの町では当然のように咲いてるなんて! これは描かずにはいられません!」

 しゅばばっとキャンバスと筆を取り出したピカソは花壇に咲く花を写し取る。
 その様子をベオルフはピカソらしいと思いながらもこのままでは一日中描き続ける為、ひょいとキャンバスを奪う。

「あー!! 返して下さい!」
「お嬢はここに絵を描きに来たのか? 違うだろ?」
「うっ、確かにそうですけど……。で、でもちょっとくらい……うぐぐ、と、届かないぃ~」
「お嬢はちっさいからな」
「なっ、ど、ど、何処の事を言ってるんですかっ、えっち!」
「お嬢が何を言ってるんだよ」

 ばっと胸を隠すピカソにベオルフは呆れ顔だ。いつものじゃれあいである。

「ぷっ、あはははっ!!」

 笑い声が上がる。だがそれは二人ではない。二人は揃って笑い声のした方を向く。

「ははは、いや失礼。あんた達、ハーニー町に来たのは初めてかい?」

 笑っていたのは町の一画に屋台を構え頭にタオルを巻いた、いかにも中年といった風貌ふうぼうの男性であった。

「はい、先ほど馬車で来たばっかりなんですよ」
「そうかい、この町には至る所に花が植えられているからね。季節毎に違う花が咲くようになってるから一年中常に花が咲くよう工夫されていて『永遠に咲く花園エターナルローズ』と呼ばれるくらい自慢のこの町の名物だよ」
「うへぇ、一年中かよ。俺はこの町には住めないな」

 一年中という言葉にベオルフは嫌そうな顔をする。

「ははは、確かに獣人のダンナにはちと辛いかもな。だがこの町の魅力はそれだけじゃない。この町には他にも名物があるのさ」
「へー気になります、何ですかそれは?」
「これさ」

 店主は得意げな顔をし、棒の先にトロトロとした何が付いたものを見せてくる。

「これは?」
「花の蜜を水で溶かして低温で温めたものだよ。この町じゃ古くからある伝統料理見たいなものでね。色んな所で売っている。つまりライバルも沢山いるって訳だ。で、お客さんには是非ともウチで食べてもらおうと思ってね。出来ればこの町にいる間はご贔屓ひいきしてもらえるとありがたい。これくらいしか売るものがないからね」
「なるほどな、詳しく理由を語ってくれると思ったらそういう魂胆か。商売たくましい事で。だが乗った。幾らだ?」
「2つで50クローナだ」
「いいぜ、買った。ほら、お嬢」
「ありがとうございます、ベオルフ」

 水飴の入った手の平サイズの器と棒を受け取り、1つをピカソに渡し口に運んでみる。
 一口食べた途端ピカソの目が輝いた。

「甘いですっ!」
「へー、中々美味いな。見た目より舌にドロっとつかず喉触りが良い」
「だろう? 更によく練ると色合いが変わって味わいがますんだよ。試してごらん」
「どれどれ……本当だ、甘みが増しました!」

 無色透明から黄金色に変わる様は見ていて面白い。伝統料理で人気があるのも納得だ。
 ご満悦でご機嫌にペロペロと水飴を掬っては食べている。しかし一気に掬いすぎて水飴が垂れる。

「あわわっ、垂れ落ちますっ」
「ははは、落ちついて食べなよ。水飴は逃げないから」

 その言葉に頷き慎重にペロペロ舐める。
 ベオルフに至っては途中から一々棒で取るのが面倒になり器を傾け一気に食した。

「美味かったぜ、ごっそさん。そういやよ、店主。さっきこれくらいしか売るものがないって言っていたが逆に何か別に売ってる物があったのか?」
「あぁ、実はね。本当ならばウチは水飴よりもクレープを中心に販売していたお店だったんだ」
「クレープ?」

 首を傾げるベオルフと同じく水飴を食べ終わり名残惜しげに見ていたピカソが反応する。

「そうだ。薄い生地で出来た生地に上に『ホルンジャージー』の乳で作ったクリームを引いてその上に"甘苺"や"ピーチブドウ"とかいった果実をいっぱい載せて作るデザートだよ。食べたら至高の甘みが口一杯に広がり、天にも昇る気持ちになれるくらい美味しいんだ」
「ふわぁ……」
「お嬢、よだれよだれ」

 想像しただけでじゅるりとヨダレを垂らすピカソの口をハンカチで拭いてやりながら尋ねる。

「けどよ、だったって言い草じゃ今は無理な理由があるんだよな?」
「えっ、クレープないんですか?」
「……あぁ。クレープには甘みを引き出すための蜜が欠かせないんだ。此処から北に行った所に"ピンクビードル"の養蜂区域がある。普段はそこで一定期間毎に養蜂家が集めた蜜を収集して売りに出されるこの町の名物だったんだ。無論、この町の郷土料理にその蜜を使ったものが多い。それを求めて町人もお客さんもたくさん訪れて活気に満ちていたんだけど」

 ふっと店主は遠い目をした。哀愁あいしゅう寂寥せきりょうの漂う悲しい目だ。

「事態が変わったのは1ヶ月前。"ピンクビードル"が巣を作る"赤蜜木メイプルツリー"が突然大規模に枯れてしまってね。蜜の収集量が激減してしまって一般市民には回らなくなってしまったんだ。本来ならば"ピンクビードル"の蜜を生地の間に塗って甘みを引き出すのだけれど、残念ながら僅かに残った蜜も貴族や商人に優先的に回されて、売ってても値段が高騰して市民には行き渡らないのが現状さ。おかげでクレープが売りだったこの店も不景気に苛《さいな》まれ、前までは行列の出来ていたけれど今じゃすっかり誰も来ないよ。寂しいもんだよ」

 店主は溜め息を吐いた。何処と無く雰囲気が暗かった。

「クレープ……食べられない……」

 こっちもこっちで食べられないと分かってションボリしていた。

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