唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房

文字の大きさ
上 下
53 / 53

第53話 責任逃れ

しおりを挟む
黒井課長と一緒に仕事をしているポンちゃんがボヤいていた。

「まいりましたよ、黒井さんの見積もりミスで開発量が倍になって、てんてこ舞いなんです。
それなのに黒井さんは自分のミスを私がミスしたってあちこちで言いふらしているらしいんです」

その話は俺も浜口課長から聞いていたが、浜口課長もあきれていた。


俺も黒井と仕事をしたことがある。
黒井は設計はせずに全体の管理だけをしていたが、黒井のミスで予想以上に人件費がかさんでしまって赤字になった。
赤字の原因を作ったのは黒井なのに、あちこちで俺のミスだと言いふらしていた。

俺は自分の経験をまじえて、ポンちゃんを慰めた。

「大丈夫だよ。
俺も似たような目にあったことがあるけど、黒井ってそういう男だから。
あの当時と違って今の黒井は上からも信用されていないようで、社長も黒井をそんな目で見てるらしい。
そんな黒井に現場の仕事をさせること自体がおかしいことだけど、ひょっとしたら辞めさせすぎて人手が足りないのかもしれないし、バカでもなんでもいいから現場で稼いでこいってことなのかもね」

ひとしきり話をした後、DランクのL君の話題になった。
俺の予想通り来月一杯で解雇になるそうだ。

それを聞いたポンちゃんは、しばらく黙ってからこんなことを言った。

「やっぱり、今までみんなが甘過ぎたんですかね。
今までは人さえいればなんとかなったけど、それが異常だったんですかね。
質が求められる時代に変わった今が、ある意味正常なのかな」


不況になって、今まで見えなかったことが見えるようになってきた気がする。
今までの自分達がいかに甘かったかを教えられた気がする。
給料は毎年上がる、安いながらもボーナスは出て当然、俺だけではなく皆がそう考えていた。

ソフト業界自体が右肩上がりの成長を続けていたこともあって、長い間人手不足が続いた。
この調子でずっと成長を続けていくものだと誰もが思い込んでいた。
それが不況になったとたんに夢の世界から現実に引き戻された。

不況になってから、今まで見えなかった人間関係も鮮明になってきた。
そのいい例が黒井だ。
同じ課長でも口先だけで実務を担当せずふんぞり返っていた黒井もいれば、現場で汗を流しながらも俺達の見方をしてくれる浜口課長もいる。

この不況で多くの人が辛い目にあっているだろうし、俺たちも相当痛い目にあっている。
でも不況から学んだ人も多いのではないか。
俺はそんなことを考えていた。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

篠山猫(ささやまねこ)

2001年頃からこの業種にいました。
93~99年まではまだ2000年問題などの大きな案件があったので良かった方だと思います。

小泉政権に入ると派遣が乱立して地方は中抜き企業が10社入るのがザラという状況になります。
コンビニのアルバイトの給与にすら満たない状態に至ります、請負社員の横行化です。
残業は200h超えてもタイムカードを切らない事が大手でも普通に横行していました。
特定宗教団体が叩き値で信者を大量派遣して値崩れを起こした事も大きく関係しています。
当時はVBやAccessが流行っていて、わりと敷居が低く素人でも少し勉強すれば普通に現場で活躍できました。

そして民主政権に入った時には輸出不況でIT業界は瀕死様態になりました。
安倍政権以降は円安誘導や比較的大きいCobolからの移行案件が続き、政府からのマイナンバーやシステム統合に関する公共発注もあって回復し、一部がまだ潤っています。

多分、01~12年の間で業界に入った人の方が過酷だったと思います。
実際に曖昧な話や都合の悪いものを隠して案件を持ち掛けて蓋をあけると上位会社の損を受注した企業や個人が泣き寝入りする事例も普通にありました。
個人的には2012年頃は3億以上の借金を抱えた企業にいて、2DKに10人くらいの寮に入れられて月給9万で生活していました。

そもそも、この業界は人手不足が蔓延していますが、その蔓延は人件費を値切る事から始まります。
その業界慣習を見直さない限り、日本が自立したIT業界の繁栄は難しい様に思われます。

今のままでは外資系に個人情報を良い様に抜き取られて研究材料にされるだけでしょう。
googleやマイクロソフト、IBMが日本にいきなり投資や参入する真の目的は個人情報の法的拘束が世界の中でもかなり緩い日本は都合が良いからだけに過ぎないです。

緑旗工房
2024.05.21 緑旗工房

お読みいただきありがとうございます。
2001年頃ということは、本作の少し後になりますね。
本作時点ではまだ2000年問題の話題は聞いたことがなく、97年ごろから本格化したと記憶しています。
どの業界でも浮き沈みはありますが、ソフトウエア産業は特にそれが激しい気がします。
コンピュータという先端技術で飯を食う以上しかたがないのかもしれません。
私がこの業界に入った頃はCOBOL、PL/I、FORTRANが御三家でした。
たぶん今の若い技術者はどれも無縁なんでしょうね。

解除

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。