唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房

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第51話 5時間という現実

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嫌な噂が入ってきた。
俺の次の派遣先に関するものだ。

俺の仕事がいつまでなのかははっきり聞いてはいないが、そろそろ次の仕事の話が出てもいい時期ではある。
会社もこの派遣先の劣悪さは知っているので、仮に二次開発や機能追加などの要望があっても蹴る公算が大きいはずだ。

こんな時代だから次の仕事が見つかることは喜ぶべきことだ。
条件のいい仕事なんてないのは分っているし、派遣先でこき使われるのもしかたがない。
通勤時間だって贅沢は言えない、多少遠くても仕方がない。
以前は会社も通勤時間を考慮して仕事をアサインしてくれたが、もうそんな贅沢をいえる状況ではない。

しかし噂されている次の派遣先は片道2時間半だ。
往復で5時間、通勤だけで疲れ果てそうな長さだ。
どうせ定時で帰れる日なんて最初の数週間だけ、残業で遅くなれば電車の乗り換えも悪くなってさらに通勤時間は長くなるのは確実だ。

5時間か。
通勤5時間、労働時間8時間、昼休み1時間、これだけで14時間だ。
残る10時間から睡眠時間と残業時間を抜けば、自由になる時間はいくらも残らない。

そこまでしてしがみつく会社なのか、そこまでして続けたい仕事なのか。
忙しさの中に埋没していた退職の2文字が急にリアルに浮かび上がってきた。

まだ自分から辞めるだけのふんぎりはついていない。
でも、この派遣先に行けといわれたら会社を辞めるかもしれない。


俺の悩みは不況によるボーナスカットや給料ダウンだけではなく、自分の専門分野の今後に対しても不安を持っていた。

大型コンピュータの事務系ソフトウエア開発という分野は、業種自体が先細りと言われていた。
昨今の流行りはダウンサイジング、今後は小型のコンピュータによる処理がメインになって大型コンピュータの仕事は激減すると言われていた。
まるで恐竜がその大きさから滅んだのと同じように、絶滅するのは時間の問題と言われていた。

今とは別ジャンルのソフト技術者に転向することも考えたが、30歳を超えているとなかなか難しい。
一から出直すには年齢的に遅いし、この不況下では即戦力の求人すら激減している。
以前のように仕事をしながら育ててくれるような会社はまずないだろうし、仮にあったとしても若い人を採用するに決まっている。
雇うのなら若い方が給料も安いす使いやすいし、年上の部下なんて厄介なことにもなりかねない。
だから俺が違うジャンルに挑戦しても勝ち目は薄い、いや、ほぼないだろう。
それならば完全にゼロからの出発にはなるが、全く違う業界の仕事を探した方がいいのかもしれない。

今と同じ仕事を続けるとすると、今のように条件の悪い仕事がこの先も続くことを覚悟しないといけない。
片道2時間半の仕事ですら、今はあるだけましなのだろう。
そんな状態に耐え続けられるのか、そこまでしてしがみつきたい仕事なのだろうか。


もう一つ、俺の中でひっかかるものがあった。
俺の設計ミスで橋本さんに助けてもらったことだ。

あんなミスをなぜしたのか。
忙しさが原因ならばいいのだが、俺の能力の限界だった気がしてならない。
もしそうならば俺の技術力は好景気の甘い時代だから通用していた程度のもので、シビアになった今後は通用しないのかもしれない。
そうだとしたら、今が身の引き時なのかもしれない。

いろいろな考えが頭の中をグルグル回っていた。
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