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第50話 Dランク
しおりを挟む俺が話を続けた。
「そういえば取引先ににウチの技術者のスキル一覧を出したらしいよ。
それって完全に全技術者を派遣対象にしたってことだよね。
もう社内開発の可能性はゼロってことか」
ニヤッと笑ってポンちゃんが答えた。
「見ます?、実は持ってるんですよ」
ポンちゃんは俺にスキル一覧表を見せた。
いったいどうやって入手したんだろう、一部の人しか持っていないはずなのに。
あの橋本さんですら、この資料のことはおくびにも出さなかった。
ポンちゃんの情報網もあなどれないな。
その一覧表には名前・年令・技術ランク・経験年数・得意分野が記入されていた。
最高のAランクには課長以上のベテランの名前が並び、Bランクは俺たちのような係長クラス。
Cランクには女性係長と平社員の名前が並んでいた。
同じ係長で男はBで女性はCとなると女性差別のように見られそうだが、正直男性と互角の技術を持った女性技術者はほとんどいない。
係長に昇進するときも、女性は下駄を履かせてもらっての昇格という感じの人が多かった。
係長になればプロジェクトリーダーになるのが常だが、女性係長はサブリーダーか、リーダーになったとしても小規模な仕事が精一杯だった。
性差ではなく明確な実力差があったが、ウチは社長の方針でこの時代にしては珍しく男女平等を推し進めていた。
だから女性には下駄を履かせてでも昇進させて、同期の男性と歩調を合わせていた。
冷静に考えたら女性優遇で男性への差別になる気がするが、まあそれが社長の方針なので仕方がない。
そういった実力差に加えて女性は徹夜することは難しいとか、残業も男ほど長時間はできないなどもこの業界では大きなマイナスになっていた。
この業界は残業・徹夜・休日出勤は当たり前だ。
この当時、3K仕事は嫌われると言われていたが、それは現場仕事などのキツい・汚い・危険な仕事のことをいっていた。
この業界は汚くも危険でもないがひたすらキツいので、キツい・キツい・キツいの3Kと揶揄されていた。
納期前後は土日もなく徹夜の連続、それがこの業界の常識だった。
そのあたりも考慮すると、女性はCランクになるのだろう。
あの優香ちゃんですらCランクになってはいたが、でもCランクの先頭に書かれていた。
書かれている順番は社歴でも年齢でもないので、おそらく評価順だろう。
やはり彼女の評価は高いんだな、ウチの会社にも少しは見る目があるんだと妙な感心をした。
まあ最近中途入社してきた彼女が女性の最高評価になるのも情けない話ではあるが。
最低のDランクにはいまや絶滅寸前ながら奇跡的に生き残っている新人の名前があった。
ほとんどの新人が解雇されていたから、Dランクは数えるほどしかいなかった。
それを見てポンちゃんが不思議そうな声を出した。
「あれれ、L君がDランクになってる。
彼は経験5年くらいですよね、5年でDランクは変でしょ」
L君は俺の課の後輩で経験年数は5年だ。
たしかに年数だけならL君がDランクになるはずがない。
ただしL君が普通ならば。
俺は何回かL君と一緒に仕事をしたことがあるが、彼は普通ではない。
技術力は並程度なのだが、とにかく人とのコミュニケーションが取れない。
取れないのか取りたくないのかわからないが自分の殻に閉じこもってしまい、扱いずらいのを通り越して一緒に仕事をすると恐さすら感じるのだ。
この俺ですら怖さを感じるのだから、相当なものだ。
ウチの会社は入社して数年はプログラマとして働き、仕様書の通りにプログラムを組むのが仕事だ。
プログラマの間はコミュニケーション能力はさほど必要なく、仕様書を書いた人とやりとりする程度で済む。
しかしプログラマは下流工程の仕事なので、いつまでも続ける訳にはいかない。
いくら生産性を高めても限度があるということもあるが、プログラマは与えられた仕事をこなすだけなので自分しか食わせられないのだ。
会社としては設計ができるようになって複数のプログラマに仕事を与えられるようになってくれないと困る、いつまでも自分の食い扶持しか稼げない技術者は年齢とともに居場所がなくなってくるのだ。
プログラマはキャリアの入り口でシステムエンジニアにステップアップするための通過点、それがキャリアパスになっていた。
プログラマはコンピュータが仕事相手だが、システムエンジニアは顧客が仕事相手だ。
顧客と打ち合わせをして相手の要望を聞き出す力がなければ仕事にならない。
顧客はその業務のプロだがソフトウエア開発に関しては素人で、こちらはその逆だ。
まず業務内容を理解して要望を聞き出さないと設計できないので、単に論理的思考が得意というだけではこなせない。
業務内容や要望の聞き取りがうまくできないと、完成したシステムが使い物にならないことも起こりうる。
要望を聞き出すといっても一筋縄にはでは行かず、かなりのコミュニケーション能力が必要になる。
何気なく言った客の一言で根本的な認識違いに気がついて、大幅な設計変更を強いられたなんてことは珍しくない。
初期の段階で聞き出せなかったのが原因だが、言葉で言うのは簡単だがそんなに簡単にはいかない。
常にアンテナを張って、事あるごとに顧客の真の要望を聞き出す努力をして、様々な形でそれを何度も確認する、しかも相手に嫌がられないように。
なかなか難しい作業で、コンピュータ相手と思われがちなソフト屋だが実はかなり人間相手の仕事でもあるのだ。
L君はプログラマとしてはなんとか通用してはいた。
それでもコミュニケーションを取りたがらない彼を使うのは相当の努力が必要で、正直一緒に仕事をするのはしんどかった。
疑問があっても聞きにこないで勝手に判断するので、常にこちらからアプローチしないといけない。
会話してもも小さな声で短い言葉しか発しないから、真意を汲み取るのに苦労する。
景気がよくて山のように仕事があった時代は彼にも居場所があったが、この不況下ではとても通用しない。
人手不足の時代だから居場所があっただけだ。
残酷な話だが、彼は好景気の時しか通用しない技術者だった。
俺の説明を聞いたポンちゃんが、不思議そうにいった。
「なんで、そんな社員が今までクビにならなかったんですかね?」
俺は自分に言い聞かせるように言った。
「それだけ会社も甘かったんだよ、俺たちはその甘い環境が当然だと勘違いしていたんだ。
今がある意味では普通なのかもしれない」
ポンちゃんは今一つ納得していなかったが、俺は勝手に話を続けた。
「橋本さんはもう解雇はしないって言ってたけど、もし次に解雇になるとしたらL君だろう。
残念ながら最有力候補だと思うよ」
「えー、まさか5年生をクビにはしないでしょう」
ポンちゃんは半信半疑だった。
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