唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房

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第49話 売上予想

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橋本部長のおかげで、なんとか窮地を脱した。
明日からまた派遣先での生活に戻る日に、ポンちゃんが挨拶がてら声をかけてきた。

「聞きましたよ、なんか大変とだったらしいですね。
犬猿の仲というかハブとマングースというか、あの橋本さんとのコンビなんて想像できませんよ」

「からかうなよ、ポンちゃん。
それだけ非常事態だったし、正直今回は橋本さんの凄さを思い知ったよ、今更ながらだけどね。
それより知ってる?、今後の売上予想の話」

からかわれた気恥ずかしさもあって、俺は話題を変えた。

売上予想の話とは、最近課長以上限定で配られた資料のことだ。
俺は橋本部長からその資料を見せてもらったのだが、今後1年間の売上予想をまとめたものだった。
あくまでも予想ではあるが、夏前には多少だが利益が出るような計画になっていた。
とはいえ銀行への返済は相変わらず利息だけの返済という前提なので、会社が持ち直した訳ではない。
病人に例えれば、危篤状態から脱して集中治療室から出たけど退院の目処は立たず完治不明といったところかな。

たとえ少額でも夏のボーナスを出すことで社員を繋ぎ止めるために夏頃に利益が出るように無理矢理作ったものかもしれないし、あるいは本当に利益が出る見込みが出てきたのかもしれない。

これまで若手を中心にした仕事のない手空き社員の存在が会社の大きな負担になっていたが、かたっぱしからクビを切ったいまはその心配はなくなった。
残った社員はほとんどが中堅以上だから、次の仕事先は比較的見つけやすいはずだから、次の仕事が見つからない期間はそう長くはないはずだ。

どうせろくな仕事はないだろうから、はたして仕事が見つかってこの会社に居続けることが幸せかどうかは大いに疑問だが。


売上予想表は毎月社員が2名辞める前提で作られていた。
解雇なのか嫌気がさして自分から辞めるかはともかく、毎月2人は辞める前提で計算されていた。
それを見て、真剣な表情でポンちゃんがつぶやいた。

「毎月2人で足りるかなぁ」

俺が続けた。

「俺も2人じゃ足りない気がする」


そうえいば、不況になってからは組織図が配られなくなった。

ウチの組織図には全社員の名前が書かれている。
せいぜい200人規模だからできることではあるが、A4横の紙に全社員の名前が入った組織図が年に数回配られていていた。

俺が入った時はまだ50人前後だったと思う。
しかし毎年新入社員を20人前後採用して、加えて俺のような中途採用もいて、会社はどんどん成長していった。

組織図を見ていると人が増え課も増えて組織が成長しているのが一目瞭然で、大きくなって行く会社が実感できて嬉しかった。
自分の名前も課の中で徐々に上に行き、やがて係長の職についた時には誇らしかったものだ。

しかし不況になってからは組織図が配られなくなった。
作ってはいるのだろうが、おそらく経費削減で配らないのだろう。
あるいは人が少なくなっていることが可視化されて社員が不安になるのを嫌がって配らないのかもしれない。
だから社員が何人生き残っているのかは俺もポンちゃんも正確には把握していないが、もう100人を切っているのは確実だろう。

仮に今の社員数が80人として、簡単には辞めないであろう役員などの割合が10%とすると、流動する可能性があるのは72人になる。
もし毎月2人のペースで辞め続けたら、3年で会社が消滅する。
それどころか1年後でも72人から48人と33%も減るのだから、売り上げも当然大きく減る。
そうなったら会社を維持することは難しくなるのではないか。

売り上げ予測上は毎月2人辞めると多めに見積もっておくのはわかる。
しかし実際に2人ずつ辞め続けたら、遠くない時期に会社は倒れる。
かといって仕事がない社員を飼い続ける余裕はないだろうから、手空きが長引けば解雇になるだろう。
もし今後仕事が増えてきたとしても、そうそう簡単に人を入れる余裕などないだろう。
これだけ首斬りしておいて、少し上向いたから採用するなんてことは怖くてできないはずだ。


これまでは手空き社員を切って経費削減をすることで必死に倒産を回避していたが、ここにきて減らしすぎたらそれもまた倒産の原因になるようになってきた。
そして解雇せずとも辞めていく人はゼロではないし、止めることもできない。

経営陣も難しい判断を迫られ続けているようだ。
もっとも俺たちは自分のことで手一杯なのだが。
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