唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房

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第48話 貧乏くじ

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「それがさ、違うんだ」

橋本さんはタバコを吸いながら話を続けた。

「お前、H開発って会社聞いたことあるだろ?
あそこの社長はウチの会社の株主の1人なんだけど、数年前に死んじゃったんだよ。
それで株を買い取らないといけなくなったんだけど、会社に買い上げる金がなくてさ。
だからQさんを役員にして、退職金で株を買ってもらったんだよ。
まあ退職金の現物支給みたいなもんだわな。
それからすぐにこの有様だろ、中小企業の株なんて売るに売れないし会社が潰れたら紙屑だ。
せっかく役員になれても役員報酬も低いままだろうし、本当に貧乏くじを引いたよ」

「橋本さんみたいな役員が家を担保にして、銀行から金を借りればよかったじゃないですか」

俺の意地悪な質問に、橋本さんはあっさりと答えた。

「もうこれ以上借りられないよ、とっくに目一杯借りてるから」


橋本さんは遠くを見ながら紫煙を吐き、呟くように言った。

「役員なんてさ、なるもんじゃねーよ」


俺には転職する自由がある。
こんな時期だから希望する仕事には就けないだろうけど、会社を辞める自由だけはある。
しかし役員である橋本部長にはその自由もない。
会社が潰れたら担保になっている家も競売だろう。
あらためて役員という立場の重さを感じた。


橋本さんとの会話は、いつのまにか転職の話題になっていった。

「今さ、ウチみたいなソフト屋の求人なんてないだろ?。
この商売続けるなら一般の会社のコンピュータ部門に潜り込むぐらいしかないよな。
でも俺にいわせりゃ、あんなのは本当のソフト屋じゃないんだよ」

さまざまな会社のシステム開発を手掛けてきた橋本部長にとっては、自社のシステム開発ばかりしている社内SEをソフト屋とは認めたくないようだ。
かなり偏見がある考え方だが、なんとなく理解できた。

社内SEは新規開発より既存システムの運用や保守が中心になりがちで、新たなシステムを創る難しさや喜びはなかなか味わえない。
また開発するシステムの内容も自社業務とその周辺業務に限定されるので、我々のように幅広い業務を手がけるわけではない。
どうしても技術者としてのスキルの幅は狭くなりがちだ。
そういった環境を橋本部長は「本当のソフト屋じゃない」と表現したのだろう。
それは様々な業務を担当してきた百戦錬磨の自負から出た言葉なのだろう。


タバコを揉み消しながら、橋本さんがつぶやいた。

「やりにくい時代になったもんだぜ」

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