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第45話 困った時の橋本部長
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やがて3月下旬になった。
納期が近くなってきた俺は、会社の情報収集どころじゃなくなっていた。
桜の開花宣言が気になる季節だが桜どころじゃない、仕事で大問題が発生したのだ。
結合テストをしていたところ一部のデータが正しく処理されないことが判明したのだ。
原因は俺の設計ミス、全く想定していないパターンのデータが時々ではあるが発生することが分かった。
全く考えてもいなかったことなので、正直パニックになりかけた。
対応するためにはプログラム1本を作り直さないといけないのだが、まだ仕様も固まり切っていないので製造を下請けに出すことができない。
自分で作ろうにも他の作業で手一杯なので、とてもじゃないけどそんな余裕はない。
困り切って頭を抱える俺に、浜口課長が助け舟を出してくれた。
「橋本さんに頼もう、嫌かもしれないけど仕方がないよ」
橋本部長は昔から俺の天敵、たぶん橋本さんも俺を苦手にしていると思う。
浜口課長はそんな俺達の関係を知っていて、その上でのアドバイスだ。
屈辱だが、今は橋本さんの技術力にすがるしかない。
あのオッサンにだけは頼りたくなっかったのだが。
数日かけて設計書を作りなおしたとはいえ、まだ仕様を詰め切れた気がしない。
まだ抜けているロジックがあるような気がしてならないのだが、もう時間がない。
自信が持てない設計書を抱えて橋本部長の待つ会社へ急いだのだが、橋本さんは日本酒を飲みながら仕事をしていた。
土曜日とはいえ、昼前から日本酒かよ。
俺はこの人のこういった所が嫌いだった。
技術力は凄いのは知っている、でもいくら土曜でも昼から会社で酒を飲んでいいはずがない。
この人のこういった態度も嫌だったが、その真似をする馬鹿な社員がいることも俺を苛つかせていた。
百歩譲って橋本さんレベルなら許されるとしても、真似をしているのはたいして実力のない連中ばかりだ。
橋本さんの一面だけを真似しているのを見るとヘドが出る。
そして、その怒りはそれを許容している橋本さんにも向かう。
システム開発という仕事はクリエイティブ寄りと言える。
もちろん芸術家のような自由なものではなく客先の要望通りに作り上げるものなので、そこに自由さはない。
またソフトウエアは芸術品ではなく実用品、後々のメンテナンスを考えて勝手気ままに作らせずに標準化などの品質管理も必要な工業製品と言っていいだろう。
だから自由な発想で作り上げる芸術品とは異なるものだ。
しかし要求された仕様をどのように実現するかなどの仕組み作りはゼロから考え出すものなので創造的な仕事だ。
特に上流工程は創造的要素が強くなり、設計者の個性や能力が問われる。
社長はそういった仕事の特性を理解して、型にはまらない自由な社風を重んじていた。
相当早い時期からフレックスタイムを採用していたのも社長のアイディアで、個人の発想力を最大限に発揮するためには出社時間で縛るべきではないという考えだ。
そういった自由な社風が俺は好きだったが、自由には責任がついて回る。
そして自由と勝手気ままは違う。
橋本さんはシステム開発部門のトップだ。
ウチの会社が伸びないのはこの人のいい加減なところだけを真似する馬鹿がいるからで、そういった連中をのさばらせているのは橋本さんだ。
自由の意味を履き違えた輩を放置している限り生産性は上がらず、利益も増えない。
この人が態度を変えて悪しき見本を脱しない限り、会社の成長はない。
俺はずっと前からそう考えていた。
だから橋本さんに対しては常に批判的、敵対していたと言ってもいいかもしれない。
まあ俺はしがない係長、向こうは現場を仕切る取締役部長、敵対したところでごまめの歯ぎしりなのだが。
しかし今は俺のミスで無理な仕事をお願いしたせいか、昼から酒を飲んでいる姿を見ても腹は立たなかった。
そして、それからの橋本さんの動きには腹が立つどころか頭が下がった。
橋本さんは残業どころか徹夜までしてくれて、プログラムを作りながら俺の仕様漏れを的確に指摘して、色々とアドバイスをしてくれたのだ。
この手のシステムならこういったケースも想定されるはず、そういった洞察力は凄まじく、技術力の凄さを改めて痛感させられた。
俺は橋本さんと仕事をしたことは数える程しかなく、橋本さんの部下だった時も助っ人などのスポット的な仕事で一緒になった程度だった。
課単位で動いていたのだが、上司とは縁が薄くむしろ他課の浜口課長とご一緒することが多かった。
橋本さんは俺の気持ちを汲んで一緒になることを極力避けたのかもしれないし、ひょっとしたら自分もやりにくくて遠ざけていたのかもしれない。
そんな俺でも橋本さんの凄さを知っていたのだが、今回改めて橋本さんの凄さを見せつけられた。
社内に橋本シンパが多いのも理解できる。
これまで俺は橋本さんのいい加減な面ばかりに目を奪われていたのかもしれない。
俺ごときが見直したなどと言える立場ではないが、本当に見直した。
納期が近くなってきた俺は、会社の情報収集どころじゃなくなっていた。
桜の開花宣言が気になる季節だが桜どころじゃない、仕事で大問題が発生したのだ。
結合テストをしていたところ一部のデータが正しく処理されないことが判明したのだ。
原因は俺の設計ミス、全く想定していないパターンのデータが時々ではあるが発生することが分かった。
全く考えてもいなかったことなので、正直パニックになりかけた。
対応するためにはプログラム1本を作り直さないといけないのだが、まだ仕様も固まり切っていないので製造を下請けに出すことができない。
自分で作ろうにも他の作業で手一杯なので、とてもじゃないけどそんな余裕はない。
困り切って頭を抱える俺に、浜口課長が助け舟を出してくれた。
「橋本さんに頼もう、嫌かもしれないけど仕方がないよ」
橋本部長は昔から俺の天敵、たぶん橋本さんも俺を苦手にしていると思う。
浜口課長はそんな俺達の関係を知っていて、その上でのアドバイスだ。
屈辱だが、今は橋本さんの技術力にすがるしかない。
あのオッサンにだけは頼りたくなっかったのだが。
数日かけて設計書を作りなおしたとはいえ、まだ仕様を詰め切れた気がしない。
まだ抜けているロジックがあるような気がしてならないのだが、もう時間がない。
自信が持てない設計書を抱えて橋本部長の待つ会社へ急いだのだが、橋本さんは日本酒を飲みながら仕事をしていた。
土曜日とはいえ、昼前から日本酒かよ。
俺はこの人のこういった所が嫌いだった。
技術力は凄いのは知っている、でもいくら土曜でも昼から会社で酒を飲んでいいはずがない。
この人のこういった態度も嫌だったが、その真似をする馬鹿な社員がいることも俺を苛つかせていた。
百歩譲って橋本さんレベルなら許されるとしても、真似をしているのはたいして実力のない連中ばかりだ。
橋本さんの一面だけを真似しているのを見るとヘドが出る。
そして、その怒りはそれを許容している橋本さんにも向かう。
システム開発という仕事はクリエイティブ寄りと言える。
もちろん芸術家のような自由なものではなく客先の要望通りに作り上げるものなので、そこに自由さはない。
またソフトウエアは芸術品ではなく実用品、後々のメンテナンスを考えて勝手気ままに作らせずに標準化などの品質管理も必要な工業製品と言っていいだろう。
だから自由な発想で作り上げる芸術品とは異なるものだ。
しかし要求された仕様をどのように実現するかなどの仕組み作りはゼロから考え出すものなので創造的な仕事だ。
特に上流工程は創造的要素が強くなり、設計者の個性や能力が問われる。
社長はそういった仕事の特性を理解して、型にはまらない自由な社風を重んじていた。
相当早い時期からフレックスタイムを採用していたのも社長のアイディアで、個人の発想力を最大限に発揮するためには出社時間で縛るべきではないという考えだ。
そういった自由な社風が俺は好きだったが、自由には責任がついて回る。
そして自由と勝手気ままは違う。
橋本さんはシステム開発部門のトップだ。
ウチの会社が伸びないのはこの人のいい加減なところだけを真似する馬鹿がいるからで、そういった連中をのさばらせているのは橋本さんだ。
自由の意味を履き違えた輩を放置している限り生産性は上がらず、利益も増えない。
この人が態度を変えて悪しき見本を脱しない限り、会社の成長はない。
俺はずっと前からそう考えていた。
だから橋本さんに対しては常に批判的、敵対していたと言ってもいいかもしれない。
まあ俺はしがない係長、向こうは現場を仕切る取締役部長、敵対したところでごまめの歯ぎしりなのだが。
しかし今は俺のミスで無理な仕事をお願いしたせいか、昼から酒を飲んでいる姿を見ても腹は立たなかった。
そして、それからの橋本さんの動きには腹が立つどころか頭が下がった。
橋本さんは残業どころか徹夜までしてくれて、プログラムを作りながら俺の仕様漏れを的確に指摘して、色々とアドバイスをしてくれたのだ。
この手のシステムならこういったケースも想定されるはず、そういった洞察力は凄まじく、技術力の凄さを改めて痛感させられた。
俺は橋本さんと仕事をしたことは数える程しかなく、橋本さんの部下だった時も助っ人などのスポット的な仕事で一緒になった程度だった。
課単位で動いていたのだが、上司とは縁が薄くむしろ他課の浜口課長とご一緒することが多かった。
橋本さんは俺の気持ちを汲んで一緒になることを極力避けたのかもしれないし、ひょっとしたら自分もやりにくくて遠ざけていたのかもしれない。
そんな俺でも橋本さんの凄さを知っていたのだが、今回改めて橋本さんの凄さを見せつけられた。
社内に橋本シンパが多いのも理解できる。
これまで俺は橋本さんのいい加減な面ばかりに目を奪われていたのかもしれない。
俺ごときが見直したなどと言える立場ではないが、本当に見直した。
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