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第44話 新たなフェーズ
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派遣先で仕事をしていたとき、浜口課長がの横に来てメモを見せた。
「社長が来るので外出してくる。急で申し訳ないがよろしく」
え、社長がここまで来るのかよ、ちょっと嫌な予感がするんだけど。
営業ならともかく派遣先に社長が来るのは異例、しかもわざわざ外で話すってことは社内の内緒話に違いない。
この派遣先の連中は下請けの派遣をこき使うことで有名なので、浜口課長が急に外出したのがバレたら何を言ってくるか分からない。
急なことで事前に根回ししてないようなので、フォローしなきゃ。
嘘はなるべく丁寧につかなきゃね、ということで俺と浜口課長は2人で会議室で打ち合わせをするふりをする。
畑田君は自席で留守番しながら、もし派遣先の人間が会議室に来そうになったら内線電話で教えてもらって俺が取り繕う、そんな作戦にした。
会議中だといえば会議室まで乗り込んでくることはないだろうが、もし急ぎの用件だった時は俺が代わりにに行って浜口は腹痛でトイレに行ってて、そんな嘘で時間稼ぎするかな。
俺と浜口課長は資料一式を抱えて会議室に移動、そこから浜口課長だけこっそり外出して社長に会いに行った。
俺は会議室に1人でこもって浜口課長の帰りを待った。
30分ほどして浜口課長が戻ってきた。
浜口課長は内線で畑田君を会議室に呼び、浮かない表情で俺たちに口を開いた。
「社長から色々話があったよ。
あまりいい話じゃないけど2人に伝えるね」
浜口課長によると、暮れのボーナスの残りを4月に支給するという話は支給できなくなったそうだ。
春には上向いてくるという会社の見込みは大きくはずれ、業績不振は一段と厳しいそうだ。
まあ予想はしていたが、それでも嫌な現実が確定するとため息しか出ない。
当然だが4月の昇給はゼロ、ただ夏のボーナスはなんとかすると社長は言っていたそうだ。
まあ今の時点で出せないと言ってしまったら志気が落ちるし、嘘でもそう言うしかないのだろう。
俺はさめた気持ちで聞いていた。
銀行への返済は利息分だけ返済して、元本の返済は待ってもらっているそうだ。
まあ銀行からすれば倒産されるよりもましという感じなのだろうし、おそらく他社もそんなところが多いのだろう。
浜口課長ははっきりは言わなかったが、どうやら最近まで利息分の支払いも止めていたような感じだった。
それを考えれば少しはマシになったと言えるのかもしれないが、これ以上滞納したら倒産となるから無理矢理利息分だけ返済をしはじめただけかもしれない。
それに利息分だけの返済ってことは元本は一円も減ってないのだから、背負った荷物は重いままだ。
無借金経営とは程遠い中小企業だから、銀行からの借金なくしては経営は成り立たない。
景気がいい時でも運転資金のやりくりは楽ではなかったようなので内部留保などほとんどないだろうし、仮にあっても使い果たしているだろう。
これから少しでも内部留保を増やしてそれを夏のボーナスにあてるのか、あるいは運転資金で消えるのか。
内部留保といえば、ずいぶん前に会社の経営状態を知りたくなって決算書を見たいと橋本部長に頼んだことがある。
俺が決算書を見たところでなにも分からないかもしれないが、なんとなく自分の会社の経営状態を数字で知りたくなったのだ。
橋本さんは自分が持っている決算書をコピーさせてくれたが、あっさりとこう言った。
「興味持つのはいいことだけどさ、見てもたぶん意味ないと思うよ。
ウチあたりは赤字が出ても粉飾決算すると思う。
だって正直に書いて銀行が金貸してくれなかったら潰れちゃうからね」
まあ、中小企業なんてそんなものなんだろう。
浜口課長の説明が続いた。
今度は人事の話、経理課長が営業に移動すると言う驚きの情報だった。
俺は浜口課長に言った。
「経理課長は数年前に経理の責任者として採用した人ですよね?。
50歳過ぎた経理マンを営業に回すのって、実質的な肩たたきじゃないですか。
営業で実績が上がればそれでいいし、成績が悪ければ解雇理由になる。
実質的な解雇通告じゃないですかね」
浜口課長は苦笑しながら話を続けた。
「うーん、まあそれはノーコメントにしましょう。
それから経理が3人から2人体制になる。
加代さんが辞めて、弘美さんと新経理課長の2人体制になります」
弘美さんは経理のベテラン係長で、加代さんは弘美さんの後輩だ。
ウチの会社は総務部門がなく、経理が総務的なことや社長の秘書的なこともやっていた。
これまでずっと部長と女性2名の3人体制だった経理だが、派遣中心になって社内にいる人も減ったし、会社全体の社員数も大きく減ったから、もう2人でも回せるのだろう。
もし経理部長が替わらなければ弘美さんを外した方が人件費的には得だが、部長交代となればベテランの弘美さんを外す訳にはいかない。
それで加代さんが外されたのではないか。
どこが発端かは分からないが、新旧の経理課長、弘美さん、加代さんの4人がまるでビリヤードの玉のように外力を受けてぶつかり合って加代さんがはじき飛ばされた、そんな気がした。
最近までは大量解雇された人の手続きで忙しくて、会社も経理の人員削減には手をつけなかった気がする。
解雇もひと段落したので加代さんを切ったのではないか。
加代さんが解雇か自主退職かはわからないが、せめて会社都合で少しでもいい条件での退職であってほしい。
加代さんも自分の居場所がなくなりつつあることは感じていただろうから、覚悟はできていたのかもしれない。
まあ覚悟していればいいってもんでもないが。
なんとなく、不況対策の新たなフェーズに入った印象を受けた。
これまでは派遣中心への方向転換や給与・ボーナスの大幅カット、そして自宅待機や解雇など、技術者たちがメインターゲットになり、経理は安全地帯だった。
ついに経理まで巻き込まれる段階になったのか。
いつまで続くぬかるみぞ。
「社長が来るので外出してくる。急で申し訳ないがよろしく」
え、社長がここまで来るのかよ、ちょっと嫌な予感がするんだけど。
営業ならともかく派遣先に社長が来るのは異例、しかもわざわざ外で話すってことは社内の内緒話に違いない。
この派遣先の連中は下請けの派遣をこき使うことで有名なので、浜口課長が急に外出したのがバレたら何を言ってくるか分からない。
急なことで事前に根回ししてないようなので、フォローしなきゃ。
嘘はなるべく丁寧につかなきゃね、ということで俺と浜口課長は2人で会議室で打ち合わせをするふりをする。
畑田君は自席で留守番しながら、もし派遣先の人間が会議室に来そうになったら内線電話で教えてもらって俺が取り繕う、そんな作戦にした。
会議中だといえば会議室まで乗り込んでくることはないだろうが、もし急ぎの用件だった時は俺が代わりにに行って浜口は腹痛でトイレに行ってて、そんな嘘で時間稼ぎするかな。
俺と浜口課長は資料一式を抱えて会議室に移動、そこから浜口課長だけこっそり外出して社長に会いに行った。
俺は会議室に1人でこもって浜口課長の帰りを待った。
30分ほどして浜口課長が戻ってきた。
浜口課長は内線で畑田君を会議室に呼び、浮かない表情で俺たちに口を開いた。
「社長から色々話があったよ。
あまりいい話じゃないけど2人に伝えるね」
浜口課長によると、暮れのボーナスの残りを4月に支給するという話は支給できなくなったそうだ。
春には上向いてくるという会社の見込みは大きくはずれ、業績不振は一段と厳しいそうだ。
まあ予想はしていたが、それでも嫌な現実が確定するとため息しか出ない。
当然だが4月の昇給はゼロ、ただ夏のボーナスはなんとかすると社長は言っていたそうだ。
まあ今の時点で出せないと言ってしまったら志気が落ちるし、嘘でもそう言うしかないのだろう。
俺はさめた気持ちで聞いていた。
銀行への返済は利息分だけ返済して、元本の返済は待ってもらっているそうだ。
まあ銀行からすれば倒産されるよりもましという感じなのだろうし、おそらく他社もそんなところが多いのだろう。
浜口課長ははっきりは言わなかったが、どうやら最近まで利息分の支払いも止めていたような感じだった。
それを考えれば少しはマシになったと言えるのかもしれないが、これ以上滞納したら倒産となるから無理矢理利息分だけ返済をしはじめただけかもしれない。
それに利息分だけの返済ってことは元本は一円も減ってないのだから、背負った荷物は重いままだ。
無借金経営とは程遠い中小企業だから、銀行からの借金なくしては経営は成り立たない。
景気がいい時でも運転資金のやりくりは楽ではなかったようなので内部留保などほとんどないだろうし、仮にあっても使い果たしているだろう。
これから少しでも内部留保を増やしてそれを夏のボーナスにあてるのか、あるいは運転資金で消えるのか。
内部留保といえば、ずいぶん前に会社の経営状態を知りたくなって決算書を見たいと橋本部長に頼んだことがある。
俺が決算書を見たところでなにも分からないかもしれないが、なんとなく自分の会社の経営状態を数字で知りたくなったのだ。
橋本さんは自分が持っている決算書をコピーさせてくれたが、あっさりとこう言った。
「興味持つのはいいことだけどさ、見てもたぶん意味ないと思うよ。
ウチあたりは赤字が出ても粉飾決算すると思う。
だって正直に書いて銀行が金貸してくれなかったら潰れちゃうからね」
まあ、中小企業なんてそんなものなんだろう。
浜口課長の説明が続いた。
今度は人事の話、経理課長が営業に移動すると言う驚きの情報だった。
俺は浜口課長に言った。
「経理課長は数年前に経理の責任者として採用した人ですよね?。
50歳過ぎた経理マンを営業に回すのって、実質的な肩たたきじゃないですか。
営業で実績が上がればそれでいいし、成績が悪ければ解雇理由になる。
実質的な解雇通告じゃないですかね」
浜口課長は苦笑しながら話を続けた。
「うーん、まあそれはノーコメントにしましょう。
それから経理が3人から2人体制になる。
加代さんが辞めて、弘美さんと新経理課長の2人体制になります」
弘美さんは経理のベテラン係長で、加代さんは弘美さんの後輩だ。
ウチの会社は総務部門がなく、経理が総務的なことや社長の秘書的なこともやっていた。
これまでずっと部長と女性2名の3人体制だった経理だが、派遣中心になって社内にいる人も減ったし、会社全体の社員数も大きく減ったから、もう2人でも回せるのだろう。
もし経理部長が替わらなければ弘美さんを外した方が人件費的には得だが、部長交代となればベテランの弘美さんを外す訳にはいかない。
それで加代さんが外されたのではないか。
どこが発端かは分からないが、新旧の経理課長、弘美さん、加代さんの4人がまるでビリヤードの玉のように外力を受けてぶつかり合って加代さんがはじき飛ばされた、そんな気がした。
最近までは大量解雇された人の手続きで忙しくて、会社も経理の人員削減には手をつけなかった気がする。
解雇もひと段落したので加代さんを切ったのではないか。
加代さんが解雇か自主退職かはわからないが、せめて会社都合で少しでもいい条件での退職であってほしい。
加代さんも自分の居場所がなくなりつつあることは感じていただろうから、覚悟はできていたのかもしれない。
まあ覚悟していればいいってもんでもないが。
なんとなく、不況対策の新たなフェーズに入った印象を受けた。
これまでは派遣中心への方向転換や給与・ボーナスの大幅カット、そして自宅待機や解雇など、技術者たちがメインターゲットになり、経理は安全地帯だった。
ついに経理まで巻き込まれる段階になったのか。
いつまで続くぬかるみぞ。
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