唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房

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第41話 一難去って

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田部の送別会は終電前に二次会がお開きになり、当然の如く三次会のカラオケボックスになだれ込んだ。
朝まで騒いで疲れ果てて始発で帰ったが、田部はまだまだ元気で後輩数人を引き連れて四次会に向かって行った。

後日聞いたら五次会にまで進んで、昼まで飲んでいたそうだ。
若手はともかく俺と同年代の田部のタフさには感心する。
ひょっとしたら、あのタフさがあったから辞める決心がついたのかもしれない。
身体の頑強さは少なからず精神面に影響するはずだ。

送別会が終わった週末は、たいがい二日酔いでダラダラして終わる。
俺は頭痛のする頭で送別会のことを思い出しながら、また仲間が去っていった寂しさを味わっていた。

2年前、まだ不況に直撃される前は200人近くいた社員も気がつけば100人を割り込んでいた。
なにしろ今月だけで10人も辞めている。

そういえば毎週のように送別会に行っている気がする。
減給された上に毎週宴会じゃ金もなくなるわな、でも飲んで騒がなきゃやってらんねーんだよ。
生あくびをしながら、そんなことを考えていた。


翌週、会社で仕事をしていたらポンちゃんが俺の横に来た。

「まいりましたよ、とんでもないことになっちゃって」

開口一番、ポンちゃんはウンザリした顔で言った。

ポンちゃんはあの派遣先から生還して黒井課長と一緒に仕事をしているのだが、黒井が現場で通用するとは思えない。

ウチの会社の課長は部下の管理をしながら技術者としても働くプレーイングマネージャーなのだが、黒井と業田だけは特別だった。
2人は管理専門で技術者としてはほとんど働いていなかった。

元々は2人も技術者だったが、汎用大型機の事務計算ソフトではなくファームウエアの部署で働いていた。
ファームウエアの仕事は赤字が続き、会社はだいぶ前にファーム部門を大幅に縮小し、居場所がなくなった2人は汎用機部門へ移籍した。
会社は2人にプロジェクト管理などをさせながら汎用機の設計ふぁできるようになってもらいたかったようだが、2人は管理が忙しいという理由でろくに勉強しなかった。

たまに設計をすることはあったが多くは使い物にならず、部下たちが作り直すことも多かった。
それもあって部下たちは2人が管理専門でいてくれたほうが現場で害悪を撒き散らされるよりはまだましだと思っていた。

不満で不思議なのは、会社は2人のことを技術者としても評価していることだ。
営業出身の社長が見抜けないのは仕方がないとしても、副社長や橋本部長は技術屋なんだからわかりそうなものだが。

俺も黒井課長とは何回か仕事をしたことがあるが、それはそれはお粗末なものだった。
二度と一緒には仕事をしたくないタイプだった。

でも、そんな2人にもいい面もあった。
他の課長と違って暇なので、自分の課の全プロジェクトを把握できる。
だから火を吹きそうな仕事を早めに見つけて、比較的余裕があるところから人を引っぺがして補充することができる。
まあ、そのために安くはないであろう課長クラスの人件費を2人分も支払う価値があるとは思えないが。


そんな黒井と一緒に仕事をさせられているポンちゃんは、案の定苦労をしていた。
黒井が作った設計書が滅茶苦茶で客に怒られて作りなおしたが、それにも漏れがいくつかあって相手が激怒。
びっくりしたポンちゃんがチェックしたところ、なんともひどい代物だったそうだ。
結局、黒井に任せるわけにはいかなくなってポンちゃんが尻拭いをする羽目になった。

ウンザリした顔でポンちゃんは話を続けた。

「これまでは私達に命令して偉そうにしてればよかったけど、もうそうはいかない。
技術者として一人で仕事してもらわないと困るのに、その力がないんですよ。
そのとばっちりを受けるのは我々、先行き不安ですよ」

ようやくあの派遣先から生還できたのに、一難去ってまた一難か。
どうせ黒井のことだ、自分の無能さを棚に上げて客が悪いとかなんとか言っているのだろう。
想像しただけでヘドが出る。

「で、そっちの方はどんな感じですか」

ポンちゃんが俺に聞いてきた。

「相変わらず忙しいけど、、まあ残業代が稼げるからいいかな。
でもこのペースで残業が続くと秋から厚生年金が高くなっちゃうから痛し痒しだよ。
どうせ昇給なんてしないだろうから、秋からさらに手取りが減っちゃうのは痛いよ」

ポンちゃんはメガネをズリ上げながらニヤっと笑って言った。

「秋は給料じゃなくて失業保険をもらっているんじゃないですか。
そうなっていれば定額の国民年金ですから、大丈夫ですよ」
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