唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房

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第40話 田部の送別会

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話は戻って2月下旬、飲み友達の田部の送別会が開催された。

田部は上司から強く慰留されたが、もう見切りをつけていたから心は全く動かなかったと言っていた。
田部の上司は彼を高く評価していたので、ポーズではなく心底辞めてほしくなかっただろう。
でも残りたくなる材料などなにもない。
エモーショナルに訴えられれば少しは心が動いただろうが、次の瞬間ロジカルな分析をするのがこの仕事をしている人間のクセだ。

おそらく俺を含めてほとんどの人間が、辞められるものなら辞めたいと思っているはずだ。
辞めるか居続けるかは、背中を押すなにかがあるかどうかの違いでしかない気がする。
田部の背中を押したのが何なのかは分からない。
田部に聞いてみたが、自分でも良くわからないような感じだった。
単に仕事の区切りだったからなのか、出張の多い今の派遣先に疲れただけなのか、薄っすらながらも次のあてが見つかりつつあるのか。
いずれにしろ、辞められる田部が少し羨ましかった。

田部の送別会は和気あいあいの雰囲気で進み、最後に田部の挨拶になった。

「お世話になりました。本当にいい会社でした」

あたりまえだが送別会の最後の挨拶ではしんみりとした雰囲気になる。
田部は挨拶が苦手だし、しんみりした雰囲気も好きではない。

俺は田部にエール代わりの野次を送った。

「おい田部、いい会社なら辞めんなよ。先に辞めるのはズルいぞ」

どっとみんなが笑った。

辞めるも地獄、残るも地獄。
みんな、そのことは分かっている。

田部が反撃してきた。

「お前だっていつ辞めるか分からない感じだろ?
まあ、お前との退職チキンレースに負けたことは素直に認めるよ。
次はお前の退職と俺の再就職、どっちが早いか競争だな」

笑いの中、一次会はお開きとなった。

二次会では山地課長の隣の席に座ることになった。
山地さんは以前俺の上司だった人で、俺にとっては尊敬と反発の両方を感じる相手だ。
部下だった時は酒の席であっても相談や愚痴を言う気にはなれなかった。
なんというか、俺の意地のようなものだったのだろう。

部下でなくなったからなのか酔ったからなのかはわからないが、俺は山地課長に愚痴をこぼした。
今の派遣先での悩みや自分の技術力に自信がなくなっていたことなど、たぶん山地課長にこんな悩みを吐き出すのは初めてだったのではないか。
山地課長は俺の弱音を親身に聞いてくれた。

「心配するな、一時的に弱気になってるだけだ。お前なら大丈夫だよ」

気休めなのかもしれないが、それでも山地課長の言葉が嬉しかった。
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