唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房

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第38話 Xデー、その後

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Xデーの夜、今田から業田課長の自宅に電話があったそうだ。
どんな会話があったのかは分らないが、捨て身の戦術の今田がその場しのぎの嘘を言うはずがない。
きっと本音で実状を伝えたのだろう。

翌日、会社同士で今後の対応を話合うことになったが、なぜかこの仕事の責任者の業田課長は行かずに別の課長が行くことになった。
業田課長が取ってきた仕事でこんな不様なことになってしまい、とても顔を出せないから他の課長に押し付けたと噂されていた。
本当かどうかはわからないが、まあ業田課長ならさもありなんという気もする。

その後、今田は会社を辞めることになった。
業田課長は今田が辞めてくれて内心ホッとしたらしい。
次の仕事のあてがないから戻ってこられても困るということもあっただろうし、問題を起こしたら一罰百戒という意味もあるだろう。
でも一番大きかったのは、人質の今田が騒ぎを起こして退職してくれればこの仕事から撤退しやすくなるからではないか。


その後、各所に聞きまくって全容が見えてきた。

この仕事を見つけてきたのは業田課長、最初からウチの専門外だと知りつつも他の仕事を回してもらえるという餌に釣られて受注した。
業田課長は別ジャンルの仕事でもなんとかなるだろうと甘く考えたが、考えが甘すぎた。
現場を離れて久しい人間が勝手に判断して引き受けたのが大きな間違いだし、それをチェックできない会社にも大きな責任がある。

当然別ジャンルの仕事などこなせるはずもなく派遣された3人は毎日が針のむしろ、何度も黒井に訴えたが何の手も打てずズルズルと時間だけが過ぎる。
さすがに黒井課長もお手上げとなって会社も渋々撤退を認め、仕事を取ってきた業田課長に幕引き役を任せた。
しかし先方は撤退を拒否、窮余の策として大ベテランの投入と今田を人質にするという条件で2人は引き上げに成功。

この時期に都合よく大ベテランが社内にいるはずもなく、下請けに頼むつもりだったようだ。
それもまた甘過ぎる計画だが、他に手がなかったのだろう。

人質にされた上にどんなベテランが来たところでうまくいかないと読んだ今田は覚悟を決めてXデーを決行、これは会社にとっては予想外だったはずだ。

仮に大ベテランがなんとか仕事をこなせたとしても、今田のサポートまではとても手が回らないだろう。
もし大ベテランが逃げ出したら、またしても貧乏くじを引かされるのは今田だ。
今田は座して死を待つか爆弾を仕掛けるかの二択となり、じわじわ殺されるよりも早く楽になることを選んだのだろう。

会社側からから見れば、この仕事を失えば3人の手空きが出て、さらに期待していた別の仕事もパーになる。
だからウチがこの仕事にこだわったのは、良し悪しは別として理解はできる。
しかし、なぜ向こうがウチにこだわり続けたのか。

向こうからすれば初めて仕事を頼んだだけの下請けでしかないのだから、ウチを切ったところでたいしたダメージはないはずだ。
それより別の下請けを早く探した方が、どう考えても利口だと思うのだが。

真相は謎のままだが、どうやらウチに逃げられると派遣先の担当者の責任問題になるらしく、それで向こうも必死だったようだ。
そいつも現場のことをよくわかっておらずウチにしがみついたらしいが、真相は藪の中だ。

さすがに辞意表明したとなると派遣先も渋々ながら今田の離脱を認めるしかなく、それでも完全撤退は拒否されたのでウチは下請けに泣きついてベテラン技術者を派遣しようとした。
しかし、そのベテランは派遣先との面接時に業務内容を細かく聞き、自分はこの分野の仕事は無理だと断わってきた。
ま、そりゃそうだろう。
あわてて違う下請け数社に頼みこんだが、どこも分野が違うと断られた。
この時期に下請け全てが逃げるんだから、いかに我々では無理なのかという証拠だ。

結局、今田は辞めてベテランの派遣もできず、さすがに向こうも諦めて終わった。
その後に向こうがどうしたのかは全くわからない。
別の下請けを探したのかもしれないし、プロジェクト自体を中止か延期にしたのかもしれない。
向こうは時間とお金を無駄にして、ウチは3人分の仕事ともらえるはずの別の仕事が消え、そして今田は会社を去ることになった。

仕事を取った業田課長も無能だったが、ウチに仕事を投げた向こうの担当者も相当無能だ。
とはいえ一番責任があるのは専門外の仕事を取った剛田課長だが、特に責任を取らされることもなく終わった。

業田課長は根拠もなくなんとかなるだと甘く考えて相談もせず仕事を取り、会社もその甘い判断をチェックすることはなかった。
黒井課長は幼稚な精神論にしがみついて現場からの再三の訴えを無視し、ようやく会社が重い腰を上げて撤収へ動いたが予想以上に相手が抵抗。

もし早い段階で現場からの訴えを聞いて撤収していたら、今田は辞めないで済んだはずだ。
この不況下では同業他社への転職は不可能、会社を去ることはこの業界を去ることを意味する。

「もしも」の話をしても詮ないことではあるが、業田課長が変な仕事をみつけてこなければ、会社のチェック機能が健全だったら、今田はこの業界から去ることはなかった。
なんともやりきれない思いだけが残った。
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