唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房

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第21話 仕事納め

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仕事納めの日になった。
辛かった一年も、もうすぐ終わる。

会社には久しぶりにスーさんが来ていた。
スーさんは俺と同じ係長、ずっと同じ課に所属していて係長昇進も同時、何回も一緒に徹夜をした戦友だ。
スーさんは俺の顔を見るなり、ビックリした顔で話しかけてきた。

「一体どうしたんですか、仕事納めと仕事始めは出ない主義だったのに、どういう風の吹き回し?」

そうそう、仕事納めの日に出るのは何年ぶりだろう。
ひょっとしたら入社の年以来かも知れない。

俺は仕事納めと仕事始めには出ないことにしていた。
両方とも仕事にならないからだ。

仕事納めの日の午前中は仕事ということになってるが、ほとんどの人がダラダラと無駄話をしていて仕事をする雰囲気じゃない。
昼からは大掃除だが、形だけで適当なものだ。
3時ごろに全員が集合して、社長から挨拶があって乾杯。
乾きものとテイクアウトの安い寿司でビールを飲んで、定時になったらお開き。

俺は、会社は仕事をする場所で酒を飲む場所じゃないと思っている。
会社は居酒屋ではない、会社で酒を飲んでいいのは徹夜明けのビールだけ。
それが俺が勝手に決めたルールだ。

出社してもろくに仕事はできない仕事納めや仕事始めに出るぐらいなら、有給を取った方がましだ。
だから俺は仕事納めも仕事始めも休むことで有名だった。
その俺が来ているのを見てスーさんは驚いていた。


「会社もいつ潰れるか分らないし、俺もいつ辞めるか分らない。
最後の仕事納めになると思って、今年は出ることにしたんだ。
まあ思い出作りかな」

冗談半分の俺の言葉をスーさんはストレートに受け止めて、小声で言った。

「辞めちゃうの?」

冗談冗談、でも本当になったりして、と話しているうちに恒例の社長挨拶が始まった。

「えー、本年は大変厳しい年でしたが、回収不能になっていた案件の一部については明るい見通しが見えてきました」

案件とは、失敗したいくつかの仕事のことだ。
大きな仕事を受注したのはよかったが当初の予定よりも人件費が大幅に膨らんで、それを回収できずに大赤字を出したのだ。
ボーナスカットの原因はこれだというのが通説になっていた。

どうやら会社が期待していた額よりも大幅に少ないながらも、入金の目処が立ってきたらしい。
これで倒産という最悪の危機は避けられたのかもしれない。

「それから、来年は営業課を3名体制にして…」

あれ、おかしいぞ。
営業は4人体制に増やしたばかりなのに、こんな時期に減らすなんて理屈に合わない。
営業力強化が一番必要なこの時期に、なにがあったのだろう。

社長の挨拶が終わり副社長が乾杯の音頭を取って、仕事納めが始まった。
各自好きな場所で飲んで語って、定時近くまで続くささやかな宴だ。

周囲を見回して気がついた。
これまで恒例だったテイクアウトの安い寿司が見当たらず、少しの乾きものしかない。
味はともかく量だけは十分で有名な安い寿司すら出ない、これがボーナス8割りカットの会社の現実か。

俺は缶ビール数本を持って別室の小部屋に移った。
そこは下請け会社の作業室だった部屋だが、不況で下請け会社に出す仕事も激減して、経費削減で来月にはその部屋も返却することになっていた。
会議机と折り畳み椅子が無造作に置いてあるだけの小部屋には、ポンちゃんはじめ数人が飲んでいた。

早くもビールで顔を赤らめたポンちゃんが、俺の顔を見るなり言った。
「小さなことだって。頭にきた」

さっきの社長の挨拶の中で、社長が冬のボーナス8割カットのことを「小さなこと」と口を滑らせてしまったのだ。
社長としては倒産の危機を避けられたことの方が大きかったのだろうけど、それにしても言ってはいけない言葉だ。

「ウチにとっちゃ、小さなことじゃすまないよ」
子供が小さくてなにかと金がかかる立場のポンちゃんは、誰言うともなく呟いた。
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